生き残った彼は   作:かさささ

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第9話

 

 

 

 

 

 全員今日は防衛任務が無いということで、あれからさらに何度かランク戦を続けた3人。結構な時間戦い続けたために集中力が途切れ始めた柊は、2人に休憩を挟もうと提案した。

 

 ロビーに戻ってトリオン体を解いた3人は、そこで強烈な空腹感を感じた。トリオン体だったから空腹に気づかなかったようだ。時計を確認すると、丁度いい時間を少し過ぎたくらいだった。

 

「あー、やばい。お腹減った」

 

「ラウンジに行きますか?近野先輩」

 

 流石の緑川も空腹を訴えた。黒江は柊に昼食をとることを提案する。

 

「そうだな。この時間なら3人で座れそうだし」

 

「お!ってことはこんのん先輩が奢ってくれたり?」

 

「しないよ。そんなに裕福じゃないから」

 

「ちぇー」

 

 一瞬驕りを期待した緑川だったが、すかさず柊に否定される。しかし口では残念がっている緑川だが、そのセリフと表情が一致していない。もとから冗談だったようだ。

 

 なるべく早く腹を満たしたい緑川は、そこで会話を切り上げラウンジへ向かう。柊と黒江もそれに続いた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「俺と双葉は兄弟いないんだけど、こんのん先輩はどうなの?」

 

 ラウンジへ続く道を歩きながら、親交を深めようとお互いのことについて話していた3人。

 

「いるよ。1つ下の妹が1人」

 

「こんのん先輩って妹いたんだー。初めて知った」

 

「まあ、言いふらすようなことでもないしね」

 

 そして話題は家族のことに移っていった。緑川と黒江は、柊の妹という情報に食いつく。

 

「どんな人なんですか?」

 

「どんな……か。ざっくり言うと元気いっぱいでいつも明るい、って感じかな」

 

「へぇー、双葉とは違う感じかな」

 

「悪かったね駿。明るくなくて」

 

 柊は妹である葵のイメージを並べていく。妹のイメージと黒江を比べた緑川だったが、比較対象にされた黒江は目を細めて緑川を睨む。慌てて緑川もごめんごめん、と誤った。

 

「こんのん先輩の妹かー。会ってみたいな」

 

「どうだろ。ボーダーに入ってないからなかなか難しいかもね」

 

 興味が湧いた緑川が会いたがるが、ボーダーに所属していないためそれは難しいだろうと柊が推測する。

 

「妹さんは、ボーダーには入らないんですか?」

 

 黒江は柊に、妹がボーダーに入ることはないのかと尋ねた。

 

「特になにも言ってこないからないと思うけど……。でも、俺は入って欲しくない」

 

「どうして?」

 

 緑川が柊にその理由を聞こうと質問するも、柊は返答することなく、立ち止まってしまった。ボーダーに入る以上、危険は必ずつきまとう。ベイルアウトがあるのだからそんなことはあり得ないのだが、どうしても柊は万が一のことを考えてしまい怖くなってしまうのだ。もし葵が死んだら、なんてことは考えたくもなかった。

 だから柊は葵がボーダーに入ることには否定的なのである。

 

(ちょっと駿。何か言って話題そらして)

(ええ、俺が?)

 

 ボーダーに葵が入って万が一のことの場合についてを考えてしまい黙り込んでしまった柊。そこで会話が止まってしまい、黒江は慌てて緑川に話題を変えるように無言で合図を送る。

 

「あら、双葉じゃない」

 

 どうにか流れを変えようとしていたちょうどその時、黒江は声をかけられた。柊も聴き慣れてしまったその声に1度思考が止まる。

 

「! こんにちは、加古さん」

 

 黒江が振り返った先には彼女が所属するA級部隊、加古隊のリーダーである加古望がいた。黒江が挨拶する。

 

「これからお昼?」

 

「はい。2人と一緒にこれから食べようとしてました」

 

「こんにちは!加古さん」

 

「緑川くんもこんにちは」

 

 黒江が加古にこれからの予定を説明する。緑川も黒江つながりで顔を合わせたことがあったため、加古と挨拶を交わした。

 

「ところで」

 

 そこで加古は1度言葉を切り、2人の後方にいる人物に視線をやる。その人物は、加古が来てからまだ一言も喋っていなかっただけでなく、顔が加古から少し背けている。

 

「いつまで顔を背けているのかしら、近野くん」

 

