柊蓮司を小さくしてネギま!世界に送り込んでみた   作:れじ

2 / 12
ミドル 不死の魔法使いと夜闇の魔法使い

 深い森の中。

 柊は頭から地面に突き刺さっていた。

 

 両足が地面から生えているようなシュールな光景だ。地面から生えた両足はしばらくそのままぴくぴく動いていたが、気がついたのかなんとか自力で地面から抜け出した。

「いってぇ……。ここはどこだ……ってそうだ!」

 何かに気づいたように慌てて周囲を探す柊。そしてすぐ近くに目的のものを発見して安堵する。

「よ、良かった、魔剣はちゃんとあるな」

 昔、似たような目に遭って魔剣をなくしたことはちょっぴりトラウマになっていたらしい。近くに刺さっていた魔剣と、落ちていた(ブルーム)(テンペスト)を回収し、なくさないように月衣に収納する。(ブルーム)もアンゼロットに返却しないと後で何を言われるかわからない。

「それにしても、本当にここはどこだ? 海からだいぶ飛ばされたみたいな感じだが……」

 時刻はおそらく深夜。空には満月が浮かんでいるし、飛ばされてから時間もかなり過ぎているようだ。学校行けなかったなあ、と内心落ち込みながら月衣(カグヤ)から0-Phoneを取り出す。

 とりあえずアンゼロットあたりに連絡をとれば迎えぐらいは来るだろう。そう思って0-Phoneを操作するが、ツーツーという電子音が聞こえてくるだけで回線が全く繋がらない。不審に思って画面を確認すると、圏外と表示されていた。霊界回路を使用している0-Phoneは滅多なことでは通信がとぎれないはずなのだが……。

「なんだ? もしかしてさっきの衝撃で壊れたか?」

 まいったな、と頭をかく。

「仕方ない、とりあえず近くに何かないか探してみるか」

 諦めた柊は0-Phoneを制服のポケットに押し込んだ。とりあえず、(ブルーム)を使って上空から周囲を確認してみればいいだろう。そう思って柊が月衣(カグヤ)から(ブルーム)を取り出そうとした時。

「ほお、随分と可愛らしい侵入者だな」

 闇に覆われた森の奥から少女の声が聞こえてきた。

「誰かいるのか?」

 柊がそちらをむくと、闇に慣れてきた目に二人の少女の姿が映った。同じデザインの制服を着た二人組の少女。

 こんな時間にこのような森の中にいるということは、もしかするとウィザードなのだろうか。

 確かに背の高い方の少女は頭から突起物が二本突き出ていて、関節もまるでロボットみたいに見える。その見た目からすると、人造人間だろうか。だとすれば、あの二人はウィザードで、見たことのない制服も輝明学園のどこかの分校のものだったりするのかもしれない。見た目は二人とも外人のようだが、喋っている言語は日本語だ。

 さっきまでいた場所を考えると、かなり遠くまで飛ばされたなあ、と思いながらも柊は現在地を確認しようと二人に話しかけた。

 

 

 

 エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは真祖の吸血鬼である。

 不死の魔法使い(マガ・ノスフェラトゥ)闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)とも呼ばれ恐れられる、最強の悪の魔法使い。

 しかし、それも過去のこと。

 大戦の英雄サウザンド・マスターの呪い≪登校地獄≫によって魔力を封印され、学生として日々暮らすことを強要されている。

 それでも、今日の様な満月の夜であればいくらかはマシだ。従者の茶々丸を連れ、夜の森を散策していた。学校帰りのままの制服姿で森を歩いていく。上機嫌というほどではないが、木々の間から漏れる月光は心地よい。

 そうして歩いていたエヴァンジェリンの感覚に何かがひっかかった。森の中、学園結界内に突然発生した魔力の力場。ほんの僅かな間で霧散したが、明らかな異常。

「ふん、侵入者か……茶々丸、いくぞ」

「はい、マスター」

 ここ麻帆良の警備員をさせられているからということもあるが、突然結界内部に侵入してくる相手には興味を覚えた。エヴァンジェリンは己の従者を連れ、異常を感知した場所へと向かった。

 

 そして彼女はその少年に出会った。

 

 学園都市である麻帆良でも見たおぼえのない制服姿。茶色い髪の、八歳ほどに見える少年。その少年は周囲をきょろきょろ見回して何か独り言を呟いているようだ。

「ほお、随分と可愛らしい侵入者だな」

 そう声をかけると、ぱっと弾かれたように振り向く。

「誰かいるのか?」

 その返答にエヴァンジェリンは少し面白そうな表情を浮かべる。こんな夜の森の中で急に人が現れたというのに、多少は驚いたようではあるが、怯えても恐れてもいない。もしも彼が単に道に迷っただけの少年だったとしても、これだけ冷静な反応を返すことはないだろう。間違いなく『こちら側』の人間だ。

