オープニング 麻帆良学園とかいうヤバイところ
柊は一枚の紙を見つめたまま、立ち尽くしていた。彼を横目に不思議そうに通り過ぎていく女子生徒たち。
そう、ここは麻帆良学園女子校エリア。
――柊蓮司は、道に迷っていた。
魔王ローリーを撃退した翌朝。柊は柊小屋(仮)の中で目を覚ました。結局昨晩は文句を言いながらもいろいろ諦めて柊小屋(仮)で就寝した柊であった。
「――ああ、そういや異世界に来てたんだよな……」
寝具として貸して貰っていた毛布をたたみ、小屋から出て背筋を伸ばす。いろいろあって疲れていたからか、太陽は割と高い位置まで昇っていた。
昨晩、朝起きたら家の中へ来るようにとエヴァンジェリンに言われていたので、扉を軽くノックしてから玄関をくぐる。
「おはよー……ってあれ?」
室内に入ったのはいいが、人形やぬいぐるみが転がっているだけで、エヴァンジェリンと茶々丸の姿は見えなかった。ソファーや椅子の上に人形やぬいぐるみが並んでいる様子を見て、なかなかファンシーな内装だなぁ、などと思いながら辺りを見渡す。
「オウ、オ前ガ柊蓮司カ?」
「っと、誰かいるのか?」
柊が声のした方を見るが、そこには人形がいくつか並んでいるだけで人の姿はない。
「人形?」
「ソウダ」
かたかたと口だけを動かして並んでいた人形のうちの一つが喋った。茶々丸を小さくして蝙蝠の羽をはやしたような姿の人形だ。喋ることはできても動くことはできないのか、座った姿のままで動かない。
「テーブルニ朝飯ト御主人ノ手紙ガアルゼ」
「ん、ああ、これか」
テーブルにはサンドイッチの載った皿と、何枚かのメモが置かれていた。
「ありがとな……えっと」
「チャチャゼロ、ダ」
「おう、ありがとな、チャチャゼロ。エヴァンジェリンから聞いているだろうけど、俺は柊蓮司」
「アア、聞イテルゼ、異世界ノ魔法使イ」
ケケケ、とチャチャゼロが意味ありげに笑う。
「通称下ガル男ダロ?」
「余計なことまで聞いてやがるっ!?」
「イイジャネエカ、愉快ナ呼ビ名デ」
「よくねーよっ! 愉快どころか不快だっ!」
柊の反応に人形の身体をカタカタ揺らし、楽しそうな笑い声を上げるチャチャゼロ。柊はエヴァンジェリンやアンゼロットに対する文句をぶつぶつ呟きながら、エヴァンジェリンの残していったメモを見る。
『朝食を恵んでやる。感謝しろ』
「いきなりそれかっ!?」
でかでかと書いてある一文に柊は思わずツッコミをいれる。むしろ、一枚目にはそれしか書いてなかった。それだけ強調したいことなのだろう、たぶん。しかし偉そうなことが書いてあるが、実際に朝食を用意したのは茶々丸である。
気を取り直して二枚目を見る。
『不本意ながら今日から新学期なので学校に行く。
後でジジイのところで合流する。
貴様が迷わないように茶々丸が地図を用意したからそれを見て学園長室まで行け。
ここまで用意してやる私に感謝しろ』
「……いや、用意したのは茶々丸なんじゃねーか」
『用意したのは茶々丸でも、茶々丸のマスターは私なのだから私に感謝しろ』
「手紙が会話するなよっ!?」
そういう柊も手紙に一人でツッコミをいれたりと虚しいことをしているのだが。チャチャゼロがその様子を見て笑っているが、柊は気づいていなかった。柊の心の平穏のためにも気づかない方が幸せだろう、たぶん。
そして最後の三枚目を見る。どうやら二枚目に書いてあった、麻帆良学園の簡易マップをプリントアウトしたもののようだ。目的地である麻帆良学園女子中等部のあたりに赤い丸がついている。