 その人物とは柊のことだった。会話に混ざらず、顔を合わせないようにして気まずそうに立っていた柊だったが、加古に指摘されてしまったために仕方なく顔を合わせる。

 

「こ、こんにちは」

 

 ようやく顔を合わせた柊だったが、やっと出たその言葉はぎこちなかった。

 

「こんにちは。色々と言いたいことはあるけど、まずはこれにするわ。いつの間に双葉と仲良くなったのよ」

 

 加古は合流してから1番疑問に思っていたことを尋ねる。彼女の記憶では、柊と黒江に面識はなかったからだ。

 

「加古さん。私、近野先輩に弟子入りしたんです」

 

 しかしその疑問は、柊ではなく黒江によって解消された。黒江は加古に、2人の師弟関係(仮)を説明する。

 

「弟子入り?双葉が?」

 

「はい」

 

 加古は最初信じられないと驚き、目を見開いて聞き返した。それに黒江が間を開けずに頷く。

 

「ほんとだよ加古さん」

 

 緑川からの援護射撃もあって、その話は信憑性を増していく。もともと嘘をほとんど言わない黒江が言ったのだ。やがて落ち着きを取り戻した加古は、その話が事実だと理解した。

 

 そしてそれを理解した途端、加古は新しいネタを手に入れたと言わんばかりに、顔を輝かせて柊に詰め寄った。

 

「へぇ。私の手は取らないのに双葉の手は取るのね、近野くん。お姉さん悲しいわ」

 

「どういうことですか?加古さん」

 

 話が見えない黒江は、加古に問いかける。加古はいい笑顔を浮かべながら、黒江に経緯を説明する。

 

「何度も誘ってるのに近野くん入ってくれないの。()()()の加古隊に」

 

()()()?」

 

 不穏な単語に柊は疑問を浮かべた。最初は何を言っているのかわからなかったが、少しして柊はその言葉の意味にたどり着く。外れてほしいと願った柊だったが、その願いは加古の手によって盛大にぶち壊された。

 

「そう、私たち、よ。私と双葉は同じチームなの。よろしくね、近野くん」

 

「改めて()()()の黒江です。よろしくお願いします」

 

 確かに最初の自己紹介では所属まで言わなかった。しかし柊はそれにしたってこれはないだろう、とも思った。数多くの隊員の中で4人しかいない加古隊のメンバーと巡り合うとは、柊はなんてラッキー(アンラッキー)なのだろうか。

 

「加古さん。近野先輩をチームに誘ってるんですか?」

 

 先ほどの会話の中で気になった部分について、黒江は加古に問いかけた。

 

「そうなの。何回も誘ってるんだけどその度に断られて……いえ違うわね。逃げられてるのよ」

 

「なんか言い方に悪意が……ごめんなさい、何でもないです」

 

 抗議しようとした柊だったが、加古に冷たい目で見られたため断念する。

 

「近野先輩。私たちのチームに入ってくれませんか?」

 

 追っ手が……2人に増えた……!

 事情を把握した黒江も、柊にチームへの加入を申し込んだ。好奇心旺盛な緑川も、この先の展開に興味を示して静かに見守っている。

 

「俺は……」

 

 しばらくの間、4人の間に沈黙が流れた。加古も黒江も緑川もみんな黙って柊の答えを待っている。

 

 

 それから少しして、ようやく柊は答えを出した。

 

「俺は、やっぱりチームには入れません。すいません」

 

 柊の出した答えは拒否だった。

 

「どうして、ですか?」

 

「私たちのチームに入ればお金の話はもちろんだけど、トリガーを自由に改造することができるのよ?前にも言ったことだけど、十分魅力的だと思うのだけれど」

 

 柊の返事を受けて、黒江は柊に理由を尋ねる。加古もA級が受ける待遇の良さをアピールする。柊にとっても、A級になることで得られる恩恵はかなり魅力的だ。しかしそれは、彼がチームを組む理由にはならなかった。

 

「俺は……強くないですから」

 

「でも、こんのん先輩、もう十分強いと思うんだけど?」

 

 そばで聞いていた緑川が反論する。自分と黒江を相手に勝ち越す腕を持ち、アタッカー4位の肩書を持っている。これでもまだ足りないのか。

 

 しかし柊にとっての強さとはそれらとは全く違った。彼がボーダーに入ったのは誰かを守り、救いたいと思ったからだ。そしてその強さを得るために、彼は今までがむしゃらに努力してきた。

