作:長物守 https://www.pixiv.net/member.php?id=995651
絵:かにばさみ https://www.pixiv.net/users/2672123
ガチャM
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プルツーは今、危機を迎えていた。
過去最高のピンチかも知れない。
珍しく親衛隊の礼服を着込んでいる、その理由が前を歩いているからだ。そして勿論、その少女が危機的状況の元凶でもある。
先回りして振り返ると、プルツーは彼女の行く手を遮った。
「お待ち下さい、姫様……ミネバ様! 危険です! あれは士官の保養と慰安のための施設であって」
「くどいぞ、プルツー。ジオンのために戦ってくれる者たちの日々を、私は少し覗いてみたいのだ」
それに、と少女は言葉を切る。
名は、ミネバ・ラオ・ザビ。実権こそ摂政ハマーン・カーンに握らせてはいるが、まごうことなきジオンの姫君である。
そのミネバが、真っ直ぐプルツーを見詰めて言葉を紡いだ。
普段の穏やかで可憐な表情はそのままに、声だけが真剣みを帯びている。
「プルツー。一時の休息を終えて戦いに戻る者たちは、その何割かは帰ってはこぬ。そんな彼ら彼女らと、僅かでもいい……触れ合うことが必要なのだ」
「……それは、姫様の傷になります。心をえぐる傷痕になってしまいます」
「それで死にゆく者たちを忘れずにいられるなら、むしろ望むところ。さ、プルツー」
こういう時のミネバは、テコでも動かない。
幼いながらも高潔で高貴、その上に気高く清廉なる精神の持ち主なのだ。
その生真面目さがうらやましくもあるが、プルツーは周囲を見渡す。ここは軍の施設内でも、飲食店街やPX――いわゆる売店の類――が並ぶ区画だ。
大事になればすぐ、兵たちに気付かれる。
人の視線と、それ以上に危険な気配がないことを確認し、プルツーは声をひそめた。
「姫様のお命を狙う者の情報もあります。妙な動きを見せる兵を今、親衛隊の方で――」
心底ミネバの身を案じていたし、暗殺計画の噂があるのは本当だ。
だが、ミネバは意を得たりとばかりに微笑んだ。
「ふむ、護衛が必要ということか。ならばプルツー、共を。親衛隊の働きに期待するぞ」
「ッ! そ、それは……困ります。参りもしましたが」
「ふふ、今日は私の顔を立てよ。なに、長居をするつもりはない」
「はあ」
一本取られた、警護として共をせよと言われては断れない。
それに、日々を公務の中で生きているミネバには、息抜きと娯楽も必要だ。
折れてみせると、ミネバの笑みは眩しさを垣間見せる。
この顔にいつも、プルツーは弱かった。
「で、どのような施設なのだ? その……スーパーセントーなるものは」
「いえ、それはあくまでコンセプト上の話で」
「セントー、つまり戦闘を行うのか」
「……いえ、端的に言えば多目的入浴施設です。お風呂ですよ、姫様」
そうこうしていると、その施設が近付いてきた。
大きなのれんがあって、男女で入口が違う。今日は午後も早い時間で、人影はまばらだった。これ幸いと思っていると、ミネバがなんの警戒もなく中へ入ってしまう。
慌てて追いかけたプルツーは、広がる脱衣所で意外な人物に出会った。
「あら? 姫様が……ねえ、プルフォウお姉さま。姫様が」
「なぁに、慌てた声を出して。姫様がこんな場所にお越しになる筈が――」
そこにいたのは、妹のプルフォウとプルイレブンだ。
なにかの機器を調整していたプルフォウは、着衣をプルイレブンに引っ張られて振り向き、固まる。無理もない、親衛隊の姉妹たちは親しくさせてもらうことも多いが、あくまで身分をわきまえ、時と場所を限られた上での主従関係だ。
「あ、あれ……ええと、ミネバ様? えっ、プルツーお姉さま、どうして」
「話せば長くなるが、姫様が施設を視察したいそうだ。……ふむ、そんなに長い話ではなかったな」
説得に酷く苦労した末に折れたので、複雑な話だと思ってしまった。だが、単にミネバの誠実さが望んだことで、ならばその願いを叶えて守るのが親衛隊の仕事である。
そして、それはミネバも承知しているようだった。
「すまない、プルフォウ。それに、プルイレブン。無理を承知で私が頼んだのだ。兵たちの、戦いではない日常を少し見ておきたくて。この心に、留めておきたく思う」
「そういうことでしたら、ね? イレブン」
「はいっ! 私たちでご案内します。プルツーお姉さまも安心してください。ここのセキュリティは私がコーディングしたものですし、安全です」
ならばいいがと、プルツーは思案に沈んだ。
形良いおとがいに手を当て、肘を抱く。
ここはアクシズの内部で、敵の侵入は考えられない。連邦の間者が入り込んでいる可能性はあるが、軍の関係者以外は出入りできない筈だ。
だが、逆に軍の者ならば、階級や身分、所属によっては容易にミネバへ近付ける。