「二人は学校か……それにしてもなにか引っかかるな」
手紙の内容になにか違和感を感じるが、それがなにかわからない。少しだけ考えるが、たいしたことではないだろうと結論づけ、柊は地図とサンドイッチを掴んだ。
「探索がてら学校の方まで行ってくる。戸締まりはどうしたらいい?」
「ドーセ誰モ来ネーヨ。ソノママデイイゼ」
「わかった。じゃあ行ってくる」
「ケケケ、迷ウナヨ」
そんなチャチャゼロの言葉に見送られ、柊はエヴァンジェリン宅を出た。そうして茶々丸謹製のサンドイッチをかじりながら歩いていて、先ほど感じた違和感の正体に気づいた。
柔らかな日差し、芽吹き始めた木の芽の色。そして。
「桜が咲いてる……」
エヴァンジェリンのメモの文章で感じた違和感。それは、≪新学期≫という単語だった。何故なら、柊の主観では――ファー・ジ・アースでは、今は二月だったはずなのだ。昨晩は夜間だったことと、月衣で普段から外気の温度が遮断されていたせいで気づけなかった。
春。そして新学期というのなら、今は四月のはずだ。そのことに気づいた柊の頭の中に最悪のシナリオが浮かぶ。
「――ま、まさか異世界に飛ばされたら、一ヶ月以上時間がぶっとんだなんてことはない……よな……?」
もしそうだとしたら、元々ぎりぎりだった出席と単位――そして卒業式は。
パターン1
卒業式で名前を呼ばれるが現れない柊蓮司。ああ、やっぱりいないのか、むしろ卒業できたのか、みたいな雰囲気の中、粛々と進行する卒業式。受け取る者のいない卒業証書は何故かスクールメイズの奥地へ……。
パターン2
出席が足りなくて卒業できない柊蓮司。しかも何故か一年生の教室に柊の席が用意されている。ピカピカの一年生に混ざり、くたびれた一年生。そして更新されていく伝説の下がる男の伝説。
そんな風に嫌な方向へと進んでいく思考を振り払うように頭を左右に振る。
「い、今のことは忘れよう……」
そう力なく呟いて柊はとぼとぼと歩き出した。そうして麻帆良の中をあちこち見物しつつ、柊は前夜の約束の場所である、麻帆良女子校エリアに来ていた。
そこまではよかったのだが。
「……この地図、ここまでしかかいてないよな」
学園都市である麻帆良は広い。エヴァンジェリンの家から学校までもそれなりに距離があったため、地図は簡略化されたものだった。そのため、赤丸のあたりにたどり着いたはいいが、このあたりのどの学校が目的地なのかが柊にはわからなかった。
茶々丸は昨晩いた場所だからわかるだろうと判断したのかもしれないが、昨日は
こうして柊蓮司は、冒頭のように、地図の端を握りしめたまま立ち尽くすことになったのであった。
雪広あやかがその少年に気づいたのは偶然だった。
身体測定の騒動も終わり、のんびりと下校している時。道の真ん中でぽつんと立ち尽くす少年を見つけた。
青を基調としたブレザーに白い半ズボンの見たことのない制服。年齢は彼女の担任よりももう少し年下――八歳くらいだろうか。握りしめた紙切れを見つめ、肩を落として俯いている。
(まあ、なんということでしょう女子校エリアにネギ先生以外の男の子がいるなんてもしかしてこれは私の日頃の行いが良いからでしょうか、ああでもあの子はもしかして泣いているのではないでしょうかよく分からないけれど絶対そうですわこれは私が助けてさしあげなければ――!)
