『準決勝第2試合。東門から登場するのはぁぁぁ!彼の名高き〈サダラ防衛隊〉元隊長レンソウの妹にして、兄さえも認めるその実力の持ち主ぃぃぃぃ!今大会においてわずか2名の女性参加者の片割れ、与えられし二つ名は【予測不能】。カぁぁリフラぁぁぁ!』
格闘技場の門の奥から、赤紫色のチューブトップと紫色のズボンをはいた小柄な女性が現れる。華奢な体格だが知る人はみんなが口にする。
「彼女こそ真のサイヤ人だ」と。
確かにその潜在能力はレンソウをもしのぎ、〈サダラ防衛隊〉に所属しても可笑しくない戦闘力だが性格が問題視されている。実際、荒くれ者達をまとめ上げる指揮力はかなりのもの。実際その才能と戦闘能力を買ってキャベがスカウトしたのだから。
『続いて西門登場するのはぁぁぁ!王直々のスカウトによって参戦した新参者ぉぉぉぉ!だがしかしその能力は噂ではないとバトルロイヤルで示した武の天才ぃぃぃぃ!その甘いマスクで女性の心を奪い去ったことによって、与えられた二つ名は【天使】。アぁぁぁレッタぁぁぁぁ!』
「…やかましいわ」
身も蓋もない説明をされて愚痴を吐きながらリングに上がる。その瞬間、7割方女性の悲鳴が含まれた歓声が格闘技場に響き渡った。群青色の胴着に似た服を着る男の瞳には強い光が宿っている。サイヤ人としての誇りではなく、自身の目的のために成すべき事を成すという意思の光だ。
「よろしく頼むレンソウの妹」
「ああ、よろしくな。といってもお前の実力は戦ってなくてもわかるぜ」
「見抜かれているということか」
「さあな。さっさとやろうぜ!」
リングの中心で握手を交わし適度な距離をとる。リングの形は円形で場外のルールはない。己の実力で戦ってもらうためにはそういったルールは必要ないのだ。禁止事項としては武器の使用と相手を殺すことだけ。真っ向勝負だけだが、ある意味それは2人が望んでいることだ。
『試合開始ぃぃぃ!』
大会責任者の合図で準決勝第2試合が始まった。
「お前の戦いは見てねぇけど強いのはわかってる。だから最初から全力だ!はあぁぁぁぁぁ!」
「…これは」
カリフラが大声を吐き出すと金色のオーラが足下から沸き上がり、戦闘力を大幅に上昇させていく。黒髪だったのが金色へ瞳は翡翠色へと変貌する。爆発的な気の上昇は気圧を変化させ風をも引き起こす。気の上昇具合によっては風が強風または暴風へと昇華されることもある。
カリフラとアレッタの距離は2m程度で少しばかりのけぞる風の強さ。つまりカリフラの気の上昇率はかなりのものだったということだ。だがその上昇具合を見てもアレッタは落ち着いて構えを執っている。戦力差がありすぎる故の諦めではなく、呆れに近いような落胆のような表情だ。
アレッタの構えは右拳を引いて左拳を頬の少し下辺り。身体は半身にしている状態。
「いっくぜぇぇぇ!だりゃあぁぁぁ!」
「…笑止」
地面を蹴ったカリフラの突撃の速度は眼を見張るものがあった。突進力とその速度に負けない体幹の安定性によって距離を詰める。それにより拳の威力は桁違いに上がっている。
パシッ。
「なっ…」
だが突き出された拳はアレッタの左手によって軽く受け止められていた。超サイヤ人に変身したカリフラの拳を、通常状態のアレッタが余裕の表情で受け止めていることがカリフラには理解できていなかった。
カリフラは自分の腕に自信を持っていた。
だから荒くれ者達をまとめ上げられるだけの指揮力と実力を兼ね揃えていると。だから〈サダラ防衛隊〉のエースのキャベ直々のスカウトを受けることができたと。兄にも認められるだけの腕はあり、超サイヤ人に容易になれたことも自信の一つだった。
なのに目の前の男は自分が超サイヤ人に変身した拳を涼しい顔で受け止めている。有り得ない。素の状態で超サイヤ人の拳を受け止めるなどできるわけがない。だがこの男はそれを見せつけている。男が強いのは予選の時からわかっていた。