 けれど、それは実感しづらいものだ。警戒区域内でトリオン兵を駆除する今のボーダーの仕組み上、滅多なことが無い限りかつての大規模侵攻のような事態にはならない。ただトリオン兵を狩るだけでは彼は満たされることはなく、自身の強さを認めることができなかった。

 

「まあいいわ、今回はこれくらいにしておくわね」

 

 柊の様子から今は押すときではないと判断した加古は、今回の勧誘をやめた。しかしそれは今回の話で、勧誘自体はまた機会を見て行うだろう。

 

「それはそうと双葉。貴方達これからお昼なのよね」

 

「はい。そうです」

 

 加古は1番はじめの話題に戻す。会話がリセットされたことで柊、黒江、緑川の3人は空腹だったことを思い出した。

 

「ちょうどさっきまでチャーハンを振舞ってたのだけど、よかったらどう?」

 

「え゛」

 

 その言葉を聞いた途端、緑川の顔は青ざめた。汗がダラダラと流れる。緑川はそれがもたらす惨状を知っているからだ。

 

「良いんですか?是非お願いします」

 

 黒江は快く引き受ける。

 

「あの、俺たちも良いんですか?」

 

「もちろん。1人も3人も変わらないわ」

 

 柊の疑問は加古が答えたことによって解決される。

 しかし緑川にとってはそれでは困る。これでは加古の手作りチャーハンを食べることが確定してしまうからだ。急いで断ろうとした緑川だったが、あまりの絶望に声が出せない。

 

 なんとか身振り手振りで危険を伝えようとするが、彼の頑張は3人の視界には全く映らない。そして柊の口から、地獄行きが決定する一言が飛び出す。

 

「じゃあ、お願いします」

 

 終わった、と緑川は思った。けれどこのままでは諦められない。なんとか回避しようと緑川は言葉をひねり出した。

 

「あ、あの。悪いんだけど俺、あんまりお腹減ってないから」

 

「何言ってんだ緑川。さっきずっと腹減ったって言ってたじゃないか」

 

 しかしその努力もむなしく、柊によって退路を断たれてしまう。

 

「じゃあ決まりね。うちの隊室まで案内するわ」

 

 加古の先導で、2人は加古のチャーハンを目指す。絶望によってうんともすんとも言わなくなった緑川は、柊の手によって連行されたのであった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ここがうちの隊室よ。中にまだ先客がいるかもしれないけど、幸い部屋は大きいから大丈夫」

 

 そう言って加古は2人を加古隊の隊室に案内した。中に入った柊は、テーブルの上に大皿とレンゲが2つあることに気がついた。どうやら加古の言う先客とやらは帰ったらしかった。

 

「あら、太刀川くんも堤くんもいないわね。もう帰ったのかしら。せっかくだからゆっくりしていけばよかったのに」

 

 そう言って加古は奥に消えた。チャーハンを作るためである。

 

 

 それから少し待った2人の元に、奥から加古がチャーハンを手にやって来た。黒江は先ほど自分の分を取りに行ったため今はそばにいない。

 

「おまたせ2人とも。チャーハンできたわよ」

 

 そう言う加古の手には、確かにチャーハンがあった。だが色がおかしい。なぜ白い。何が混ざっているのだろうか。

 

「さて、あとはこれをトッピングよ」

 

 そう言って加古は卵を割ってチャーハンにかける。

 

「できたわ。卵かけヨーグルトチャーハンよ。めしあがれ」

 

 卵かけ……ヨーグルト……チャーハン?

 

 テーブルの上に佇むチャーハンは、卵とヨーグルトのせいでもはやリゾットのようだ。なぜこの組み合わせにしたのか、柊は加古に問い詰めた。

 

「なんでって。卵かけご飯って美味しいじゃない?それにヨーグルトも美味しいし。だから組み合わせてチャーハンにしたらもっと美味しくなるかなって」

 

 なんでそうなる!

