無双していた青年の背後には、折り重なって白目をむいている参加者たちがズラッと積み重なっている。そこらに倒れているわけではなく律儀に重ねられているのは場所を取らないためにだろう。
血塗れではなく白目というのがまたシュールだ。側で座り込み残りの選手が戦っているのを見守っている青年も戦いたいのは山々だが、誰も相手にしてくれないので仕方なく観戦しているという次第だった。
相手にして貰えない理由は、手足を使わずに気合いだけで勝ってしまっているというのが原因だった。絶対に勝てるはずがないと思わせるほどの実力差。それを否応なく知らされた出場者は戦うのを避けているのだ。
上位5名のうち1名は決まっているから決勝トーナメントにでられるのは実質4人。それに収まるためにしのぎを削り合って戦っているのが大半。
残りは青年と同じように観戦している女性が2人。そして戦いというより殲滅という言葉が似合う様子で戦っている男。
その戦いぶりを見て青年は自覚しないうちに笑みを浮かべていた。その強さに恐れるでも怯むでもなく、喜びや楽しさを見いだしている青年は真の格闘マニアなのだろう。
「おいケール、あいつの強さわかるか?」
「えっと、あの戦っている強い人ですか?」
「違うぜ。大量の野郎共の側に座っている男だ」
言われように視線を向けるとその存在感に圧倒される。視界に入れただけだというのにこれほどまでの圧力は一体なんなのだろう。そして胸の内に広がっていくもやもや感。言葉にはできなくとも普通ではないなにかだとはわかる。
「こりゃとんでもない奴が出てきたもんだぜ。自分も勝てるか不安になってきたよ」
「姐さんでさえですか?」
慕っている人の強さは自分が一番知っている。側で見てきたからこそわかっている。この人が弱音を吐くことはないと。なのに一瞥しただけでマイナス発言をしたことに驚き危惧している男の実力に生唾を飲み込む。
「キャベの野郎と正式な戦いでやれると思ってたのになぁ。こりゃトーナメントで当たったらその目標も果たせそうにないかな」
「確かに実力はわかりませんが姐さんの奥の手を使えば行けるのでは?」
「どうだろうな何もしない自然体であれだけの圧力だ。決め技をいくつか持っていると考えても良いと私は思うんだ」
「そうですか…」
戦いの行方を見守っている男の危険度をさらに上方修正させた少女は終了するまで待つのだった。
『そこまで!これで決勝トーナメント出場選手が決定しましたぁ!選手の名前は対戦カードが決定し登場する際に発表いたしまぁす!それではまた明日ぁ!』
「予想通りですがあの人は一体何者でしょう」
「おや知らぬのか?奴は我が直属の精鋭部隊〈ゼロ〉の次期隊長よ。まあ表に出ることはなかったので知らぬとも仕方なしか」
大会責任者の言葉を無視してキャベは全員へ疑問を投じていた。〈ゼロ〉とは王の命に従い全うする部隊のことだ。表に出ている彼らは英雄とは別枠で崇められている。
王への忠誠心の高さと戦闘能力の高さ。武道大会で上位に食い込むのは〈ゼロ〉出身の者たちが大半を占めていたことで誰もがその力量を知っていた。
「〈ゼロ〉あれが次期隊長…」
「そちが勝てるかどうかはわからぬ。勝ってほしいのは王として当たり前だが、負けてはならないと命令しているわけではない。負ければそれを超える強さを手に入れ、限界を超えれば良いと考えている」
「ふん。俺だったらさっさと破壊しているけどな」
「それはシャンパ様の場合の話ですよ。今は王としての立場ですから考えが違っても仕方ないかと」
ヴァドスに言われてご機嫌斜めになったシャンパはジュースのがぶ飲みを始めた。それも樽一杯分の量を一気飲みしているのだ。カロリー計算などしたくなくなるのは誰もが同じようだ。
実際キャベは頬をひくつかせて乾いた笑いを発している。王に至っては破壊神の前であるにもかかわらず左手を額に当てて首を振る始末。
「今日の夕食はデザートばかりか肉料理は禁止ですからね」
「お前は俺の母ちゃんか!」
「破壊神の従者として当たり前のことです。それから運動をしなければそのお腹は減りませんよ」
「「ん?」」
「よ、余計なこと言うなぁ!」
