1
嗤うは夜風
撫でるは魔の子
爛れた其の眼は悪鬼が宿る
煌る心臓 枯れた爪
されど魔の
灼けた心は 未だ静まぬ
─────────
「────で、第一発見者である君は…被害者の少年と知り合い、で間違いないのかな?」
「────」
いつの間にやら、私は何処かの一室で取り調べを受けていた。
永い夢を見た後のように、私の意識は朦朧としている。掛けられる声は、ただただ右から左へ垂れ流しだ。
「ふぅ───もうそろそろ、君の口から日本語を聞きたいのだが…。ここに来てからずっと黙りっぱなしじゃないか」
「────」
起きているのは頭だけで、まるで金縛りに遭ったかのように全身に力が入らず、虚空を見つめる事しかできない。
そんな私の様子を見兼ね飽きたのか、
「……はぁ」
と彼は辟易したようにため息を漏らす。
やがて狭い部屋の窓から朝日が漏れ始め、目の前に座る中年の男を照らしてゆく。
彼はその光が鬱陶しい様子で、小さい息を漏らしながらのっしりと立ち上がり、窓の日除けを下ろした。
どうやら朝を迎えてしまったらしい。
───彼の死を看取った後のことは、てんでさっぱり覚えていない。
けたたましく叫ぶサイレンどもの声。
有象無象の雑音。
それらに囲まれながら、血に濡れた手をだらし無くぶら下げたまましょっぴかれた事は覚えている。
「────?」
ふと自分の手元を見ると、何かを握り締めたまま硬直していることに気づく。
ぎりり、と鈍く唸る手を開く。
手のひらから見えたのは、無様にひしゃげたタバコのケースだった。
ずっと握りっぱなしだったものだから、手汗と血が混ざっていて、ネチャリと湿った音を立てた。
───これが、杭谷由の形見───
「──────ぅ」
「っ!なんだって?何か言ったか?」
「──うぅ…ぅ……」
「───。あぁ、そうか。───そうか」
唐突にこうべを垂れ啜り泣く私を見て、中年の男は気まずそうに頭を掻いた。
そこで、
「失礼します」
扉がノックされた後、若い男が立ち入る。
「たった今、その方を発見した二人組が──」
「そうか。今行く」
いえ、あの──
と、彼は言い淀み、
「──第一発見者…その女性に、ひとこと言いたい事があると聞かなくて…」
「───、まぁいい。入れてやれ」
中年はチラリとこちらを一瞥した後、そう言った。
その後入ってきた二人組は、確かに何処かで見覚えがあった。
───公園へと引き返そうとした矢先、通り魔がどうとか言っていた二人組だった。
───目線が合う。
彼らは心なしか、少し怯えているように見えた。
ただ彼らが気になっただけだったのだが、どうやら私の顔は相当酷いことになっているらしい。
少し自分の顔が気になったところで、一方の童顔の男が口を開く───
「あの──」
「本当にすみませんでした──!!」
と同時に、もう一方の長身の男は大声で謝罪しつつ、身を折り頭を下げる。
それを見た童顔の方も、つられてペコリと丁寧に頭を下げた。
────?
なぜ謝られているのか、思考が追いつかない。
「俺たちが───俺たちがあの時、あの瞬間にすぐ助けを呼んでれば、亡くなった男の人は助かったかもしれないのに──!」
長身の男は、半ば涙声でそう言う。
彼の誠心誠意の自責の表明だった。
その言葉、心に真に偽りはない。
そんな事は、彼らの目を見た瞬間に理解できた。
「────────────」
が、プツリと。
私の中で何かが切れる。
「───!!うぐぅ───っ!」
ダンッ!と。
長身の男は胸ぐらを掴まれ、そのまま乱暴に壁に叩きつけられていた。
そんなことをしているのは他でもない、
この私だった。
「────っぐ!かはっ」
私はもがく彼を、ありったけの力を込め押さえつけ、その耳元で囁く。
「────ふざけた事言ってんじゃねぇぞ……?アンタ達がとった行動にはなぁ、最初から選択肢なんてもんは無ぇんだよ…もしもなんて都合のいい結末も!!」
「───っ…ぐぅ─」
ぐっと、一層力を込める。
行き場を失くしていた敵意と殺意が、目の前の青年へ全て向けられる。
「やめろ!!彼を離しなさい!!」
中年と若い男は、慌てて私の体に腕を回し、強引に彼と引き剥がす。
その勢いに余って、私は派手に尻餅をついた。
「………」
「っはぁ!はぁ……くっ」
一方の長身の男は、ズルズルと壁に背を預け崩れ落ちる。
その表情はすっかり青ざめ、怯えきり、雨晒しの野良犬みたいに目に涙を浮かべ、ブルブルと震えていた。
そんな彼の事など物ともせず、我を忘れた女は立ち上がり、叫び続ける。
「────お前達にアイツを背負う資格なんてない……。他人の死に便乗して、エゴに酔ってるお前らみたいな余所者に……────!」
───私を慰めて欲しくなんかない。
「──────」
──と、我に返った途端腰が抜け、ペタリとその場に座り込む。
残るのは、ただただ苦い鉄の味だけだった。