「サイト、本当にやるのかい? 青銅の拳だ。打ち所が悪いと骨だって折れるよ?」
魔法学院の昼休み。ヴェストリの広場の一角。ギーシュ・ド・グラモンは薔薇を模したワンド片手に困惑していた。
「ああ、ギーシュ。やってくれ」
眼前には彼の十八番、二つ名『青銅』の元にもなった青銅製の女性型ゴーレム『ワルキューレ』が立っている。
そしてその先にはまだ真新しい平民服に身を包んだルイズの使い魔、サイトが立ち、首や肩をゆっくりと回していた。
その無手の立ち姿は堂に入ったもので、ギーシュは実家の諸侯軍で抱えている『メイジ殺し』と呼ばれる凄腕の平民戦士達の姿が重なったのを感じた。
実際に彼が強いことをギーシュは知っている。先日の授業中に行われた使い魔紹介でサイトが見せた投擲による的当ては圧倒的の一言に尽きた。サイトのあの特技を知らず、あれがもし短剣で命を狙ったものであったなら、ほとんどのメイジはその一投に喉や頭を潰され、魔法を唱える間もなく命を散らせているだろう。命を取るのは難しくなるが、そこいらの石ころでも杖を落とし目を潰すには充分な武器になる証拠でもある。正確無比な投擲攻撃は暗殺でも正攻法でも強力な武器になるのだ。
だが今の彼は無手であり、しかもそのままワルキューレ相手に戦うという。
せめて武器があればわかる。メイジ殺し達はその鍛え抜かれた体と平民の牙と呼ばれる金属製の武器でもってメイジの魔法すらも凌駕し、倒しせしめるのだ。
剣で斧で切り、細剣で槍で突き、棍で戦棍で叩く。弓で貫き、マスケット銃で穿ち、短剣に毒を仕込み、籠手で殴りかかる。
それらこそが魔法を使えないメイジ殺しの武器であり、平民の牙なのだ。
そんな牙も無しに一体どうやって青銅でできたワルキューレを破壊するというのか。ギーシュには想像も付かない。
サイトがやった準備らしいことといえば、ギーシュに頼みワルキューレの動きを見せてもらい、数度その体を触っただけだ。そこになにかを仕込んだ様子もない。
「きみには恩がある。だからこそこんなことやりたくはないんだが、そのきみからの頼みだ。無下にもできない。そんな僕の葛藤も理解しておくれよ」
先日の女生徒による集団リンチを最終的に止め、ボロ雑巾のようになったギーシュを介抱したのはこの使い魔の少年だった。彼を囃し立てていたその他の友人達が恐れおののきとっくに逃げ出した後の話だ。そして彼は主人であるルイズに頼み水メイジの先生を呼ぶ手はずを整えると、ギーシュを彼の部屋まで運び治療の準備や着替えの用意など行い、治療後には汚れや汗を拭き着替えさせたのだ。ギーシュがたった一日で完全に回復したのは治癒魔法のおかげだけではない、この少年あってこそだった。
だが才人は冷や汗と共にハハッと笑うだけだ。
ギーシュはあの惨劇で忘れているのかもしれないが、才人としてはあのとき自身が小瓶を拾わなければギーシュがあそこまで酷いことにならなかったのではないかと思え、この色男の自業自得とはいえ悪いことをしたような気分もあるため、恩など気にしないでほしいところだった。
男としてあの光景は恐怖だった。一致団結した女性の恐ろしさをまざまざと見せつけられた。
それにあのときケティが投げたケーキやモンモランシーがかけたワインは、ルイズが連れていたメイド、シエスタがカートに用意していたもので、元を辿るとあれはルイズがサイトを交えてデザートにするために運ばせていた物らしく、そうなると後に行われたあの空瓶による金的や、カートにあった紅茶ポッドからの熱湯攻撃もサイトの存在があったからこそかもしれないことに気付いたのだ。それに本人の話によるとギーシュはあの二人の女の子と手も繋いでいないらしい。このキザな色男は甘い言葉を吐くが手は出していなかったのだ。しかも回復してすぐにそのことを知らなかったサイトに説教され、二人に謝りに走っている。存外に気持ちのいい男だった。
そんな二人は一晩明けると、身分の差を超えて名前で呼び合うようになっていた。
「ミスタ・グラモン! 気にせずやっちゃって下さい。きっと面白いものが見られますよ」