出っ張ったお腹部分を隠すようなに体ごと背を向けるシャンパの様子に気をよくしたのか、王の表情も威圧的なものは消え失せ穏やかに微笑んでいる。普段見せる事のない様子に、キャベは不思議そうに王を見ているが何処か納得しているようにも見えた。
「決勝トーナメントはどうなると思いますか?」
「誰が誰とぶつかろうと面白いことにはなるだろう。そちが選んだ
「それは僕もレンソウさんから直接聞きました。性格があれだからむらがあるとか」
「逆に言えばそれさえなければ彼女は強者になり得るということですね」
ヴァドスの言葉は的を射ていた。だからこそ3人とも言葉を返すこともできず黙り込むしかなかった。
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翌日、休憩を得たことで体力は完全回復した。といっても昨日の試合は準備運動にもなりはしなかったのだが、試合会場で体を動かせただけでも良しとしよう。
上位4人に残った俺は特別な接待を受けて対戦カードを決める控え室に来ていた。無駄に広いリングとは違い人数にあった大きさで一安心したのは仕方ない。あれほど面積のある場所にいることに慣れてしまうのは避けたいからだ。
俺を除いた残り3人の情報は渡された書類に全て書かれている。配られているのはキャベを含めた決勝トーナメント出場全員に配布され、平等になるようになっている。
簡単に言えば長所と短所を知られた上で、どう対処して勝つことができるのかという〈成長具合〉と〈危機回避能力〉を推し量るためだ。
エントリーナンバー2 氏名 カリフラ 女性。〈サダラ防衛隊〉元隊長レンソウの妹。兄曰く潜在能力は一級品だが性格故に戦闘は不向き。
なるほど、好戦的な性格でいるときは才能の塊の申し子と言われるだけの腕前。だがかなりの面倒くさがり屋でその時は目を覆いたくなるほどらしい。
エントリナンバー3 氏名 ケール 女性。カリフラを姐さんと慕っているが姉妹ではない。本人曰く戦うことは嫌いだが姐さんのためなら戦うということらしい。
戦うのが嫌いな奴と戦うのは気が引けるが好き嫌いを言うわけにはいかない。武人として名を馳せることは二の次であるとはいえ、戦うことになったならそれはそれでやるだけだ。
戦いが嫌いで戦わないなら戦いがあったと思わせないほどの速度で決着を付ければ良い。
問題は次か。顔を知らなければ名前も知らない。俺が下町で暮らしているのも知らない理由の一つだがそれにしては妙だ。
昨日の戦闘を見た限りではかなりの腕前だとわかる。攻撃する瞬間の癖や呼吸のタイミングは洗練されたものだった。
〈攻撃は最大の防御〉という言葉を体現したのが彼なのだろう。一撃一撃の重さと意思力、そして勝利への執着が生半可な鍛え方で得られたものではなく、長く辛い修行を続けてきていることを証明している。
前にも言ったが執着は身を滅ぼす。とは言うものの良い方向に招くこともあれば悪い方向に向くこともある。
執着はいわば執念と言い換えることもでき、言い方向としては自分の限界を突破することも可能にする。悪い方向としては、肉体の限界を超えるのを繰り返すうちに死を招く諸刃の剣だ。
執念は生と死を併せ持ち半永久的に表裏一体。ものには表と裏が存在するように表は〈生〉裏は〈死〉を示す。
おそらく彼は敗北という言葉を知らずにこれまで生きてきているはずだ。
勝利をし続けた存在にとって、これまで味わったことのない〈敗北〉は未知の存在。そうやって生きてきた人間は大抵…
《脆い》。
エントリナンバー36741 氏名 パチーク 男性。王直属の精鋭部隊〈ゼロ〉の次期隊長である精鋭部隊きっての猛者。
生来表舞台に立つことはなかった。裏でその才を遺憾なく発揮してきた彼が、何故今になって突如表舞台に素顔をさらして出てくる気になったのだろうか。
これまで溜まりに溜まった鬱憤を晴らす為か?それとも自分の実力を試したいが為なのか。どちらにせよ強い奴が出てくるのは喜ばしいことだし、むしろウェルカムといったところだ。
自分の強さがどの程度なのか知ることもできるだろうし、負けても前に進むきっかけを得る可能性がある。
