双月の使い魔   作:日卯

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第9話・青の味方

 

 ヴィリエ・ド・ロレーヌは廊下の向こうからやってくる二つの影に目をとめ、ぎりっと歯ぎしりした。

 

 みすぼらしい平民服に身を包んだ黒髪の少年と、小柄な青髪の少女だ。少女の両手は身長よりも大きなスタッフと少年の手で埋まっている。

 

 どうやら少年が何事かを話して聞かせ、少女がそれに熱心に耳を傾けているらしい。そのせいで少女の足の運びは普段のそれより大きく後れており、少年がその本来の歩幅よりも小さく遅く爪先を前に出すことで少女に合わせていた。

 話ながらのうえ馴れない歩幅ゆえにか、少年は少女に合わせやすいよう彼女の足元に目がいっている。結果、自身の足元が疎かになっており、少女の方も彼の話に夢中になり、その口元しか見ていなかった。

 だから二人とも目の前に迫るヴィリエに直前まで気付かず、気付いてからも脇によけるだけで通り過ぎてしまう。

 少年の話はなにかのおとぎ話のようであったことを、すれ違ったヴィリエは聞いていた。

 

(……きみに泥を塗られたぼくの存在よりも、そんな子供じみた物語の方が興味深いかね……! ミス・タバサ!)

 

 ヴィリエは過去に一度、風の使い手としてタバサに試合を申し込んだことあった。風の名門に生まれ、入学当初数名しかいなかったエリート、ラインクラスのメイジだった彼は自らを強者だと考えていた。だが授業中にタバサより早く高く空を飛ぶことが出来なかった彼は彼女をやっかみ、試合を申し込んだのだが、完膚なきまでの敗北を喫していたのだ。

 命乞いの上情けまでかけられたその敗北は、ヴィリエが眼前にした死の恐怖に粗相をしてしまったこともあって随分長いこと尾を引くことになった。

 

 しかしそれも最近になってやっと皆の記憶から薄れてきたのだ。

 そこにきて先の使い魔召喚の儀式である。あのタバサが失敗したのだ。本人は体調不良と言っていたようだが、ヴィリエはその様子をほくそ笑んだ。後に起こった誰もが知る落ちこぼれ、ゼロのルイズのなにも起きないという召喚失敗風景がタバサのそれと重なり、思わず声を出して笑ってしまった。さらにどうだ。翌日の朝ルイズが平民の使い魔を連れてきたのと同じように、タバサも平民を連れてくるではないか。しかもルイズが喚んだオコボレときた。彼は大声でタバサを罵倒し、笑った。あのタバサの落ちぶれ具合に笑いが止まらなかった。その後少々問題が起きて授業が中断されたが、再開された午後の授業をタバサは無断欠席し、ヴィリエは彼女が自身の使い魔を恥じて部屋に籠もったのだろうと考えて最高の気分であった。

 

 だが授業が終わってクラスメイト達と寮塔へ帰ろうとしたとき、学院の壁を飛び越えてくる巨大な影を皆が見つけた。風竜の幼生であった。夕日を照り返した事による赤とそれでも冴える青い鱗の輝きに、一瞬ヴィリエも見とれた。上級生の誰かの使い魔だろうかと思って見ていれば、下りてくるのはあのタバサと今朝一緒にいた平民ではないか。

 それを見ていた誰かが言った。

 

「あれがミス・タバサの使い魔か。腐っても風のトライアングルか」

 

「ああ。ゼロはまだしも、トライアングルが平民を召喚するわけがないよな。よく馴れているようだし、差し詰めあの平民は風竜の世話係か?」

「バカ見て見ろ。今朝もだったが手を繋いでいるぞ。あやしからぬ間柄なんじゃないか」

 

「……ミス・タバサは家柄も名乗れぬような庶子だ。片親は平民のはずさ。だから平民がお好きなんだろう」

 

 唯一同意できる意見に賛同し、鼻で笑いながらもヴィリエの内心は荒れていた。

 視線の先では平民が風竜の鼻先を撫で、気持ちよさそうななき声を上げたあと、手綱も無しに風竜はタバサ達の後を追っていく。ああまでいうことを聞く竜種は使い魔か王宮お抱えのよく調教されたものだけだ。

 その光景を視線で追いながら、ヴィリエは嘘だ! と思った。思い込もうとしていた。絶対にそんなはずはない。タバサは落ちこぼれたのだと叫びだしたかった。だがまだ調教馴れもしていないはずの幼生が言うことを聞くなど、使い魔しか考えられないのも確かだった。

 

 そして翌日、ミスタ・グラモンがあの平民と話しているのをヴィリエは聞いてしまった。先日は教室に入らなかったから外にいただけだ、と。

 結局、タバサはその実力に落ちぶれた点などないままであったのだ。

 

(気にくわない気にくわない気にくわない気にくわない!)

