プルスリー・ストーリー   作:ガチャM

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「プルスリー・ストーリー そらをかける姉妹」

舞台はUC0088年のアクシズ。プルスリーが主役の、プルフォウ・ストーリーのサイドストーリーです。

長物守:作 ガチャM:挿絵 (長物守 twitter @nagamono)

■デザイン協力 
かにばさみ 4、5、11 twitter @kanibasami_ta
ねむのと 9 twitter @noto999
おにまる 10 twitter @onimal7802
アマニア 7 twitter @amania_orz
いなり 8 twitter @inr002
センチネルブルー 6 twitter @sentinel_plesix

※Pixivにも投稿しています。


第3回「ハードが好きなソフトな妹」

     3

 

 

 

 格納庫に満ちる空気は、活気に満ちていた。

 この場所には、いまだジオンの栄光を信じる兵士たちが忙しく働いている。士気は高く、士官も下士官も懸命に自分の仕事をこなしていた。

 行き来するモビルスーツの排熱と駆動音。

 灼けた金属とオイルの臭い。

 久しぶりに白衣を抜いだプルスリーは、喧騒の中で床を蹴る。

 無重力の中を奥へと漂えば、擦れ違う誰もが振り返った。

 そして、目の前に固定されたモビルスーツが姿を現す。

 

「AMX-103RZハンマ・ハンマ……"ラーズグリーズ"。私の機体」

 

 見上げる巨躯は今、丁度再塗装されているところだ。

 作業員が忙しく飛び回って、キャメルイエローへと塗り替えてゆく。夕暮れの色、黄昏の色は、プルスリーのパーソナルカラーだ。

 ――ラーズグリーズ。

 "計画を壊す者"というワルキューレの名を持つ、ハンマ・ハンマの改造機。

 その逆三角形のシルエットは、下半身が大きく変わっていた。ほっそりとした貴婦人を思わせる脚部は、どっしりと太く重いものに換装されている。バウの開発母体の一つだっただけあって、スラスターを増設した重装甲だ。

 下半身自体が独立して分離する構造も、一応まだ残っているようだ。

 そして、左腕のシールドとバランスを取る意味もある、右腕の大きなハサミ。パワークローは使用時、右手にかぶさる巨大な格闘用の武器だ。

 

「少し、厳つい感じね。……仲良くしましょう、あなた。私の半身」

 

 静かにプルスリーは、物言わぬこれからの愛機に語りかける。沈黙する"ラーズグリーズ"は、光の灯らぬモノアイが入った空洞の顔で、黙って主を見下ろしていた。

 

【挿絵表示】

 

 そして、背後で呼ぶ声がしてプルスリーは振り返る。

 そこには、すぐ下の妹であるプルフォウが浮いていた。

 近付いてくる彼女は、ツナギの作業着の上半身を抜いて、腰元で結んでいる。上はインナー姿で、形良い膨らみが優美な曲線を露わにしていた。

 

【挿絵表示】

 

「プルフォウ? そんな格好で……! 男の方ばかりなんだから、ここは」

「あ、これは……ちょっと、細かい作業をしてたから。キュベレイのノズルに潜り込んでたら、つい」

「ああ、それでなのね」

 

 プルスリーは手を伸べ、プルフォウの手を握る。そうして床に下ろしてやると、目の前に同じ作りの顔が並んだ。

 今も忙しいらしく、プルフォウの表情には疲れが見える。

 そのことが気になったが、プルスリーはポケットからハンカチを取り出した。それで、オイルで汚れたプルフォウの鼻を拭いてやる。

 

「自分でできるわよ、スリー姉さん」

「ちゃんと寝ているかしら? プルフォウ、少し疲労が見て取れるわ。あなたはいつも、必要以上に頑張れてしまうから。誰に似たの? まったくもう」

「それは……姉さんたち、かな? 妹の何人かにも」

 

 プルスリーがハンカチを渡してやると、それでプルフォウは汚れた顔を拭く。そうして二人で見上げれば、鮮やかな色に塗り替えられた"ラーズグリーズ"から作業員たちが離れていった。

 自然とプルスリーは、長く漂う三つ編みを右手にいらう。

 三つ編みをもてあそぶのは、考え事をする時の彼女の癖だ。

 

「……どういう機体なのかしら。少し簡略化したプロダクトモデルのスペックは見たけど」

「はい。わたしからも詳しい説明をと思って」

 

 プルフォウは腰の結び目を解きながら、喋り出す。ふわりとツナギの上半身が棚引いて、それを羽織ろうとしているのだが……話し始めたプルフォウは、それを着るのも忘れて言葉を並べた。