ギーシュが声の聞こえる方を見れば、サイトの弟、東方の若き賢人トールが、タバサの使い魔だという風竜にタバサと共に背もたれていた。そこには心配そうなルイズや、爪をやすりで整えるキュルケの姿もあった。風竜は厨房からもらってきた肉の塊を嬉しそうに食べている。
先日教室に入ってきたときにあの風竜を連れていなかったのは教室に入らなかったからだとギーシュは聞いていた。確かにあのとき誰も彼をタバサの使い魔だと紹介していない。無口な彼女の事だ。説明するのも億劫だったのだろう。それをルイズの件で勘違いした者が騒いだだけだったのだ。
となると今も手を繋ぐあの二人の関係は一体なんだとなりそうだが、ギーシュはそこは聞くだけ野暮というものと考えており、何も訊いていなかった。
「そうかい。じゃあ、いくよ! きみ!」
ギーシュが薔薇を振り、その動きを合図にワルキューレがサイトに躍りかかる。
だが、ギーシュから見てサイトの姿がワルキューレと重なった瞬間、がしゃんっ、と金属が潰れる音がしたかと思うと、ギーシュのワルキューレはサイトの横で地面に突っ伏していた。
その様はまるで、ワルキューレが自ら転びにいき壊れたようだった。
ギーシュは何が起こったのかわからず口をあんぐり開けていると、いつの間にかトールとタバサがワルキューレの残骸に近寄り、クリエイトゴーレムと練金の魔法が切れて土に戻っていくその姿を観察していた。
タバサがサイトに何事か訊いている。ギーシュも近づいて荒い鼻息で尋ねた。
「今のは一体何だね! 強力な念力の魔法かなにかかい? 君はメイジじゃなかったんじゃないのかい?」
「ははっ。俺は正真正銘メイジじゃないよ。今のは古武道の一つで柔術っていうんだ」
「コブドウ? ジュウジュツ? 君の故郷だというロバ・アル・カリイエの魔法かね?」
平賀兄弟のことを異世界人だと知っているのはルイズ、タバサ、そして教員のコルベールだけだ。上司や上には伝えないよう、コルベールには透が言ってある。こちらの了解も無しに伝えたら技術や知識の伝授はなしといってあった。実際は伝わっていても構わないらしいが、透がコルベールを試すためにそうしたらしい。他のみなにはロバ・アル・カリイエから召喚されたといっている。タバサにも当初はそう伝えていたが、透との秘密契約の関係上、二人はお互いの素性の一部を教えあっていた。
「いや、ただの技術さ。だから誰でも覚えられる」
「それはすごい!」
くいとサイトの袖をタバサが引いた。
「教えてほしい」
「今のをか?」
「投げるのも」
「ああ、いいぜ」
「タバサ。先に注意しておくと、あんな綺麗に倒せるのは兄さんが天才だからだよ。兄さんの実力は師範代と同じくらいだから、メイジでいう『トライアングル』か、もしかしたら『スクウェア』みたいなものなんだ。同じところにいくには才能があっても二十年はかかる。あと、投擲はわからないや。流派にない趣味で、実践で比べられる人がいなかったから。でもこっちの方が実戦では使いやすいと思う」
柔術とかも教わって損はないけどね。と透が言う。
そこに後れてルイズがやってきた。
「サイトって、本当に強かったのね」
なんだか随分と嬉しそうだ。
「まあな。ただ色々見せてもらった限りじゃ、魔法相手はこれぐらいしかできそうにないけどな」
「そうなの?」
キュルケがサイトのしなだれかかってくる。ルイズがなにしてんのよ! と怒鳴った。
サイトが真っ赤になりながらキュルケから逃げ出しつつ、説明を続けた。
「ギーシュのゴーレムとは相性がよかっただけで、素手じゃキュルケの火やタバサの風、ルイズの爆発は避けるしかないからな。特にルイズは厳しそうだ。こん中じゃ、ルイズが一番強いんじゃないか?」
「サイトったら、冗談が上手いわ」
キュルケが笑った。ルイズは不機嫌さを隠すことなくサイトを睨みつける。
「サイトはご主人様が気にしていることを笑って楽しいのね」
「いや、本当のことなんだが」
たじろぐサイトに賛同する声は意外なところからきた。
「ルイズの爆発は強い」
タバサである。