壁にもたれかかって資料に目を通していると視線を感じたので横目でチラッと見てみる。予想通り今まさに目を通していた男がこちらを警戒するように見ていた。憎悪や憎しみといったマイナス感情でないぶんまだマシか。
だがそれにしても向けてくる視線は初対面である相手に向けるものではない。仇敵やライバルに向けるような強い視線は復讐に来た奴のような強すぎるものだ。俺が
まさかそれは
「スックール、お前か…」
「それでは対戦カードを決めますので集まってください」
不満を口にしたところで大会責任者が集合の合図をしたので、部屋の中心に集まるため壁際から離れ敢えてパチークの側を通っていった。
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控え室で対戦カードが決定した頃、シャンパは暇をもてあまし惑星サダラの菓子類を貪り食っていた。
「まだモグツ始まらないモグツのか?うめぇ~」
「選手の心の整理をするために少しばかり時間を長くしているんですよ。もう少々お待ちください」
「余は彼の者とパチークの試合を見たいのだが2人が最初に戦うとは限らんか」
「おや?直属の部下を応援するのはわかりますが彼の者を買っているようなお言葉ですね。なにか理由でも?」
「簡単な事よ、余が直々に〈力の大会〉にでてくれと言ったのだ。その意味がわからぬほど其方の脳は抜けてはおらんだろう?ヴァドス殿」
王とはいえ破壊神の従者に対する言葉遣いではないがヴァドスは気にした様子もなく、むしろそのように立場を気にせず話すことに喜びを感じている様子だ。
ただ破壊神に対して話すときは言い直させるという謎が起こっている。
なんせヴァドスは破壊神シャンパより高い地位にいる存在なのだから。それを気にせずにいる王が図太いのか、ヴァドスの心が狭いのか判断は難しい。
「王がわざわざ頭を垂れるほどには実力があると言いたいのは理解できます。しかしそれだけではないようにも感じましたが?」
「それ以上は踏み込まんことだ。どうせ其方なら少し調べただけでわかるだろうからな」
「はて?…まあそういうことでしたか。通りで評価が甘いことでもちろん他言は致しませんのでご安心を」
杖の先を少しの間眺めていたヴァドスは、疑問解決とばかりに笑みを浮かべている。話の内容が理解できないとばかりに、キャベとシャンパは首を傾げて互いを見合っていた。
『お待たせいたしました。これより武道大会決勝トーナメント第1戦を開始いたしますが陛下よろしいでしょうか?』
「構わぬ。シャンパ様も待ちくたびれておるさっさと始めるが良い」
『それではぁ!第一戦の対戦カードはこちらぁぁ!』
やけにテンションの高い大会責任者は王とキャベ、シャンパ、ヴァドス、そして少し離れて会場をぐるりと囲う王族と上級貴族そして大臣たちに、見えるよう設置されたモニターに向かって声を張り上げる。
『最初に東門から登場するのはぁぁぁ!陛下直属の精鋭部隊〈ゼロ〉の次期隊長ぅぅぅ!あらゆる武術を制覇した武道の申し子!与えられた二つ名は《
文武両道、才色兼備を体現したような容姿の白銀のマントに身を纏った男が現れた瞬間、会場のあらゆる方向から黄色い声援と拍手の嵐が舞う。
若いとは言わないまでも中年の域には達していない男の人気度と期待度が見てわかる。
『次に西門から登場したのはぁぁぁ!今大会2人しか参加してない女性の片割れぇぇぇ!控えめな容姿と可愛らしい声音で、数多の男性選手を悶え死にさせたが故に与えられた二つ名は《小悪魔》ぁぁぁ!ケぇぇールぅぅ!』
「変な二つ名付けないで下さい!それにそんなのしたくてしたのではありません!」
『おおっとぉ!これは意外や意外無意識のうちに虜にしていたとは罪な女だぁぁぁ!』
「だから違いますぅぅ!」
審判の暴走は留まることを知らず本人の否定も意に返さない。その様子にキャベは面白いのを我慢するのとケールに同情する気持ちが合わさって残念な表情になっている。
王に至っては大会責任者が熱しやすいことを知ってるからか高笑いをしている。
「くはははははは!これよこれを待っていたのだ!余を楽しませてくれるそんな茶番をな!」
「…陛下、選手は撃沈する可能性ありますよ?」
「何を言うかそれを乗り越えて真の武道家というものであろう?ふははははははは!」
