オープニング 【速報】下がる男、また下がる
東京、秋葉原。
私立輝明学園秋葉原分校へと向かう通学路は、学生達であふれていた。
制服姿の少年少女たちは皆楽しそうに学校へと向かっているが、そんな中に一人、通学用鞄をしっかと抱きしめて左右を確認――むしろ異様なまでに警戒している学生がいた。
「なあ、くれは。 空中に怪しいクレーンが浮いてるとか、黒塗りの車がうろうろしてるとか、どこからかヘリのローター音が聞こえてくるとか、そういったことはないよな?」
彼の名前は柊蓮司。ウィザードであり、これまで何度も世界を救ってきた歴戦の魔剣使いである。ついこの間もあの金色の魔王が手を引いていた事件を解決したばかりで、ウィザードの間では(いろいろな意味で)有名である。この挙動不審な様子からはとてもそうとは見えないが。
「はわ、別に何もないみたいだけど? それよりひーらぎ、はやくしないと遅刻しちゃうよー?」
あきれた表情で柊に呼びかけている巫女装束をまとった少女。彼女は赤羽くれは、柊の幼馴染みである。彼女も柊と同じくウィザードで、服装でわかるように巫女である。
くれはは柊に文句を言いながらも、律儀に彼を待っている。
「おう、今行く……あ?」
柊が上下左右をしっかり確認し終え、一歩足を踏み出そうとした時。どこからかみょんみょんとものすごく怪しい音が聞こえてきた。
「な、なんだッ……!?」
慌てて柊は音の発生源――そう、柊が唯一確認していなかった背後――を確認しようと、慌てて振り返った。
地面にあいた黒い穴、そしてそこから伸びてきている巨大なマジックハンド。どうやら怪しい音の発生源はこのマジックハンドらしい。何故こんな音を発生させる必要があるのかは謎だが。
「≪柊キャッチャーVer2.1≫……」
柊がマジックハンドに刻印されている名称らしきものを顔を引きつらせながら読み上げる。その言葉に反応したのか、マジックハンドがわきわきと怪しい動きでうごめきだす。
「ま、待てッ、俺は学校に――!」
だが柊が最期まで台詞を言い切らぬうちに、マジックハンドは無情にも柊の頭を鷲掴みにした。そして「首がもげるっ!?」という柊の悲鳴を無視したまま、行き先の想像のつく黒い穴へと柊を引きずり込んでいった。そして柊とマジックハンドが消えると、その黒い穴も何事もなかったかのように綺麗に消え去った。
「はわー、柊、相変わらずだねー。いってらっしゃーい」
残されたくれはは、柊の消えていった空間へとのんきに手を振った。
これも彼女からすると、十分日常の範囲内なのだった。
虚空に浮かぶ城、アンゼロット宮殿。この世界の守護者の住まう城。その城の主たる銀髪の少女が、紅茶のカップを片手に可愛らしい仕草で言った。
「アンゼロット宮殿へようこそいらっしゃいました、柊さん。さて、此度の任務ですが……」
「ってやっぱりまたお前か、アンゼロット!」
台詞をさえぎられた少女――アンゼロットが不満そうに首を横に振る。
「もう、人の言葉をさえぎるなんて、礼儀がなっていませんね」
「人を登校中に拉致するやつが何いってんだっ!? 出席日数やばいんだぞっ! 卒業できなかったらどうするんだよっ!?」
柊が必死に抗弁するものの、アンゼロットはそれもどこ吹く風といった具合で少々人の悪い笑みを浮かべている。
「わかっていませんね、柊さん。世界の危機の前では貴方の出席日数や卒業など些細なことですよ。それにほら、学年が下がった後なら、留年ぐらいどうってことないでしょう?」
「んなわけあるかっ!」
血を吐くような柊の叫びを無視して、アンゼロットは勝手に話を進めた。
「さて此度の任務ですが。柊さん、貴方には魔王級エミュレイターと戦ってもらいます」
「無視かよ……今回はそいつを倒すだけなんだな?」
「ええ、そうです。ただし……」
アンゼロットがそこで言葉を切り、微笑む。
「……ただし?」
その笑顔にものすごくいやな予感がするが、一応聞き返す。十中八九ろくでもない返事が返ってくる気がする。