ただ座っているだけで威圧させているように感じる闘気を。意図して流しているわけではない。自然に身体から溢れているのだと理解していた。だがそれを見ても勝てる気がしていた。超サイヤ人に変身すれば白目を向けさせることができると思っていた。
その予測は簡単に裏切られて自尊心さえも打ち砕かれた。
だがそれによって超サイヤ人の血が騒ぐ。心が高揚するようにざわつく。まるで自分が野性味を帯びていくかのように感じられる。
この男の実力は一体どれほどのものなのか。感じたい。そしてその強さをこの身体で体験してみたい。驚きで見開かれていた眼が細められ、開いていた口が閉じて獰猛な笑みを生み出す。それを見たアレッタは訝しげに眼を細めた。
「…何が面白い」
「お前すげえな。あたしの拳をその状態で受け止めるなんてよ正直自信失うところだ。でも何か知らねぇけどそれが心地良いんだ。だからここで終わるわけにはいかねぇんだよ!たあぁぁぁ!」
「ふん、いいだろう。その心意気に免じて俺もそれなりに本気出させてもらう。はあっ!」
「うわっ!」
アレッタが押さえ込んでいた気を解放する。その気の上昇率によって風が突風を引き起こし、カリフラを軽々と吹き飛ばした。カリフラが小柄ということもあるが、アレッタの解放した気の威力がとんでもなかったというべきだろう。
気が具現化したように身体を白く覆い、その実力の一部がそれを引き起こしたという事実。超サイヤ人でもない生身で超サイヤ人のカリフラを上回ることはキャベさえ驚かせていた。だがその力は本来のアレッタの力の一部でしかない。
「これでも本気じゃねえってか。そそるぜまったくよぉ!」
「行くぞカリフラ!」
「どんと来いやぁ!」
同時に地を蹴り空へと飛び上がる。蹴りの威力は凄まじくリングの床は大きく凹んでいた。上空で拳と蹴りを交わすと、その衝撃波は波となって観戦している観客にも届いている。
「おりゃりゃりゃりゃりゃ!」
「ふんっ!」
手数で言えばカリフラが圧倒的に上だが、一撃の重さで言えばアレッタが数段上回っている。体力を奪われる速度が速いのはカリフラである。
「ちいっ!これで決めてやる《クラッシュキャノン》!」
「こっちも終わらせるぞ《
カリフラは右手から、アレッタは身体の中心に両方の掌底を横に合わせた状態でエネルギー波を放った。カリフラの紅いエネルギー波とアレッタの碧いエネルギー波が、2人の中心部分で凄まじい音と衝撃を放つ。その波動は、強固な岩石で造られている観客席やリングを破壊するほどだ。
「うおりゃあぁぁぁ!」
「ほう、なかなかにやりやがる。だが俺の本気はこんなもんじゃねぇ。はあぁぁぁ!」
「…これがあいつの超サイヤ人か?」
気の上昇が先程は違い一瞬にして引き上げられる。アレッタが纏っていた白い気が変化して黒色の気を纏い始める。だがそれはカリフラの予想の超サイヤ人ではなかった。
その気は何故か先程と違って、風を引き起こさずに静かに高まり続ける。アレッタを中心に腕の長さを限界にして嵐が吹き荒れる。
禍々しい色ではあるが決して邪悪な感じではない。そして気の上昇特有の熱反応は一切感じられない。まるで冷え切った氷のように冷たい。
「《獄王拳》!」
「超サイヤ人とは違う!?だがこの気の上昇はそれに近い。なのにこの力はぁぁぁぁ!」
拮抗していたエネルギー波は一瞬にして破綻し、碧い気弾は黒の気弾へと変化してカリフラの放った《クラッシュキャノン》を飲み込んだ。その反動で吹き飛ばされたカリフラの背後に一瞬にして移動したアレッタ。
「終わりだ。はあっ!」
「がっ!」
肘打ちによって背中に強烈な一撃を受けたカリフラは、為す術もなくリングに叩き付けられた。肘が背中にめり込んだ瞬間、カリフラの超サイヤ人は解けていた。超サイヤ人はダメージを受けすぎると変身が解けるという欠点がある。