「戦い方を知らないから今は弱いでしょうけど、自分にあったやり方を覚えればかなり強くなるでしょうね。意外なほどに脚力もありますし、しっかりとした受け身の取り方も知っています。魔法込みの才能だけで見ればルイズさんは相当なものですよ」
そして賢者だという触れ込みのトオルまでルイズを高く評価するではないか。
キュルケとギーシュは信じられないものを見る目で三人を見た。ルイズもだ。
「ど、どどど、どういうことよ!」
「ルイズよ? このちんちくりんよ? タバサ本気なの?」
「さすがににわかには信じられないな」
「僕らとしてはその固定観念こそ信じられないのですけどね。それとキュルケさん。そのセリフをタバサに言うのはちょっと……」
「う、ご、ごめんなさいタバサ。そんなつもりじゃなかったのよ。ね?」
「……いい」
「はは、じゃあ試してみましょうか。キュルケさん。ミスタ・グラモン。僕の言うとおりのものを作って下さい」
笑う透に言われるがまま、二人はルーンを唱えた。
出来上がったのは全身が燃え上がるワルキューレだ。普通に作ったワルキューレに、練金で油を塗ってそこに火を点けたのだ。
「ではルイズさん。あれの胴を狙って、兄さんにやったのと同じぐらいの爆発をして下さい」
「……なんだかその注文の仕方は気にくわないのだけど。まあ、いいわ」
ルイズが精神を研ぎ澄ませ杖を振る。慌ててキュルケ達が風竜の後ろに下がった。
爆音で空気と地面が揺れ、爆煙で視界が遮られる。
それをタバサが風を起こして払うと、そこには右側頭部が消失し全身がぼろぼろになったワルキューレがいた。火もどこにも残っていない。
その姿をキュルケ達が確認すると、ワルキューレは倒れた。近寄ったタバサとトールが興味深げに崩れゆくワルキューレを観察し、二人で何事か耳打ちしあっている。
その間に気を持ち直したルイズが、ワルキューレのなれの果てから目を離さないまま、サイトの袖を掴んで呟いていた。
「……これがサイトの言っていた、殺せる魔法なのね……」
ああ、とサイトも小さく返す。
「……ルイズ……あなたの『魔法』、こんなに強力だったのね……」
「驚いた。今日は驚いてばかりだ。……そうか。僕のワルキューレがこの中じゃ一番弱い『魔法』なのか……悔しいな」
キュルケとギーシュが風竜の背から顔を出し、そんなことを言っていた。
ルイズは二人の言葉の中にあった意味に嬉しくなると同時に、怖くもなっていた。殺せる魔法の意味が重くのしかかっていた。
「もうお解りかと思いますが、これが現在のルイズさんの実力です」
戻ってきたトールが解説を開始する。
「不思議と人体へは最小限のダメージしか与えませんが、青銅製のゴーレムのような物体は破壊され、火は吹き消される。水と風も火と同様ですね。魔法の起動も杖の振りと同時ですので非常に速いです。単純な魔法戦でこれに正面から対抗するには非常に大規模で広範囲な魔法しかない。というのが僕の見解です。欠点としては――」
魔法起動の速さや対抗策までは思い至っていなかった面々は、トールがここに来てまだ三日目であることを思い出して賢者の意味を考え始めていた。まだ彼はルイズの『爆発』を数度しか見ていない。それなのに誰も追究できなかった彼女の『魔法』を解説してみせている。
「――ルイズさん。確かにあのワルキューレの胴を狙いましたよね?」
「え、ええ」
「ですが結果は右側頭部の消失です。つまり『爆発』が起こったのはその右側頭部ないしその付近であったということになります。これはルイズさんの狙いが甘いか、この『爆発』の特性上狙いを付けづらいものだから。となりますが、そこで前回試してもらった『爆発』の位置と比べることで――」
ルイズは自分のことだからか、トールの話を一字一句逃すまいという気概で耳を傾けていた。そのうち小規模な爆発が広場の片隅で起きるようになる。
タバサは解説と実践に夢中なトールから手を離し、サイトに早速教えてほしいと頼むと、実力を計るために二人で組み手を始めてしまう。
三日前までは考えられなかった光景だった。
