双月の使い魔   作:日卯

6 / 20
第6話・失敗

 

 ルイズの魔法でめちゃくちゃになった教室を見回し、才人は溜め息を吐いた。

 

 通っていた道場の古くなった畳に的を書き、削った割り箸を皆で投げる遊びで得た特技が、異世界でも受けるであろう事は予想していた。高校入学時の一発芸披露でも役に立ったので、同年代なら基本は同じだろうと思ったのだ。

 透から貴族連中を敵に回さないよう注意を受けていたので、直接的な行動に出るわけにはいかなかった。だが自分達のせいでルイズ達がバカにされるのは腹に据えかねる。まだ会ったばかりの他人とはいえ、良くしてもらっているし、なによりルイズをバカにしている連中の肩を持つ理由もない。

 ならば少しでも透や才人を認めさせるしかない。

 そう考えての行動だった。

 だが結果がこうなるとは誰に予想できようか。自分の不注意とはいえ、なにもここまで手ひどくやることはないんじゃないだろうか。才人は才人なりにがんばったのに。

 調子に乗ったのは認める。初投時から体が軽くなり、力がみなぎるのを感じた。透が投げる的がスローモーに見えた。狙えば狙うほど外す気がしなくなった。むしろ外そうと思わなければ外せなかったのでなかろうか。最高のコンディションを作るために何週間も精神統一と体調管理をしたときに似ていた。それほど調子が良かったのである。

 

 普段であれば昂揚する自分を律することも出来たかもしれない。

 

 だが初めての感覚にタガが外れていたのだ。あれほどの絶好調の感触、体に憶えておかせたく思うのはスポーツや武芸に本気で取り組んでいればわかるはずだ。それになにかあれば制してくれる透も一緒になって調子に乗っていたあたり、究極的にはあの空気が悪い。そうに決まっている。

 そんなことを一通り思考した後、才人はまた溜め息を吐いた。

 

(……情けねえ。結局俺の精進が足りないからだよな。どんな言い訳してもそれは変わらない)

 

 そうしてさらに溜め息を吐く。

 

「でも教室爆破はないな」

 

 その一言に、真っ白けな姿から着替えてきたルイズは元々落としていた肩をさらに落とした。

 俯きっぱなしのその表情は才人から見えないものの、本人もそれなり反省していることは察せられる。だがそれ以前に、今から掃除するのにわざわざ着替えてくる者がいるだろうかと才人は内心つっこんでいた。貴族のお嬢様だからそこら辺わからないのだろうが、被害にあってさらに一緒に掃除する自分は未だ彼女のおかげでススだらけであり、お気に入りのパーカーもぼろぼろだ。

 てっきり才人はルイズのことをもう少し自制が効く性格だと思っていたのだが、どうやら違うらしいことが今回のことでよくわかった。才人にも非常に覚えのあることなのだが、感情が高ぶるとどうにも自制が効かなくなるようなのだ。

 魔法の威力は直接実感した。一瞬気を失ったほどだ。これはしっかり言っておかないと。そう才人は考えていた。

 

「どう考えてもだめだろこれは。むかついてやるにしても俺にだけ被害が出るように魔法使うとか、別の魔法使うとかあんじゃないのか?」

 

 ぴくりと、ルイズの体が震えた。

 

「…………ない……い」

 

 今回の自分のことは棚上げになってしまうが、ルイズのこれは被害を出し過ぎる。仕方がないの一言で済ますわけにはいかない。一番被害を受けたミセス・シュヴルーズの目がまだ覚めていないのだ。

 

「俺も悪かったとは思っているけど、これに関しては言い訳は聞かないぞ。仕える側とはいえ、言うことは言っておく。やりすぎだ」

「……けないじゃない」

「第一、こっちの常識は知らないけどな、人に向けてこんなの放つこと自体やっちゃいけないことなんじゃないのか? さっきも言ったけど、もっと別の魔法で――」

 

「できるわけないじゃない!」

 

 ルイズが俯けていた顔を上げる。すぐにでも泣き出してしまいそうなその表情に、才人はぎょっとしてしまった。

 