 少年はエヴァンジェリンと茶々丸の方を見て少し何かを考えているようだ。

「なあ……悪いけど、ここがどこか教えてくれねえか?」

 考えていたあげく、このようなことを訊いてきた。エヴァンジェリンからすれば、とぼけているとしか思えない。

「ふん、しらばっくれるつもりか? まあいい、教えてやる。ここは麻帆良……麻帆良学園都市さ、侵入者」

「……じゃない? ……侵入者って……」

 エヴァンジェリンの言葉に何か疑問でもあったのか、少年は首をかしげて何か呟いている。その様子に苛立ちを感じ、吸血鬼の少女は脅すように言った。

「子供だからな、殺しはしない……。まあ、せっかくの満月だ。血ぐらいはもらうがな」

 鋭い牙を隠しもせず、見せつけるようにニヤリと笑う。普通の少年であったなら、驚くなり怯えるなりしたであろう。

「血? ってことはお前、吸血鬼か」

 だが、少年は平然とそう返してきた。

「ふん、吸血鬼を見ても驚かないのだな」

 やはり『こちら側』――魔法と関係する人種だったか。しかも、年齢の割に吸血鬼を見ても驚かない程度には経験を積んでいる。

 だとしても、エヴァンジェリンは従者も連れているし、なにより今日は満月。この程度のガキならば軽くあしらえるだろう。適当に拘束して学園長のジジイのところにでも突き出せば終わりだ、とエヴァンジェリンが考えていると。少年はエヴァンジェリンの言葉をどう受け取ったのか、ぶっ飛んだ返答をしてきた。

「あ? 学生やってる吸血鬼なんか珍しくもないだろ」

 その瞬間、周囲の空気がまるで凍り付いたように変わった。

 

 

 

「なあ……悪いけど、ここがどこか教えてくれねえか?」

 とりあえず重要な問題である、現在位置の確認。こんな夜に森を徘徊してる女子二名もなかなか謎ではあるが、一番切実な問題を先に解決してしまおう。

「ふん、しらばっくれるつもりか? まあいい、教えてやる。ここは麻帆良……麻帆良学園都市さ、侵入者」

 その小柄な少女の返答に思わず首をかしげる。

「輝明学園じゃない? まあ、他の学園にウィザードがいてもおかしくないが……けど侵入者ってどういうことだ?」

 日本のウィザード養成施設としては輝明学園が一番有名であるのだから、彼女達もその生徒なのだと思っていたがどうも外れたらしい。輝明学園なら分校が多いから、どこの分校か聞ければ場所がわかるんだが。柊は内心嘆息した。少女が言う麻帆良学園とやらが何県あたりにあるのか確認しなければ。名前からして日本にあるということは間違いないようだが。柊がそう考えていると、小柄な少女は魔力を吹き出しながらニヤリと笑った。

「子供だからな、殺しはしない……。まあ、せっかくの満月だ。血ぐらいはもらうがな」

「血? ってことはお前、吸血鬼か」

 やっぱり二人ともウィザードなのか、と納得する柊。それならばこんな時間に出歩いているのも理由があるのだろう。夜闇の魔法使い(ナイトウィザード)と呼ばれるくらいだ、ウィザード達の活動時間は夜が多い。

 ……その割には柊は、昼間からアンゼロットに拉致られることが多い気がするが。むしろ学校のない夜にしてくれと頼みたいぐらいだ。

「ふん、吸血鬼を見ても驚かないのだな」

 なんでもないような柊の反応に不満そうな、それでいて面白そうなものを見つけたような表情をする少女。何故彼女がそんな反応をするのか柊にはいまいちわからなかった。ウィザードなら吸血鬼は割といるのだし、学生やってる吸血鬼だって輝明学園をさがせばそれなりに存在する。そう、別に珍しくもないだろう。そう思ったことをそのまま口にした。

「あ? 学生やってる吸血鬼なんか珍しくもないだろ」

 その言葉と同時に、明らかに周囲の温度が下がった。

 柊は、間違いなく地雷を踏み抜いていた。本人はまったく気づいていないが。

「ふ……ふふふふっ……ははははッ」

 地を這うような低い声で笑う少女。不気味である。

「珍しくもないだと……ふ、ふふ、私を馬鹿にしているのかッ……!」

 怒りで体を震わせる少女。しかし、柊は自分の発言のどこが問題なのかまったくわかっていなかった。様子の変わった少女を見て首をかしげている。

「どうかしたか?」

 その全然わかっていない態度が引き金になった。

氷爆(ニウィス・カースス)ッ……!」

 少女が呪文と共に投げた魔法薬によって発生した氷が、柊に向かって吹雪の様に吹き付ける。

 冷気で生まれた白い霧が柊の視界を覆った。

 