 

 過去の屈辱と先日の悔しさを思い出し、自分に目もくれない少女の背中にヴィリエはさらに激しく歯ぎしりすると、ふと思いついたイタズラに今度は口端を上げ、距離をとってからルーンを呟きワンドを軽く振るった。

 少々離れた場所で平民が風に足を取られ、派手に転ぶ。手を繋いでいた少女も引かれて難を受けそうになるがスタッフを支えにとどまった。ただその際に二人の手は離れてしまっていた。少年の方から離したようであった。

 

 そんな光景を見て、ヴィリエは愉悦に口元をさらに歪めていた。

 とどまりはしてもタバサが片膝を屈していたからである。

 一時でも満足したヴィリエは背を向けて立ち去ろうとした。彼は彼女に正面から相対する選択肢を無意識に排除していた。所詮その程度の度量しかない男であり、だからこそ自身のその浅慮さや浅ましさに気付かないのが彼であった。

 風の魔法はその軌跡が残らないことが最大の利点だ。詠唱を聴いていたり杖を振った瞬間を見ていなければどこの誰がやったのかわかるはずがない。

 にやにやとした口元のまま彼は杖をしまい、歩を進める。

 当然油断していた。

 

 やったらやり返される。それはこのハルケギニアでも同じだ。

 

 この完全に無防備な状態のときに足をとられた彼は、床に勢いよく口づけするとなにが起きたのか理解する間もなく気絶した。ラインクラスまでの魔法の実力はあっても、戦闘技術も経験も覚悟もない。杖より重たい物を持つ機会も少ない彼の打たれ弱さは折り紙付きであった。

 近くにいた生徒達がびっくりして、何もない場所で転んでのびているヴィリエに視線をやるが、にやついた顔のまま気絶した彼を皆はスルーした。

 

 一方、タバサは立ち上がりほこりを払ったトオルに手を差し出していた。

 

 トオルは立ち上がるときに一度ちらりと後ろを見ただけで、タバサに至っては一度も後ろを見ていなかった。音や空気の動きは感じ取っていたが。

 

「残滓から逆算して発動ですか」

 

 トオルの足元には、先ほど彼を引っかけた緑の流れが少しだけ残っている。そしてその端部にタバサはスタッフの石突きを突き立てていた。

 こくりと頷くタバサに、なるほどと彼も頷き返すと、手を繋ぎ直して二人でまた歩き出す。

 

 貴族と平民の男女が堂々と手を繋いでいることもあり、転ぶ前からも彼らは周囲の視線を集めていたが気にした様子もない。

 タバサもトオルも、以前から視線を無視することになれてしまっている人種であった。

 ただ話し声だけは注意する。二人だけにしか通じない話題は極力小さな声で話し合っていた。物によっては二人にとって最も親密な間柄であるキュルケやサイト達の前ですら耳打ちし合うほどだ。

 

「あなたが言った通りだった」

「? 僕がそんなやり方を教えたりしましたっけ?」

 

 首を横に振るタバサ。

 タバサはメイジにおける各系統の強さを示すトライアングル云々といった基準だけではなく、風を扱った技巧が元々非常に上手かった。細かな作業が可能な念力の魔法を用いずとも、さらに強力な出力を持つ風で同様かそれ以上の細かな作業が出来るほどであった。

 

 その技量がトオルと会ってからさらに上達している。

 明らかにこの『流れ』を知ったからだ。

 知って、トオルからいくつか利用法の可能性を聞き、言われた。

 力が欲しいのなら、考えなさい。考えることは――

 

「考えることは力」

 