「わたしには、これしかできないの! どんな魔法使っても全部爆発! ドットもコモンも全部爆発! 爆発! だから一人にだけとかもできるわけないの! さっきだって本当は念力を唱えたのよ! 昨日あんた達喚べたから、もしかしたらって! でも結果はこれ! 魔法が使えないの! 『ゼロ』なのよ!」

 

 叫ぶルイズを、才人は見下ろす。だがその視線から当初の驚きは消え去り、冷め切っていた。

 

「知るかよ」

 

 放たれた怒気にあてられ、びくりと少女の肩が震える。さっきの震えとはまったく別種の震えであった。

 才人の視線に押し潰されるように、ぺたりとルイズはその場に座り込んだ。

 

「魔法がどうとか知らねえ。俺が悪いんなら俺にやるのもまだ我慢できる。だけどな、人を巻き込むな。そういってんだよ。悪くねえ人まで巻き込んでなにしたいんだ? 敵作りたいのか? あの魔法は人を殺せる魔法だぞ。あんなん振り回してたら、敵ばっかだ」

 

「……人を……殺せる……?」

 

 ルイズは初めて聞いた言葉のように才人の言葉を聞き返していた。

 才人はしゃがみ、ルイズの頬を両手で挟んで覗き込むように目を合わせた。

 

「ああ、殺せる。お前は加減して爆発では怪我しないようにしてんだろうけど、近くで喰らった俺もシュヴルーズ先生も吹き飛んだ。吹き飛んだら地面や壁に体を打つんだ。打ち所が悪けりゃそれだけで死ぬ。もし吹き飛んだ先に刃物が置いてあったら刺さって死ぬ。タンスの角で頭打っても死ぬかもしれない。机の角でも椅子の角でも同じだ。外でも石ころが尖ってたら死ぬだろうな。死んだら、どうする? この世界には生き返らせる魔法はあるのか?」

 

 少女は愕然とした表情で首を振った。そんな都合の良い魔法、このハルケギニアには存在しない。怪我はすぐに治せても魂は戻らないのだ。

 

 それにルイズにとって人を殺せるというのは寝耳に水であった。

 才人は知らないことだが、ルイズの爆発はそれ自体によって人を傷付けることはないのだ。杖先に光を灯らせるライトの魔法ですら爆発するルイズはだからこそ、これまで無事でいられた。爆発という破壊の嵐は人体に強烈な衝撃とある程度の痛みを与え、だが壊すことはせずに周囲の『物』のみを砕いた。火水土風のどの系統にもそんな魔法は存在しない。第一何をやっても同じ結果にしかならないその爆発を、周囲の貴族(にんげん)達は魔法とすら呼ばなかった。

 ならばなんであるか? 

 彼ら彼女ら曰く、それは『失敗』である、と。

 だからルイズはそんな『失敗』で人が殺せるなど思いもしなかったのだ。

 彼女は不幸であり幸運であった。彼女の魔法の最初の師、母カリーヌは伝説的な風の使い手であり、最高の軍人の一人であった。如何に強烈な爆発であろうと完璧な受け身をとることも、そもそも吹き飛ばされようが地に足付ける必要すらないほどの風の使い手であったのだ。故にルイズの魔法で怪我一つ負ったことがなかった。そして自分の失敗で吹き飛ぶ幼少のルイズに、カリーヌは受け身の取り方を教えた。数えきれぬほど繰り返すその受け身に、幼子から少女になった彼女は自分の失敗で怪我を負わなくなった。そして誰にもその失敗しかない練習風景を見せることがなくなった。

 学院に入ってからもそうだ。

 一年時の初の魔法実践で、ルイズの失敗はすぐに知れ渡った。

 半年も過ぎれば魔法の使えない落伍者として、『ゼロ』が広まっていた。

 

 だがバカにしてくる者は多くいても、腐っても公爵家令嬢。ラ・ヴァリエールの娘に怪我を負わせようという者はいなかったため、口では何とでも言うが魔法戦などということにはならなかった。事故に見せかけ水をかけるなどのいたずらをする者もいたが、犯人がばれないようにしていたため報復も発生しなかった。

 直接的な手に出てこなければルイズも手を出さない。だけど実践授業の度に失敗は起こる。最初はその異常性に恐怖を持つ者もいたが、誰一人としてその矛先に立つものがいなかったが為に失敗という罵声ばかりが上塗りされ、若く苦労を知らない者が多い学院生徒達は集団の無意識に流されるままに恐怖を忘れていった。

