血桜今宵の朝は早い。
目覚めると朝食を食べすぐに道場に向かい、父や祖父と共に鍛錬に励む。六時には手分けして湯あみの準備、朝食の準備をし、基本七時に目を覚ます主たちを待ち構える。
主たちに給仕を行うと、一日のスケジュールの確認、お見送りなどを順次行う。
祖父は旦那様に付き従い一日を過ごす。父は贈答品や消耗品、屋敷の清掃など屋敷の管理全般を行う。そして、今宵はヒーロー事務所でサイドキックとして経験を積む。
今宵は今年で16になり本来は高校へ行っているはずだが、雄英高校ヒーロー科へ進学予定のお嬢様に合わせて一年間進学を遅らせていた。ただ、一年間を無為に過ごすなど執事には許されない。そのため、お嬢様のサポート及びボディガードを行うための予行訓練として顔を隠してではあるが、サイドキックとしても活動していた。
余談ではあるが、【ヒーロー活動認可資格仮免許】通称【仮免】は保有している。本来はヒーロー科のある高校が団体で申し込む、ある種の学校行事とも呼べる代物だが、当然一般受験は存在する。サイドキックとして契約している事務所とのコンタクトも受験の際に声を掛けられたのが始まるである。
事務所についた今宵はさっそくヒーローに挨拶にいく。
「おはようございます、ベストジーニスト」
ヒーロー名に敬称をつけないのは通例である。敬称をつけてしまうのは逆に失礼に当たるとも言えるだろう。ベストジーニストは5本の指に入る大人気ヒーローであり、彼の元には彼に憧れる多くの若いサイドキックがいる。その中でも今宵は非常に浮いた存在である。なにしろ、全員ジーンズのなか一人だけ燕尾服なのだから。
「おはよう。すまないが、朝のミーティングの前にコーヒーをいれてくれないか」
ヒーロー事務所では基本的に朝のミーティングがある。サイドキックを多く抱えるこの事務所なら当然である。打合せ内容は主に、新しいヴィランの情報、区付近で目撃証言のあったヴィランの情報、パトロールのルートとパトロール担当といった具合である。
「かしこまりました。少々お待ちください」
コーヒーを提供したのち、ミーティング前の情報を確認する。ミーティングが始まると新人が司会進行を行いながら、情報を共有する。
「えー、新たなヴィランですが、えー異形系個性のヴィランが昨日現れました。情報によるとぬめりとした体表をもち、毒性の息を吐くトカゲのようなヴィランとのことで、えー、遭遇したインゲニウムが避難誘導している内にマンホールから逃げたそうです。また、そのヴィランですが、えっと」
「なんだ」
何やら情報を言いよどんだ新人にベストジーニストが問いかけると、新人は意を決したように答える。
「そのヴィランですが、全裸だったそうです」
「「「・・・・・」」」
周囲に沈黙が下りる。沈黙を切ったのはベストジーニストだ。
「なるほど、少なくとも近くに私の事務所があるということくらいは分かるだけの頭はあるようだ。最も、私対策としては効果が高いとは言えないが・・・」
「全身を燃やせるほうな個性や透過の個性でもなければ、ベストジーニストのファイバーマスターから逃げ切ることはできません。そういった個性持ちではない以上有効な選択とは言えます」
君が言うのか、的な視線をベストジーニストは今宵に向けるが、それも当然、今宵はベストジーニストと戦って五回全勝している。最も今宵の戦い方はベストジーニストとそっくりなのでエヴァンディーのような炎の個性にはとことん相性が悪いのだが。ベストジーニストと違い相手の物を操ったりはできず、自身の物だけが操作対象となるので今宵自身は自分の個性をファイバーマスターの劣化品と認識していた。それでも今宵が全勝しているのは個性の磨き方が他を圧倒しているからであると自認している。実際、父と祖父は全く同じ個性を持っているのにも関わらず今宵ほど巧みに個性を使いこなせないのだから。