 

 

「チッ、ガキ相手にやりすぎたか」

 自分の魔法が生み出した霧を見てエヴァンジェリンは呟いた。相手を殺すほどの魔力は込めていないが、怒りのあまり子供相手には派手にやりすぎた。だが、これで侵入者を無力化できたのだから問題ないだろう、とエヴァンジェリンは従者に声をかける。

「茶々丸。アレは適当に回収しておけ」

「はい――ッ、マスター、魔力反応が!」

 これで終わりだ、と思っていた矢先、茶々丸が声を上げる。

「ほう……」

 霧が晴れていく。目を細めてそれを見たエヴァンジェリンは楽しげに笑った。少年は倒れもせず、しっかりと立っていた。

 その両手には、身の丈に合わない巨大な剣が握られている。魔術文字が刀身に刻まれた、炎を纏うその剣は明らかにマジックアイテムだ。

「普通いきなり攻撃魔法撃つかっ!? 危ねーじゃねえか!」

「その剣……なるほど、従者か」

 文句を言う少年を無視し、納得がいったように呟く。先ほどまで徒手空拳だった少年が突然あのような剣を持っていたのだ。間違いなくあの剣はアーティファクトだろう。つまり、少年は魔法使いの従者(ミニステル・マギ)だということだ。ならば、近くにマスターである魔法使いがいるはず。そう結論づけたエヴァンジェリンは茶々丸に目で合図し、注意を促す。

 しかし、少年はそんなエヴァンジェリン達の反応がまったく理解できていないようで、従者と呼ばれたことに対して文句を言いだした。

「誰が従者だ、誰がっ! ――そりゃあ、アンゼロットにこきつかわれたり、くれはに脅されていいように使われたりはしてるけどっ……!」

 ちなみに後半は万が一にも本人に届かないようにと考えて小声だったため、二人の少女には届かなかった。

「とぼけるのもいい加減にするのだな……茶々丸」

「イエス、マスター」

 エヴァンジェリンの合図と同時に茶々丸が少年へと向かって突っ込んでいった。体勢を低くし、右の拳を打ち込む。

 ガイノイドである茶々丸の、人間よりも速いスピードでの突撃。しかし少年は、それに反応し、横へ跳ぶことでその攻撃を回避する。

「……ッ! だからっ、いきなり攻撃してくるなよ! 危ないって言ってるだろうがっ!」

 ギリギリで回避したように見えた割には、余裕なのか文句を言う少年。そこへ、方向転換した茶々丸の蹴りが襲いかかる。それを後ろへ跳んで回避する少年。回避されても攻撃を続ける茶々丸。

 人よりも高い身体能力を駆使した攻撃が繰り出される。だが繰り返し放たれる攻撃は、どれも回避されてしまい当たらない。人外の速度で放たれた左の拳も、それを回避したところを狙った右肘も、足下を狙った足払いも回避される。

 経験に裏打ちされたその動き。年齢に見合わない、体格的にも異常なその動きは茶々丸の計算を狂わせる。

 見たところ、≪気≫を使っているわけでもない。それでいて戦士系の魔法使いの様に自分へ魔力供給を行っているのともまた違う。彼の動きは確実に茶々丸の予測を上回っていた。

 しかし、攻撃が当たらなくとも彼女からすればなんの問題もない。

 なぜなら。

「リク・ラク ラ・ラック ライラック! 氷の精霊17柱 集い来たりて 敵を切り裂け! 魔法の射手! 連弾・氷の17矢!」

 エヴァンジェリンが詠唱と同時に両手に持っていた複数の魔法薬を投げる。薬の容器が砕け散り、空中へと四散する液体が媒介となって氷の矢が放たれる。それと同時に茶々丸が少年から離れた。

 そう、これが狙い。従者である茶々丸は敵を倒す必要はなく、主人であるエヴァンジェリンの詠唱時間を稼げばいいのだから。

 彼女の攻撃を回避し、次の攻撃に備えていたところへの突然の魔法攻撃。17本の氷の矢はそのまま直撃するかに見えた。

「っだあああああ!」

 少年は手に持ったまま、使っていなかった魔剣を勢いよく薙ぐ。空をはしる軌跡と共に生まれた衝撃波で、エヴァンジェリンの放った氷の矢が相殺された。

 その光景にエヴァンジェリンの心は躍った。

「ははっ、それを防ぐか! 面白い!」

 そして次の魔法を詠唱するために魔法薬を取り出す。一度少年から離れた茶々丸も、再び少年へと突撃し、右の拳を突き出す。

「――さすがに俺も、問答無用でこれだけやられりゃ、黙ってるわけにはいかねえな」

 そう呟いて少年は魔剣を両手で握る。そして茶々丸の攻撃を、体勢を低くして彼女の懐へと飛び込むことで回避、そのまま下段から上へと剣を振り上げた。これまで消極的だった少年の突然の行動。茶々丸はその攻撃をなんとか左腕で防ぐ。しかし、防ぎきれずに左腕の表面に細かなひびが入る。

