シェリス・アジャーニ。
袴田維の幼馴染みであり、中学に入った時に彼が告白し恋仲となった。
ヒーローになるという袴田の夢を応援し、彼の志す“悪人の端正する”というヒーロー像を理解していた人物であり、懸命な彼を心から支えていた心優しき女性だった。
袴田も彼女のためなら何でもできる…やってみせる。
そう思っていた……20年前の、あの日までは。
シェリスの15歳の誕生日を祝うため、袴田は彼女の青髪に似合う髪飾りを持って彼女の家へと向かっていた。
隣町まで買いに行っていたため少し遅れると連絡をした袴田に対し、“いつまでも待ってる”と喜びながらシェリスは彼に伝えた。
父親と母親、そして彼氏に祝ってもらえる彼女は今日…この上なく幸せな日になるはずだった。
だがそれが、最後の会話になると誰が予想できただろうか。
彼女の家に群がる野次馬と警察。
血相を変え無理矢理彼女の家に入った袴田が見た物は…子供の彼が目にしていい物ではなかった。
部屋中に蔓延する血の臭い。
床に落ちた誕生日ケーキ。
担架に並べられた、3つの死体。
その先は記憶がなく、気付いた時には彼女と彼女の両親の葬儀場から帰る所だった。
そこで耳にした、警察の立ち話。
“個性がなくなっていた”…
“やはり、オール・フォー・ワンが関与しているとしか”…
オール・フォー・ワン…
それが、シェリスを殺した
膨れ上がった憎悪が体内を駆け巡るのを感じ、彼は怒りを露にしながら涙を流した。
その感情の爆発が起点になったのか…袴田の中で眠っていた個性特異点“アルター”がその場に発現された。
ヒーローになりシェリスの仇をとると心に刻んだ袴田。
だが、このままヒーローとなっても
袴田は考えた。
どうすれば最も
そこで彼はヒーローランキングに目を付けた。
一位のオールマイトは警察からの応援や他のヒーローからも一目置かれている。
二位のエンデヴァーも同様に、彼への救援要請は多々あることも知っている。
ということは、ランキングの上位者へは情報の提供量は多いはず。
ならば、どうすれば上位になれるか。
開花させたこの力は奴と対峙するまで温存しておきたい。
ファイバーマスター、この個性でオールマイトやエンデヴァーのように
……いや、違う。
ヒーローランキングは
民衆から頼られる…市民からの支持率。
それは彼女に語ったヒーロー像その物ではないか。
なら俺は、人気を得ることでトップヒーローとなろう。
民衆からの支持で上へと行き、
それまでこの個性とアルターを鍛え続け……必ずお前を地獄に送ってやる。
「…個性同士が混ざり合い変質した、“個性特異点”と呼ばれるもう1つの可能性……周囲の物質を分解し再構築して現れた個性」
「Alteration…通称“アルター”。なるほど、たしかに厄介だった。オールマイトと戦う次に危機を感じるくらいには」
人目につかず20年間、アルターを使い続けてきた。
ファイバーマスターも過酷な鍛練の末…ヒーローランキング四位になるほどの力を得た。
だが、それでも届かなかった。
如何に絶影が速かろうとも、ベストジーニスト本人を狙われれば行動に制限がかかる。
さらには爆豪を狙う攻撃に対しても全て防がなければならないため防戦を強いられ……力尽き、倒れ伏した。
「おい!ベストジーニスト!!…クソッ!」
「止まりたまえ、爆豪君」
自分のせいで大怪我を負い倒れたベストジーニストを担ぐ爆豪。
だが、殺気と圧力のかかった言葉に足が動かなくなる。
「(んだよ…俺は、ただ足を引っ張って……誰よりも強いヒーローになるって言っておきながら…こんな、こんな……)」
恐怖で動けなくなる爆豪。
だが意地を見せるため、冷や汗をかきながらも
それをまるで見ることもせず、担がれているベストジーニストへ近付く。
「ファイバーマスター…これは相当な練習量と実務経験故の“強さ”」
「君の個性はいらないが……君のアルターは危険だ。とても野放しにはできない」
右手をベストジーニストに向ける。
抗おうにも何をしようとしているのかが分からず、何もできない爆豪。
「もらっておくよ、君の“個性”…そして“アルター”を」
個性を奪うために伸ばした右手。
だが、それがベストジーニストに届く直前に動きが止まる。
