エヴァンジェリンが風邪で寝込んだ。
前日、強がって風邪などひかないと言っていたが、結局風邪には勝てなかったらしい。
「うう~~この私がこんな……!」
「すいません柊さん、マスターの看病をお願いしてしまって……」
「いいって。薬貰ってくるんだろ、行ってこいよ」
薬をもらいに大学の研究室へ向かう茶々丸を見送る柊。柊はエヴァンジェリンの看病をすることになっていた。と、いってもお粥などはある程度茶々丸が用意している。ただ、材料の買い置きがないため、帰宅時に買い物をしてくるとのことだった。
そうして茶々丸が出かけて行ってからしばらくして、エヴァンジェリン宅の入り口のベルが鳴らされた。
「あのー、こんにちはー」
「あ、はーい」
慌てて柊は入り口の方へと向かう。そこには小学生くらいの少年が立っていた。
「あれ、エヴァンジェリンの同級生か? 今、授業中じゃ?」
見た目からして少し小さいが少年を見てエヴァンジェリンの同級生と考える柊。しかし柊は気づいていなかったが、エヴァンジェリンの通う中学は女子校なのでそれはあり得ない。
「あ、いえ、担任のネギです。家庭訪問に来ました」
「先生……?」
一瞬不思議に思った柊だったが、輝明学園にもかなり若い教師がいることを思い出しておかしくもないかと思った。
「あの、エヴァンジェリンさんは……」
「エヴァンジェリンなら今、風邪ひいて二階で寝てんだけど……」
「えええ!?」
「そんなに驚くことか? 吸血鬼でも風邪くらいひくだろ」
「え、なんで吸血鬼って知って――!?」
「いや、その年齢で先生やってるってことは魔法関係だろ?」
柊の中では非常識なものは全て
「き、キミも魔法使い……?」
同年代扱いされた柊蓮司の心に軽減不可の100ダメージ。そう言われてどんよりいきなり落ち込んだ柊を見たネギは首をかしげた。
「ど、どうしたの?」
「いや……なんでもない……確かに俺は魔法使いだ。それで、先生はとりあえず、エヴァンジェリンの見舞いってことだよな?」
「え、あの、いや、でも、彼女は真祖の吸血鬼ですよ、風邪なんて――」
「昨日、本人もそう言っていたけど結局風邪で寝てるぜ」
「余計なことは言うな、柊蓮司ッ!」
ふらふらしながらもバンと音を立てて扉を開け、エヴァンジェリンが怒鳴った。
「いや、熱あったじゃねーか。おとなしく寝てろよ」
呆れた様子の柊を無視して、エヴァンジェリンはネギと向き合った。
「よく一人で来たな……くしゅっ」
威厳を出そうとしたがくしゃみをして失敗した。
「ううぅ……それで何のようだ?」
「は、果たし状を持ってきました! 僕が勝ったら、サボらずに授業に出て下さい!」
そう言ってネギが懐から果たし状を取り出す。そのネギの言葉を聞いた柊が瞠目する。
「エヴァンジェリン……授業をサボるなんてなんてことを――!」
「ええい、うるさい! 柊蓮司、貴様はどっちの味方だ!?」
「そりゃあ今はエヴァンジェリンの協力者ってなってるけどよ。授業は出た方がいいぜ……」
遠い目をして言う柊。そんな柊を見てネギは疑問に思ったことを口にする。
「あれ? でも柊くんだっけ? 今、初等部も授業中じゃ――」
小学生扱いされたあげく授業に出られていない事実を突きつけられた柊蓮司の心に軽減不可の200ダメージ。再びどんよりと落ち込む柊。そんな柊を無視してエヴァンジェリンは言う。
「ふん、そこの下がる男はどうでもいい、それより決着を……つけ……」
話している最中にエヴァンジェリンを目眩が襲った。そのまま意識を失ったらしいエヴァンジェリンは床にぽてっと転がった。
「わーっ!?」
ネギの驚いた声を聞いて復活したらしい柊がエヴァンジェリンの姿を見て溜息を吐く。
「……だから無理するなって言ったのによ」
そうして意識のないエヴァンジェリンを荷物のように担ぎ上げると、二階のベッドまで運ぶことにした。エヴァンジェリンに意識があれば荷物扱いするなと激怒しそうな状態である。
「え、ほ、本当に風邪!?」
「だからそう言ってるだろ」
エヴァンジェリンをベッドに寝かせた柊が言う。ネギはまだ少し納得していない様子だった。
「そういやキミ、この間タカミチと一緒にいなかった?」
隠し子騒動のことを思い出したネギが柊に訊ねる。
「ああ、学園を案内してもらってたんだ。俺、最近麻帆良に来たばかりだからな」
異世界から、という言葉は伏せて言う。
「そうなんだ……あの、エヴァンジェリンさんが協力者って言っていたけど――」
もしかして敵なのかもしれない、と若干警戒しながらネギが訊ねたが、柊はあっさりと肯定した。
「ん、ああ、ちょっと共通の敵がいるから、協力してる」
「それって――」
もしかして僕のことじゃないですか、とネギが訊ねようとしたその時、柊の携帯電話が鳴った。こちらでは使えない0-Phoneではなく、連絡に不便だからと学園長から渡された携帯電話だ。電話の相手もその学園長であった。
「もしもし」