「いいですか、柊さん……今回、あなたの年齢は小学生程度でなくてはならないのです」
「ちょっと待てっ!? またか!? また下がるのか!?」
「あの魔王にはある世界律が働いています。そのため、肉体年齢がだいたい中学生以上だとダメージが通らないのです……なんということでしょう」
「そんな世界律があるかっ!」
わざとらしいぐらいに悲痛な声で説明するアンゼロットに柊がツッコミを入れる。しかし、もちろんそれも無視して説明を続けていくアンゼロット。
「よってあの魔王ロリショタ(仮名)は……」
「まてまてまてまて」
「どうかしましたか、柊さん?」
「なんなんだよ、ネーミングセンスはっ!?」
「わかりやすいでしょう?」
「た、確かにわかりやすいけれどっ……!」
「最初にかの魔王と交戦したウィザード部隊は攻撃が通らずに壊滅しました。低年齢で編成した精鋭部隊も送り込んだのですが……」
そう言ってアンゼロットは沈痛な表情で首を横に振る。何故かどこからか「うわーだめだー」という幻聴が聞こえてきたが、気のせいだろう。
「と、いうことでこの紅茶をどうぞ、柊さん」
アンゼロットが手に持っていた紅茶のカップを差し出す。柊はそれにあわせてじりじりと後ずさる。
「だからってなんで俺じゃないとダメなんだよ。他のヤツでもいいだろ、年齢下げるんだったら」
ただでさえレベルだの学年だのが下がって“下がる男”などと呼ばれているのだから、これ以上ネタを増やしたくない。そう思って何とか年齢を下げられるのを必死に回避しようと抵抗する。
しかしアンゼロットは笑顔で非情なことを言った。
「だってその方がおもしろいじゃないんですか♪」
「そんな理由か!? そんな理由で俺の出席日数がっ!?」
「わがままですね――「どっちが!?」――あ」
そこでアンゼロットは何か思いついたようにぽん、と手をたたく。
「柊さんは柊力のおかげで色々下げやすい、ということでどうでしょう?」
「どうでしょう、じゃねえ! いらんわ、そんな設定! むしろその設定まだ生きてたのか!?」
「もう、往生際が悪いですね。ちゃちゃっとやっちゃいましょう」
柊のあきらめの悪さに業を煮やしたアンゼロットがそう言うと、周りで待機していたロンギヌスのメンバーが素早く柊を羽交い締めにした。
「うおおおお! は、はなせえええぇぇ!」
必死に抵抗する柊。アンゼロットは紅茶のカップを持ち上げると、イイ笑顔を浮かべた。
「さあ、柊さん。ぐぐっといっちゃってください♪ 安心してください、年齢以外は何も下がりませんから」
「安心できるか――ゴボッ!?」
反射的に文句を言ったが、口を開いたタイミングで無理矢理紅茶を流し込まれた。
そして。
「あらあら、かわいらしくなりましたねー、柊さん」
柊は、八歳ぐらいの姿になり、服も着替えさせられている。紺色のブレザーに半ズボン。輝明学園初等部の制服である。
「うぐっ……」
さすがに実際の年齢で考えると半ズボンは恥ずかしい。外見的には今は問題なくても。柊は怒り半分羞恥半分でぷるぷると拳を震わせている。
「ふふふ、こうやって柊さんを見下す……コホン。見下ろすのも悪くないですね」
「まて、今、
「それがどうかしました?」
「…………」
文句を言ったが、アンゼロットの返答とそのイイ笑顔を見て何を言っても無駄だと悟った。
どうあがいても聞き流される、間違いなく。
「もういい、さっさのあんな魔王倒して終わらせてやる! そうすりゃなんとか学校に……!」
「やっとやる気にやってもらえましたね。それでは早速現地に行ってもらいましょう。
今、魔王は太平洋上空で足止めしてあります。なので、これを」
アンゼロットが合図すると、柊の近くにいたロンギヌスが柊に箒を手渡す。アンブラ社製の高機動型
不機嫌そうな柊はそれをひったくるようにして受け取った。
「それでは、いってらっしゃい♪」