ロックオンまで0.2秒。次の瞬間には彼女はすでに行動を開始していた。
「どうかしましたか、ボク?」
素早く少年に近づき、顔をのぞき込む。その声で少年は彼女の存在に気づいたようで、
「ぼ、ぼく?」
驚いたように顔をあげた。急に声をかけられたからか、少し引きつった表情をしている。もしかしたら泣いているのかもしれない、と思っていたがそうではなかったようだ。
「ちょっ、顔、近っ!?」
年上の異性相手に恥ずかしかったのか、わたわたと慌てて数歩後ろに下がる少年。
「あら、いやですわ。私としたことが。驚かせてしまいましたわね」
そう言って、にっこりと笑ってみせる。
「困っていらっしゃるようでしたから声をかけたのですが」
あやかの予想では、彼は迷子だ。麻帆良で見たことのない制服を着ているから、もしかすると転校生なのかもしれない。この学園都市はただでさえ広いのだから、うっかり迷って女子校エリアに来てしまうこともあるだろう。
彼は迷子になったことが恥ずかしいのか、視線を逸らしておろおろしながら言った。
「あ、いや、ちょっと道に迷ったというか……」
その返答は彼女の予想通りのものだった。
「まあ! それは大変ですわね……私でよろしければ案内しましてよ!」
同じ学園都市の生徒ならば、あやかにとって彼は後輩だ。その後輩が困っているのだから、手を貸すのは当たり前である。しっかりと彼をエスコートしなくては、と思い彼に一歩近づく。しかし彼は恥ずかしいのか、子供の歩幅ではあるが一歩下がる。その様子を微笑ましく思いながらももう一歩近づく。
「え、えっと、それはそうしてもらえると助かるけど……なんでそんなに近づいてくるんだ?」
あまり女性に慣れていないのか、じわじわ後退しながら慌てたように言う少年。彼を安心させるために、彼女は笑顔で言葉を紡ぐ。
「それはもちろん――」
しかし、この後に続くはずの言葉は一人の少女の怒鳴り声にかき消された。
「こらーッ!」
「へぶっ!?」
怒鳴りながら跳び蹴りを放つ少女に、あやかは吹っ飛ばされた。どうやら声と同時に蹴りも飛んできていたらしい。
「な、なにするんですの、アスナさん!」
突然現れたその少女はあやかのよく知る人物だった。
初等部の頃からの腐れ縁である彼女の名前は、神楽坂明日菜といった。
「どうかしましたか、ボク?」
「ぼ、ぼくぅ?」
突然声をかけられ、柊は地図から顔を上げる。思い切り子供扱いされてちょっと表情が引きつっている。
顔を上げた柊の目に飛び込んできたのは、少女の顔のアップだった。今の柊の身長にあわせるようにかがんでいるからか、ものすごく顔が近い。おまけに表情は満面の笑みである。ちょっと――というか、かなり、ヒく。
「ちょっ、顔、近っ!?」
驚いた勢いで数歩分ほど後ずさる。いきなりアップの顔が目の前にあったのも驚いたが、むしろ柊が気づいたらもう目の前にいたというスピードに驚いた。
「あら、いやですわ。私としたことが。驚かせてしまいましたわね」
そう言って笑う少女。育ちが良いのか、その仕草にも上品さが伺える。もっとも、さっきまでの行動を思い出すといろいろと台無しなのだが。
「困っていらっしゃるようでしたから声をかけたのですが」
そうして笑顔でまた一歩近づいてくる少女に、柊はもう二歩ほど引く。何故か笑顔なのに威圧感を感じる。年齢と同時に身長が下がっているせいで、少女を見上げるかたちになっているのも原因だろう。だが、それよりもむしろなにか別の危機を感じている気がする。アンゼロットの笑顔からもよく危険を感じるが、その時の嫌な予感とは何かが根本的に違う感じだ。たとえて言うなら、物理的な危険と精神的な危険くらいに。
「あ、いや、ちょっと道に迷ったというか……」
しどろもどろで返答する柊。その発言に少女は食いつくように反応した。
「まあ! それは大変ですわね……私でよろしければ案内しましてよ!」
そう言ってまた一歩接近してくる少女。その勢いに押されて柊も後ろに下がる。
「え、えっと、それはそうしてもらえると助かるけど……なんでそんなに近づいてくるんだ?」
目を爛々と輝かせた少女からの気迫に押されて少しずつ後ずさる。魔王と対峙しても引かない魔剣使いは、思いっきり中学生の女の子に気押されていた。
「それはもちろん――」
「こらーッ!」
「へぶっ!?」