「……予定を変えて強い脳無を揃えたはずだが…なるほど……もう来たか……」
空気の変化に爆豪が空を見上げる。
空中から駆け付ける一人の男。
その姿を見て…爆豪が笑みを浮かべた。
「お…オールマイト…!!」
「全て返してもらうぞ…オール・フォー・ワン!!」
「また僕を殺すか、オールマイト」
因縁を持つ二人の男の勝負が幕を切った。
───中途半端な男だ───
───シェリスの仇を取るためなら全てを捨てる覚悟があったはずなのに…爆豪を見捨てることができなかった───
───無様だな…ああ、無様だ───
これは夢の中だろう。
【ふざけるな】
不意に呼び掛ける…闘争心の溢れたもう一人の自分。
夢の中ならなんでもありかと悟り、一瞥した後…また瞼を閉じる。
───大丈夫だ、オールマイトが来たのだろう?もういいじゃないか───
【諦めるのか?】
───半端なりにやるだけやった…もう終わりだよ───
【それでいいのか?】
───ああ、いいさ…終わったんだよ……───
『コラッ!なに諦めようとしてるのよ維!!』
「!!?」
思わず飛び起きるベストジーニスト。
20年間、もう会えるはずのない人物。
生涯彼女だけを愛し尽くそうとした…自分の恋人。
聞き間違えるはずがない。
ベストジーニストはその声を…その存在を、誰よりも求めていたのだから。
「シェリス……」
『貴方は誰よりも優しいから“倒す”のではなく“端正する”…そう心に決めてヒーローになったんでしょ?』
「…もう終わったんだよ。オールマイトが来た…もう俺の出る幕は…」
『“例え何があろうと悪人を端正し、平和な世界を築いてみせる”……私の前で誓った言葉を忘れたの?』
「………」
シェリスに告白する前に言った自分のヒーロー像。
それを思い出され、言葉を失うベストジーニスト。
『私は貴方のそんな一途な姿に惚れたんだから…幻滅させないでよね!』
「…全く。20年経っても君には敵わないな」
自傷気味に笑いつつ、浮遊感の中立ち上がるベストジーニスト。
「シェリス、君のもとに行くのはもう少し先になりそうだ」
『…もう忘れたの?私は言ったはずよ』
“いつまでも待ってる”…って。
人々を救うために振り絞った力、その全てを使い…彼はこの辛い戦いを勝利した。
大衆の大歓声の中、彼は一人…この勝利を国民に見せ付けていた。
だからこそ、その突然の事態に誰もが出遅れた。
ヒーロー達の事だから殺さず捕縛をしたのは見なくても分かる。
そう、脳無が生きているのなら話は簡単だ。
「ッ!!」
「なっ!?」
「しまっ…」
オールマイトを囲むように現れた脳無集団。
火傷の跡や様々な傷により満身創痍だが…今のオールマイトを殺すぐらいには容易く動ける。
周囲のヒーローが全速力で向かうも明らかに脳無の方が速い。
「痛み分けなど生ぬるい…さよならだ、オールマイト」
倒れた
オールマイトも打ち倒す力もなく、ゆっくりと目を瞑る。
「……やはり君の個性は奪うべきだったか、ベストジーニスト」
繊維に絡み捕られた脳無集団。
オールマイトの前に立つ男を感じ、自分の失態を呪う。
ベストジーニストが復活し、脳無を捕縛したことに安堵するエンデヴァー達。
これで
「だが残念、僕がいつ…脳無保管庫が1つだけと言った?」
さらに現れ始めた三体の脳無。
先程の脳無は保険であり、こちらが本命だと言わんばかりの強個体を呼び寄せた
エンデヴァー達も雰囲気で察した。
アレはすぐにでも倒さねばならない脳無だと。
襲い掛からんばかりの勢いで奇声を上げる脳無達。
「疲労困憊な上に死にかけの君達に…」
何ができる…そう言いかけた時だった。
突如、死にかけているはずのベストジーニストからの凍えるような空気に脳無達は奇声を止める。
その空気は周囲のヒーロー達のみならず、中継で見ている人達にも伝わり始める。
「おい、なんだよ…アレ」
「ベストジーニスト…?」
街中で映像を見ている周囲の人達同様に、出久達もベストジーニストの異変に気付く。
爆豪も当然、それを感じながら映像を睨む。
「(んだ?この感じ……アルターを出した時と似てるが、あの時とは違ぇ……)」
「なんだろう…この感じ…冷たく突き刺す感覚…今すぐにでも切り裂かれる寒い空気なのに……」