「――ッ、左腕損傷。戦闘への使用不可――」

 茶々丸が人間であったなら、痛みで動きが鈍ったかもしれない。しかし、彼女は人ではなく、人の姿をしているだけ。痛覚を持たない機械、ガイノイドなのだ。片腕が使用不能になろうともカウンターで蹴りを繰り出す。

「――っと」

 至近距離からの一撃。それを体を反らすことできわどくも回避する少年。だが、ギリギリで回避したため、体勢を崩し、隙が生まれた。

 そこへ右手で追い打ちをかける。それを剣で受けることで防ぐ少年。その勢いのまま、背中から倒れ込み、茶々丸が少年に馬乗りになったような状態になる。茶々丸はその状態から少年を押さえ込もうとする。

「こ、んのおぉっ!」

 だが、剣を振り上げられ、巴投げの要領で投げ飛ばされる。宙を舞い、森の木へと叩きつけられる、その寸前で体勢を整える。木の幹を蹴り、反動で起きあがったばかりの少年へと渾身の一撃を繰り出す。それを横へと跳んで回避した少年。

氷結(フリーゲランス) 武装解除(エクサルマティオー)!」

 そこにエヴァンジェリンの魔法が襲いかかる。少年はそれを魔剣で受けた。先ほどまでの攻撃魔法を魔剣で防げていたことからの判断であったが、それは今回はその選択は失策だった。

「――なっ!?」

 魔法を受けた魔剣が少年の手を離れ、宙を舞う。

 エヴァンジェリンの使った魔法は相手に傷を負わせるものではなく、その武装を解除するための魔法。丸腰になった少年へと茶々丸が襲いかかる。それを見た少年が表情を歪ませる。

「悪いっ!」

 その言葉と共に、少年は茶々丸の肩を踏み台にして跳ぶ。回転しながら宙を舞う魔剣へと手を伸ばし、見事につかみ取る。そして茶々丸の背後へと着地し、エヴァンジェリンの方へと駆けた。

「くっ……! 魔法の射手(サギタ・マギカ)!」

 少年へと闇の矢を打ち出すエヴァンジェリン。だが、少年は剣でそれを防ぎ、足を止めずにエヴァンジェリンへと迫る。

 茶々丸が追おうにも、風の加護を受けたかのようなその速度には追いつけない。

 そして、エヴァンジェリンまであと一歩の距離まで迫ったところで。

 先ほどのエヴァンジェリンの魔法で凍り付いた地面に足をとられ、盛大に転んだ。べしゃっ、という間の抜けた効果音が聞こえた気がする。攻撃失敗(ファンブル)だから仕方ない。

「…………」

「…………」

 沈黙が空間を支配する。

 茶々丸は無言で少年を押さえ込み、エヴァンジェリンは顔を引きつらせている。

「――ふ、ふふ……こいつは本当に私を馬鹿にしているのか? ここまであれだけの身体能力を見せておきながらこのタイミングで転ぶなどと……!」

 そして怒りのまま、少年の頭を踏みつける。

「とにかく、そこのガキ! その剣から手を離せ。さもなくばこの距離で魔法を撃ち込む」

「ぐ……」

 その言葉を聞いた少年の手から、剣が消える。そこへ残るはずの仮契約カードを奪おうと、剣が消えたあとへと視線を移すエヴァンジェリン。

 しかし、そこには何も残っていない。

「む? ガキ、カードはどこへやった」

 少年からの答えを聞くために頭から足を離すエヴァンジェリン。

「……カード? んなもん持ってねえよ」

「しらばっくれるのも大概にするんだな、ガキ。どう見てもあれはアーティファクトだろう。仮契約(パクティオー)カードを出せ」

「はあ? なんだそりゃ。だいたい、人のことをガキだって言ってるが、お前の方がガキだろ」

 そう、少年――柊の実年齢からすれば、エヴァンジェリンの見た目の年齢は間違いなく年下に見える。しかし、柊は完全に忘れていた。自分の年齢が下がっていること、現在の自分の外見年齢がエヴァンジェリンの見た目よりも年下であることを。

「誰がガキだッ!!」

 その迂闊な発言によって、柊の側頭部にエヴァンジェリンの怒りのこもった蹴りが見事に決まり(クリティカル)――柊の意識は飛んだ。

 