 

 いつしか、生徒達どころかルイズ本人ですら、自分の『失敗』をただの『失敗』であると決めつけ、吹き飛ばされる恐怖を忘れていた。

 その『失敗』が、人を殺せるというのだ。

 想像して、ルイズは吐き気を覚えた。

 サイトに言われた内容に、何故今まで気付かなかったのかと眼前が暗くなり、殺してしまうところだったと恐怖を覚え、萎縮した胃からこみ上げるものが吐き出されずに留まり胸を焼いた。知らずに極度の緊張から気管が狭まり、ひゅーひゅーと息が上がっていた。

 

「前言撤回だからな。お前は人の上に立つことができねえ。貴族がどうとか知らねえが、今のまんまじゃ立たれたらみんな迷惑だろうよ。なにせ癇癪おこしたら爆発だからな。八つ当たりで巻き込まれたらたまったもんじゃない。その性根を叩き直さねえと、誰も付いてきやしねえよ」

 

 そう言って、サイトは挟んでいたルイズの顔を放すと掃除を始めてしまった。

 ルイズは一人、変わらぬ体勢のままだ。視線だけがサイトを追う。

 光のない目からは涙が流れていた。

 

(――……見放されちゃう……)

 

 今度こそ本当に愕然としていたのかもしれない。絶望に近いほどの空虚に襲われていたのかもしれない。

 

 ルイズはこの時になってやっと気付いた。今日教室に入ってきたとき、サイトに「人の上に立つ才能がある」と言われて感じた心の震えは歓喜であったのだと。あれが心の底から嬉しいという感情なのだと、やっとわかった。罵倒と嘲笑ばかりの人生で長いこと忘れていたその感情に、ついさっきまで気付かないまま、舞い上がっていたのだ。

 自身の『失敗』の恐怖を忘れていただけではない。舞い上がって浮かれていたから、魔法を向けてしまうなんてことをやってしまった。

 魔法は『失敗』しかなかったから、ルイズは貴族としての矜持だけでも持とうと凝り固まったプライドをその胸に育て続けていた。人の上に立てる理想の自分を想像し、夢想し続けた。

 そんな自分が欲する自分を認めてくれる人が現れたことに、喜んだ。望んだわけでもないのにルイズの元に召喚されて未来を奪われ、だけどルイズを許して、彼女の使い魔として仕える仕事を選んだ少年の存在が嬉しかった。

 

 人の上に立てる立派な貴族になりたい。

 

 そう願った自分に自ら仕えてくれる者がいる。

 初めて少女は自身の理想を叶えたといってもよかったのだ。

 彼は全部を許してくれる。わたしの使い魔だから、許してくれる。『失敗』だって――

 だから気が緩んでいたのだろう。甘えたくて仕方がなかったのだろう。

 ちぃ姉様は全部を受けとめてくれるが、お体が弱く思う存分に甘えることが出来ない。

 お父様は甘えさせてくれるが、甘やかすだけだ。

 家の使用人達はいうことをきいているだけ。

 お母様とエレオノール姉様に甘えるだなんてとんでもない。

 だから昨晩のようにケンカもできて、それでも自分の求める自分を肯定してくれる才人に甘えたかったのだ。

 なにせ相手は使い魔だ。自分だけの使い魔なのだ。反抗的なところもあるけれど、自ら使い魔になることを了承してくれた使い魔なのだ。

 お金を払うのも衣食住を保証したのも帰りの手段を探すのも、ルイズの罪悪感からだ。いつかは帰ってしまうかもしれない。だが今は彼女の使い魔であることには変わりなく、平民だが異世界の知識を持ち、ルイズと同じように家族を失うことを恐れる感情を持っている。

 

 わたしと同じ。わたしの使い魔。

 

 そんな彼だったらなにをしても許してくれるなんて、甘えですらないただの我が侭なのに。

 そのことに気付かないまま、あのとき少女は杖を振ってしまっていた。

 そしてさっきは自分の非を投げ出した。投げ出しても許されると思ってしまった。

 

 投げ出せば、自分が投げ出されるかもしれないとは考えもせず。

 

(…………いや……だ――)

 

 自らの非に気付いたルイズは這うようにサイトに近づき、その袖を掴んでいた。

 