そう、暗殺計画はどうも、プルツーには内部から発生してるように思えるのだ。
「ふむ、イレブンの構築したシステムか。なら、あたしとしては安心なんだが。あとは、ミネバ様は人目に付き過ぎる。お忍びであるからには――」
プルツーの懸念に、待ってましたとばかりにプルフォウがにんまり笑った。
そして、先程からいじっていた機械を差し出してくる。どうやら多目的デバイスのようで、ゴーグルのように頭部に装着するタイプらしい。
「実は、プルツーお姉さま。浴場内には、多種多様なコンセプトのお風呂があるんです。その多くで、AR空間を利用した演出や、ちょっとした3Dプロジェクション・マッピングをやってて」
「ふむ……オーグメンテット・リアリティ、拡張現実か」
「ファイブやテン、他の妹たちも手伝ってくれました。それと、このデバイスを装着すれば、ほら」
プルフォウは自分で装着して見せて、側面のパネルを軽く何度かタッチした。
あっという間に、透明だったバイザー状の画面が黒く染まる。
「施設内では階級等での無駄な緊張を緩和するため、顔を隠したままで入浴できます。デバイスは完全防水ですし、洗い場では外しても左右をパーテーションで仕切ってあるので」
「ならば問題はない、か」
それにしても、バイザーをスモークガラスモードにした姿を、プルツーはどこかで見たことがあるような気がする。そして、ワクワクを抑えきれぬミネバに、彼女用のデバイスを渡すプルフォウの言葉で気づいた。
「さ、姫様もこれを。迷いは自分を殺すことになります。ここは銭湯ですので!」
「セントー……ああ、やはりスーパーセントーか。戦闘、ではないと聞いたが」
「地球では日本の共同浴場を、銭湯と呼ぶんです。ここは無料の施設ですが、銭湯ではいくばくかの小銭を払えば、誰でも入浴できちゃうんです」
そうだ、思い出した……あの男に似ている。
かつてジオンの赤い彗星と呼ばれた、シャア・アズナブルの偽りの姿に。そしてそれは、ミネバが見たシャアの最後の姿だ。
ミネバは、プルフォウのおどけた気遣いに頬を緩めた。
「これは便利なものだ。私も誰にも気付かれずにすむ」
「実は、シャア大佐のエゥーゴ時代のサングラスと、メーカー公認でタイアップしてるんです。これが結構、男性士官に人気なんですよ」
「シャアは、多くの者たちにとって憧れなのだな。それに……やはりジオンの名は、あの者が背負うのが相応しいとも思える」
そう言って、ミネバはデバイスを装着してみせ、それを額の上に押し上げる。
早速、プルイレブンが脱衣所を案内し、一同で奥の一角に陣取った。
「姫様、私がお背中お流しします。なんでも仰ってくださいね。これも親衛隊だけの特権ですから!」
「世話になるぞ、プルイレブン。プルフォウもプルツーも、今日はよろしく頼む」
躊躇なくミネバは、着衣を脱いで丁寧に畳む。
常日頃から侍女に世話をやかれていても、自分のことは自分でできるのがミネバ・ザビという少女だ。それに、彼女のしなやかな肢体はまるでギリシャ神話の女神像みたいに美しい。
そのミネバが、同じく軍服を脱いでいたプルツーを見て、意味深にフムと微笑む。
「ど、どうかなさいましたか、姫様」
「いや! なんでもない、うん……プルツー、年相応というのは、それはいいことなのだ。そう、だから私も……今はこれでよしとせねば」
そっとミネバは、なだらかな両胸に手を当てた。
それでプルツーも、同じことを意識して同じポーズになる。
二人共、まだ十歳前後の小さな子供なのだ。同じプルシリーズの妹たちには、成長の早い者もいる。それは、同じ遺伝子を持って生まれても生じる、誤差のようなものだ。
ミネバはウンウンと頷いて振り返った。
「プルイレブンも、そういう意味では仲間だな? 仲間……ど、どうした? プルイレブン」
「あっ、姫様。えっと、これはですね……」
プルイレブンの視線は今、姉のプルフォウに注がれていた。
丁度今、彼女は上着を脱いだところである。
その胸の実りは、大き過ぎはしないが均整の取れた豊かな膨らみだった。
思わずプルツーも、気付けば他の二人と一緒に凝視してしまう。同じ姉妹でこうも……入浴には関係ないから別にいいのだが、妙に焦りのような気持ちが感じられた。
そうこうしていると、視線に気付いたプルフォウがはにかむ。
「もう、どうしたんですか? 姫様まで」
「い、いや、その……その、そうだ、その髪のリボンが可愛らしいなと思っただけだ」
「ああ、これですか。これは……大切なものです。これからも大事にしたいなって」
「そういうものがあるのは、きっといいことだ。私は、羨ましい」
「姫様……」
「よし、では沐浴にて身を清めつつ、兵たちの憩いのひとときを見させてもらおう」
ミネバは裸体をタオルで包んで隠すと、プルイレブンに案内されて奥の扉へと消えた。
湯けむりの中に白く溶け消えた背中の、その一抹の寂しさをプルツーは敏感に感じ取ってしまう。そして、自分と同じ切なげな表情をする妹と頷きを交わすのだった。