そう言いかけた少女の姿が、突然聞こえてきた声と同時にかき消えた。正確に言うと、その声と同時に跳び蹴りしてきたツインテールの少女に吹き飛ばされた。蹴り飛ばされた少女はぎゅるぎゅると派手に回転しながら飛んでいったが、即時に復活し、ツインテールの少女に怒鳴る。その速度はあの柊蓮司がツッコミをいれる間がないほどである。突然すぎて対応が追いつかなかったともいう。
「な、なにするんですの、アスナさん!」
「なにいってんのよ、暴走しそうないいんちょを止めただけじゃない。その子、怖がってたでしょ」
「いや、その止め方も十分怖いだろ……」
怒鳴り合う少女たちに柊がツッコミをいれるが、小声だったからかスルーされる。
「だいたいね、女子校エリアに男の子がいるなんておかしいじゃない。……まさかいいんちょ、どこかから連れてきたわけじゃないわよね!? この子、見たことない制服だけど……」
「なっ、失礼ですわね! 困っていたようだから声をかけただけですわ!」
「どう見ても迫ってるようにしか見えなかったわよ!」
「なんですって!? そんなことはしていませんわ!」
「どこがよ!? 目つきもなんかヤバかったじゃない!」
「ヤバいとはなんです!? この私の慈愛に満ちた瞳が見えませんか!」
「そんなもの欠片も見えないわよ!」
柊をおいてけぼりにして睨み合う二人。二人のあまりの盛り上がりように、言い合いを止めようと思っていた柊は割り込むこともできず、右手をちょっと持ち上げた状態で固まっている。二人の少女はそんな柊にまったく気づいておらず、火花を散らしそうなぐらいに睨み合っている。
「――ショタコン」
「――オヤジ趣味」
「言ったわねっ!?」
「ぶっ飛ばしますわっ!」
その台詞を合図に殴る蹴るのとっくみあいを始める二人。突然始まった喧嘩に柊も唖然とする。
「……なんなんだ、いったい」
この状況でどうしたらいいのか途方にくれる柊に、背後から声がかかる。
「柊さん。ここにいらしたのですね。」
「茶々丸!」
そこにいたのは茶々丸だった。振り返った柊に、礼儀正しく一礼する。
「到着が遅れているようでしたので、マスターが早く柊さんを連れてこいと仰りまして……」
「いやあ、助かったぜ。道がわからなくて途方にくれてたんだけど、いろいろあってな……」
そう言って横目で喧嘩している二人の少女の方を見る。ツインテールの少女の連続蹴りをもう一人の少女が防ぎ、反撃の掌底をツインテールの少女がいなす。ヒートアップしていく戦いを茶々丸も確認して言う。
「神楽坂さんと委員長さんですか」
「あれ、知り合いなのか?」
そういえば制服が同じような――と柊が思ったところで。
「ええ、茶々丸さんは私のクラスメイトですわ」
目の前についさっきまで喧嘩していたはずの少女が立っていた。
「「い、いつの間にっ!?」」
どうやら高速で離脱したらしく、ツインテールの少女と柊の驚きの声が重なった。
「麻帆良学園女子中等部3年A組出席番号29番、雪広あやかですわ」
「……えっと……柊蓮司、だ」
名乗られたので、柊も名を名乗る。妙に高いテンションについて行けなくてちょっと引き気味ではあるが。
「私は神楽坂明日菜よ。私も茶々丸さんのクラスメイト」
あやかを追ってきたらしいツインテールの少女も名乗る。あやかが柊になにかやらかすのではないかと警戒しているようだが、あやかはそんな明日菜を気にせずに茶々丸に話しかけていた。
「茶々丸さんは柊くんを探していたのですね」
「はい。学園長室へ案内するように言われていますので」
その茶々丸の返答に眉をひそめる明日菜。ここ最近の出来事を思い出し、おそるおそる訊ねる。
「学園長……ってまさか、また先生とかいうんじゃないわよね……?」
「は? 先生?」
いきなりそんなことを訊ねられて、目を丸くする柊。
「そうよね、この反応が普通よね!」
柊の反応に何故かものすごく喜んで両手を握ってくる明日菜。柊からすると何故これでこんなに喜ぶのかがまったくわからないのだが。
「ちょっとアスナさん! なにいきなり手を握ってますの!?」
「いいじゃない、それくらい。いいんちょみたいに下心があるわけじゃないし」
「下心っ!? し、失礼なッ! 人をなんだと思っているのですかっ!?」
「日頃の行いを見てたらそう感じるんだもの、仕方ないでしょ! いっつもネギに変なことやろうとしてるじゃない、バカいいんちょ!」
「なっ……! バカレンジャーのあなたにバカとは言われたくありませんわ!」