『おお、柊くんか。ちょっと話したいことがあるから学園長室まで来てくれんかの』
「わかった、今から向かう」
そうして電話を切る。
「丁度いいや、ネギ先生、だったよな? 茶々丸が戻るまでエヴァンジェリンの看病頼んでいいか? ちょっと学園長に呼び出されちまって」
「え、ちょ、いいんですか!?」
「いいんですかも何も、先生なら大丈夫だろ」
ネギは柊をエヴァンジェリンの仲間、つまり敵とみなしていたが、柊はせいぜい果たし状といっても喧嘩仲間か何かだろうと思っていた。それに職業が教師なのだからひどいことをすることもないだろうと考えていた。
「じゃあ頼んだ!」
そう言ってさっさと柊はエヴァンジェリン宅を出て行ったしまった。
「何考えてるんだろう、あの子……」
そのおかげで、ネギが柊を年下扱いしていたことは聞かずにすんだのであった。
「擬似世界結界?」
柊は学園長室に来ていた。
「そうじゃ。ファー・ジ・アース側から提供してもらったデータを利用してのう、この学園の結界と併せて発動する擬似的な世界結界を造ったのじゃ」
学園長の説明によると、ロンギヌスから提供されたデータを用いて学園結界を形成している装置やプログラムを応用し、麻帆良全域に世界結界のように魔王の力を制限したり非現実的な出来事を認識しにくくする能力を持った結界を張ったということだった。さらに、これにより魔王が麻帆良を離れて逃亡することも防げるという。
「この短時間でそんなものができたのか」
「麻帆良のスタッフが一晩でやってくれたのじゃ」
イイ笑顔で学園長が言う。柊は燃え尽きた麻帆良のスタッフの姿を幻視した。
「そ、そうか……」
そうしてその後は現在の探索情報などを連絡し、柊は学園長室を後にした。エヴァンジェリンの看病に戻るためにエヴァンジェリン宅へ戻る途中、柊は千雨に遭遇した。
「千雨、エヴァンジェリンのとこに行くのか?」
「蓮司か。……さすがに私のせいで風邪をひかせたみたいなものだから見舞いくらいはと思って」
「そうか。そういえばネギ先生だっけ? 千雨たちの担任も見舞いに来てたぜ」
本当は見舞いではなかったのだが、柊は見舞いと思い込んでいた。
「ああ……そういや朝、教室を飛び出して行っていたな……」
朝の光景を思い出した千雨が言う。そんな風に会話をしながらエヴァンジェリン宅に二人が入ると、まず柊の顔面にスリッパが飛んできた。
「柊蓮司ッ! 何故あのぼーやに看病を任せている! おかげで……げほっげほっ」
怒鳴った勢いで咳き込むエヴァンジェリン。そんなエヴァンジェリンの背中を茶々丸がさすっている。
「え? なんか問題あったのか?」
「大有りだばかものッ!」
そう怒鳴るエヴァンジェリンと事情のよくわかっていない柊。
「何かあったのか? あ、これ見舞いの品なんだが……」
千雨が茶々丸に見舞いの品の入った袋を手渡しつつ言う。
「わざわざありがとうございます。マスターとネギ先生とでなにかあったようですね」
「ふーん……」
また魔法でなにか服を脱がすとかやらかしたのだろうと千雨は勝手に思っていた。日頃の行いのせいである。魔法で夢を覗くという答えにはさすがにたどり着けないし、さすがに先生とクラスメイトが果たし状を送るほど対立しているという発想もなかった。
「あの、ところでこれはなんでしょう?」
千雨から渡された袋に入っていた瓶を見て訊ねる茶々丸。
「ああ……昨日、帰ってからさ、エヴァンジェリンが風邪とか引くのは魔力が足りないせいっていうのを思い出して、もしかしたらMPポーションで回復すれば風邪も治るのかと思ったんだ」
昨日は色々と混乱してそれどころではなかったとも言う。そのことは絶対に口にしないが。
その千雨の言葉に、柊に掴みかかっていたエヴァンジェリンの動きがピタリと止まる。そして茶々丸の手からむんずとMPポーションの瓶を奪うと一気に飲み干した。
「……」
「……ど、どうだ?」
ポーションを飲み干してうつむいているエヴァンジェリンに柊が問いかける。回復にファンブルして八つ当たりということはありませんように、という柊の祈りは届いたらしい。
「――復活ッ!」
高笑いをしてエヴァンジェリンが顔を上げた。調子が戻ったからか、とても上機嫌そうだ。
「まったく、何故こんな簡単なことに気づかなかったんだ、頭が悪いぞ、柊蓮司!」
「うるせー! そもそもエヴァンジェリンだって気づいてなかっただろ!」
「ふん、異世界のものまで私は詳しくない」
「ぐっ……!」
そんな元気になったエヴァンジェリンの姿を見た茶々丸は嬉しそうにしている。
「ああ、マスター、あんなに元気に――」
「――いや、やってることは治る前と変わっていないような……」
千雨がそう言うが、茶々丸は首を横に振る。
「元気さが違います、具体的には――」
「いや、いいから。説明しなくていいから。むしろ元気になったなら見舞いもいいだろうし帰る……」
「それよりマスターがどれだけ元気になったかの説明を――」
「いらねーから!」