 その返答にトオルが薄く笑うと、タバサは「続き」と促す。

 彼は先ほどまで話していた地球産の物語がどこまでいったかを数秒考え、物語を再開した。

 

 

 

 平賀透は考える。

 天から射す双月の明かりのみが光源の森の中。そこだけぽっかりと拓けた花畑の中心に座す透の腕の中に、タバサが収まっていた。彼女の両手もまた透の手の中にそれぞれ収まり、微妙な力加減からタバサの意志を推測して彼はゆっくりと動いていく。

 

 平賀透は努めて考える。

 時折腹の上でむずがるように動く小振りな臀部。二人の頬と頬は寄り添うというにはぴったりとくっついていて、一つの物のように離れることはない。重なった体重は敷き詰めた干し草をよりも深く沈ませている。

 

 平賀透は思考を分割裁断して内と外を隔てる。

 透に全体重をゆだね、まぶたを下ろして視界も任せ、呼吸のタイミングも合わせる少女。それでも合わせることが叶わない彼女の低めの体温も、鼓動と共に巡る血流に合わせて触れ合う全身から混ざっていく。

 

 平賀透は分割された思考の片隅で思っていた。

 

(……ここまでやるのは……信用されているのでしょうか。誘惑されているのでしょうか)

 

 タバサを後ろから抱くような体勢で、平賀透は一人、懊悩していた。

 

 透とて年頃なのだ。

 透の内部で分割された別の思考では、自分は年上好き自分は年上好き自分は年上好きと呪詛が唱えられ、その呪いを受けた体でもって鼓動すらも制御する彼の苦労は筆舌に尽くしがたい。

 病気のこともあり体と心を切り離すのは透の得意とするところではあったが、五感から訴えかけられる本能を抑えるのはやはり容易くはなかった。主に匂いとか、体温とか、肌触りとか。

 手繋ぎ程度であれば小さな子のお守り感覚でいられるが、身近な女性といえば母だけであった透にとって、これほど近くで異性を実感させられ続ければ平静などあってなきものである。それでもなんとか耐えしのげるのは、タバサを異性と意識するには彼女が少年にとって幼すぎたからであった。

 だが実はタバサの歳が透と一つしか変わらない事実を、彼はまだ知らない。

 

(言いだしっぺはこちらだから文句はないのですが、まさか四六時中『感覚共有』したうえ先日に引き続きこれは……まあ、それだけ本気ということですか)

 

 種族間名が人間には発音しにくかったためシルフィードと呼ぶことにした風韻竜の背に乗りやってきた学院外れの森の中。

 現在透は精霊の取り込みを停止させて、タバサの目線の高さを合わせた彼の視界を通し、彼女に精霊を繰る練習をさせていた。

 透の『取り込み』は彼の意志で段階的なオン・オフが可能であり、完全なオフにすると流れが彼の体を通らなくなることを利用してのものだった。

 通常全ての物体を通り過ぎる精霊の流れだが、特定の物品は通りづらくなることが二人の間で判明しており、それの代表格というのがメイジの持つ杖であった。メイジの精神力を通された杖は精霊の流れを通しづらくなり、ちょうど川の流れのなかに一本の木の棒が突き立ったように、その場で流れが滞り渦巻くようになるのだ。そしてメイジ達はこの滞った精霊をその精神力で掴まえ、寄せ集め、詠唱などで形を整えて別のエネルギーに一時変換することで魔法を起こす。それが透とタバサが考え出した系統魔法の構造だ。

 さらにメイジ各人の精神力によって通しづらい精霊の種類が決まっているようで、その通しづらい精霊とはつまり掴まえやすい精霊の種類と同義であり、杖先に滞った流れの色を見ればそのメイジが得意とする系統がすぐにわかるのだ。

 

 一般的にメイジはドット・ライン・トライアングル・スクウェアの四ランクに別れ、各ランクの画数に合わせて火・水・土・風の中から同一系統なり別系統なりで足せる数が増えていく。これは一回の魔法に込められる精神力の量にも差が出るため非常に重要なランク分けであり、基本的に自己申告や使った魔法からでしかそのランクを判別できないのだが、透の目だと杖の滞りの規模からそのメイジの実力も簡単に計ることが出来た。

 