 

 

 柊が目を覚ますと、そこは知らない場所だった。洋風の執務室といった雰囲気の部屋。一瞬、アンゼロット宮殿なのかとも思った。

 しかし、柊が寝ていたソファーから身を起こした時、その正面にあった執務机の向こうに見えた老人の姿はアンゼロットではなかった。――まさか、アンゼロットが老けたあげく男になったなどということはないだろう。そんなアンゼロットが聞いたら酷い目にあいそうなことを考える。

「目が覚めたかの?」

 起きあがった柊を見た老人が声をかけてくる。

 頭が長いというなんとも特徴的な容姿をした老人は、顎から長く伸びた髭をさすっている。変なライフパスでも引いたのかなーなどとメタなことを考えつつ隣のソファーを見れば、先ほど柊相手に魔法をぶちかましたり踏みつけたりした吸血鬼の少女が不機嫌そうな顔で座っていた。人造人間の少女はその後ろに慎ましく控えている。

 起きたばかりのあまりはっきりとしない頭――むしろ、蹴りを入れられたせいでまだ少し痛む頭でどういう状況なのかを考えようとするが、まったく見当がつかなかった。

 そんな柊へ、老人が問いかけてくる。

「どうやら君は『こちら側』の関係者のようだが……名前と所属を教えてはもらえんかのう」

 老人の言う『こちら側』とはやはり、ウィザード関係のことだろう。所属と言われても今は組織に所属しているわけではないし――アンゼロットにこき使われ入るがロンギヌスに入隊したおぼえはない――柊は簡単に名乗った。

「柊蓮司、輝明学園秋葉原分校高等部三年二組――」

 そこまで言ったところで、吸血鬼の少女が声を挟む。

「貴様ッ、なにふざけたことを言っている! どこが高校生だ、どう見ても小学生だろうがッ!」

「うるせえよっ! 俺だって好きで年齢下げてるわけじゃねえ!」

「はあ? 年齢を下げるだ? ふざけたことを言うな!」

「ふざけて年齢下げられてたまるか! レベル下がるのも学年下がるのも年齢下がるのも大変なんだぞ!」

 特に下がった学年を戻すにはかなりの代償が必要だとか言われてるし。

「むっ……確かに下がるのがつらいのは同意する。くっ、……私だって中学三年が終わったかと思えば一年に逆戻り――! これもすべてあのサウザンドマスターのやつが――」

「……よくわからないが、お前も大変なんだな」

 怒鳴りあいを始めたかと思えば、何故か話が下がる方にそれていったあげく、連帯感ムードを漂わせ始める二人。そのぐだぐだ具合にちょっと頭痛を感じたらしい老人が話を戻す。

「あー、話を戻してもいいかの、二人とも。それで柊くん、何故この麻帆良学園へ来たのか、目的を聞かせてもらえるかの?」

 何気ないように振る舞いながらも、鋭い眼光で柊を見る老人。しかし、柊からすれば同じウィザードなのにこれだけ警戒される理由がいまいちわからない。まさかこの学園が秘密の研究施設とか、部外者立ち入り禁止の超お嬢様学校だったりするわけではないだろうし。いや、それならば最初の問答無用具合に説明はつくが。

「――目的? いや、目的も何も、たぶん魔王ぶっ飛ばした余波で飛ばされたんだと思うが……そうだ、じーさん、あんたウィザードだろ?」

「……確かにワシは魔法使いじゃが?」

 柊の問いに警戒した様子で答える老人。その返答を確認した柊はのんきに話し出す。

「だったら、アンゼロットに連絡とれないか? 0-Phoneが壊れて連絡とれないんだよ」

 特に魔王がどうなったのかは確認しなければ。さすがに魔王倒せないままぶっ飛ばされたとかだと問題だし。

 そう思っていた柊へと返ってきたのは予想外の言葉だった。

「……アンゼロット? 誰じゃ、それは」

「へ? アンゼロットを知らないのか?」

 いつの間にか人望なくしたのか、あいつ。確かにいろいろと非道なことをするが、こんな反応が返ってくるのは想定外だ。そう思い首をかしげる柊。まさか、世界魔術協会の長だとか世界の守護者でありながら、実は割と知られていないのか?