「えー、最後に今日のパトロール担当はベストジーニストとトゥナイト(英訳:Tonight)の二人です」
トゥナイトは所謂、今宵のサイドキックとしての名前である。そのまま英訳しただけであるが、今宵にとっては使い捨てのニックネームなので適当につけていた。
「トゥナイト。十分後に出るぞ、準備しておいてくれ」
「かしこまりました」
非常事態用通信機などの動作確認をしたのに、身だしなみを再度確認する。問題がないことを確認してから、入口にて待機する。
ベストジーニストを迎えて一緒にパトロールに赴く。パトロールは当然無言ではなく、会話をしながら行われる。内容な様々だが、主な内容は新人への指導項目の整理や個性の使用方法のアドバイスなどになる。
「そういえば、来年からは雄英に通うそうだね。こちらで推薦状を出しておこうか」
「いえ、その様にお手を煩わせる必要はございません」
唐突なベストジーニストからの受験に対する協力な申し出だが、今宵は断る。今宵には受験に対する不安など欠片もない。当たり前のように合格する自身があるからだ。
「だが、一年間学校に通ってなかったのも事実だ。サイドキックとして経歴はプラスにも働くが場合によってはマイナスにも働く、こう見えてもナンバー4だからね。それなりに意味がある。サイドキックといいながら無給で働いてもらうのも悪いと思っていたんだ。それくらいはさせてくれ」
今宵は給料をもらっていない。お金が必要ないからだ。あえて言うならば、サイドキックとしての経験こそが彼の給料だった。ベストジーニストはずっとそこが気がかりだった。
「かしこまりました。それではお手数ですが、一筆書いていただけますか?」
今宵が了承したのをベストジーニストは満足気に頷く。
パトロールは大通りを済ませ、人通りのすくない路地裏に入っていく。ヴィランによる犯罪は当然人気の少ないところのほうが発生率が高い。
二人が角を曲がったところでガタリと音が鳴る。それと同時に紫色の煙が二人を襲う。
「ヴィランか」
ベストジーニストは繊維を操り、窓のわずかな取っ掛かりに自らの体を引っ張りあげて、煙の範囲から離脱していた。
「おそらく毒でしょう。広がらないように致します」
今宵の個性は自らの血を操り、生み出し、変化させる。その名は【血操万化】 今宵は自らの血を使い、屋根まで伸ばし引っ張り上げることで屋根の上にいた。
「血界」
血を地面に垂らすと、血は透けるほど薄く伸び、煙を覆った。覆った血の膜を引っ張り上げ、屋根に置いておく。ヒーロー協会の研究所であれば、これから血清を作ることもできるからだ。
煙はなくなったが、ヴィランは既にいない。しかし、空いたマンホールがヴィランがどこから襲い掛かってきたか知らせてくれる。
「いかがいたしますか?」
「毒持ちは野放しに出来ない。追うぞ」
ベストジーニストはそういうとマンホールに飛び込む。今宵もまた、遅れずに飛び込んだ。
「血探」
着地と同時に血を蜘蛛の巣のように広げていく。操作してる感覚からヴィランの位置を見つけ出す。
「血壁」
今宵が大量の血を送り出し、見つけたヴィランを血の壁で捕らえた。
「あちらになります。走って逃げておりましたので、閉じ込めてあります。運びますので少々お待ちください」
少しすると、三角錐の形の血の塊が現れる。中には当然ヴィランが入っている。
今宵の血操万化は血の強度などの性質を変化させることもできる。鋼鉄を越える強度にすることもできれば、粘着性を持たせることもできる。あらゆる状況に対応できる、所謂強個性である。
「毒を吐くからな。そのまま警察に引き渡してしまいたいが。顔を確認しておきたいな。捉えたままでも写真は撮れるか?」
「もちろんです」