 そしてこれが最も重要なことなのだが、使い魔ゆえにか透の体にタバサは精神力を通すことができたのだ。

 つまり透と手を繋いでいれば、彼を媒体に今のタバサは系統魔法が使えるのだ。

 

 さらにこれにより、精霊の流れを止めることでその身振り手振りで流れを動かせるようになる透の体をタバサが操って、本来であれば精神力で操作しなければいけない形を変える部分などを補助。人為的に作り上げた特定の流れの中に詠唱を交えることで通常と比べてより効率よく、より細かい魔法操作が可能となっていた。

 

 ただ残念ながら一度の魔法で掴まえられる精霊の量は精神力に比例しているようで、効率化で多少は向上したものの単純な威力に関してはそれほど大きな変化はなく、タバサが苦手とする土や火の系統も、彼女の精神力が元々掴まえるのを苦手としているために、風と同じように扱うという訳にはいきそうになかったが。

 

 それでも通常のメイジにはない大きなアドバンテージを得たタバサであったが、さすがに人前で杖無しの魔法を扱うわけにはいかなかった。先住魔法と同一視され異端認定を受けかねないからだ。そうなってしまえば最悪の場合殺されてしまう可能性もある。このハルケギニアの人間社会では、始祖ブリミルが広めた系統魔法以外は先住魔法と呼ばれ、宗教国家ロマリアの宗教庁から人類の敵と認定されている種族(エルフ)が使う魔法である為に、排斥されているからだった。

 そのためこうして夜遅くに他の誰もいない場所で操作の練習と効果の研究を行い、そこで得た成果を昼間に杖で再現出来るよう練習するということになったのだ。

 シルフィードを得た先日の夜から始めたばかりの訓練であったが、昼間ヴィリエにやり返したようにすでに杖での操作性向上は効果を現し始めていた。常時透と手を繋ぎ見続けたことで流れの中に法則性を見出し、例え見えなくてもタバサはそれをなんとなくで把握出来るようになりつつあったのだ。見た方が飛躍的に操作性は高くなるが、見なくても流れを知っているだけで魔法を使うことの捉え方が変わる。その結果だった。

 

(……実際問題、ここまですぐに予測した利用法を体現できるようになるには、ただ茫漠と見ているだけではなく相当に神経をすり減らせて観察する必要があるはずです。本当に向上心の塊のような方だ。……動機に面倒がなければ、もっと直接協力してあげられたのに)

 

 透はタバサから彼女の生い立ちや現在の状況、そして目的を聞き出していた。

 

 初めは彼女も誤魔化せるところは誤魔化そうとしていたらしい。

 だから召喚されたあの晩、最初に受けた相談は彼女の母親が患う病気についてのものだった。

 初めは診てもらいたい人がいるというもので、だがその一言だけで透は訝しんだ。彼女が契約時の名を隠そうとしていたことと、その目に宿る凝り固まったなにかが気になっていたのだ。

 

 だから聞き出した。治療するにしても何も知らないとどうしようもないから、と。

 タバサの口から出たのは、特殊な毒で心を狂わされた母親のこと。手を尽くしたが治療する手立てが見つからないこと。治すために透の知識を借りたいこと。もし知識になくても魔法薬で狂ったのだから、この目で見れば治療法が見つかるかもしれないということだった。

 

 正直透は頭を抱えたくなった。この少女には、話していないもっと危険な事情がまだあると悟ったからだ。

 生かさず殺さずの治療法がないほど強力で珍しい毒。隠したい名前。封建制度上での貴族。

 この時点で透はハルケギニアの人間と地球の人間に驚くほどその性質に差がないことを理解していた。地球ではありえない特殊な髪色の人が当たり前に存在するのだ。本来ならもっと違う文化や精神性が育っていてもおかしくないのに、不思議と人間性や創造性はほとんど彼の想定の範囲内だった。