「あー、そこのちっこいのも知らないのか、アンゼロットのこと」

 そう吸血鬼の少女に問いかける柊。

「誰がちっこいのだ! だいたいお前の方が小さいだろう!」

 柊の台詞に少女はだんっ、とテーブルを強くたたく。その激しい剣幕にちょっと引く柊。

「い、いやだって名前知らねえんだからしょうがないだろ……」

「知らないにしてももっとマシな呼び方があるだろう!」

 そう怒鳴ってから、何か悪いことを思いついたような表情になる少女。そして悪人のような笑みを浮かべて名を名乗った。

「――私の名は、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだ」

「エヴァンジェリンか。そっちのじーさんとロボは?」

 吸血鬼の少女――エヴァンジェリンの名を聞いたついでに、名前をまだ聞いていない二人について問いかける柊。

「絡繰茶々丸です」

「ワシは……」

 老人が名乗ろうとした時。拳を握りしめて顔を真っ赤にしたエヴァンジェリンが怒鳴った。

「待て、貴様! 私の名を知らないと言うのか!?」

「え、いや、知らねーけど」

 その柊の返答にエヴァンジェリンが体を震わせる。どうやら怒っているようだが、柊にはその理由がわからない。

「な、なんでそんなに怒ってんだ?」

 わからなかったので直接訊いてみた。その瞬間、何かが切れる音が聞こえた気がした。

「――死ねッ!」

「マスター、落ち着いてください」

 エヴァンジェリンは柊に飛びかかろうとするが、後ろの茶々丸がそれを羽交い締めにする。その勢いにそっとエヴァンジェリンと距離を置く柊。ついでに怖いので視線を逸らし、老人の方を向く。

「あー……ワシは近衛近右衛門じゃ。この麻帆良学園の学園長にして、関東魔法協会の理事を務めている」

「関東魔法協会? それって世界魔術協会の仲間か何かか? ならなんでアンゼロットを知らないんだ?」

 不思議そうに首をかしげる柊。その発言に少し考えから学園長は聞き返す。

「……その世界魔術協会というのは?」

「あー、なんか魔術師の集まりみたいなのだろ? 同じウィザードでも俺は魔術師じゃねえから詳しくはしらねーが」

 うろ覚えの知識で返答する。

 しかし、エヴァンジェリンにはそれよりも後半の発言が気にかかったらしい。

「まて。お前が魔法使い(ウィザード)だと? いや、そもそも魔法使い(ウィザード)と魔術師は違うものなのか?」

 柊が目をぱちくりさせる。変な質問するな、と思いながら言う。

「そりゃ違うだろ。何言ってんだ」

 訳がわからない質問だ、と思う柊。同様にエヴァンジェリンも訳がわからないといった顔をしている。

「……それで貴様はウィザードで、魔術師ではない、と?」

「ああ。見ればわかるだろ、魔剣使いだって」

 さっき魔剣使って戦ったわけだし。まさかあれが(ウィッチ・ブレード)に見えたとか転生者の遺産と勘違いしたというなら話は別だが。

「それは戦士タイプの魔法使いということか? いや、しかしそうだとすると先ほどの剣……魔法使いであり、従者だと? またややこしいヤツが……」

 ぶつぶつ呟きだし、自分の世界に入ってしまうエヴァンジェリン。学園長もなにか考えてるようで、放置される柊。

 なんだこの状況、と思っていると、制服のポケットに突っ込んでいた0-Phoneが鳴った。慌てて取り出し、通話ボタンをおす。

「――ッ、もしもし!?」

『柊さん? 聞こえますか?』

 聞こえてきた声は、ここ一年くらいで聞き慣れた声。世界の守護者“真昼の月”アンゼロットの声だ。

「アンゼロットか! 助かった、連絡がつかなくて困ってたんだよ。なんだかしらねえが、あの後、日本の麻帆良学園ってとこに飛ばされたらしくてな、それで――」

 状況を話そうとする柊を、待ってください、とアンゼロットが制す。

『――よく聞いてください、柊さん。そこは、貴方の知っている日本――第八世界ファー・ジ・アースの日本ではありません』

「は?」

 柊の知っている日本ではない。その言葉に、柊はとてつもなく危険な予感がした。

 過去のいろいろな思い出が脳裏に浮かぶ。この言い方だと、可能性はほぼ一つしかないだろう。

『そこは間違いなく異世界です』

 アンゼロットが断言した。やはりという思いと信じられない思いが頭の中を回る。

「――マジで?」

『はい、本気と書いてマジです』

「そんなベタな台詞はいい。――本当に異世界なんだな?」

 できればここで、実は冗談でしたー♪ とか言ってくれると嬉しいんだけど。そんな柊の思いも虚しく、アンゼロットが非情にもあっさりと肯定し、説明し始める。

『ええ。あの時、柊さんの魔剣と魔王の力がぶつかり合った結果、時空が不安定になり、異世界へのゲートが開いたのです。それにより、柊さんと魔王はそちらの世界へと飛ばされたのです』

「ま、また異世界!? またなのか!?」

 走馬燈のように浮かぶ、いきなりクレーターができるような杖で殴られそうになったとか、フルネーム連呼されて追い回されたとか、そんな異世界の思い出。いや、今回は生死判定してないけど。ああ、でもいきなり戦闘にはなった。