「……ごべん、なざい。ごべんなざい。サイトごべんなざい。わだ、じ、わだじ、もうやらないがら、やらないがら、りっばになるから、なおす、がら。ごべんなざい……」

 

 ぼろぼろと涙を流しながらルイズは謝罪の言葉を繰り返した。

 

 それに驚いたのは才人だ。

 

 元の世界で異性の友達がいなかったわけではないが、彼女いない歴=年齢な男の子。如何せん女性の涙なんて間近で見たことがない。そんなものが男に向けられるのは彼にとってテレビドラマの中だけであり、ましてや自分に向けられるなど考えたこともなく、免疫がまるでないのだった。

 なにより、どうやら自分の言葉に酷く影響されているらしいことが謝罪の中に垣間見え、驚いていた。才人は己の存在がこの少女にとってどのようなものであるか、まるでわかっていなかったのだ。昨日出会ったばかりの二人。時間にしてまだ一日も経っていない。こちらの貴族社会という世界観も、ルイズのこれまでの人生もよく知らない少年に理解しろというのが酷というものである。だからこそ突き放すように言うこともできたのだが。

 

「いや、おい、その、泣くなよ。泣くなってば。俺も偉そうなこといったけど、元は俺の不注意のせいでこうなったんだから。ごめんな? だから泣き止めって」

 

 またしゃがんでルイズと頭の高さを合わせるも、泣きじゃくる彼女は止められない涙にきつくまぶたを閉じるばかり。才人の言葉を聞いているのかすらわからない。

 しばらくしてルイズが落ち着いてくると、その涙を空いている袖で拭い続けていた才人は息をついた。

 これほど泣いたのは随分と久しぶりなルイズは、聞こえた溜め息に体を強張らせた。

 

「……あの、サイト……」

 

「ルイズは自分で謝れるんだから、すぐに立派になれるな。仕える甲斐があるってもんだ。なあに、今度から魔法を無闇矢鱈に使わなきゃいいだけさ。どうにも我慢ならないことがあったら、俺が受けとめてやるよ」

 

 にかっと才人は笑う。

 才人は泣き虫で意地っ張りだった弟が、自分では到底追いつけない存在になったときのことを思い出していた。

 ルイズは目を見張って才人のことを見る。

 

「許して、くれるの……?」

「許すもなにも、俺はお前の使い魔だぞ」

「でも、誰も付いてこないって……」

「それはあれだ。言葉のあやってやつだ。昨日いってたじゃんか、本来使い魔は主と一生を共にするもんなんだろ?」

 

 才人はこの後に、俺達は帰るかもしれないけどな、とは続けられなかった。

 ふわりと、花のようにルイズが笑ったからだった。

 それは才人がこのハルケギニアに来てから初めて見たルイズの笑みだった。

 

「ありがとう。サイト」

 

 ルイズが立ち上がる。

 割れた窓から射す陽の光を背景するその姿に、しゃがんだままの才人は呆けたように見とれてしまった。

 

「わたし、ミセス・シュヴルーズに謝ってくるわ」

「あ、ああ、そうしな」

 

 慌てて立ち上がり、才人はルイズの頭に手を置く。

 

 ルイズは今朝キュルケの前でやったようにその手をはね除けようか迷った。今朝とは違い、こうされていることが嬉しいことを彼女は自覚してしまっていた。だからこそ迷った。貴族としてメイジとして、使い魔に撫でられて嬉しいだなんて、と。

 その躊躇いで視線が泳ぎ、幸か不幸か教室の出入り口に立つ人影と目が合ってしまった。

 

「相談役として、兄さんの弟として、ルイズさんの魔法の使い方に苦言を呈させていただこうかと思いましたが、その必要はなさそうですね」

 

 平賀透である。もちろんその隣には彼の主であるタバサの姿があり、さらにわざとらしく口元を手で隠し笑いを堪えるキュルケまでいるではないか。しかも、

 

「ごめんさないサイトですって……――」

 

 キュルケの呟きが聞こえた。

 

「――な、あ、うな」

 

 一体どこから見ていたのか。言葉につかえるルイズを見て、とうとうキュルケは爆発してしまった。あっはっはっはと笑うキュルケを、さすがに空気読もうよという目で見る透と、どうでもよさそうなタバサ。