「相当性格がひねくれてるなこいつ」
「シャンパ様と良い勝負ですね」
キャベの疑念にも己が楽しくて仕方ないとばかりに笑う王に、シャンパは自分を棚に上げてヴァドスは恒例の毒を吐きそれぞれの感情を吐き出した。
そんな間にも試合は開始され、武道をそれなりに極めた者や初心者からすれば満足のいく戦いではあった。だが破壊神やその従者はともかく〈破壊神選抜格闘試合〉に出場したキャベでさえ不満そうだった。
極めつけは退屈とばかりに玉座に肘をついている王なのだが。
「ご不満そうですね陛下」
「当たり前よ。そちがなったという超サイヤ人にならずに負けたうえに、パチークは実力の半分程度しかだしていないのだ。もっと心躍る試合を期待していたのだから落胆具合もそれなりよ」
「ケールさんはまだ上手くコントロールできないらしいので致し方ないかと。ですが戦いが嫌いであっても、あのパチークさんから半分も実力を引き出させたのは評価されるものではないかと」
「あまいな」
「え?」
試合中眼を閉じて観戦していなかったシャンパが鋭い視線をパチークとケールに向けながら言った。
「俺が破壊神であるからしてこのようなしけた戦いは見たくない。そこの王とかいうやつの最強の駒の実力の半分を引き出せたからなんだ。制御できないからならなかっただと?ふざけるな。その程度のことで評価をもらおうとするのは未熟者がすることだ」
「しかしケールさんは全力で戦いました!それで良いではないですか!」
「お前誰に向かって口聞いているんだ?」
「っ!」
無礼な口答えだとキャベ自身が理解している。だが全力で戦った人の悪口だけは許せなかった。人を守るだけの力を持ちながら誰より優しい心の持ち主だからこそ黙っていられなかった。
「そこまでですよシャンパ様。シャンパ様が仰っていることは事実だとキャベさんだってわかっています。しかしシャンパ様の言い方に棘が生えすぎていたからキャベさんは怒っていらっしゃるんですよ」
「ふん。どうだか」
「はぁ、キャベさんもですよ?お気持ちは理解できます。破壊神であるお方に意見や質問をするのは許されますが反論は論外です。自分にとって許せない言葉を発せされても自制できるだけの忍耐力を得ることもまた修行の一つですから」
ヴァドスに諭されキャベは矛先を納めた。普段のキャベならもう一歩踏み込んでいただろうが、いつもの淡い笑みを受けベながら言うのではなく真面目な表情で言われては何も言い返せない。
「シャンパ様だって本当はわかっていらっしゃいますよ。ケールさんという方が未熟なのを一番理解しているのは自分自身なのだと。周囲を巻き込まないために今の自分でできる限りのことをする。見窄らしい無様だと罵られても構わない。それでも自分の全力を持って戦うという武人として大切なものを彼女は持っていると」
「キャべとやら少しは落ち着け。それぐらいのことがわからないほど頭の回転が遅いわけではなかろうに」
「次の試合はきっと面白いことになるでしょうね」
ヴァドスの言葉は暗くなっていた空気を霧散させるだけの力を持っていた。いや、それだけ彼の戦いを楽しみにしていたのだろう。
その頃噂されている彼は準備運動をしていた。
「ほっ、よっ、なっと。ふぅ、まあ1人の準備運動はこんなもんか。あとはあいつとぶつかり合って温めればいいだけの話だ」
独り言を呟くと不思議と緊張が和らいだ。大勢の前で戦うのはこれが初めてなのだから多少は緊張する。
程よい緊張は普段動かさない筋肉まで影響を与えるから良い恩恵だ。逆にし過ぎると体が縮こまって動きを阻害するから意外と難しい。
対戦相手がケールという少女じゃないのは正直ありがたい。カリフラも少女だが戦いは好きなみたいだしその気にさせればこっちのもんだ。
あのレンソウという〈サダラ防衛隊〉元隊長の実妹でお墨付きなのだから相手に不足はない。負ける気は毛頭ないが負けてもきっと後悔はしないだろう。
「さあ行くか!」
門が開いた先は光に包まれている。その光は希望かはたまた絶望へ誘うための幻か。どちらであろうと俺は苦にはならない。
意思を固めた俺は足を踏み出した。
この始末はてさてどうなりますことやら