 だからルイズの部屋でハルケギニア地図を見たとき、ここが本当の意味での異世界であると同時に想定の範囲内であった理由を納得したものだ。なにせ現在のハルケギニアはヨーロッパのそれと酷似した土地を有しており、諸国の名前も聞き覚えのあるものばかり。一部動植物は地球にも存在するもので、幻獣は地球の伝説に語られるファンタジー達。地図がまったく同じではないのは技術や文化の練度が最大の原因だろう。重力も空気も話に聞く病気の傾向も地球と同じなわけである。なんのことはない。ハルケギニアとは透達が住んでいた世界にとっての平行世界で、どこか別の星などではなく、ここもれっきとした地球なのだから。基本の文化やらなにやらが似て当たり前なのだ。月や魔法などの差違はあれど、その程度では人間性という根幹は変えられないらしい。

 

 つまり人間が持つ慈悲深さの果ても、悪辣さの果ても、同程度ということだ。

 

 そして人間性がそう変わらないのなら、先のタバサの身内話で何かあると思わない方がどうかしている。

 透がタバサとの契約を嫌がらなかったのは、すでに兄が例になってしまっていたからといのもあったが、なによりもルイズやコルベール以外の後ろ盾が欲しいと思ったからだった。すでにルイズという基盤を得ていた透は、タバサをもしもの際の基盤にしたかったのだ。

 感覚共有を忘れていたことは過ぎたこととしても、まさかこんなところに地雷があるとは思ってもみなかった。

 会ったばかりのときに感じた違和感は平民を喚んでしまった貴族の反応(ルイズ)と同じ理由程度にしか考えておらず、故にコルベールに説明された途端彼女のその違和感が取れたのも有用性を理解したからだと思った。

 別に透は表情や心情を読むのに長けているわけではない。無表情なタバサの思考で読めるのはあくまでなんとなくの範囲内であり、感じとれるのは違和感ぐらいなものだ。ただタバサの目が放つ凝り固まった感触は透がよく知っているものであり、こうと決めたことをどんな手でも使って実行するその頑迷さや意志力を、これまで身近に感じていたからこそ気付いただけの話だった。そして最初から上手く誘導できれば、この性格自体に危険性はないことも知っていた。

 

 だがだからこそ頭を抱えたくなるのだ。

 タバサにはそう簡単には人に話せない事情があり、目的もある。そしてそれをどんな手を使ってでも達成させる気概がすでに備わっている。つまり誘導するための最初の部分がとっくに決まってしまっているのだ。母親の話から察するに、タバサという存在の根底には有力者達によるなんらかの闘争があるのはわかりきっている。そして彼女の母親は毒に狂っても生かされており、タバサ自身もまた生かされている。この生かされている状態になんらかの意味があるはずなのだ。下手に解毒させたら彼女の身も透の身も危ない可能性があった。

 だが彼女にこの能力がばれてしまった以上、透は弱みを握られてしまったのと同じだ。この精霊を知覚する能力は明らかな異端であり、それこそ全ての協力を拒否して逃げれば然るべきところに報告が行きかねない。確実にそれは兄も巻き込んでしまうことになるだろう。ルイズ単独の意志しか示されていないヴァリエール家の助力がどこまで得られるか分からない現状、それだけはなんとしても透は回避したかった。

 

 結局この時点で透に出来ることは踏み込むことだけであった。

 相談された母親の件だけ協力して、それ以上踏み込まない方がいいという選択肢はない。その選択肢はよっぽどの強者か中途半端な愚者が取るものだ。透は目の前にある問題を先送りして後に解決できるほどの力もなければ、見過ごして未来を運に託すほどの愚かしさも持ち合わせていない。

 母親の件に協力してその後に知らずに最悪を向かえるより、知っていて事前に最善を尽くせる準備をした方が生存率は高くなる。直接的な行動手段が才人と比べて少ない透にとってそれは絶対だった。

 何事もなければそれでいいのだ。もしもの際のために知っておきたい。要はそれだけだった。

 それにタバサのようなある種の頑固さを持った性格なら、知っているが故のなあなあで協力を求められる事はないだろうという考えもあった。やるならば彼女の場合は強要だ。そして彼女が強要及び脅迫しなければいけない状況になっている場合、つまり追い詰められている場合、透が知っていても知らなくても同じだ。結局は強要される。

 

 だからすぐに踏み込んだのだ。

 そうして透が治療に協力するかどうか決めるためと言い訳し、説得してタバサから聞き出したものは、考えうる限り最悪な状況といってよかった。

 トリステインの隣国、ガリア王国がタバサの祖国であり、彼女はそこの現王、ジョゼフ一世の王弟であり今は亡きオルレアン公シャルルの一人娘だというのだ。さらにオルレアン公の死因はジョゼフ一世による暗殺であり、タバサの母であるオルレアン夫人はタバサを庇って毒杯をあおり、心を狂わされたという。