その言葉と同時に、にっこりと微笑んだアンゼロットが謎の紐を引っ張る。それに連動するように、柊がそれまで立っていた床がぱかっと抜けた。
「ってこんな出撃かよおおおおおおおおお!」
柊の叫び声は彼自身と共に飲み込まれて消えていった。
外は昼間であるというのに、月匣の中は星々が浮かぶ幻想的な夜空だった。星々の光も妖しく染め上げる禍々しい紅い月がこの異常をより際だたせている。
場所は太平洋上空。
揺れる波に、星光と月光がちらちらと浮かぶ空。その中心に在るは、二本の角を持つ獣人のような姿をした魔王。飛行魔法によって飛ぶその姿はうっすらと光を放っている。
波と光だけが揺らめく、停滞した空間。それをかき乱すように宙に光が走った。青白く輝く、転移魔法の光。
――そして、流星の如く弧を描く、
それを感知した魔王は
「――ッ、あっぶねえな、おい!」
崩れかけた体勢を立て直しながら柊は
「アンゼロットのヤツ……こんなところにいきなり投げ出すかよ、普通」
さすがにアンゼロット城から落とされたと思ったらそのまま魔王の正面に落ちてきたなどと、想定外にもほどがある。そんな愚痴をこぼしながらも柊は魔王へと向き直った。攻撃を回避された魔王は、次弾を撃つべく魔力を集め、魔法を放とうとしている。
「させるかッ!」
そう叫んで柊はプラーナを解放する。
魔法が放たれるよりも早く、
「……あれ?」
思い切り
「あ、アンゼロットのやつ、何が年齢以外は下がってないだっ! リーチが短くなった分、不利じゃねえか!」
あらあら柊さん、リーチは短くなっても下がりませんから私は嘘は言ってませんよ。
そんなことを笑顔で言い放つアンゼロットが脳裏に浮かぶが、柊はかぶりをふってその幻影を振り払った。
「リーチが足りないっていうんだったら……≪エア・ブレード≫!」
柊の魔剣の周囲の空気が唸りを上げ、刃が風を纏う。
背丈に合わない巨大な剣を思い切り振り抜く。そして今度は風の刃が魔王の躯を捉えた。魔王の躯が上下に分かたれる。
「やったか?」
真っ二つに斬られた魔王を見て柊が呟く。そんな柊に熱量を帯びた光が雨のように降り注いだ。魔王が切り裂かれる前に放った攻撃魔法の≪ジャッジメント・レイ≫。柊はそれを魔剣で受けて耐えた。
「ぐっ……」
魔剣で受け流したことでダメージは軽減したが、それでも元々魔法防御の低い魔剣使いである柊からすれば傷は浅くない。傷を負った右腕からは血が流れている。
「支援役もいねえし、こりゃ長期戦は不利だな……」
一気に決めるしかない、と魔剣を構え直して魔王へと接近する。柊の右腕から流れる血が魔剣へと吸い込まれ、主の生命の力を取り込んだ魔剣は、刀身に刻まれた魔術文字を強く煌めかせた。一撃ぐらいなら食らってもとどめをさせるはず、と魔王の懐へ飛び込もうと
「ちょっ、まて、そんなのありかっ!?」
柊が魔王へ向けて箒を加速させた瞬間、二つに分断されていた魔王がまるで逆再生されたかのようなに回復し、柊へと向けて天属性の上位魔法≪ディバイン・コロナ≫を解き放った。
加速しているこの状態では真っ直ぐに飛んでくる魔法を回避できないと悟った柊はとっさに
「あ、あっぶねー……」
無理な機動で不安定になっていた体勢を整える。さらに
この状態から、回避できるか。――否。
「……≪魔器解放≫ッ!」
全力で迎え撃つ!
そう判断した柊は、魔剣の真の力を解き放ち、プラーナを解放して魔剣を思い切り振るった。
ぶつかり合う魔王の魔力と、魔剣の力。二つの力は拮抗するかのように、強く光を放つ。
その目映いばかりの光は段々と輝きを増していく。目を開けていられないほどのその光は、ついに臨界を突破した。――魔力の暴走という形で。
「なッ……!?」
光は爆発するように辺りへと広がっていき、すべてを飲み込んでいく。魔王も、そして柊も。
そして視界すべてを埋め尽くすほどの閃光が走り、それが収まった時には。
魔王と柊はこの世界――ファー・ジ・アースから消えた。