「なんですって!?」
そしてまた睨み合いながらの口喧嘩から本当の喧嘩へと発展していく。柊が口を挟む間もなく、あっという間に中断していた殴る蹴るのとっくみあいが再開された。
「……えーと、あの二人はどうしたらいいんだ」
とりあえず、柊よりは対処に慣れているであろうクラスメイトの茶々丸へと訊ねる。
「これくらいのことは日常茶飯事ですので。それよりもマスターがお待ちです、学園長室まで案内します」
「それはいいけどよ……あれはほっといていいのか?」
「――日常茶飯事ですので」
相変わらずの無表情で茶々丸が繰り返した。どうやら本当に普段からこういう感じらしい。
「そ、そうか」
ここも輝明学園に負けず劣らずおかしな学校だなぁ、などと思いつつ、柊は繰り広げられるショタコンVSオヤジ趣味頂上決戦から目をそらすことにした。
「遅い!」
到着して最初にエヴァンジェリンから投げつけられた言葉がそれだった。苛立っているのか、視線も随分と刺々しいものになっている。
「ふぉふぉ、よく来たの、柊くん。とりあえず掛けてくれい」
それと対照的にマイペースな学園長がのんびりと柊にソファーに座るよう促す。柊と共に部屋に入ってきた茶々丸は無言でエヴァンジェリンの後ろに控えた。
「とりあえず、柊くんの扱いについてじゃが……」
エヴァンジェリンと視線を合わせないようにしつつソファーに座ったところで、学園長が話を切り出す。用意しておいたらしい書類をぱらぱらをめくりながら話し出す。
「えー、柊くんは、『とても口に出して言えないような可哀想な家庭の事情』で、麻帆良にいる親戚を頼り……」
「ちょっと待てっ、なんだその『とても口に出して言えないような可哀想な家庭の事情』って!?」
「なあに、嘘は言っておらんじゃろう?」
魔王を追って来た ← とても口に出して言えない
年齢が下がった ← 可哀想
実は異世界人 ← 家庭(?)の事情
「いやいやいや、なんかいろいろと違うだろそれっ!? もうちょっと普通の事情でいいだろ!?」
「そうは言われてものう。もう朝のうちに先生方にはそういうことで通してしまったからのう」
ふぉふぉふぉ、ととぼけたように笑う学園長。完全に事後承諾である。幸いにもここに来るまでに柊は先生たちには遭遇しなかったが、もし出会っていたら、『ああ、あの』みたいな色々と微妙な反応をされていたであろう。
「それにこの方が都合がいいんじゃよ。下手に適当な理由をでっちあげて、ボロがでたらまずいじゃろ?この学園はちと行動力のありすぎる学生も多いからのう……。ちょっと口にできないような家庭の事情と聞けば、そうそう追求されることもない――はずじゃ、たぶん」
「たぶんかよ!?」
ツッコミをいれる柊を学園長はスルーした。聞かなかったことにして説明を続けていく。
「とまあ、こういう事情であるから、柊くんは通常の授業には出席せず、時間の空いた先生に個別に授業をしてもらっている――ということにしておく。実際は個別授業もなしで、生徒達が授業をしている間、柊くんは学園内に異変がないか見回りをする……というわけじゃ」
「なるほど。でも、授業には出れないのか……」
肩を落として呟く柊。そんな柊を見てエヴァンジェリンが呆れたように言う。
「なんだ柊蓮司、そんなに小学校の授業を受けたかったのか?」
「小学校かよっ!? ――って、そうだよな、年齢下がってるんだよな……」
年齢を下げられて二日目。未だに自分が見た目小学生といまいち自覚していない柊蓮司であった。
「それに高校に通えたとしても、この世界で通ったところで出席日数がどうにかなるわけがないだろう、異世界人」
「そのへんはなんとか……ならないよなぁ、なるわけないよなぁ」
がっくりと項垂れる柊。そもそも、それでなんとかなるようなら今頃出席日数に頭を悩まされることはなかっただろう。
「はぁ……わかった。それでいい」
「ではこの話はまとまったということで。今度はこの麻帆良の事情を説明しようかの。昨日も言ったと思うが、ワシは関東魔法協会の理事を務めている。この学園には他にも魔法使いが在籍しているのじゃ。魔法先生や魔法生徒という形での。そして……」
「そんなまどろっこしい説明はいらんだろう。お前の学校――輝明学園のようなものだと思っておけばいい。一般の生徒や教師もいれば、魔法使いの生徒や教師がいるとな」
「なるほど。輝明学園と同じ感じか」
