魔女の灰皿   作:和と尊

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 ────午後十時三十分。

 

 眞奈十(まなと)南公園──

 

 閑静という言葉すらお世辞に聞こえる程、この場所は真っ黒に静まり返っていた。

 園内を照らすモノは、自らの寿命を点滅で主張する街灯達のみだ。

 生物と言えるモノの鳴き声も、足音も無い。耳鳴りの囀りですら独壇場に登れる程だ。

 

 「───あぁ、眠いな」

 

 と。

 

 哀愁漂う足取りで帰路につく痩身の青年が一人、ポツリポツリと黒塗りの砂利路を歩いている。

 彼が親しむ友人───もとい幼馴染に晩飯を奢り別れた後であった。

 

 「……うーん、そういえば、何か忘れてる気がするんだけどなぁ」

 

 はて、と。青年は頭を掻く。

 食後の眠気からか、どうも上手く頭が働かない。

 夢うつつになりながらも、とりあえず足だけは自宅へ向かわせる。

 

 普段からこの公園を通っているのだが、余りの静けさに、何故か怯えてしまそうになる。

 

 ふと横に目をやる。

 雑木林の陰から、道路向かいのコンビニが見えた。

 まだ腹八分目だったらしい彼は、夜食探しにそこへ足を運ぼうと───

 

 「あっ、そうだ」

 

 そこで、思い出す。

 

 彼の目線の先には、『酒・タバコ』とデカデカと書かれた看板が突っ立っている。

 

 「()めろって言い出しのは俺なんだけどな……」

 

 青年はどこか悔しげな思いを滲ませながら、指一本で頰を掻く。

 

 昔からの付き合い。然し当然、言いたくても言えないことは山ほどある。

 そんな積もりに積もった山の中から選ばれた選りすぐりの文句。

 

 それは喫煙に対してだった。

 

 アイツはなんと、八つの頃から生意気にフかしている天性のヘビースモーカーだ───というか、そんな馬鹿げた常識はずれを『天性』と称するのもどうかと思うが───。

 

 ともかく、そういうソイツの親も親だったらしい。

 

 ───生まれた頃にはもうアイツの母親は他界し、父親一人に育てられた。

 父親には、アイツが興味を持ったモノ全てを与えられて育ったらしいが、あろうことか、その一つが『煙草』だったのだ。

 

 父親が毎日美味そうにフかしていたのをアイツがじっと見ていて、なんの躊躇いもなく口に突っ込まれたんだと。

 

 するとどうだ、まだパンツも黄ばんでるようなヨチヨチちゃんが、なんとも器用に、それも美味そうに煙草を吸っているじゃあありませんか──

 

 ──なんて馬鹿げたエピソード、アイツの中一の入学式当日、帰り道で真顔で話されたもんだから、

 

 

 

 『お前、アニメの観すぎだろ』

 

 

 

 って指さして揶揄ってやったら、

 

 

 

 顔真っ赤にして泣いてやんの。

 

 

 

 泣いてんじゃねぇよ。

 

 

 

 ってまた揶揄ってやったら、

 

 

 

 ついには大声出して道端で暴れ出しちまって。

 

 

 

 それを見ていたアイツのクラスメイトの数人が、ある日から寄ってたかってアイツをイジメ始めた。

 

 

 

 当然ハナから友達も出来なくて、終いにゃいじめっ子達にすら飽きられ、見放され。

 

 

 

 

 あっというまに独りぼっちだ。

 

 

 

 

 それが分かった時、俺は俺を心底クズだと自覚した。

 

 

 

 

 アイツの唯一の家族との思い出を貶し、有ろう事が他者への繋がりのきっかけさえ奪ってしまった。

 

 

 

 この先償い切れない程の罪を犯したんだ。

 

 

 

 その日は一晩中泣いて、泣いて、朝まで泣きまくった。

 

 

 

 それでも足りなかったから、洗面所にあったカミソリで手首を切ろうとした時、たまたま起きてきた姉ちゃんに見つかって、顔面千発くらい殴られて、ようやく泣き止んだ。

 

 

 

 だったら死ぬまでその子を守れって。

 

 

 

 姉ちゃんに真っ直ぐ叱られた。

 

 

 

 その日の帰り道、俺はアイツに謝った。

 

 

 

 『俺のせいだ。ほんとにごめん』

 って。

 

 

 

 

 

 俺にとっては、死ぬほど謝ってたつもりだった。俺は馬鹿だから、他に言葉なんて見つからなかったんだ。

 

 

 

 

 

 ───でもアイツは、黙って俺の手を握ってた。

 

 

 

 

 

 怒りもせず、呆れもせず、責めもせず、泣きもせず。

 

 

 

 

 

 『由は家族なんでしょ』

 

 

 

 

 

 そう一言呟いて。

 

 

 

 

 

 真っ直ぐ前を見て、俺の手を握っていた。

 

 

 

 

 

 

 ──その手の感触に、俺は救われたんだ。

 

 

 

 

 

 

 アイツは俺を家族だと認めてくれた。

 

 

 

 

 

 

 アイツの家族になれたことが、ただただ嬉しかった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「っらしゃいませー」

 

 軽快な入店音とやる気のない声で、ふと我にかえる。

 

 「────っ」

 

 痺れる瞼を開くと、そこはどう見てもコンビニの店内だった。

 どうやら歩きながら寝てしまっていたらしい。

 ボヤける目をこすり、適当な弁当とポテチをカゴに放り込む。

 

 「えー、26番ひとつ」

 

 指定したのは、例の人間がいつも吸っている銘柄だ。

 アイツはまだ19で、ギリチョン未成年なのでいつも代わりに俺が買ってやってるということである。

 

 ───これで最後だからな。

 

 と、今度こそコレ止めさせる決意を込め、代金を支払う。

 

 あっしたーーと、余りにも雑な店員の態度が若干気になりつつも、そそくさ店内を後にする。

 

 そして、再びいつもの帰路に向かおうと公園内に入ろうとした時────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

驚くほど唐突に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「─────え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────進まない。

 

 

 

 それ以上前へ進めない。

 

 

 

 体が全く動かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な、───んだ、これ───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が理解する間も無く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ズブリ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かの切っ先が彼の背を穿つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「───────、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなことはどうでもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日また、アイツに合わないといけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──────、っ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死ぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死ぬまでアイツを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「コウ………─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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