「……これ、便利だな」
エヴァンジェリン宅から寮に戻った千雨は、月衣から取り出したピグマリオンを操作していた。間違いなく千雨が今使っているパソコンよりも性能が良い。ホームページの更新作業もいつもよりもさくさく進む。
「そうだ、これも月衣にいれておけば……」
以前にネギにコスプレがばれた時のように、うっかりコスプレ衣装が他人に見られたら問題だ。そう思った千雨はクローゼットの中から月衣へとコスプレ衣装を移動させた。
「これでよし……ネットでもみて見るか」
そうして千雨がピグマリオンでネットサーフィンをしようとすると、何か見慣れぬものを発見した。
「まほネット……?」
少しだけそれを覗いた千雨は、すぐにそれを見なかったことにした。魔法使いのネットなんて存在しなかった、そう自分に言い聞かせて千雨は今日はもう寝ることにした。ふて寝では断じてない。
翌日、柊と千雨は初めて会った公園――
「そういえばこの間、桜通りに吸血鬼が出るとかいう噂を聞いたけど、もしかして
昨日の身体検査での会話を思い出した千雨であったが、柊はあっけらかんと答えた。
「吸血鬼? 吸血鬼なら知ってるだろ、エヴァンジェリン」
「……あいつ、魔法使いなだけじゃなく吸血鬼だったのか。よく考えたら、桜通りの吸血鬼の噂は結構前からあったか。
しかし、俗に言う
「そりゃあ、こっちの世界にもいるみたいだからな、
「知りたくなかった……!」
千雨は心底イヤそうに言った。異世界から来た変態魔王というのもイヤだが、元からの世界にまでそんなファンタジーなモノが存在しているなんて。そんなものは二次元だけで十分だ、と千雨は心の中で愚痴った。
「それにしても、痕跡もなにもないな……」
「こっちもだ、ピグマリオンで探査かけても何も反応がない」
千雨も柊も溜息を吐く。早く元の世界に戻って学校に行きたい柊と、早く元の普通の生活に戻りたい千雨。早く魔王を倒したいという二人の思いは完全に一致していた。
「情報無しじゃどうにもならねーぞ、どうするんだよ」
「いや、そう言われても俺もこういうことは得意じゃな――」
ぼやく千雨に柊が言ったその時、一人の人影が角から姿を現した。
「あら、そこにいるのは……」
そう一言言うと、彼女はいつの間にか距離を縮め、柊の手をがっちり掴んでいた。
「柊くん! 柊くんじゃないですか!」
そこに居たのはついこの間出会った少女、雪広あやかだった。
「い、いいんちょ?」
驚く千雨に柊は茶々丸とあやかがクラスメイトということを思い出した。茶々丸と同じくクラスメイトである千雨もあやかのクラスメイトということになる。
「あら、千雨さん、柊くんの知り合いでしたの?」
「え、えーと、一応……」
「まあ! 二人で公園に来るような関係……ま、まさかデートですか!?」
「「違う!」」
あやかの勘違いを二人でそろって否定するが、だからといって柊の事情からいって説明するのは難しい。友人と言うには年齢差に無理があるし、柊の世話をしているといっても他の学園から来たことになっている柊と千雨が知り合いというのも無理がある。
「えっと……その……し、親戚なんだ」
悩んだ末に千雨が思いついたのはそんな嘘だった。それに便乗して柊も言う。
「そ、そうなんだ。事情があって親戚を頼って麻帆良に来たから……」
「まぁ、そうだったんですの?」
驚いた様子のあやかを見て、千雨はダメ押しのつもりで言った。
「そうだよな、れ、蓮司」
「う、うん、そうだよな、ち、千雨お姉ちゃん」
自分より年下をお姉ちゃんと呼ぶはめになった柊は心にダメージを受けた。本来年上の人物にお姉ちゃんと呼ばれた千雨も同様である。しかし、その言葉にあやかは納得したようだ。
「そう言われると……お二人はなんだか雰囲気が似ていますわね」
その言葉に二人は顔を見合わせた。
「……似てる?」
「似てるか?」
そんな二人にあやかは笑顔で言う。
「ええ……なんだかこう、ツッコミとか巻き込まれ系とかそういう雰囲気がお二人からはしますわ」
「「どんな雰囲気だ!?」」
「ほら、似ていますわ」
にこにこと言うあやかに、さすがに同時に突っ込んでしまっては柊も千雨も言い返せなかった。
「そうですわ、私にも柊くんくらいの弟がいますの。ちょっと病弱で家からあまり出られなくて……よろしかったら柊くん、弟の友達になってくれませんか?」
「弟?」
「いいんちょ、弟がいたのか……初耳だ」
「そうなんです、かわいいかわいい弟がいますの。ね、柊くん、明日の放課後、私の家に来ていただけませんか? 弟を紹介しますわ。千雨さんも一緒にどうぞ」