気の流れを掌握し流しているから超サイヤ人は維持される。その流れが滞っては維持できなくなるのも道理。
『勝者アレッタぁぁぁぁ!』
「面白かったぞカリフラ」
「いってててて、なんて重い一撃だよ。強ぇぜ」
「いや、俺にここまでの力を出させたのはお前で久々だ」
立ち上がったカリフラと握手を交わし、それぞれが入ってきた門へと歩いて行く。その後ろ姿をキャベは凝視していた。
「彼は一体どれほどの力を…」
「全力でなくともカリフラさんを圧倒するほどの戦闘力。ますます興味が湧いてきます」
「才能の塊というべきか…」
「それに頼っているだけではないようですね」
天才という存在はそれに頼って努力を怠る。戦いにおいて相手を下に見てしまう。そこをつけ込まれ勝負に負ける。そうなると自分の力のなさを実感し修行に邁進する。上手くいけばという話だが、悪い方向に走ると悪に落ちてしまう。
アレッタの場合はその心配が全くない。そうヴァドスは言いたいのだろう。
「決勝戦はどうなるでしょうか」
「我の予想では瞬殺だな」
「どういうことでしょう」
キャベの疑問はもっともだろう。王直属の部隊の次期隊長パチークと予測もつかない戦闘力を誇るアレッタ。この2人の戦いなら長時間の戦闘になると誰もが予測する。だが王はそうならないと言っている。
「あの者は王家を憎んでいる。王家に近い存在を甘く見るとは思えぬ。勝負して負けるのはパチークだ」
「次期隊長が負けると?」
「アレッタの潜在能力は未だ不明。それを考慮すれば限界を知っているパチークをはるかに凌駕している」
冷や汗を浮かべる王を見てキャベはそれが嘘であってほしいと願う。〈サダラ防衛隊〉と王直属部隊〈ゼロ〉に実力はそれほど差は見られないが、隊長は圧倒的な強さを誇る。〈サダラ防衛隊〉と〈ゼロ〉の違いは血筋だけだ。
サダラ防衛隊は平民の成り上がりでも入隊が許される。だが〈ゼロ〉は成り上がりであろうと入隊は決して許されない。その実力が隊長に匹敵するものであっても王であろうとそれを覆すことはできない。何故なら〈ゼロ〉は貴族しか入隊できないのだから。
貴族という枠組みでも正確に言えば上位貴族だけだ。上位貴族は王の身の回りを世話する者や大臣などを排出しているエリートの血筋を指す。エリート同士の血が混ざるのだから武勇に秀でた者、知略に秀でた者が多く存在するのは当然だ。
そして何十年間に1人だけどちらも併せ持った存在が生まれることがある。それが成長すると〈ゼロ〉の隊長の世代交代が行われる。そしてまさにそれを体現したのが次期隊長と言われているパチークなのだ。
「では決勝は…」
「しない方が身のためだろう。パチークにとっても我々にとっても」
「両者が納得するでしょうか」
「アレッタはするだろうがパチークは認めんだろう」
己の力が偉大だと自負する者は自尊心が極めて高い。己の強さを証明し続けることが存在意義であり、それを邪魔する者はたたきのめされる。だが王はたたきのめされるのがパチークだと言う。
「パチークは強さこそ定評があるものの、人間性には難がある」
「つまり中止すればパチークさんは」
「暴れ回る可能性がある。抑えられるとは到底思えん」
「続行というわけですね?」
「そうなるでしょう」
ヴァドスの言葉に王は頷くことしかできない。王は大会責任者に試合続行を伝えた。
『お待たせしましたぁぁぁ!格闘試合最後の試合決勝戦の始まりです!東門から登場するのは、精鋭部隊〈ゼロ〉次期隊長パぁぁぁチークぅぅぅ!西門から登場するのは、彼のカリフラ選手を圧倒的な力で倒したアぁぁぁレッタぁぁぁ!』
審判の紹介と同時に白銀のマントをたなびかせた男と、シャープな顔立ちの青年が同時に登場した。リングに上がった2人は互いの瞳を見ることなく、拳を軽く接触させて挨拶をする。距離をとった2人は、臨戦態勢で審判の開始の合図を待っている。