「…恐怖じゃない……もう大丈夫といったような安堵感……」
「これ…USJにオールマイトが来た時の感覚と似てねえか……?」
出久、飯田、切島が映像を見ながら呟く。
絶体絶命な状況なのに安心感を与える空気。
それを出すベストジーニストに、誰もが目を離すことができなかった。
「…まったく。爆豪君に説教を垂れながらこの醜態とは…恥ずかしくて目も当てられないな」
僅かに微笑みながら懐から、手のひらにおさまる大きさの物…
ベストジーニストが御守りとして20年間持ち続けていた、ある物を取り出した。
「あの日、これを選ばなければ…違う物を先に買い、君のもとへ向かっていればと…何度も後悔した」
「20年前の俺では敵わないとしても、それでも違う未来があったかもしれないと……何度も考えた」
彼女に渡すはずだった髪飾り。
握り締めたそれを空へと投げ…
「シェリス、俺はもう信念を曲げない。だから…見ていてくれ」
アルターとして、自分の中へと取り込んだ。
「…なんだこれは……バカな、誰だ…誰だお前は!!!」
オール・フォー・ワン。
悪の支配者と呼ばれ、超常黎明期から生きていると噂される
その経験と思考は類いまれなる物を有しており、誰を相手にしても余裕を崩したことは無かった。
オールマイトと戦った時も余裕を持ち、相手の神経を逆撫でし、隙を作らせ倒す。
今回の戦いもオールマイトに破れたが、全て計算の上であり…常に先の先を考える狡猾な人間であった。
今対峙している、ベストジーニストの力を見るまでは。
「ありえない!ありえてはいけない…!私より…私より力を持つ者など……!!!」
先程までのベストジーニスト、そして今現在戦ったオールマイト。
目を潰され見えなくなっている
だからこそ余裕持って相手できていた。
だが、今のベストジーニストは
その力量を測ることができなかった。
『ご…御覧ください!!ベストジーニストが…ベストジーニストの姿が…!!』
『虹色の粒子…まさか、そんな……これは…』
『宮城さん心当たりがあるのですか!?』
テレビ中継の大人すら展開についていけず慌てる中、長年培ってきた経験を元に冷静さを保ちながらニュースキャスターの宮城が話を続ける。
『…間違いありません。彼は個性特異点の可能性…数年前、世界政府が発表した“変質した力”を所持していたのです』
『数年前…まさか!?』
『そう…彼は世界で一握りしか存在しないと言われる…“アルター能力者”です』
武装したアルターを身に纏ったベストジーニストへ襲い掛かる三体の脳無。
一体は身体中から刃を。
一体は肥大化した拳を。
一体は硬質化した体を。
カメラでも追えたか怪しいスピードでベストジーニストへと攻撃を仕掛けた。
その拳は体に。
その刃は首に。
その体は背中に。
鈍い音が響いたことに映像を見ていた人達もたまらず目をそらす。
どう考えても死を免れない攻撃。
だが、それを受けても尚…ベストジーニストは立っていた。
「…その程度の攻撃で俺を止めれると思ったか?」
悲鳴をあげながら距離を取る脳無。
一体は殴り付けた腕が折れ。
一体は身体中の刃が砕かれ。
一体は硬質化した体が凹んでいる。
そう、先ほどの鈍い音はベストジーニストからではなく、脳無達から響いた音だったのだ。
両肩に装備された剣を両手の甲に装着し構えるベストジーニスト。
攻撃が来ると判断し与えられた個性を最大限に利用した防護を脳無が作り上げる。
カメラも次は見逃さないようベストジーニストに焦点を当て撮影をしていた。
だが、それでも。
それでもカメラは追うことができなかった。
脳無とは比べ物にならないスピード。
斬られたことにすら気付かず倒れ伏す脳無達。
あまりのスピードに映像で見ていた人達はおろか、周囲のヒーロー達にも寒気を感じさせた。
「(この男は…ここで殺さなければならない…!!!)」
赤外線の個性がアルターに反応しているのか、ベストジーニストがありえないほど膨大な大きさになっているため本人の正確な位置が分からない。
だが、オールマイト達の視線の先…そこに必ずヤツはいる。
“空気を押し出す”+“筋骨発条化”+“瞬発力×4”+“膂力増強×3”
全てを蹂躙してきた空気砲。
だがそれは始めに防がれた。
だからその二倍…いや、三倍を叩き込む。