 モビルスーツのこととなると、夢中になるのが妹の癖みたいなものだ。

 姉妹の中でも、ハードウェアに関しては彼女の右に出る者はいない。

 

「以前からハンマ・ハンマは、アポジモーターの独特な配列で上半身の完成度が高いのとは対照的に、下半身の脆弱性が指摘されていました」

「確かに、マシュマー様の使っていた初期ロットの一号機がそうね」

「だから、この"ラーズグリーズ"は下半身がまるまる交換されてます。その結果として、重力下での運用も想定しつつ空間戦闘能力が向上。下半身が少しバウに似てるのは、それでなの」

「ええ」

 

 プルフォウはようやく思い出したように、ツナギを着込んでジッパーを引き上げた。そうして、腰にカラビナでぶら下げたタブレットを取り出す。

 軍手で覆われていても、妹の細く綺麗な指はしなやかに動く。

 画面の上にその指を走らせれば、すぐにデータが表示された。

 

「総合性能は15%程上がってます」

「15%……凄いわ。何故、そんな機体が倉庫で埃を被っていたのかしら?」

「少し、扱いが難しいのよ。合体分離機構は完全だけど、オミットも考えられていたみたいで。だから、バウが完成して半端なまま放り出されちゃった。少し、可哀想な子」

「ええ……そうね」

 

 モビルスーツを見詰めるプルフォウの目は、優しい。

 姉妹の中でも、プルフォウはとびきりソフトな触り方でモビルスーツに接する。それは、あたかも同胞にして同族としてマシーンを認めているかのようだ。

 プルスリーは三つ編みを手放し漂わせると、そんなプルフォウの手を握った。

 

「スリー姉さん? 手が汚れる。わたしの手は――」

「プルフォウ、前から気になっていたわ。……よく聞いて」

「は、はい」

「マシーンに対する感受性の豊かさは、あなたの強さにもなります。でも、気をつけて……取り込まれて、飲み込まれては駄目よ?」

「……うん。自分でも少し、わかってはいる。でも、この子たちもわたしと、わたしたちと同じなんだって思うと」

 

 そう言って微笑むプルフォウは、酷く儚げに見えた。

 やはり疲労も溜まっているが、それは肉体にだけではないようだ。

 大きく溜息を一つ零して、プルスリーは妹の肩を抱く。

 髪と髪とが触れる距離で、驚くプルフォウの額に額を押し付けた。

 

「プルフォウ、なにか差し入れを……食べたいものはない?」

「ちゃんと一日三食、みんなと同じものを食べてる、けど」

「おやつの話よ、おやつ。あなたも甘いもの、好きでしょう?」

「おやつ……?」

「そう、おやつですよ? ふふ、頭を使う仕事は脳が糖分を欲するから。あとでなにか作って送るわ。作業班の方たちと一緒に、小休止の時にでも」

「じゃあ……前に食べた、シャーベットがいいな。あの、オレンジの! プルツー姉様が帰ってきた時、地球産のオレンジを沢山……あれは凄く美味しかったな」

「もう……どうして私の妹たちは冷たいものばかり。いいわ、任せて」

「はい!」

 

 プルスリーがそっと髪を撫でてやると、目の前のプルフォウが満面の笑みになる。そうして彼女は、背後で呼ばれる整備兵へと振り返った。

 そっと離れて、挨拶を交わす。

 そうしてプルフォウは、そのまま行ってしまった。

 格納庫の奥へと消える背中を、気付けばじっと見詰めて見送るプルスリー。

 再度彼女は、これからの愛機を見上げて呟いた。

 

「私たちはみんな、働き過ぎね……あなたもそう思うでしょう?」

 

 勿論、返事は返ってこない。

 だが、プルスリーは口元に微笑を浮かべて床を蹴った。

 

「あら、私もそうだって言いたいの? そうね……あなたに乗ってる方が、忙しくないのかも。戦場に出れば、一つの戦術単位としてタスクを実行するだけだもの」

 

 そう零して、プルスリーは自分のセクションへと戻ってゆく。決戦も間近というアクシズの格納庫は、デッキに並ぶ新旧綯い交ぜのモビルスーツが忙しく動いていた。

 その中を縫うように泳ぐプルスリーを、やはり誰もが振り返る。

 親衛隊のクローン・ニュータイプ……そうである以前に、新たなジオンの姫君を守る乙女たち。そういうプロパガンダも今はあるというのは、姉妹の誰もが後にしることとなる事実で、抗えぬ現実なのだった。


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