「魔法を使ってみろ」
エヴァンジェリンに呼び出されて(連行されたとも言う)早々にそう言われた千雨は顔をしかめた。
「いやだ」
「そうも言っていられないだろう。魔王との戦闘となれば魔法は使わずにいられまい」
「非日常なことはあんまりやりたくねーんだよ。別に使い方くらいわかる、その時が来たらでいいだろ」
「いや、ぶっつけ本番はさすがに危ないだろ。一応練習しておいた方がいいって」
嫌がる千雨だったが、柊も魔法を使うことを勧めてくる。
「外してしまっても問題ありません、マスターの後ろは池になっているので周りに被害はありません」
茶々丸も同様だ。茶々丸の言う通り、場所はエヴァンジェリン宅の裏手にある森の中の池で、周りに人もいない。池の前に立つエヴァンジェリンに魔法を撃っても他人に被害はないだろうし、自然を破壊することもないだろう。
「ええい、いいから魔法を撃ってみろ」
「そういわれてもな……」
みんなからいろいろ言われているが、そう言って渋る千雨。
「障壁があるからある程度の魔法は防げる、見習い程度の魔法なら問題ない」
「ああ、もう、わかったよ」
ふんぞり返って言うエヴァンジェリンに千雨も諦めた。千雨からすると、クラスメイトに向けて攻撃魔法を撃つというのはさすがに怖い。なので、攻撃ではない魔法を選択した。ピグマリオン内の魔導書エメラルド・タブレットにアクセスして魔法を呼び出す。そして右手をエヴァンジェリンの方へと伸ばし、そこから魔法を撃ち出す。
「――≪タンブリング・ダウン≫!」
「え?」
攻撃魔法が来ると思っていたエヴァンジェリンは予想外の魔法に
「ふぎゃー!?」
「ちょ!? あれだけ偉そうに言っていてまともに喰らうのかよ!?」
柊も思わずツッコミをいれる。千雨もエヴァンジェリンの醜態にさすがに顔をひきつらせている。
「マスター!」
慌てて茶々丸が救出に行く。泳げないエヴァンジェリンは、あっぷあっぷと溺れかけているところを無事に茶々丸に回収された。びしょ濡れでくしゃみをしているのであまり無事とは言い難いが。
「くしゅっ! うう……普通攻撃魔法を撃つところだろう、あそこは!」
「う、うるさいな! 魔法の指定はなかったからいいだろ!」
「くっ……!」
「そもそも、私が使える魔法はサポートメインで攻撃魔法はひとつしか知らねーんだ」
実際、千雨の持つスキルは味方の補助が主で、攻撃系はほとんどない。
「マスター、このまま外に居てはお体に障ります」
そう言う茶々丸に連れられてエヴァンジェリンは家の中へと戻っていった。柊と千雨もとりあえずそれに続いた。
「うう……とにかく、魔法の発動には問題ないようだな」
毛布にくるまり、温かい紅茶を飲んだエヴァンジェリンが言う。
「ああ……その、大丈夫か?」
自分が魔法を撃ったためこのようなことになっているので、千雨はばつが悪かった。
「ふ、ふん、不老不死の吸血鬼の私が風邪などひくものか……! くしゅっ」
「……本当に大丈夫なのかよ」
柊がそう言った時、部屋に0-Phoneの着信音が響いた。発信元がわかりきっているため、少し嫌そうな顔をする。
「アンゼロットか……いったいなんだ?」
通話状態ににした柊が言う。今日も謎の技術で立体映像でアンゼロットの姿が表示される。
『なんだとはなんですか、柊さん。せっかくこちらから支援物資を送ろうと連絡したというのに……』
「支援物資?」
『はい。そちらではこちらと同じような回復薬などは手に入らないでしょうし、こちらからそちらにポーションなどを補充しようと思いまして』
「それは助かる。元々人手も足りてないんだ、千雨が支援系らしいけど、ポーションもある方が安全だしな。月匣内で雑魚相手に消耗することもあるだろうしな」
『そうでしょう。私に感謝してくださいね』
笑顔でいうアンゼロットに柊は引きつった顔になる。素直に感謝できない、と思ったが口には出さないことにした。
『それでは、支援物資を柊さんの月衣に送りますね』
そうアンゼロットが言い、0-Phoneの向こう側からぐいんぐいんと謎の機械の動作音が聞こえてくる。
そうして、次の瞬間。
「……え?」
千雨の月衣から物が溢れ出した。そう、千雨が月衣に隠していたコスプレ衣装たちが。
『あ……あら?』
ばさばさと音を立てて無情に床に散らばっていくコスプレ衣装。
「うあ……うあぁぁぁ――!」
千雨が言葉にならない悲鳴を上げる。
「み、見るなっ! これは、ええと、その……」
慌てて千雨は月衣へコスプレ衣装を戻そうとするが、月衣に衣装を入れたそばから別の衣装が落ちてくる。
『……どうやら、柊さんと千雨さんの月衣を間違えて送ってしまったようです』
送られてきたポーション類が千雨の月衣の収納限界を超え、その分のものが月衣からあふれているということのようだった。
「なんだ、これは?」
事情のよくわかっていないエヴァンジェリンが千雨のコスプレ衣装を見て言う。
「あー……これはコスプレってやつだ」
「説明するなッ!」
エヴァンジェリンに説明しようとした柊に千雨が怒鳴る。
「いや、俺、元々アキバに住んでたからこういうの割と普通で……」
「いいから黙れッ!」
そう怒鳴られて柊は素直に黙ることにした。そうしてひとしきり怒鳴った千雨はがっくりと膝をつき、床に落ちたコスプレ衣装を手元に引き寄せながらぶつぶつ呟きだした。
「うう……もうダメだ……私はこれからコスプレ勇者(笑)とか言われるようになるんだ……ははは……」
「お、おい、アンゼロット。さすがにこれは酷すぎるだろ。さすがにちょっとした嫌がらせにしては度が過ぎるというか……」
その千雨の様子がひどいくらい可哀想になった柊はアンゼロットに言った。
『ちが、違うんです! 今回のは本当に事故で……』
「…………」
うさんくさい、と言いたげな目で柊はアンゼロットを見る。
『本当なんです! お二人の月衣の位置が近かったからドジっ子ロンギヌスがちょっとミスをして……』
「…………」
やっぱりうさんくさい、と柊の目が語っている。
『ちょっ、信じてください!』
「いや、日頃の行いがなぁ……」
そんなやりとりをしているファー・ジ・アース組のむこうで、麻帆良学園組はというと。
「その、よくわからんが、ちょっと変わった服なだけだろう?」
「…………」
コスプレ衣装を手にどんよりとした千雨を毛布を被ったエヴァンジェリンが励ますというよくわからない風景になっていた。
「ほら、それくらいなら私も似たような服は持っているから……」
「…………」
ちなみに茶々丸はというと。
「マスター、頑張って下さい……!」
必死に千雨を慰めるエヴァンジェリンを、物陰から応援していた。
そうして、いろいろがぐだぐだになったまま、千雨への魔法のレッスンは終了したのであった。