 自分が犯した失態を思い出し、真っ赤になったルイズの自我は崩壊をきたした。有り体にいうと恥ずかしさのあまり八つ当たりを敢行した。唯一、先ほどサイトが言った、どうにも我慢ならないことがあったら、俺が受けとめてやる。という言葉だけを思い出しながら。

 

 つまり、

 

 未だ頭の上に乗っていた手が払い除けられ、

 

「いつまでご主人様の頭に手おいてんのよ!」

 

 怒声と蹴りがサイトへ飛んだのだ。

 

 至近距離でコンパクトに決まった母直伝の蹴りは、ルイズを撫でるために上げた腕の下、サイトの横っ腹に入り、防ぎきるはずの彼の鍛え抜かれた筋肉壁、その最も薄いところの一つを抉った。

 

 衝撃が、内臓を犯す。

 

「あ、綺麗にレバー入りました」

 

 透の解説に、タバサは興味深げにその急所位置を記憶した。そして笑いながらフライの魔法で逃げ出すキュルケ。

 そんな様子を意識の遠くに、才人は不条理に膝を屈したのだった。

 

 

 

 

 

 まかない場での食事を終え、才人はルイズの元へと向かっていた。

 

 あの後才人が気絶している間に透とタバサは買い出しに出かけ、キュルケは当然のように逃亡。ルイズはまたやってしまった才人の介抱をしつつ掃除を再開。途中起きたミセス・シュヴルーズが教室にやってきて、謝るルイズに「内緒ですよ? 私も練金で遊んでしまいましたしね」と壊れた物を魔法で直していった。そのため才人が起きたときには粗方修繕も終わっており、また必死に謝ってきたルイズをなだめて褒めようとしたものの、先のことを思い出して撫でずに言葉だけに留めると、なぜか彼女は不機嫌そうにさっさと昼食に行ってしまったのだった。

 彼は首を傾げつつ考えても仕方なしと、彼女の力ない拭き掃除ではとれていなかった汚れを道場仕込みの雑巾がけでしっかりとって厨房へ。腹の虫を治めると一緒にいたコック長や調理メイドさん達に感謝してその場を後にしたのだった。

 アルヴィーズの食堂ではデザートのケーキが振る舞われているところだったようで、才人が甘い匂いにふんふんと鼻を鳴らしながらピンクブロンドを探していると、少し前の席で騒がしい男達の一団がその目に付いた。

 

「なあ、ギーシュ! お前、今は誰と付きあってるんだよ!」

「誰が恋人なんだ? ギーシュ!」

 

 問われたのは金髪巻き毛の美男子だ。ここハルケギニアの人間は青や赤、緑という地球では見られない髪色が一般的に存在し、その上なぜか美男美女が多い。才人としては物珍しくて目にも楽しいのだが、ギーシュという彼はそのなかでもとりわけ見目が整った少年であった。

 だが残念なことに色んなセンスが壊滅的だと才人は感じた。

 服装は胸の開いたフリル付きのシャツに、胸元に挿した薔薇の花。なによりも、

 

「つきあう? 僕にそのような特定の女性はいなのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」

 

 ここまでナルシストに徹するのはいくらなんでもあんまりだろう。ある意味似合ってはいたが、日本人の感性でいくとネタとして最高なだけで実在するとなると失笑するしかなかった。

 才人は見ていられないような気分になり目を反らそうとしたが、ちょうどナルシストの足元になにかが落ちているのが見えた。ガラスの小瓶である。中身はラベンダー色の液体だ。

 おそらくこのキザな少年の物だろう。さすがに見て見ぬふりをするのは気持ちよくない。仕方なしに才人は小瓶を拾い、ギーシュに声をかけた。

 

「落とし物だ」

 

 しかしギーシュはちらと小瓶を目端に入れると、すぐさま前を向いてしまう。

 少し待ってもそれ以外の反応が得られなかったので、もう一度声をかけようかとしたところで別方向から逆に声をかけられた。

 

「なにをしているのサイト」

 

 突っ立っている才人を見つけたルイズである。隣には黒髪のメイドがカートと共に控えている。

 

「ああ、彼が落とした瓶を拾ったから、渡そうとしてたんだ」

「? その色、モンモランシーが自分のためだけに作っている香水じゃない。ギーシュの物のわけがないわ」

 

