千雨は無我夢中だったのだ。
ゲームや漫画でしか見ないような怪物に襲われ、絶体絶命の状態だったのだ。おまけにそいつは変態だ。いろんな意味で危機的状況だったのだ。
しかし、まさか教科書の詰まったカバンを振り回したら、それが
「……
そんな言葉を呟いた柊に、千雨は眉をひそめて問いただそうとしたが、鳴り響いた着信音がそれを止めた。
音の原因である0-PHONEを柊は慌てて取り出すと、そこから少女――アンゼロットの立体映像が空中に映し出された。
「柊さん? そちらで柊さん以外のウィザードの反応があったのですが、誰かそちらに飛ばされたりはしていませんか?」
「いや、それが……こっちの学校の制服のやつがプラーナ開放して
なにがなんだかわからない、と思いながら柊は告げた。
「それは……もしかすると、そちらの方がウィザードに覚醒したのかもしれませんね」
アンゼロットが考え込みながら言う。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
二人の元へ、それまで呆然としていた千雨が割り込んできた。
「さっきのバケモノはなんなんだよ!? ウィザードっていうのも一体なんなんだ!?」
そんな千雨の様子を見たアンゼロットは、にっこりと死ぬほど胡散臭い笑みを浮かべると言った。
「簡単に言えば、先ほどのバケモノは世界の敵。そしてウィザードは世界を護る勇者です。そしてあなたも、あのバケモノを倒せたということは勇者。世界を護る勇者になったのです!」
そんなアンゼロットを柊はどん引きした顔で見ていたが、そう言われた千雨はたまったものではない。
「馬鹿にするなよ! 私はそんなものになった覚えはない!」
「ですがそれが真実です。ウィザードはなろうとしてなるものではありません。そこにいる彼と私は貴女からすると異世界人になります。つまりそこの彼も、異世界の勇者」
「おい」
アンゼロットの言葉に柊が口を挟むが、それを無視してアンゼロットは続ける。
「そして私たちの世界からそちらの世界に逃げ出したバケモノ――私たちが
アンゼロットは嘘は言っていない。嘘は言っていないが、だいぶ誇張したというか、中二っぽい説明をしている。
「……まさか、それで私にあんなバケモノと戦えって言うのか?」
「はい、それはもちろん」
怒りをこらえるような千雨にアンゼロットは笑顔で答えた。千雨がそれに怒鳴り返そうとした時、アンゼロットはわざとらしく言った。
「――ああ、回線の調子がまたおかしく……柊さん、後で彼女の装備を送りますので、説明はよろしく……ぷちっ」
「ちょ、待て、アンゼロット! 適当な説明しておいて丸投げしていくなよ!? しかもまたそれわざとだろ!?」
柊が叫ぶが無情にもそのまま0-Phoneの回線は途切れた。
「――説明してもらおうか、そこのガキ」
怒り心頭といった様子の千雨を前に、柊は顔を引きつらせたのであった。
「酷い目にあった……」
ぐったりした柊がエヴァンジェリンの家に戻ると、茶々丸が夕食を用意しているところだった。
「おかえりなさいませ、柊さん」
「ふん、戻ったか」
「ああ……ちょっといろいろあってな。
その言葉にエヴァンジェリンが反応した。
「
こちらの世界の魔法使いならともかく、ウィザードに目覚めることはエヴァンジェリンからしても想定外だったのだろう。驚いた顔をしている。
「ああ、長谷川千雨っていうやつで……中等部三年っていってたから、エヴァンジェリンも知ってるかもな」
「知っているどころか同じクラスだ。そうかあいつが……」
「そうだったのか。なら、エヴァンジェリンが協力者だって伝えた方がいいよな。
千雨が聞いたらこれ以上余計なことを私に言うな、とでも言いそうなことを柊は言った。
「丁度良い、私も興味がある。茶々丸、明日はあいつを連れてこい」
「了解しました、マスター」
こうして千雨が連行されることが彼女の知らぬところで決定した。
そこで思い出したようにエヴァンジェリンは柊に言った。
「それと今晩は私たちは別件で出る。柊蓮司、お前は留守番をしておけ」
「別件ってなんだよ」
柊の疑問にエヴァンジェリンは簡潔に答えた。
「今の私は力を制限された状態にある。全力を出すために必要なモノがあるのさ」
昔は賞金首で封印された、ということは伏せて嘘ではない程度の内容をエヴァンジェリンは柊に告げた。柊はその言葉を特に疑うことなく言った。
「ふーん。手助けは必要か?」
「いらん。……そうさ、全盛期の力さえ取り戻せばあんな変態魔王など……!」
ブツブツ呟くエヴァンジェリンを見て、柊はそうかエヴァンジェリンもレベル下がってるんだな、と見当違いなことを考えていた。ある意味近いと言えば近いが。幸か不幸かその考えのすれ違いは修正されないまま、夜は更けていくのであった。
翌日、千雨と柊はエヴァンジェリンの家にいた。
柊に
放課後になって茶々丸に柊さんとマスターがお呼びです、と告げられて連行された千雨は抵抗しようとしたが、魔力が動力なこともあり月衣の力が及ばない茶々丸相手には無駄だった。
「勘弁してくれよ……私はこんな非日常な世界とは関わりたくないんだ」
「でも昨日も少し話しただろ? ウィザードに覚醒するだけでプラーナの量が一般人より格段に多くなるんだ、侵魔に狙われやすくなることは間違いないぜ」
俺も実際そうだったからな、と柊は言う。がっくりと落ち込む千雨にエヴァンジェリンは面白そうにしている。
「まさかあの魔王とかいうヤツが原因でこの世界にまでウィザードが発生するとはな……面白い。ならば魔王を倒しウィザードが不要となれば、この世界のウィザードも元の一般人にもどれるやもしれんぞ?」
「……それしか希望はないのか」
「もっとも、こちらの世界の魔法使いとも関わったのだ、ただの一般人には戻れんとは思うがな」
とどめを刺すようにエヴァンジェリンは悪い笑顔で言った。その言葉に千雨は絶望した、と言って頭を抱えた。
「――っと、アンゼロットが言っていた装備が届いたみたいだぜ」
月衣に違和感を感じた柊が、月衣から装備を取り出した。
「ウィザーズ・ワンド、それにピグマリオンか」
いかにも魔法使いの杖といった感じの見た目の
「喜べ、長谷川千雨。これでおまえも立派な
「うるせー」
エヴァンジェリンの言葉に千雨は力なく言い返した。受け取った装備を月衣にしまい込み、これ便利だな、と呟く。ウィザードになった唯一の利点がこの月衣だと千雨は思っている。今ならばトラックが突っ込んでこようが人工衛星が落下してこようが無傷だ、と柊から聞いている。その説明をしている時の柊は何故か遠い目をしていた。
「ん、なんか封筒も入ってたな。アンゼロットからの伝言か? なになに……」
柊が月衣から取り出した封筒を開けて中身を読む。
『彼女の装備を送ります。支援系の魔法が得意なようなので、それに向いた装備を送りました。』
どうやら、アンゼロットはあの短期間で千雨の得意分野まで見抜いていたようだ。
『追伸。彼女のクラスは本当に勇者です。おめでとうございます。』
「なんでだよ!」
そう叫ぶと、千雨は限界とばかりにテーブルに突っ伏したのだった。
ちうたまのクラスは絶対にこれしかないと確信した、反省も後悔もしていないなどと供述しており――