にこにこ。にこにこ。柊が二、三歩後ずさるほどあやかの笑顔は迫力があった。どうにか断れないかと柊は考えていたが、その迫力に結局なすすべなく、
「わかった……」
と答えることになったのであった。ちなみに千雨はというと、こうなったいいんちょは止められない、と早々に諦めていたのであった。
そうして翌日、柊は千雨と待ち合わせてあやかの家へと向かった。
「……すごい豪邸だな」
アンゼロットの宮殿を思い出すな、と思いながら柊はあやかの家を見上げた。
「さぁさぁ、こっちですわ!」
そしてあやかに案内されるままに、応接間へと進む。おそるおそるといった感じでソファに座る千雨。アンゼロット宮殿で慣れていてあまり怯まない柊は普通にソファに座った。そこへ、メイドが素早く紅茶を運んでくる。
「どうぞ、お茶ですわ」
「あ、ああ、どうも……」
いつの間に現れたんだあのメイド、と思いながら紅茶を口にする千雨。
「紅茶か……」
いろいろと下げられたりした記憶が頭をよぎり、引きつった顔をする柊。豪邸であるだけに余計にアンゼロットの紅茶のことを思い出して微妙な気分になっていた。
「は! そうですわよね、柊くんはまだ小さいのですから、苦みのある紅茶よりジュースの方がいいですわよね……私としたことが!」
「え、い、いや……」
子供扱いに余計に顔をひきつらせる柊であったが、あやかはそれに気づかずに使用人達へ合図を送ると、メイドがリンゴジュースを素早く持ってくる。
「さ、どうぞ柊くん、絞りたてのリンゴジュースですわ」
いつの間に絞ったんだよ!と脳内でツッコミをいれた千雨が顔を引きつらせている。柊は仕方なく、無理矢理の作り笑顔でジュースを受け取った。
「どうも……」
子供扱いの色々を諦めた柊がジュースに口をつけると、あやかは立ち上がった。
「弟を呼んで参りますわね。その間ゆっくりおくつろぎくださいな」
そう言ってあやかは応接間を出て行った。
「……子供だからリンゴジュース」
柊の本来の年齢を知っている千雨が意地の悪い笑顔で言う。それに柊は力なく一言言い返した。
「うるせー」
「まさか味覚まで子供舌になって苦いものがダメになってるのか?」
年齢が下がることにそんな効果まであるのではと千雨は思ったが、柊がそれを否定した。
「それはないはずだ。下がるのは年齢だけで他は影響がないって言ってたからな。そうじゃなくて、あんまり紅茶にはいい思い出がねえんだよ」
そう言って苦い顔をする柊。
「……飲むと色々下がったりな」
「ああ……」
千雨もその言葉で全て納得した。アンゼロットのいろいろなヒドイところは千雨も理解しつつある。
「お待たせしました」
そこへ、あやかが戻ってきた。弟を連れてくると言っていたが、一人で戻ってきたので柊と千雨は首をかしげた。
「申し訳ありません、弟は今日は調子が悪いみたいで……今日はちょっと紹介するのは無理みたいです」
「ああ……病弱なんだったな。そんなに具合悪いのか?」
訊ねる柊にあやかは首を横に振る。
「いえ、いつもの発作が少しでているだけですから。そこまで悪いわけではありませんわ。大事を取っているだけです」
「ならいいんだけど……」
千雨が不安そうに言った。会えないというくらいだ、本当はかなり悪いのではないかと千雨は心配していた。
「そんなに心配なさらないで。こちらから招待しておきながら弟を紹介できず申し訳ありません」
「いや、体調が悪いなら仕方ないだろ。気にしないでいいぜ」
「そうそう」
そういう柊と千雨にあやかは柔らかく微笑んだ。
「お二人とも……ありがとうございます」
また後日招待しますわ、と言うあやかに見送られて二人は帰路についた。
「いいんちょも弟のことで苦労してたんだな……ショタコンなのも、ブラコンの延長線上なのか?」
「そうなのかもな。……だいぶ、いき過ぎてるとは思うが」
「そうだな……それと、昨日は忘れていたけど、どうするんだよ」
千雨の言葉に柊が首をかしげる。
「なにがだ?」
「……呼び名」
「え?」
「いいんちょに親戚って言っちまっただろ。名字で呼ぶわけにはいかないから、私は蓮司って呼ぶが……そっちはどうするんだ?」
千雨はそう柊に問いかけた。さすがに人前で名字呼びをしていれば、疑われる材料になるだろう。
「……げ」
「千雨お姉ちゃん?」
イヤそうな顔で千雨が問いかける。
「い、いや……さすがにそれは……」
そうして二人で千雨お姉ちゃん、蓮司、と呼び合う姿を想像する。
「……」
「……」
しばしの沈黙の後、二人はげっそりとして言った。
「千雨、で」
「了解」