「……ワシ、説明していたんじゃが」
エヴァの一言で納得する柊。真面目に説明しようとしていたのをぶった切られた学園長はちょっと悲しそうである。
「コイツの目的からして、どうせそうそう関わることもあるまい。詳しく説明することもないだろう」
その方が自分の目的のためにも都合が良い、と心の中でだけ付け足す。
「そうじゃのう……。柊くんの世界と違うところと言えば、
「なるほど。そういうところ以外はだいたい輝明学園と同じ、か――」
何かに思い当たったらしい柊がちょっと悩むような素振りを見せる。
「どうかしたか?」
「――まさかこの学校もよく世界の危機のトリガーになったりするとか?」
「そんなわけがあるかッ!」
柊の言葉をエヴァンジェリンが一蹴する。世界の危機は輝明学園から、という言葉が世界の危機は麻帆良学園から、という風に変化しているということはないらしい。
「……むしろそんなことになったら困るんじゃが」
「そ、そうだよな」
学園の責任者である学園長としては学園内から世界の危機なんてことになったら困るだろうが、むしろ柊としては、異世界に飛ばされて世界の危機じゃない方が珍しいような気がする。それはそれでいろいろと悲しいことである。
「そうそう、柊くんの住む場所じゃが……」
学園長が再び書類をめくりはじめる。
「結局空いている場所がなくての。そのままエヴァの家でいいじゃろうか」
「……まあ問題はないだろう。昨日茶々丸に用意させた寝床をそのまま使え、柊蓮司」
「まるで部屋を用意したように言ってるけど、あれ犬小屋だよなっ!?」
そう柊が言うが、エヴァンジェリンは胸を張って堂々と言った。
「ふ、あれは犬小屋ではない。柊蓮司小屋だ」
「それならば問題ないじゃろう」
「それで納得するなっ! つーか今の説明のどこに納得できる要素があった!?」
「なんだ、ファー・ジ・アースとやらの人間はそれで納得するのではないのか?」
「んなわけあるかっ! アンゼロットのやつ、本当にどういう説明したんだよ!?」
ファー・ジ・アースでの扱いとほとんど変わらない扱いである。――しかし、他の異世界に飛ばされた時も別段扱いが良かったということはないのだが。
「ああ、そういえばそのアンゼロットとかいう女とは連絡はとれないのか?」
「それが昨日切れてから全然反応しないんだよ。こっちから連絡できないかも試してみたけど、駄目だった」
「異世界との通信じゃからのう。そう簡単にはいかんということか。色々と訊きたいこともあったのじゃがのう……」
「ふん、不便なものだな」
「……単純に自分の都合のいいように通信してきている気がするんだけどな」
むしろ柊からすると、それ以外考えられなかったりする。
「どうせ異世界間の事情がどうのということならば、こちらからはどうにもできん。それよりはさっさと
「そうだな。あの後で目撃者でもいるといいんだが……難しいだろうな」
「その件に関しては調査中じゃ。結果がわかり次第、連絡が来るはずじゃが……」
その言葉の直後、コンコンと軽く扉をノックする音が響く。
「学園長、高畑です。例の調査結果をお持ちしましたが……」
「おお、噂とすれば。入っておくれ」
学園長に促されて入ってきたのは、スーツに眼鏡の教師だった。
「君が柊くんだね。初めまして。ここの教員をやっている、高畑・T・タカミチだ。よろしく」
「あ、どうも」
高畑が笑顔で差し出した手を握り返す。柊が麻帆良に来ておよそ一日、一番まともな出会いであった。
「それで、お前が例の調査結果とやらを持ってきたのか、タカミチ?」
エヴァンジェリンが高畑に問いかける。
「ああ。昨日の件について、他の先生方や魔法生徒に何か気づいたことはないか訊いてきたよ。……でも、誰も昨日の夜に結界らしきものが張られたことを知らなかったそうだ。その月匣という結界が張られた前後に付近を警備していた先生もいたけど、まったく気づかなかったとか」
「ふむ、確かにあの時、ワシやエヴァも気づかなかったのう。しかし柊くんはそれに気づいていた、と……」
「なるほど。こちらの魔法使いには気づけず、ウィザードならば気づく結界、ということか。なかなか厄介だな」
「そうじゃのう。柊くんにしかわからないとなると、柊くんがいなければこの世界の魔法使いでは対処できないということになる」