ルイズは落ちこぼれのレッテルとそのプライドから、味方がおらずいつも一人だった。
タバサは優秀すぎる成績とキュルケ以外の誰にも近寄らせようとしない態度で、味方を作らず一人だった。
だが内実はどうあれ、今や彼女達はあの不思議な兄弟と関わり、ああして彼らを近くにおいている。
そんな彼女達を見ていたキュルケとギーシュは、この不思議な光景に笑いあった。
彼らもまた以前であればほとんど話すようなこともなかった間柄であったが、気付けばここにいた。
「ルイズの召喚した二人ともすごいわね」
「ああ。なんだろうね。これが異国の風というものだろうか。なにか清々しい気分だよ」
「女の子二人にはフラれて、自慢のゴーレムはぼろぼろなのにね?」
「それは言わないでおくれよ……おや、ミスタ・トールが僕らをお呼びだ」
「なにかしらね?」
「わからないが、とりあえず向かおうか。どれ、僕も彼に魔法を教えてもらえないか頼んでみるかな」
「淑女の扱い方も教えてもらったら? サイトも得意そうよ」
「いや、きみぃ……」
本当に、気付けば笑いあっていた。
「それで、ミスタ・コルベール。君は先ほどの動きや今のこれをどう見るね」
学院本塔の最上階。一枚の大鏡に向けて白煙を吐き出す老人の姿があった。
白い口ひげと髪を揺らし、古く艶のあるセコイアのテーブルに肘付ながら水ギセルを弄んでいる。トリステイン魔法学院学院長。王宮にも発言力を持つと言われる謎多き老メイジ、オスマンであった。
「本気を出していないと、私は見ております。オールド・オスマン」
その隣に立ち同じ鏡を覗き込むのは禿頭の男性教諭、『炎蛇』のコルベールである。
二人の視線が向かう大鏡にはとうの二人の姿は映っていない。そこにあるのはここ学院長室から遠く、ヴェストリの広場の片隅に集う少年少女たちの姿であった。
「ほっ、あれがまだ全力ではないとな。あれで充分に驚かされてしまったよ」
「おそらくは。先日のミス・ヴァリエールの一件はご存知で?」
「聞いとるよ。教室を半壊させたようじゃの。最近は大人しかったが、久々にやってくれたのお」
楽しそうにオスマンは笑う。
「はい。その一件の際、あの使い魔の少年が投擲による演武を披露したようなのです。動く的を連続で射抜き続けたとか。そのとき、左手のルーンが光っていたという話があります」
「ルーンがのう。今は光っとらんようじゃが。……つまりはあれかの、光ると本気じゃと?」
「私はそう考えております。グラモン伯爵家の四男、ギーシュは一番レベルの低い『ドット』メイジですが、それでもただの平民には後れをとりません。特に彼は土系統の中でもクリエイトゴーレムに特化していると聞きます。そんな彼のゴーレムが赤子の手を捻るかのように倒されました。今のミス・タバサとの組み手を見ている限り、複数体のゴーレム相手でも結果は同じでしたでしょう。これだけでも、証拠たりえます! それにあの動き! 見たことがない武の技術! 私だって驚いているのですオールド・オスマン! あれが本気ではないのだとしたら、彼の実力はいったいどれほどのものなのか! さっそく王室へ連絡して、指示を仰がなくては……」
「それには及ばん」
熱が入ってきたコルベールのつばを拭きながら、オスマンは重々しく頷く。
「どうしてですか? これは世紀の大発見ですよ! 現代に甦った伝説の使い魔『ガンダールヴ』! あの平民の少年は『ガンダールヴ』なのです!」
コルベールは持っていたルーンのスケッチと、『始祖ブリミルの使い魔たち』と題された本の一ページを開いたままテーブルに叩きつけた。スケッチはサイトのルーンを書いたものだ。そしてその二つはまったく同じ文字を刻んでいた。
「ミスタ・コルベール。『ガンダールヴ』はただの使い魔ではない」
「そのとおりです。系統魔法とメイジ、そして王家の祖、始祖ブリミルの用いた『ガンダールヴ』。その姿形は記述がありませんが、主人の呪文詠唱の時間を守るために特化した存在だと伝え聞きます」