 言うが早いか、ルイズは小瓶を持って少し離れた女の子達が集まっている席まで行くと、一人の少女に声をかけ小瓶を渡して戻ってきた。受け取ったということは確かに彼女の物だったのだろう。だがその彼女も一緒になってルイズとこちらにやってくる。

 見事な金髪を縦ロールに巻いたその少女に才人は見覚えがあった。昨日召喚されたときルイズを嘲った少女だ。だがこうやって二人で来るということは、思ったよりも二人の仲は悪いわけではないのかもしれない。

 そして彼女は才人達の側まで来るとギーシュに小瓶を渡した。

 

「ギーシュ。これ、貴方にあげた香水じゃない?」

「ああ、『香水』のモンモランシー。ありがとう。肌身離さずポケットに入れていたのだけど、どこで落としたのか分からなくなっていたのさ」

「もう。持ち歩いてくれるのは嬉しいけど、落とさないでちょうだい」

 

 彼らの会話を聞いた男共が鼻息を上げる。

 

「おお! ミス・モンモランシからお手製の香水を贈られているとは、ギーシュ! それはつまり、そういうことなのか?」

 

 才人はなんだやっぱりこの色男のかと内心でごちていた。しかも女の子からもらった物ときた。才人としては少々羨ましい。いや結構羨ましい。手作りの香水をもらうなど、どれほどの仲なのか。才人は義理で買いチョコしか女の子からもらったことがなかった。

 それではなぜさっきは手に取らなかったのか。首をひねるも分からない。キザ男の考えることなど才人には想像も付かないことなのだろうと決めつけて、男はやはり顔なのだろうかと少々やさぐれた気持ちになっていたときだった。

 後ろの席で立ち上がった茶色いマントの女子生徒が、こつこつとギーシュのところまでやってきた。

 栗色の髪をした、可愛い女の子であった。席の位置とマントの色から一年生であることがわかる。

 

 その女の子を見て、ギーシュの顔が強張った。それだけで才人はピンときていた。

 

「ケ、ケティ……」

「ギーシュさま……」

 

 そして才人の予想通り、彼女がぼろぼろと泣き始めるではないか。

 

「やはり、ミス・モンモランシと……。あの遠乗りのときに仰ってくれた言葉は嘘だったのですね」

 

 それを見ていたモンモランシーの眉間に皺が寄り、眉尻がつり上がった。その様子を間近で見ていた才人は思わず後退る。

 

「ギーシュ、これはどういうことかしら。わたし、貴方と遠乗りに行ったこともないわ。それになんだか、わたしだけを見ているという言葉を思い出したのだけど、本当にどういうことかしら。ギーシュ」

「ふ、二人とも、ご、誤解なんだ」

「「なにが、誤解なのかしら(ですか)」」

 

 分かりやすい構図に周囲の騒がしかった男子達は沈黙してしまっていた。

 

 才人はごくりと息を呑み、「行こう。邪魔しちゃ悪い」とルイズの手を引く。悪くはないといっても事の発端が彼であったため、二人の少女の表情を見てなにやら逃げ出したくなったのだ。

 だがルイズと控えていたメイドは本物の修羅場に別の意味でごくりと息を呑み、「「も、もう少し様子を見ましょう(せんか)」」ときた。女の子はどこの世界でも色恋のでばがめが好きらしい。

 

 仕方なく才人もその場に留まるが、これがなかなかにえぐい。

 

 ギーシュは二人に両サイドから平手打ちされたうえ、モンモランシーに頭からワインをどぼどぼとかけられ、次いでケティにケーキをワンホール分叩きつけられた。そこにルイズを初めとした近くの女性陣による拍手がおこり、ノッてきた二人は魔法で彼の足元を凍らせお盆をフルスイング。軽快な音と共にギーシュはすってんころりんこーろころとされる。その際女子生徒の席の方まで滑って転がされたため、スカートの中を覗いたという嫌疑がかけられた彼はさらに複数の女生徒から折檻されていた。

 

 震え上がり見ていられなくなった男子生徒達が退散していくなか、しっかりとルイズに腕を掴まれた才人は逃げることもできずに一人の男の末路を見届けたのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。