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束さん、働こうと思うんだ。
……あの、なに? 何ですかその手は。
熱があると思った?
おう、待とうかキミ。
いやね、束さんも変なこと言ってる自覚はあるよ?
でもさ、よく考えてみて。
束さんはもう二十とエックス歳なわけですよ。
そう、定職なし、現在収入ナシの二十エックス歳。
社会的に見ればクズって言われる部類の人間だよ。
言い直さなくていいよ! 傷つくから!
あーダメ! お小遣いとかはダメです!
その優しい笑顔で心がいたいの!
いや働かずにすむのはいいんだけどさぁ!
なんていうの、こう、ダメ人間度がどんどん上がっていく感じがする!
傍から見たら束さんは彼氏の給料で暮らしてるヒモなんだよ!?
こんな姉としての威厳もへったくれもない状態じゃ恥ずかして箒ちゃんにも会えないよぉ……。
だから、束さんも少しは自立しなきゃダメなの。
その第一歩として、少しは自分でお金を稼ぐ。
ほら、束さんってば店先に立つタイプのやつはイロイロまずいし。
束さんってば顔売れてるからねぇ、軒先に怖くて厳つい筋肉ダルマが並ぶかもしれないし。
そいつら追い返してクビになっちゃうのは束さんとしても嫌だし。
笑えない事件とか起きちゃいそうだからしばらくは家でできるやつやろっかなーって。
うん? あぁ大丈夫、ちゃんと家事とかは束さんがやるから。
最近家の中にいてもほとんどやることなかったし。
束さんってば天才だから家事とかもすぐ終わっちゃうんだよね。
だから家事してくれたお礼とかはいいの!
それでお金渡そうとしないでよ!
なんか束さんがお金目当てで君の家の家事してるみたいじゃん!
まったくもう、失礼しちゃうんだから。
あとそれだと束さんが君のお金を使う構図に変わりないからね!?
その構図を脱したいわけなのに!
ぐぬぬ、束さんにもう少しお金が残っていればこんなことには……。
あぇ、お金が無くなった理由?
……そういえば君には話してなかったっけ。
えーと、束さんってばいろんなところに金を貸してるんだよね。
ISの利権とか、そういったのとか含めて束さん大金持ちだったわけですから。
なんか束さんに追いつこうと研究してるやつらに投資してたわけだよ。
で、調子に乗って貸しまくってたらお金がなくなったと。
……はい、反省してます。
で、そういった奴らに貸した金が返ってきそうなのが……。
……返済の目途が立ちそうなところはゼロだね。
とりあえずアイツらはない、あそこのチームも没。
強いてあげるならそうだなぁ、粒子展開・収納技術の応用を考えてるやつらとか?
試作品がそろそろできるってはしゃいでたけど、どんなものかなぁ。
ん? あぁ、そのこと。
別にISコアの製造法を公開したわけじゃないから大丈夫だよ。
あいつらは束さんがちっちゃい頃に書いた論文? みたいなやつを掘り返してきてね。
その論文が正しいか――――っていうか、既存物質で組み立てられるかどうかの研究をしてたかな。
ま、もともと束さんの粗探しでやってたみたいだけどね。
その程度じゃ、ISコアの製造法なんてところに着手するには全然足りていない。
それに物質を量子状に変換・収納する技術なんてISコア製造のスタート百歩前くらいだよ?
あれを書いたのなんて、束さんが君と出会ったころだったわけだし。
まぁ当時の大人たちは「できるわけがない」なんて馬鹿にしてたけど。
そこから
束さんレベルじゃないなら? ――――うーんと。
前にISコアの基礎理論を見せたことあったよね。
そうそう、あのノート。
あれを一ページ分進められたら頑張ったほうじゃないかな?
そんなわけだから、あの技術をどう応用したってアイツらがISコアを作ることはできないの。
そうだねぇ、がんばったら収納装置くらいなら作れるんじゃないかな?
なんでも収納できる優れものーってキャッチコピーで。
ま、そんなものに需要があるかはさておいてだけど。
……あのねぇ、IS関連の技術なんて言っても、突き詰めるだけ突き詰めれば物理現象なわけだよ。
つまり、ISみたいにポンポン物質を粒子上に収納・展開するなんて域に持っていこうとするなら、それ相応の炉心が必要になるの。
そ、ISで言うところのISコアだね。
ISコアがあるからこそ、ISはあんなふうに物質を粒子展開するエネルギーをあのレベルの小ささでガンガン持ってこれるわけ。
逆に言えば、ISコアに頼らずに既存物質だけでモノを粒子状に分解・再構成なんてしようものなら、それこそ莫大なエネルギーとそれを生む超デカい炉心が必要なわけだよ。
わかりやすく言うならそうだねぇ……。
この椅子を粒子状に分解・再展開するために、国内すべての電気を一機械に回す……っていうのは大げさかなぁ。
まぁそれくらい大規模ってことだよ。
さっき言ってた試作品だって馬鹿でかい土地を丸々占有するタイプのだし。
束さんが言ってた収納装置だってせいぜいビルくらいの大きさになると思うよ。
……まぁ、束さんたちが生きてる間だと、うまくいって粒子展開技術が普及するところあたりで。
収納装置が実現するとしたら、あと数百年後くらいかな?