2人の醸し出す雰囲気を不吉だと予感したのだろうか。息を飲んで構えている2人を二度見する。だがその動作さえ2人は見えないかのように無視して敵を睨み付ける。
『は、始めぇぇぇ!』
「せあぁぁぁ!」
「ずえりゃぁぁぁ!」
マントをたなびかせながらパチークは突進を開始する。それと同時にアレッタも地面を強く蹴り、同じように突進する。引き絞られた拳が腰を捻って突き出され衝突した。その場所は、まさに2人が拳をぶつけ合った場所と寸分の狂いもない同じ場所。
衝突した拳で押し合うでもなく追撃を繰り出すでもなく。2人は同じように距離をとる。だが先程と違うのは、両者の瞳に宿る光がさらに強まったことだろうか。突如パチークが身に纏っていたマントを脱ぎ捨てた。地面に置かれたマントはリングの床を軽く凹ませる。
その重さがどれほどのものなのか。そしてそれを身につけていたというのに、重さを感じさせなかった動きは不可思議すぎる。そしてその移動速度はアレッタと同等かそれ以上だった。つまり速度は、身につけていたときより数倍速いということになる。
「かあぁぁぁぁぁ!」
パチークが気合いを吐くと同時に紫色のオーラが足下から沸き上がる。戦闘力の格段の上昇に観客達は驚きを隠せない。
それを見たアレッタも気を高めていく。
「はあぁぁぁぁぁ!」
黒いオーラがアレッタを中心に立ち上り、気の高さが尋常ではないことを示している。
「はあっ!」
「ふっ!」
超高速の戦闘が開始され、観客の誰もがその動きを把握できていない。肉体だけでだせる速度には限界というものがある。だが2人はそれを超える速度で拳をぶつけあう。
瞳に宿るのは高揚感による光ではなく、目の前の敵をたたきのめすという本能の光。戦闘を楽しむのではなくただ目の前にいる敵を倒すという純粋な戦闘欲。
カリフラと戦ったときに見せた笑みは見えず、無機質なまでに張り詰めた表情が浮かんでいる。能面とも言えるその表情からは、戦いを楽しんでいるようには見えない。
だが戦闘自体を嫌っている様子はない。まるで戦闘することだけを脳にインプットされた殺人マシーンのようだ。
「うおわぁぁぁ!」
「おおぉぉぉぉ!」
高速の戦闘で見えていなかった観客が次に見た光景は、大きく吹き飛ばされているアレッタだった。頬を殴り飛ばされたのか身体を横にして水平に飛んでいく。それを追い掛けてパチークが両手に紫色の気弾を収束させている。
「はあっ!」
オーバースローで投げつけられた2つの気弾がアレッタを直撃し、大きな爆煙を上げて煙がアレッタを包み込む。だがパチークの攻撃はそこで終わらない。続いて上空に飛び上がり大量の気弾を投げ込む。
「だだだだだだだっ!これで終わりだぁ!」
頭上に作り上げた特大の気弾が放たれる。リングを破壊しかねない威力の気弾は、未だ土煙を上げ続けている場所へ着弾した。一際大きな爆発が起きその衝撃波が観客席を襲う。腕で顔を庇わねばならないほどの風圧に、誰もが決着がついたと思った。
着地したパチークが大きく肩を上下させているのを見ると、どれほど先程の攻撃に気を込めていたのかがわかる。勝利を確信したのだろう不敵な笑みを浮かべている。
「…へぇ、意外とやるもんなんだな」
「なっ!」
土煙の中からアレッタの声がパチークの耳に届く。勝敗は決したと確信していたパチークにとって、その現実が信じられなかった。
「…終わったな」
「…ええ」
パチークの耳に微かに聞こえたアレッタの声を、王とキャベは聞き取っていた。そしてそれを聞いた瞬間に勝負はついたと理解する。何故なら先程から寒気を感じるほどに高まった気を浴びるほどに感じているからだ。そしてその気の強さが、カリフラと戦ったときとは比べものにならないほどに高まっていると。
「思った以上に効いた。防御するほど強くはなかったが及第点はくれてやる」
「ば、バカな…。俺の最強の技を喰らって立っていられるはずがない!」