『はい、異世界です♪ 異世界慣れしている柊さんなら問題ないでしょう。そっちの世界でちゃちゃっと魔王をぶっ潰しちゃってくださいね』

 害虫を退治してね、ぐらいの軽さで言うアンゼロット。頑張ってくださいねー、と酷いぐらい軽い応援もおまけについてきてる。

「簡単に言うなよ!? さっきだってあれだけ苦戦してたんだぞ、回復もなしにどうしろと!?」

 実際、魔王との戦闘で消耗していたせいで、さっきのエヴァンジェリンと茶々丸の二人と戦闘した時もあまりダメージを受けていないのに倒れてしまったのだから。……防御に失敗(ファンブル)したというわけではないはず、たぶん。俺のダイス運は悪くない。

『あ、回復薬や装備に関しては支援します。柊さんの月衣(カグヤ)にいろいろ補給物資を送っておきますので、それでなんとかしてください』

「まてっ、ひとの月衣(カグヤ)に勝手に物を入れるなよ!?」

 いや、前にそういうことした連中いたけど。そういえばあれも異世界の関係だったなあ。ちょっと切なくなる柊。今居る場所も異世界なら、似たようなことをされるのだろうか。

『仕方ないのです、そちらの世界へ物を送るのは困難なことなのですから。魔王の影響もあるのでしょうけれど、時空がとてもとても不安定になっているのです。だからこそ、こちらの状態に一番近い柊さんの月衣の中に送る。これがベストの選択です。目印になる0-Phoneもありますし』

「ぐ――」

 アンゼロットが比較的真面目な口調になったので、文句が言えなくなった。

『それと、もしかしたら気づいているかもしれませんけれど』

「あ?」

 さっきまでのちょっと真面目な口調から、明らかに何かを面白がっている口調に変わるアンゼロット。その口調に、経験上いい思い出のない柊はちょっと身構える。

『ぶっちゃけ魔王倒さないと時空が安定しません。つまり柊さんも帰ってこれないんで、必死こいてがんばってくださいね♪ もちろん、倒すまで年齢も戻りませんので♪』

「なにぃ!?」

 とてもとても楽しそうなアンゼロット。

「まて、アンゼロット!」

 それよりも柊には重要なことがあった。必死さを滲ませた声で尋ねる。

「が……学校は!? 学校はどうなるッ!? 俺の単位っ!」

『…………』

「…………」

 不自然な沈黙。

 何故か、電話の向こうのアンゼロットはとてもイイ笑顔をしているイメージしか浮かばない。なんとか言えよ、と柊が叫ぶが。

『ああ時空が不安定なせいで回線にも影響が……! ぷち』

 無情にも通話が切れた。あとはツーツー、という電子音だけが聞こえてくるだけ。

「っていうか今、ぷちって自分で言っただろ! 絶対自分で切ったな!?」

 切れた0-Phoneに向かって叫ぶ柊。アンゼロットには聞こえていないとわかっていても言わずにいられないらしい。そして返事を返さない0-Phoneを前に、がっくりとうなだれた。

 その様子は、見た目が小学生の状態から考えると不釣り合いなほどに哀愁が漂っていた。何故かその哀愁漂わせた姿が似合うところが、彼の普段の不遇をよく表していた。

 

 

 

 エヴァンジェリンが森で遭遇した少年はまさに謎の人物としか言いようのないほど、訳の分からない少年だった。

 柊蓮司と名乗ったその少年は、吸血鬼に遭遇しても平然としているわ、どう見ても小学生のくせに高校三年生だと名乗るわ(自分が見た目小学生のくせに中学生やっていることは棚に上げている)、あげくに年齢が下がったなどとわけのわからないことをほざく。

 そして魔法世界で有名な≪不死の魔法使い≫エヴァンジェリンの名も知らなければ、関東魔法協会も知らない様子だ。これが演技ならば相当なものだが、それにしては明らかに失言が多すぎる。

 アンゼロット。そして、世界魔術協会。

 魔法使い(ウィザード)ではあると言うくせに、魔術師ではないという、魔剣使いを名乗る少年。

 これらから幾つか推測できることはある。まず、彼にはおそらく一般的な魔法の知識がないこと。エヴァンジェリン達の知らない呼称が出ることも、なにか一般的なものとは違う環境で育ち、変わった呼称を教えられたのかもしれない。例えば、後衛タイプの魔法使いを魔術師と呼び、前衛タイプの魔法使いを魔剣使いと呼ぶのかもしれない。もしくは、従者を魔剣使いと呼ぶ可能性もある。