 

 タバサの目的は母の治療と、ジョゼフ一世への復讐。

 

 現在タバサの母は旧オルレアン公領、現王家直轄領の屋敷にいるもののその身柄は人質同然であり、タバサ自身もガリアの特殊部隊に配置され、度々呼び出されてはいつ死ぬかわからない名誉なき任務に就かされている。

 わざわざ他国のトリステイン魔法学院に通わされているのは厄介払いのようなものらしく、ほとんど粛正されてしまったが、残存するオルレアン派への牽制の意味があるのかもしれないとのことだった。

 話によればガリアはハルケギニアでも最大規模の国だという。そこで起きた王位継承権争いで負けた側に属し、またその敗者達が復活するための御輿にもなりえるタバサ。しかも彼女の望みは現王への復讐ときている。

 

 危険すぎる。

 

 タバサの側は大規模な火薬庫に火の着いた導火線が繋がっているのと同義だ。

 下手をしなくても国家規模の問題であり、母親を治療することすら実際はままならない状況だろう。この場合そのオルレアンの屋敷には見張りがいる可能性が高い。母親を逃がせばもちろん、知らぬ者が屋敷に入っても現王派の元へ知らせがいくものと考えた方がいい。このトリステイン魔法学院も同様だ。タバサと行動を共にすればたちまち透の存在は向こうの知れるところとなるのだ。

 とはいえこの頼みすら断るのはタバサの心情からするとよろしくない。

 精霊知覚の能力を知られている以上、彼女は是が非でも協力を求めてくるはずだ。治療手段としてだけではない、今は気付いていないかもしれないが復讐の手段としてもこの力は有効になりえる。しかもこれ自体が透への脅迫材料になるのだから無関係ではいられない。彼女のいうことが本当であれば、特殊部隊に所属し実戦経験も豊富なタバサは、透を殺すことも無力化することも簡単にできるはずだ。

 だから誤魔化しでもいいから折衷案が必要だった。もしくは状況を無効化出来る搦め手だ。いずれにせよ、使い魔となり関わってしまった以上危険を冒さないで済む方法はないのだ。ならば――

 

 透は正直に自分の情報を開示した。

 自分が異世界人だという素性を明かし、この能力もここに来てからのもののため馴れてないこと。魔法のない世界から来たため魔法薬による発狂の治療法は見当もつかないこと。そのためすぐにその母親の下へ行くのではなく、まずこの能力で出来ることを把握してからの方が良いということを話した。

 そして最後に、タバサに可能性を示した。

 

 ――この精霊の流れがもし魔法に影響を及ぼすならば、復讐するための『力』を求めているタバサはそこから得るものもあるのでは? 必要なときに精霊の研究として触れていれば、治療法に関してだけではなく『力』に関してもなにかしらの収穫があるかもしれない。もしこの精霊が僕の想像通りの存在であれば、戦いに使える利用法も教授できるでしょう。治すための知恵にせよ、倒すための力にせよ、貴女が我を通す『力』が欲しいのなら、考えなさい。考えることは『力』になります。そして――

 

 結局、あの晩透がタバサに語ったのは全部本当のことだけだ。

 ただすぐに母親の下へ向かおうとするなどの行動には至らないようにしただけで、結果的にはタバサを煽るようなかたちになった。

 そしてタバサは透の言葉を真に受けて、彼の予想を超える貪欲さで精霊の流れを把握しようと手を繋ぎ続けている。その為に学院中に自分達の噂が広まるのも気にした様子はない。自身の内に秘めた目的の為にはこの程度、犠牲の内には入らないのだろう。

 

 しかしこれでいい。透はそう考えていた。予定外に自分も恥ずかしい思いをすることになったが、とりあえず今は思った通りに事が運んでいる。むしろタバサの勤勉さや、シルフィードのような完全なイレギュラーの味方も得ることが出来た。順調だ。

 

 タバサがまぶたを上げた。自分の目で魔法の発動を見届けるためだ。

 