 思わず声に出して突っ込みそうになった柊だったが、それは引っ込めざるをえなかった。理由は加古の笑顔のせいだ。威圧するわけでもなくただ純粋に食べて欲しいと言う加古のその表情が、柊に反論の余地を与えなかった。

 

 隣に座る緑川も、若干涙目になりながら理不尽な運命を受け入れようとしている。柊は、もう逃げられないことを悟った。

 

「い、いただきます」

 

 意を決してチャーハンを掬い、口に運ぶ。

 その瞬間、柊の味覚に今まで感じたことのないような衝撃が走った。

 

 卵かけご飯の旨味が来たと思った瞬間、ヨーグルトの酸味が邪魔をして来る。ヨーグルトの旨味も、同じく卵とチャーハンの塩気に邪魔されて満足に味わえない。お互いの良さが相殺され、悪い部分がドロドロと混ざり合っていく。はっきり言って不味かった。

 

「どうかしら、お味の方は」

 

 しかし笑顔で聞いてくる加古を相手に、不味いだなんてとても言えなかった。

 

「お……おいし、い……です……」

 

「お……れ、も」

 

 柊と緑川は加古にそう答える。しかし衝撃を受けたのは味覚だけではなかった。

 自分の分を持って2人の向かいに座った黒江は、2人が食べているものと同じものを目の前にまったく臆することなく食べ進める。その味を知っている2人からすれば、超ド級の衝撃映像である。

 

「双葉はどう?」

 

「はい、美味しいです」

 

 嘘だろ!?

 一体どうすればこの味の集合体を顔色ひとつ変化させずに食べれるのか。そのわけを聞きたい柊だったが、加古の目の前でそれはできない。

 

 今の彼に残された道は、ただ出されたチャーハンを完食するのみである。

 

 加古のご馳走、すなわちタダという情報に踊らされた結果、彼は地獄を見た。

 

 2度と誘いに乗るもんか……!

 

 柊は味のテロで崩れ落ちながら、加古の手作りチャーハンは2度と食べないと心に誓った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「あ゛あ゛ー。ごはんが美味しいー!」

 

 加古によるチャーハンテロを受けた翌日、柊と緑川はラウンジで昼食を取っていた。

 

「なんでお前の分も奢らなきゃいけねぇんだよ、緑川」

 

 ただし、2人の分は出水の奢りである。

 一晩明けて回復した柊と緑川は、まともな食事を取ろうとラウンジを目指した。その道中、ちょうどこれから昼食を取ろうとしていた出水に遭遇した。

 そこで以前奢りを約束していたことを思い出した柊は出水に相談。了承した出水だったが、隣で聞いていた緑川にも奢りをせがまれ、やむなく奢ったのだ。

 

「いやー、美味しいごはんが食べたくて」

 

「自分で金払えや」

 

 口では文句を言っている出水だが、なんとも美味しそうに2人が食べるので実は内心まんざらでもなかったりする。

 

「ていうかおまえら。いつの間に仲良くなったんだよ」

 

 出水はずっと疑問に思っていたことを尋ねる。少し会わない間に、柊と緑川が仲良くなっていたからだ。

 

 出水と柊が初めてあったのは同じタイミングだった。なのに2度目の会話をした出水に対して、柊は緑川と一緒に飯を食おうとしていた。

 一体何があったのか、出水は気になった。

 

 出水の疑問に、少しの間顔を合わせた柊と緑川は声を揃えてこう答えた。

 

「「気がついたら」」

 

「おいおい」

 

 実際はランク戦やらチャーハンテロの餌食だとか色々あったのだが、2人にとってはあまり関係なかった。

 こうして仲良くなったのだから、その過程など別にいいだろう、というわけだ。

 

「お!ちょうど良いところに!」

 

 そんな時、いつもより割り増しでテンションの高い米屋がやってきた。

 

「よう出水、柊。それと……」

 

「緑川駿」

 

「ああ、そうだったな。改めて、米屋陽介だ。よろしくな」

 

「よろしく。よねやん先輩」

 

 2度目の対面ということで、米屋と緑川は改めて自己紹介をする。以前と違ってトゲがない緑川なので、特にいざこざも起きずに挨拶を済ませる。

 

「じゃなくて、お前ら食い終わったら暇か?」

 

 話の軌道を戻した米屋は、楽しそうな笑みを浮かべながら3人を誘った。

 

「チームランク戦しようぜ!」

 

 

 

 

 




この先の展開は溢れるように浮かんでくるのに、文字には起こせないとかいうよくわかんない事になっててまとめるのに時間がかかってしまいました。

遅れて申し訳ありません。

それと、雑になっている部分もあるかと思います。その辺はお手柔らかにお願いします。


次回は戦闘メインの話を書きたいと思っています。不慣れなことなので、今回以上に更新が遅れる可能性もあります。ご理解のほどよろしくお願いします。


何か疑問等ありましたら、遠慮なくお尋ねください。


最後に、誤字報告、評価、お気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。



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