それまでずっと研究を打ち切らなければ、の話だけどね。
数百年数千年単位でみれば、束さんに頼らずISコアに似たモノを作るやつも出てくるかもしれないけど。
……残念ながら今の時代に束さんと並び立てる天才はいないかな。
っというわけで、君が感じた不安は無問題!
キミから製造法が漏れたわけでも、あいつらが気付いたわけでもないから安心していいよ。
そもそも、基礎理論を欠片も理解できてないキミからヒントを得ようなんて土台無理な話。
レシピの端書だけ見て満漢全席を作ろうとするくらい愚かな行為ってことだよ。
……って、なんの話してたんだっけ。
そうそう、束さんが働くっていう話だよ!
束さんは明日から働くからね、ここで!
ついでにはいこれ、書類一式。
ここにサインしてねー、ハイよろしくぅ!
ってちょっとちょっと、引っ張らないで。
服伸びる、伸びちゃう。
どこで働くかって?
束さんの会社だけど。
うん、自分で会社立ちあげたの。
いつ? うーんと……正式に受理されたのが昨日だったかな?
いやぁ、これにはイロイロと複雑な理由があってね。
っていうか、ぶっちゃけると束さんはその気になればいつでもお金をゲットできるんだ。
ほら、束さんってば超が何個ついてもおかしくない天才でしょ?
なんでいろんなところが束さんを引き込もうとしてるんだ。
バカみたいな金額をどこもかしこも提示してね。
ほら、こんな感じで。
見えるかな、ほらココ見てみてよ。
例えばここだったら、うーんと、束さんの月給がコレなんだって。
……なんか、桁が多すぎて笑っちゃうよね。
日本円換算に換算すれば億や兆程度。
そのレベルの金をたった一人を雇うために使おうって言ってるわけだよこいつらは。
ここで束さんが首を縦に振れば、見事お金には困らない生活が手に入る。
多分箒ちゃんに会えず、ちーちゃんに会えず、キミにも会えない地獄の日々だろうけど。
お金を手に入れる、って意味ならこうしたほうがよっぽど合理的だね。
まぁ、いくらお金を積まれようと信条的に嫌だから無視しまくってたんだけど。
だって聞いてよ、あいつらもっとISコアを作れとかほざきやがるんだよ!?
一個作ればこのくらい~、とか言ってたからムカついて国連のほうに抗議してきてやったよ。
今頃提案した奴らは海の中かな。 ハッ、ざまあみろって感じだけど。
そのせいでどんどん減っていく残高に気づかないなんてね……。
で、考えたんだよ。
どこかの下で働くのはリスクが高すぎる。
じゃあ、自分で会社立ちあげちゃったほうがよくない? って。
というわけで、こちらは契約書なのでしたー。
ぱちぱちぱちー。
君の土地をちょっと使わせてもらうから、ちょっとお金を還元しますよーって感じの。
あぁ引かないで!
ほんとにちょっと! ちょっとだけなんです!
君に今まで借りてたぶんのお金を返すだけ!
それくらいの恩返しはさせてくれてもいいでしょ!?
もう、キミは束さんをなんだと思ってるのさ。
さぁ契約書に目を通したらサインを――――ってあれ?
……この書類。
これも契約書の一つのはずなんだよ。
おかしいな、あの中に入れてたはずなのに、どうし――――。
うわぇ!!?
わー!!! ダメダメ見ちゃダメ!
ダメです!! 絶対見ちゃダメ!
こんなムードもへったくれもない状況で渡してたまるかぁ!!
ちょっとごめんね束さんってば大事な用事を思い出したから部屋に行ってくるね!
絶っっっっっ対に覗いちゃダメだからね!!
じゃあ!!!!
覗かないでね!!!!!
☆
「……で、オマエはその時何を渡したんだ? 」
「……」
「なんだ、もっと大きな声で言え、束」
「あのね、……」
「惚気か、帰るぞ」
「帰らないでよぉちーちゃん!!!」
人物紹介
・束さん
最近会社を立ち上げた一般天才科学者。
オリ主君に甘えすぎたとして自立を決意。
なおオリ主君の家にまだ居座る模様。
・オリ主くん
束さんを養う一般男性。
束さんを存分に甘やかして甘えられる係。
・ちーちゃん
ツケがある相手に呼び出されたと思ったら無自覚惚気ムーブをかまされた人。
最近弟も思春期でイロイロと頭が痛い。
・いろんな質問
Q.束さんが店先で働いたらどうなるの?
A.拉致 or 誘拐。
束さんは返り討ちにできるけど一般人たちも巻き添えを食らう。
Q.粒子展開・収納技術って?
A.あぁ!
Q.粒子展開・収納技術を用いた試作品って?
A.あぁ!
Q.時結晶って?
A.詳しくはIS12巻をチェック!
次は番外編予定です。