「そうじゃ。始祖ブリミルは、呪文を唱える時間が長かった……、その強力な呪文故に。知っての通り、詠唱時間中のメイジは無力じゃ。そんな無力の間、己の体を守るために始祖ブリミルが用いた使い魔が『ガンダールヴ』じゃ。その強さは……」
「千人もの軍隊を一人で壊滅させるほどの力を持ち、あまつさえ並のメイジではまったく歯が立たなかったとか!」
「で、ミスタ・コルベール」
「はい」
「あの少年は、ほんとうにただの人間だったのかね?」
「はい。ミス・ヴァリエールが喚び出した際、念の為に『ディテクト・マジック(探知)』で確かめたのですが、正真正銘、ただの平民の少年でした。纏う衣服こそ珍しい物でしたが、兄弟共にメイジの血統もありません」
「……兄弟共に、の。そんなただの少年を『ガンダールヴ』にしたのは、誰なんじゃね?」
「ミス・ヴァリエールですが……」
「彼女は、優秀なメイジなのかね?」
「いえ、というか、むしろ……」
二人で鏡の向こうを見やる。
「爆発しかしとらんの」
「爆発しかしてませんね」
「さて、謎じゃな」
「ですね」
「まともに魔法の使えん無能なメイジと契約したただの少年が、何故『ガンダールヴ』になったのか。まったく謎じゃ。理由がみえん」
「そうですね……」
「とにかく、王室のボンクラどもに『ガンダールヴ』とその主人を渡すわけにはいくまい。そんなオモチャを与えてしまっては、またぞろ戦でも引き起こすじゃろうて。宮廷で暇を持て余している連中はまったく、戦が好きじゃからな」
「ははあ。学院長の深謀には恐れ入ります」
「この件は私が預かる。他言は無用じゃ。ミスタ・コルベール」
「は、はい! かしこまりました!」
オスマンはスタッフを握ると、窓の外、遠く青い空に目をやった。
「伝説の使い魔『ガンダールヴ』か……。一体、どのような姿をしておったのだろうなあ」
コルベールも夢見るように呟く。
「『ガンダールヴ』は、あらゆる『武器』を使いこなし、敵と対峙したとありますから……」
オスマンは今一度鏡を覗いた。そしてなにかに気付いたかのように、眉間の皺が深くなった。
「……『武器』。『武器』かの。ふむ」
「……とりあえず、腕と手はあったんでしょうなあ。……? どうされました。オールド・オスマン」
「いやぁの。ちと思いついたことがあっての。それに……こちらの少年」
鏡の映す中心が、『ガンダールヴ』の少年と一緒に召喚されたというその弟へと変わった。
「ミス・タバサがこの少年と契約したのじゃろう? それを公表せず、公式にはこの風竜をミス・タバサの使い魔にしたいと言っておるそうじゃな」
「はあ……なんでもその方が都合がよいからと。確かにミス・ヴァリエールの件でも、人間の使い魔は目立ちますから、ミス・タバサの性格を考えるとそのような申し出も理解出来ます。さすがに承認はできないので却下しましたが、すでに生徒達にはそのように噂しているようですな。なにせ風竜は目立つので、風の『トライアングル』である『雪風』のタバサにあれだけ懐いていれば、使い魔にしか見えません」
「使い魔は必要なときにいればよいからの。一々噂を修正する必要もなし、か。この少年のルーンはなんじゃった?」
「よくある『ルーン』のルーンです。残念ながら、他の始祖の使い魔ではなかったですな。若いながらも豊富な知識からミス・ヴァリエールが彼を相談役として雇い、生活費を払っております」
「本当は使用人を学院に入れるのは御法度なんじゃがのう。一体誰が許可したのやら」
「……は、はは。まあ、正式なミス・タバサの使い魔は彼ですから」
「あの風竜のエサ代は高くつきそうじゃの。ほれ、ようけ食べとる。いつからミス・タバサはあの風竜を手懐けていたのかの。あの少年にもよく懐いとるようじゃ」
「さあ? 先日突然申し出を受けましたので、近くにはいたのでしょうが……そこの森にでも住んでいたのでしょうか?」
「風竜が住んどるとは聞いたこともなかったの。不思議なもんじゃのう」
オスマンはそれっきり沈黙し、コルベールが退室してからも秘書のミス・ロングビルがやってくるまで鏡を見続けていた。
(――さっき目が合った気がしたのは、気のせいなんかのう……)
などと考えながら。