「確かにそこらの武闘家なら死んでたかもな。だが生憎俺はこの程度で倒れるほど、生半可な修行はしていない」
土煙の中なら姿を現したアレッタは、服の至る所が破れているものの、大きなダメージを負ったようには見えない。ノーダメージというわけでもないが、この程度は修行当時に何度も体験している。
それと比べれば今の攻撃なんぞかすり傷のようなものだ。
「お前が奥の手を見せたなら俺も見せてやろう。はあぁぁぁぁ!」
「ぬう!」
《獄王拳》とは違う気の高まりに、王専用の観客席からキャベ達が思わず身を乗り出す。カリフラが見せたような爆発的な気の高まりと周囲に引き起こる突風。それはまさに超サイヤ人の変身だ。気の嵐に吹き飛ばされないように踏ん張っているパチークを、さらなる突風が襲った。
一度の突風ではなく二度目の突風。それはまさに超サイヤ人の殻を更に割ったことに他ならない。
「な、なんだその姿は!」
パチークが眼にしたのは金色のオーラを放つアレッタの姿。だが今目の前で、自分自身に歩み寄ってくる青年は似ているようで違う。立ち上る気の勢いが高いことで、気同士がぶつかりあってスパークを放つ。カリフラのように金色の髪は変わらないが、逆立ち方が大きい。
金色のオーラが立ち上る音とは違う音、さらには雷が弾けるような重い音さえ響いている。
「カリフラのあれが超サイヤ人なら、今の俺の状態は超サイヤ人2だ」
「…超サイヤ人2…だと?」
彼にしては珍しく表情は明るい陽気な笑みだ。陽気な中にも獰猛な野生動物のような牙が見え隠れしている。獲物を狩る前に動きを予測し狙いを定めている。そんな畏怖を抱かせる笑みだった。
「悪いなこの姿は軽い興奮状態になるんだ。だから戦い始めたときみたいに無表情にはなれねぇ。そこは理解していてくれ」
「っがあ!」
一歩ずつ近付いてくるアレッタに恐怖したのか、パチークが膨大な数の気弾を撃ち出す。それ自体にかなりの威力があると思われるが、弾き返す様子もなくアレッタは進軍する。まるで触れる気弾は風船であるかのように、歩みは衝撃にも負けない。
一歩進む度に気弾は5個直撃している。それでもアレッタは止まらない。一発の重さでは止められないと悟ったのだろう。パチークは放出した気弾をアレッタにはぶつけず周辺にまき散らした。触れるべきではないと判断したアレッタは歩を止める。
「ふはははは!そこから動けば貴様は気弾の爆風にやられるぞ」
「1つが爆発すると他も爆発か」
「その通りだ。俺の気弾は1つが爆発すると他も連鎖反応を起こし、貴様は爆風を気弾の数だけ受けることになるのだ!」
身動きが許されない状態ではアレッタにも為す術がない。気弾の隙間を抜けようにも、爆発を意図的に起こされれば結局は一緒だ。
「だが動かずとも俺の技は完成している。超サイヤ人2などになったところでこれには耐えられまい。喰らえ《空間包囲弾》!」
パチークが腕を振り下ろすと、浮遊していた気弾が一斉にアレッタへ襲いかかった。1つがアレッタに触れた瞬間、爆発が発生して近くの気弾も連鎖的に爆発する。局所的な爆発は中心部分にいるアレッタを巻き込み、巨大な土煙を上げた。
「ははははははは!所詮は平民、エリートに叶うはずもないのだ」
「そうかな」
「はははははは…は?」
今度こそ仕留めたと思っていたパチークは、土煙の中から聞こえた声に高笑いをやめる。いや、やめさせられたと言うべきだろうか。土煙の中から現れたアレッタは先程と何一つ変わらない状態。コンマ1秒にも満たない間に全ての爆発を防いだということだ。
パチークにとっては理解できないことだろう。逃げ道などあるはずもなく、最初の爆発は確実にアレッタの身体を直撃していた。それを見間違えるはずもない。
「気、なのか?」
「気の性質を変えることができれば、これぐらい造作もない」
