昔。ガストレアによって街が襲撃されて、そこからすべてが変わった。
鏡に映る自分の体に目をやる。体のほとんどを損傷し、生きていることが不思議だと言われるほどの状態だった自分が今では人とは異なる体を持ち、こうして生きている
右目は義眼だが普通に見ればわからないだろう。当然見えているので眼球がおかしな動きをすることもない。静かに左手と右手の調子を確かめる
左手は動かすと確かな筋肉の動きを感じる。人工筋肉繊維だ
右手は左手とは異なる感覚がある。こちらは完全な義手である。と、いってもどちらも義手には変わりないのだが
体のほとんどをこの人工筋肉と人工的に作り出された臓器で補っている。これは、過去、ガストレアに襲われた際に説明するのも気が滅入るような被害を被ったためだ
自分に命と体をくれた今は無き恩人に毎朝恒例の礼を捧げ、身支度を整える。これが、霧谷 貴音(きりたに たかね)の一日の始まりだ
「あちち・・・」
トースターからパンを取り出し、軽く朝食の準備をしていく
何故、人工物のくせにこういった熱を感じたりする感覚があるのか、原理は貴音自身にもわからないのだが、世の中のいわゆる天才というやつはそういったことをやってのけてしまうのだ。
痛覚なども存在するがシャットアウトすることも可能である。しかし、そうしてしまうと色々と不都合があるのだ。一度過去に全ての感覚をシャットアウトした状態で机を動かそうとしたら誤って吹っ飛ばしてしまったのである。これが人工筋肉繊維の怖いところで感覚がなければ力の加減ができないのだ
朝食のハムエッグと牛乳を用意してから、一人朝食を済ませる
昨日、大阪エリアからここ東京エリアに着いたばかりでアパートの一室はダンボールだらけとなっている。ダンボールの中身は必需品を買い集めたものなのだが夕方時ということもあり集めるのには苦労した
思い返せばこのエリア間を移動するのには相当の労力を要したものだ
斉武 宗玄の顔を思い出しただけでも頭が痛くなってくる
そんな苦労を重ねてまで来た理由がある。室戸菫に会うことだ。恩人、黒羽一彦の残した手紙には何かあったらデータを持って室戸 菫の元へ迎えとあった
居場所は手紙に記されていたのがせめてもの救いだ
一彦の残した研究資料。つまりは貴音の肉体を構成するもの等などのデータだ
これをカバンに入れたところで溜息を一つつくと、興味本位でとっておいた民警ライセンスも忘れずにしまっておく
貴音は目を細めてグッと左腕に力を込める
スパークが発生しバチッと放電する音が鳴り一瞬、青く周りを照らした
筋肉が動く時に発生するエネルギーを利用した発電システムだ。また、外から受ける電気を自身のエネルギーに変換することもできる。特定の条件下で義眼にある演算システムなどを利用すれば擬似的な極小規模の落雷を起こす事も可能である。
自身の体の具合を確認すると、スーツの調子を整え手紙に記されている場所へと向かった
(・・・・)
てっきり研究所かとも思っていたのだが病院の地下死体安置所だとは思わなかった。居心地の悪さを感じながらもここへ訪れたわけを簡単に説明した
「そうか・・・彼は亡くなったんだな」
事の一部始終を説明すると室戸菫は全てを察したように一度深く目を瞑ると
データへと目を通し始めた
それからまだ貴音もしらない色々な話を聞いた
黒羽一彦が亡くなった理由は警察から聞いていた。それは、ある強盗事件で子供を庇ったからだという。その子供は呪われた子供の一人だったのだが、その子供が攻撃の目標となった時、周りの人間はそれを良しとしたらしい。しかし、一彦はそれを良しとしなかった。一彦はその街ではいわゆる医者という役目も担っており、人当たりが良かったのもあって街の人々からは尊敬され、親しまれていた。そんな彼が呪われた子供の盾になったことを話をする警察官はあまり良く思っていないようにも見えた
【世界からあの子供達を切り離してはいけない。彼女らも立派な人間なのだ】
そう、一彦がいつも語っていたのを覚えている。彼は彼女ら呪われた子供たちが将来ガストレアの対抗策になりうることを理解していた。だから、そんな彼女達が犠牲にならないようにと研究を進めていった。その最高傑作が霧谷 貴音である
ガストレア研究のため赴いた先で偶然発見した子供に緊急手術を施し、長い時間をかけて準備していた研究の全てをつぎ込んだという話だ
元々はこの実験データを菫に託し、自身が手術を受ける予定だったらしく一彦は自分のしたことが本当に正しいことだったのかと日々苦悩していたという話を菫から聞いた
今があるのは一彦のおかげだ
「一彦の夢は俺の夢だ。彼の理想を継いで世界に尽くす。そのためにも力を貸してくれ」
「立派だね・・・と、言いたいところだが、それはできないな」
彼女の言葉の続きを黙って待つ。こちらが頼んでいる立場である以上、応じるか否かは彼女の自由だ。自分にその決定に反対する権利はない
貴音はそう考えていた。だが、菫の言ったことは思っていたどの言葉とも違ったものだった
「キミの夢と彼の夢は同一ではない。キミがなにを願おうが勝手だが彼の夢は彼のものだ。今やっと違和感に気づいたんだがね・・・・そうだ。キミ自身が何かを掴むことができた時私は喜んで手を貸そう」
「何か・・・?何かとは一体?」
「キミが今から探すんだよ。キミ自身で新しく夢やら希望やらを見つけた時また来るといい」
「言っている意味が理解できないな。俺は一彦の理想を実現するために彼から貰い受けたこの体を使う。それの何がいけないんだ」
菫は深く溜息をつくとコーヒーを二人分淹れてこちらに差し向ける
「まさにソレが問題なんだよ貴音くん。キミはキミの人生を生きなくてはならない、それができなければいつか躓くだろうね。彼もそんなキミの姿を見たいとは思わないだろうな?まったく、こんなことを私の口から言わせないでくれ」
がっかりした。とでも言いたげに肩をすくめるとコーヒーに口をつける
自分の人生。思えばそんなことは考えたことも無かった。自分の人生をめちゃくちゃにしたガストレアへの復讐を一彦の夢という建前で行おうとしていたのではないだろうか
自覚はなくても深層心理ではそう考えているのではないだろうか
考えるごとに今の自分の在り方に疑問が生まれてくるばかりだ
「キミにいいところを紹介する。データの中にキミの書類も混じってたんだが・・・ライセンスを持っているようじゃないか、一度天童民間警備会社というところへ行ってみるといい」
そう言うと住所を書き記してある紙をこちらへと差し出し、受け取ると後は興味がないように早く行けと目で言われている。確証は無いが多分合ってるだろう
貴音は一礼し病院の地下死体安置所を後にした
「まったく。ああいう目をした奴はロクな道を歩かない・・・・今の彼に必要なのは自分探しの旅、だな」
来訪者が去っていった一室で菫はそう呟くと。受け渡されたデータへ意識を戻した