「……どうやって月匣を感知しているかなんて説明できねえしなあ。紅い月が昇っていればウィザードでなくてもすぐわかると思うが――」
「それがわかるのは月匣の中に入ったとき、だろう? 現場に居合わせてようやくわかるようでは意味がない」
「それが問題じゃのう……」
そういって溜息を吐く学園長。
「そういえば、魔王を逃がしてから結構時間がたったよな。……まさか遠くまで逃げたりはしてないよな」
現状、月匣を感知できるウィザードが柊しかいない状態で、わざわざ近くにとどまっているとも考えにくい。柊に気づかれない遠い場所でプラーナを補充している可能性もある。柊はそう考えたのだが、エヴァンジェリンがそれを否定した。
「それはないな。今のところ、学園結界には何も反応していない。アレが出入りした形跡はない」
「そんなことわかるのか?」
「まあな。一応この学園都市の警備員をやっているからな。学園の結界内に出入りする存在ぐらいなら感知することができる」
「……警備員?」
見た目は小学生程度のエヴァンジェリンを見て柊が呟く。
「不本意ながらな」
「……一日警察署長みたいな?」
「違う!」
「……自宅警備員?」
「もっと違うわっ! どうしてそうなる!?」
「いや、その見た目で警備員の格好してもなぁ……」
警備員の制服を着て、警棒を持って学園内をパトロールする警備員エヴァンジェリン(中学二年生)。警備以前に補導されそうだ。
「そういう警備員ではない! 魔法関係の侵入者の監視や駆除をするだけだ!」
「ああ、それで昨日の夜は侵入者がどうとか言ってたわけか」
昨晩のエヴァンジェリンの言葉を思い出す柊。
「そういうことだ」
「柊くんもエヴァと同じように警備員みたいなことをすることになるね。もっとも、柊くんの場合は相手が
「ふん、警備のために学園をうろついて補導されんようにするんだな」
エヴァンジェリンに対して思っていた事を逆に言い返された。
「うっ」
自分でも思っていたことだけに反論できない柊。その様子に高畑は苦笑する。
「柊くんが学園内を調査するときは同行するよ。道もまだよくわからないだろうからね。教師と一緒なら補導もされないさ」
「ああ、それは助かる」
なにせ、今日もここに来るまでに迷ったあげくに変な争いに巻き込まれたくらいだ。柊本人は気づいていないが、見た目小学生男子が一人であたりをきょろきょろ見回しながら学園内をうろついているだけでもかなり目立っていた。女子校エリアに入る前でも、何人かが迷子かもしれないとちらちら見ていた。
「タカミチも忙しいだろうに、わざわざそんなことをするのか? 案内くらい、私が……」
「いやあ、ネギくんと担任を交代してからは時間に余裕ができたから問題ないよ。エヴァは授業があるだろう? ちゃんと出席しないと」
「嫌だ、面倒くさい」
「学校に行けるなら行けばいいだろ、うらやましい」
俺も単位のために学校に行けたら……と柊がうらめしそうに言う。
「ええい、うらやましがるな!」
エヴァンジェリンとしては、出席日数や単位どうこうは関係なしに卒業できない状態が続いているのだから、わざわざ学校に行きたいとは思わないのだが、それは柊の知らない話だった。
「そもそも、この件に関しては学園側からは私以外不要だと……」
そこまで言ってからエヴァンジェリンは気づいた。
「――ところでジジイ。私以外の連中にこの話を広めるなと言っておいたが……何故タカミチが知っている?」
その言葉に顔を青くする学園長。
「いや、ほら、仕方なかったんじゃよ! 柊くんに協力するには多少は事情の説明が必要で……一人くらいは事情を理解している先生がいないといざというときに問題が……」
「うるさい、言い訳など聞かん! そこになおれ!」
そう言って魔法薬の瓶片手に学園長に飛びかかるエヴァンジェリン。学園長は椅子を盾に回避しているようだ。
「あー……柊くん、外に出ようか? 学園内の案内ぐらいするよ」
そういう高畑の表情には、あれに巻き込まれるのはごめんだ、と書いてあるが。それに関しては柊も同感である。
「それは助かるけど……エヴァンジェリンと学園長、あのままでいいのか?」
「大丈夫さ、学園長だし」
「そ、そうか……」
「いってらっしゃいませ」
そうして出口の方を向く二人へ、茶々丸が礼儀正しくお辞儀する。学園長をボッコボコにしている主は放置らしい。
やっぱりここもおかしなところだ、と思いながら、高畑に連れられて柊は部屋を出たのだった。