携帯端末を中に入れると、血で端末を操作して写真をとり、手に戻す。
写真に写っていたのは、確かにトカゲのような見た目の生物だった。
「おそらく間違いないな。警察に引き渡そう」
梯子も使わず、個性でマンホールから出て、そのまま二人は警察に直行、ヴィランを引き渡した。その後は研究所に毒煙を渡しにいき、再びパトロールに戻る。
それ以降はヴィランの出現もなく、パトロールは無事に終わる。帰り道で前を歩く今宵を見ながらベストジーニストは思う
(やはりもったいない。雄英に通う必要すらない。事情は理解しているが、彼はヒーローになるべきだ。ホークスを越える速度でトップ10にもなれる)
サイドキックに雇い入れるに当たって、今宵について色々聞き及んでいるが、ベストジーニストは今宵は雄英に通う必要なくすぐにでもヒーロー活動認可資格免許を取得するべきだと考えていた。それこそ、二十歳になるまでに自分を越え、ホークスを越え、トップ3になれると考えていた。
パトロールが終わってからは、事務所にて事務仕事を行い。16時には屋敷に戻り、主人たちの出迎えの準備を行う。
夕食の仕込みなどは父が既に行っているので、19時に合わせて準備を行い、給仕を行う。
夕食が終わったあとは、父と祖父とは別行動で、お嬢様のトレーニングに付き添い、風呂上りの手入れを行い、勉学の指導も行う。ちなみに余談ではあるが、小学校の頃までは今宵がお嬢様を入れていた。中学生になる頃に、お嬢様が一緒にお風呂に入る事を嫌がり、今宵が反抗期を迎えた娘を見るような目でお嬢様を見て、父と祖父に呆れるような目で今宵を見るという事もあった。さらに余談だが、父と祖父と旦那様でお風呂に入り、一杯やるといったこともある。ちなみにツマミの準備と給仕は今宵が行う。
一日の仕事を終えると今度は自分の鍛錬に入る。勉学はもちろん、野外で行う実践訓練こそが本命だ。相手は同じ個性を扱う父と祖父の二人を同時に相手をする。服装はもちろん燕尾服である、動きやすい服では意味が薄い。
サイレンサー付きの銃から頭蓋に向かって放たれる弾丸を血の小盾で受け止めながら、血の手裏剣を投擲する。父は受け止めるのではなく撃ち落とし、地面に落ちるまえに自分の血で今宵の血を包み込む。血は遠隔操作できるので正しい対処である。
ぞくりとした感覚と供に祖父が血の刀の形成を終える。父はリボン状の血と銃で戦うが、祖父は刀での接近戦こそを得意とする。個性は世代を経るごとに強力になるとされている。おそらく父と祖父が個性を自分ほど巧みに扱えないのはこの辺りが関係しているかもしれない。
消えたと錯覚するほどの動きをもって祖父が自分の背中に回る。祖父の一太刀を足から出した血で鉄柱を作り出し防ぐ。鉄柱の血でそのまま父と祖父を分離する壁を作り出し、父へと速攻を掛ける。
父の放つリボンの血を同じようにリボンを形成してぶつけ、そのまま地面に落とし込み粘着性の血で地面に固定する。銃弾を血の壁で防ぎ、反撃をしようとした段階で地を蹴る音が聞こえる。血の壁の上から祖父の姿が見える。そのまま体重をかけた一撃を防ぐのではなく躱す。理由としては祖父の刀の形が少し変わっていたからだ。おそらくこちらの強度を見て自身の刀の強度と切断力を調整していたのだろう。
そんな戦いが一時間と続いた。
一時間後には祖父は磔にされ、父は木から吊るされていた。今宵は木にもたれ掛け息を整えていた。
「うむ、また腕を上げておるな」
「その様ですな。いや、若さとは羨ましいことです」
この二人は今宵に負ける度に若さを言い訳に使う。尊敬すべき二人だがなぜか涙が出る。
訓練の後は汗を流して就寝する。
これが血桜今宵の一日である。
執事というだけで皆さんなら何処に仕えているか分かるでしょうが、プロローグでは敢えて主人たちとの絡みは書いておりません。