 どちらにせよ確実なのは、彼が魔法使いの従者であるということ。先ほどの戦いで使用していた、炎を発する剣。あれが彼のアーティファクトであることは確実だろう。仮契約カードは巧妙に隠したようで見つけられなかったが、間違いなく柊蓮司は魔法使いの従者だ。

 そうなれば、もうひとつ問題がでてくる。彼が従者だというならば必ず存在するであろう、彼の主人となる魔法使いの存在だ。――そう、例えば柊蓮司が学園側の人間と遭遇して騒動を起こし、その隙に行動を起こすつもりなのだとしたら。

 だとすれば、子供を一人で行かせることも納得がいく。要は彼は囮であり、捨て駒なのだとすれば。ならば事情が飲み込めていない、常識はずれのこの少年にもある程度説明がつく。自分にとって不利なことがこちらにわたらないように、嘘の知識を教え込んでおく。それによりこちらを混乱させることもできる。

 さらに、立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指す人間ならば、柊のような幼い子供を手荒に扱ったりはしないだろうから、詳しいことを知ろうとすれば時間がかかる。つまり足止めにもなる。実際、学園長も彼が起きる前に魔法で彼の記憶を探ることはためらっている。

 そして少々アンバランスではあるが、あの戦闘能力。力ずくでいこうにもあれでは普通の魔法生徒などが相手ならば簡単にはいかないだろう。さらに、学園の結界をものともせずに柊蓮司を麻帆良まで送り込んだ魔法使いの実力は侮れないものがあるだろう。

『おい、ジジイ』

 念話で学園長に話しかける。

 柊蓮司は突然なり出した携帯電話を慌てて取り出している。その話している内容も気になるが、茶々丸が記録しているであろう。

『あのガキの話……どう思った?』

『どうもこちらと話がかみ合っておらん感じじゃのう。彼の言うアンゼロットという人物や、世界魔術協会も聞いたことがない。嘘をついているようには見えんが……』

『――嘘を本当だと信じ込まされている可能性はある、だろう?』

 横目で学園長を見れば、無言で頷いている。おそらくは、エヴァンジェリンと同じ結論を導き出しているのだろう。

『そうなると、本命がどこを狙っているのかが問題だな――』

『彼が出現した近辺を中心に先生方で調査してもらうつもりじゃ。後手後手にまわるわけにもいかぬからの』

『ふん、まあ妥当なところだな――』

 これだけ得体の知れない相手だ。学園側としても慎重になるのだろう。だが、それもエヴァンジェリンからすれば、日々の退屈を紛らわせるための絶好の機会だ。不敵な笑みを浮かべながら少年、柊蓮司の方を見やる。

 ――何故か携帯片手にうなだれていた。

 そのがっくりと肩を落とし、黄昏れている姿は計り知れないほど哀愁を漂わせている。むしろ垂れ流しているといってもいいかもしれない。

 しかも何故か「学校……単位……」などと小声で繰り返しているため、不気味である。

「……茶々丸、こいつになにがあったんだ」

 ひとが真面目な話をしてる間に、どうしたらこんなおかしなことになっているんだ。片手で頭を押さえながら尋ねる。

「はい、携帯電話による通話終了後、約十八秒間は携帯電話へ文句を言い続けていましたが、その後この状態になりました」

「……わけがわからんな。茶々丸、通話記録を――」

 そうエヴァンジェリンが言いかけた時。突然、少年が弾かれたように立ち上がった。

 

 

 

 突如感じた感覚に、柊は現実へと舞い戻った。弾かれたように立ち上がり、窓へと向かう。

「おい、何をやっている、ガキ?」

 エヴァンジェリンが声をかけてくるが、それを無視して柊は窓を開け放つ。そして、そこにそれを見た。

 ――紅い月を。

月匣(げっこう)――エミュレイターか!」

 先ほど柊が感じた感覚。それは月匣のものだった。

 紅い月が見えるからには、エミュレイター――この場合、確実に件の魔王だろう――がいる場所はそう遠くないだろう。月匣が張られたのだから、一般人に気づかれることはない、と柊は月衣から(ブルーム)を取り出す。(ブルーム)へ乗ろうとすると、後ろからエヴァンジェリンが柊を呼ぶ。

「待て、どこへ行くつもりだ!?」

 そう言われ、柊は少し悩む。

 異世界人であるらしいこの二人は魔法使いではあるようだが、エミュレーターの存在は知らないだろう。そうすると、一から説明しないといけないということだろうか。

「……悪い、説明は後で!」

 面倒そうなので投げだした。後ろから聞こえるエヴァンジェリンの怒鳴り声を聞かなかったことにして、柊は地を蹴り、窓から飛び立った。

 ――紅い月の昇る空へと。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。