 望んだ通りのかたちになった精霊の流れにタバサが精神力を込め、ルーンを唱える。

 

 ――ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ――

 

 ウィンディ・アイシクル。

 

 最大効率化されたトライアングルクラスの氷雪魔法が発現する。

 通常であれば無数の氷の矢が対象に襲いかかる魔法なのだが、現れたのは指先に似た鏃部分だけであり、そしてその表面には螺旋を描くように溝が掘られていた。透が教えたその形状は地球の弾丸だ。

 そして矢よりも体積が少なくなった分、数を何倍にも増ました無数の弾丸がその場で回転を始め、飛び出していく。

 的にされた巨木が連続的に乾いた音を上げ、腰を折るように倒れた。まだ残っていた弾丸がさらに奥の木も撃ち抜き、砕いて倒してやっと連射が終わる。

 だが、

 

 ――ウィンデ――

 

 再度精神力を流し込み、ルーンの一部だけをタバサが唱える。

 すると先とまったく同じウィンディ・アイシクルが発現した。それはやはり同じように木を穿ち砕き倒し、その途中でさらにタバサが、

 

 ――ハガラース――

 

 ジャベリンの魔法を発現させる。これは滑らかな騎乗槍(ランス)に螺旋の溝が掘られたかたちだった。

 このジャベリンは回転しながら他の巨木を穿つと、そのまま貫通して森の奥へ消えていってしまった。

 また静かになった森の中で、透はタバサから離した手で自分の顎をさすった。

 

「事前準備をすることで同一の詠唱(スペル)部分を破棄発動。上手くいきましたね。使い勝手の方はどうです?」

「準備が長い」

「ふうむ。準備しておくにしても流れは動き続けますしね。準備完了からの使用期限が一分ももちそうにないですし、このままでの実用は厳しいですか。一応僕の方でも考えておきましょう。まあそれでは、矢や槍の形状変化と回転を加えることによる威力強化。これは良い具合のようでしたが、こちらの方は?」

「予想以上」

「ではこちらのイメージをしっかり持って次からは魔法を使いましょう。こちらももっといい形がないか考えておきます」

 

 黙ったままいつも通りこくりと頷いたタバサに、透は首を傾げた。

 

「どうかしました?」

「……なぜ、ここまでよくしてくれる?」

 

 唐突な、しかし先ほどまでの彼の思考をよんでいたかのような問いに、透はいつも通りの苦笑で答えると、タバサのを立ち上がらせて自分も起き上がる。

 会って三日。すでに二人の意思疎通はキュルケも驚く域に達していたが、その事実に二人は気付かない。

 

「言ったでしょう? 考えることは力になります。そして、信頼できる味方を得ることも力になる、と。だからまず実践しているだけです。正直、僕は貴女に巻き込まれると迷惑を被る。ですがすでに巻き込まれてしまっている。逃げることも出来そうにない。わかっているでしょう? だからこそ進んで味方になり、最大効率で目的を達成して僕の被害を最小限に抑える。そのために事情を聞いて、話して、互いの利益を擦り合わせて、必要最低限かつ必要最大限で味方する。――僕が考えた、生きるための『力』ですよ」

 

 それが透の答えだった。タバサを御するために吐いた戯れ言だ。全て正直に話し、彼女が透達に害をなさない限りは味方する。要約するとたったそれだけの約束をしたのだ。

 

「――でも、」

 

 それなら目立つのは――とタバサが言おうとして、続けられなかった。

 

「だってタバサ、味方少ないでしょう?」

 

 タバサは考え込むように俯き、結局また頷くだけだった。だが透はそんなタバサに笑いかけて口笛を吹く。双月に影が差し、シルフィードが下りてくる。

 

 透の下した決定は、人によっては子供だましで甘いだけの行動だと断じるだろう。

 だがよくある切り捨てるだけの大人な思考を、透は浅慮なものだと考えていた。

 そして考えもなしに行動しているわけでもなかった。

 

「自惚れないで下さい。互いのことを知り合い、そして利用しあう。考えた結果、これが最も貴女と相対したときに被害が少ないと行き着いただけです」

 

 繋いだ手を少年が引く。

 

 タバサは多弁なその少年の背中を、見上げることしかできなかった。

 

 

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