よく見るとアレッタの身体は不思議と薄く発光し、金色の気が全身を覆っている。アレッタはあの瞬間に身体を覆っていた気の性質を変化させ、全身をその膨大な気で覆ったのだ。気が肉体と空気の間に層を作ることで、あの爆発から守っていた。
「《バリア》とでも言っておこうか。それにこういったこともできる」
「つあっ!なっ!」
「おっと、使うのは初めてで上手くコントロールできないんだ」
伸ばされたアレッタの右手からは気の道がパチークへと伸びている。それはパチークの頬を掠めて背後へと貫通している。それはまるで剣のようにパチークの頬を切り裂いていた。
「俺の攻撃はまだ終わってない。一気に決めさせてもらうぜ。はあぁぁぁぁ!」
「ひっ!」
距離をとったアレッタが気を高めると、その高さに恐れをなしたパチークが背中をアレッタに向けて逃げ出した。もちろんその隙をアレッタは見逃さなかった。だが決して背中へは攻撃しない。回り込んで問いかける。
「逃げるなよ。〈ゼロ〉の次期隊長なんだろ?」
「ひいぃぃぃぃ!」
「その腐った性根をたたき直してやる!だりゃあぁぁぁ!」
パチークの首を掴んで空へと放り投げたアレッタは、気を更に高めて飛んだ。
「だだだだだだっ!はあっ!」
連続の殴りから右の蹴りによって、さらに上空高く舞上げられる。その時点でパチークは気を失っていたが、途中で攻撃をやめるつもりなどない。
「これで終わりだ《グランド・ストライク》!」
超サイヤ人2特有のスパークを纏った拳を大きく振りかぶる。振り下ろされた拳はパチークの腹部に鋭く突き刺さった。その威力は凄まじく、音速に匹敵する速度で落下し、リング中央の床へ直撃する。パチーク自身が作り上げた気弾の被害よりも、数十倍大きなクレーターを形成した。
まるで星自身が揺れているかのように錯覚するほどの振動が周辺を襲う。ピクリともしないパチークの横に、超サイヤ人2を解除したアレッタが降り立つ。パチークを見下ろすアレッタの表情は、試合が始まる前と全く同じものだった。
先程までの獰猛な笑みは何処へ行ったのか。別人とも呼べる変貌に驚くしかない。
『凄まじい戦いに勝利したのはアレッタだぁぁぁ!これをもちまして格闘試合は終了となります!観覧の皆様、素晴らしい戦いを見せてくれた両選手に、大きな拍手をお送りください!』
割れんばかりの拍手を送られながらも、アレッタは表情を何一つ変えない。観客に失礼にならない程度の挨拶をして、アレッタはリングを後にした。選手専用通路を歩いていると、知った気を感じてそちらに眼を向ける。
「…何のようだ」
「素晴らしい戦いだった」
「お世辞はいらない。褒めに来たのが目的じゃないだろ王様」
尊敬の文字が全く見られない態度でも、王は全く気にしていない。むしろそれが心地良いとでもいうような、穏やかな表情を浮かべている。それがアレッタにとって気に食わないものだった。親が子を慈しむような穏やかな瞳は、彼にとって毒に等しい。
それを感じるだけで
「お主と話をしたいという御方がおられる」
「御方?お前より位の高い存在がこの星にいるとはな」
「この星だけではない。この宇宙一体を統べる存在だ」
「信じられんな」
「論より証拠という。ついてこい」
有無を言わさず命令して歩いて行く。もちろんアレッタはそれを無視してもよかったのだが、何故か言われたとおりにしたほうがいいのではないかという感情に苛まれていた。ここで立ち去れば、後々自身が望まない何かが起こるという根拠のない予感が。
かぶりを振ることで余計な思考を追い出したアレッタは、無防備な王の後ろをついていく。階段を上っていく王を信用はしていない。敵であると認識しているが戦う気にはならない。殺したいわけでもないのだから、関わらずにいる方が精神的に落ち着ける。
通路の傍にあり今上っている階段は非常階段ではないが、一般人や貴族でも使われないものだ。一部の上位貴族だけが使う所謂VIP通路である。そこを使うとなれば出迎えを待っている相手は、この星に影響を与える存在だと予測できる。それに先程の王の言葉も意味深だ。