たとえ反動で片腕を失おうが、この男の存在を消せるのなら腕一本くれてやる。
「私の前から消え失せろッッ!!!」
慌てる様子もなく、両手に装備した剣を一つに合わせ…構えを取る。
「…絶影刀龍断」
自分の腕は砕け、使い物にならなくなった代償に撃ち込んだ空気砲。
その威力は付近の建物全てを破壊し、ミサイルを軽く凌駕する。
それをたしかに…ベストジーニストに向けて撃ったのだ。
にも関わらず、強い風が吹く中…まるで何もなかったかのようにベストジーニストはその場に立っていた。
「…ベストジーニスト。今…何をしたんだい?」
オールマイトは見えていた。
それの前に立ち、一瞬ベストジーニストの身体がブレたのを。
「空気砲と言っても所詮は空気の塊…斬り刻めばただの強風にすぎない」
空気を斬り刻む…
わけの分からない解答に思考を停止させる
その
得体の知れない人間に命を握られる恐怖。
その恐怖を抱いたまま、ベストジーニストの裁きが降り下ろされた。
「…おい、ベストジーニスト」
「…爆豪君か」
神野事件から数日後。
現場で倒れたベストジーニストの見舞いに来ていた爆豪。
面会謝絶の中、爆豪だけは特別に通され…ベストジーニストのいる特別室へと案内されていた。
「…なんでぶっ殺さなかったんだよ」
頭に突き刺したと思われた一撃は
刺殺される恐ろしさに気絶した
「…殺すつもりで戦ったんだろ?大切な人の仇討ちだったんじゃねえのかよ!」
真横で全て聞いていた爆豪は苛立ちを隠さず言葉をぶつける。
間近で見た殺意と憎悪。
そして圧倒的な力を持ったにも関わらず、とどめを刺さなかったベストジーニスト。
立場を考慮して仇討ちもできない腰抜けが日和ったようにしか見えず、爆豪は苛立ちを隠せずにいた。
だが、ベストジーニストはそんな爆豪を見て苦笑する。
「…シェリスに誓った。俺は悪人を端正をするヒーローになると」
「殺さず更生する…それが俺のヒーローであることを思い出した、それだけだ」
その言葉を聞いても納得できないのか、にらみ続ける爆豪。
「納得しろとは言わん。だがAFOの悪事の被害者は俺だけではない……故に、司法の裁きを受けさせなければ被害者は納得しない。それだけは理解してくれ」
「…チッ!」
他の被害者がいる。
自分もその一人であるため、その言葉を理解せざるえなかった。
「…それに、ヤツを殺すことだけが復讐とは言わん」
「…どういうことだよ」
話を聞く態勢に入ったのか、近場のソファに腰を勢いよく降ろす爆豪。
端正仕切れなかった爆豪らしいと笑みを作りながら続きを話す。
「死柄木弔…
「ハッ!俺すら端正できなかった癖によく言うぜ」
「1週間という縛りがあった君の時とは違い時間は限り無くある。更生するまで端正し続け、
やると言ったからには必ず行う。
その信念と決意を宿した瞳に、今度は爆豪が苦笑したため息をつく。
「…1週間で助かったぜ。本気のアンタの端正を受け続けたら性格まで変わっちまうよ」
「性根を変えると言っているのだから性格が変わるに決まっている」
「へいへい……敵に同情する気はねえが、厄介なヤツに狙われたもんだ」
「ヒーローとは
「へーい」
全く気が合わないはずのベストジーニストと爆豪勝己。
だがこの時…この場に流れる雰囲気だけは悪くないと、お互いに含み笑いをしながら感じていた。
ベストジーニスト。
個性“ファイバーマスター”をアルター化した能力、“絶影”を持つ男。
この一件以降、
そう、それにより……
「…正直、耳を疑いましたが……まさか貴方ほどの人間がチームアップ要請に答えてくれるとは…感謝します」
「サー・ナイトアイ。感謝とは全てが終えた後に言う言葉だ」
「
死に行く運命を持つヒーローの未来が、変わった。
このベストジーニストは漫画版スクライドの必殺技も使います。(事後報告)
前回書いた『アルター能力者・緑谷出久』とは何の関連もありませんので、ベストジーニストが気絶している間のオール・フォー・ワンvsオールマイトは原作と同じ流れと解釈をお願いします。
前回のジグマール出久さんがいたら爆豪救出以前に林間合宿時の誘拐も防げる気がしますし……
また何か思いついたら投稿しますので、その時はよろしくお願いします。