「この宇宙一体を統べる御方」とは一体どういう意味なのか。会えばその疑問も解決することだろう。
「シャンパ様、お連れいたしました」
「おう」
階段を上りきった先で王が頭を垂れている。椅子に座っていた何かが俺を見下すように視線を投げてくる。その視線は俺の過去を刺激したため殴りかかった。いや、殴りかかろうとして強制的に動きを止める。何故なら向けられる視線以外に、俺を動けなくさせる圧力を放っているからだ。
俺が普段感じている気では断じてない。先程多々戦っていたパチークとも違う気。いや、気と表現しても良いのだろうか。まるで空気を当てられているみたいだ。とてつもなく重い空気が、断続的に投げつけられるような錯覚を覚える。
風が吹いてくるというあまいものではない。円形の気弾ではなく、平らな範囲の広い気弾が身体に直撃している感じだ。ただ見られているだけで呼吸が速くなっていく。動悸が激しく、平常とはほど遠い自身の体調に違和感を覚える。
「ふーん、
「…あんたは誰だ」
「俺に向かってなんて口を利きやがる!」
「失礼ですよアレッタさん。この方はシャンパ様、破壊神です」
シャンパという男の後ろに立つ女性は、青白い肌に白い髪に白い瞳。それと同時に発している圧力が、目の前の男と同じく普通の気ではないとわかる。それに予測不能な立ち振る舞いから、その実力は圧倒的な者だと直感する。どれほどのものかは見てからではないとわからない。
でもこれだけは言える。今の自分では勝てないと。何があってもそれだけは覆らないと頭が言っている。逆らうべきではないと本能が訴えている辺り、言うことを聞いておくべきだろう。
「失礼しました。先程の非礼についてお詫び申し上げます」
「まあ、それぐらいでは俺も怒らねえけどな」
「先程不遜な態度を取ったら破壊すると言ったのはシャンパ様では?」
「冗談に決まってるだろ!」
片膝をついて頭を垂れた俺の態度は何だったのかと聞いてみたくなる。だが今ここで聞く必要はないと自分自身に言い聞かせて目的を聞く。
「自分をここに呼んだ理由は何でしょうか」
「そいつから《力の大会》のことは聞いてるな?」
「開かれるということだけは」
「そこで勝つためにお前を推薦しようと思ったんだ。お前の力はまだこれから伸びると俺は見抜いた。そこでお前を選抜メンバーに入れるために訓練することにした」
破壊神直々の稽古?そもそも破壊神がどれほどの実力なのか俺にはわからない。かなりの腕前であるとは存在感からわかるが自分との差がわからない。
「破壊神のことも知ってもらう良い機会だ。時が来たら迎えに来るその時までゆっくりしていろ。キャベ、次に来たときは残りのサイヤ人もそれなりに腕前を上げとけよ」
「わかりましたシャンパ様」
「じゃあなぁ」
そう言うとシャンパと呼ばれた破壊神とその付き人らしき女性は、空間をねじ曲げる速度で消えていった。その様子をキャベと共に見送る。
「それにしても凄いですねアレッタさん。シャンパ様直々の推薦ですよ!」
「破壊神ときたか。どれほどの実力の持ち主なのか知れない以上、喜んで良いことなのかわからん」
「そうですね。簡単に言えば、この星を数秒で塵に還ることができるぐらいの御方と言えばわかりますか?」
「…冗談だろ?」
「事実ですよ」
嘘であると信じたいが、真っ直ぐな瞳と先程話かけてもらった事を考えると嘘ではないのだろう。〈サダラ防衛隊〉のエースが嘘をつくはずもない。虚実を伝えたところで利益は全くない。
星を簡単に破壊できるほどの存在とそれに付き添うことができる存在か。それなりに自分の腕前があるということだと思うことにした。
格闘大会後、パチークは精神に疾患を抱えたと精鋭部隊〈ゼロ〉の統率責任者より王に報告された。