上層部から任された仕事を終わらせた東春秋は、夕食をとろうとラウンジにやってきていた。券売機で食券を買い、出来上がった料理を手に席を探していた彼は、そこで見覚えのある後ろ姿を見つける。
そしてその後ろ姿に、東は見覚えがあった。彼はもしや、と思い近づいた。
その姿が大きくなるにつれて、東はその人物が誰なのか確信を得る。どうやらその人物は手元のタブレット端末に集中しているらしかった。
側まで行って、東はその男に声をかけた。
「珍しいな、近野がここにいるのは」
「……!こんにちは東さん」
東が見た見覚えのある人物は、柊の事だった。東からの呼びかけに、柊はようやく東がすぐ隣までやって来ていたことに気づく。
「久しぶりだな、こうして会うのは。最近の調子はどうだ?」
柊と東は面識があった。東が2、3ヶ月ほど前に、柊にレクチャーをしたことがあったからだ。
当時、まだ一匹オオカミ状態だった柊はランク戦に明け暮れていた。そしてその時の柊の戦いを、東は偶然ブースの大型モニターで見たことがあった。
しかしその時の彼の戦い方は我流故の荒さが目立ち、立ち回りに無駄が多かった。それによって動きが読みやすく、柊が持つ孤月を相手に当てることが出来ずに負けが続いてしまっていたのだ。彼のその動きに、東は素直に惜しいと感じた。
だから柊がブースから出てくるタイミングを狙って東は声をかけた。初めはアドバイスを断った柊だったが、次第に東の巧みな話術に耳を傾けていった。
「少し前までは不調でしたけど、最近はいい感じです」
「そうか。それは良かった」
最初はよくわからないロン毛の人としか思わなかったが、物は試しとアドバイス通りに戦ってみた柊。すると今まで以上に攻撃が通るようになった。その時の東からのアドバイスによって柊は、低迷していた勝率を劇的に向上させたのだ。そこで柊は、東の凄さを身をもって理解することとなった。
だから柊はその時からずっと東を尊敬している。
「昨日、チーム戦をやったんです」
「チーム戦?経験あったのか?」
「いえ、昨日が初めてです」
柊は昨日米屋や出水たちとチーム戦をやったことを東に話す。
今まで東が知っていた柊は、いつもソロランク戦をしていた。そんな様子を知っていただけに、東は柊にチーム戦の経験があるのかと疑問に思う。柊に尋ねたところ、やはり東の思った通り彼はチーム戦の経験が無かった。
「俺、ほとんど何もできなかったんです。2人の援護を受けて指示通りに動いただけ。周りも全然見えてませんでしたし、自分はまだまだだって気付かされました」
今回のチーム戦は柊にとって貴重な経験となった。これまで彼は、一対一の戦いしかしていなかった。トリオン兵も高度な連携を組んでいたわけではなかったので、1人でボーダーの活動に支障を出したこともなかった。
しかし今回のチーム戦は、個々の強さも連携もそれとは段違いだった。常に一対一の環境に身を置いていた柊にとって、周りに気を配り続ける必要のあるチーム戦はかなり大変だった。
「そうか。チーム戦で得るものがあったんだな。ところで、タブレット端末を使って何をしていたんだ?」
柊の心境の変化を感じて、ソロの彼を案じていた東は安堵する。
そしてついに東が尋ねた。タブレット端末を使ってログを観ていたのかと思いきや、実はそれは全く違う画面を開いていたのだ。タブレット端末を使う=ログを観ている、と思っていた東は柊が何をしているのかずっと気になっていた。
「ログを観ようと思ったんですけど、使い方がわからなくて」
「設定画面からではログは観れないぞ?」
「……やっぱり?実は操作方法が全然分からなかったんです」
「…………機械に弱かったんだな」
なんか覚えがある反応だなぁ。
なんてことを思いながら、柊は東にログを観れるようにしてもらうのであった。
***
東にタブレット端末を操作してもらって、ログを観れるようにした。ついでに東にも一緒に観てもらった。
「確かにチーム戦に不慣れな分、動きは硬いな。じゃあ近野はどこの部分に自分の足らないものがあると感じたんだ?」
東はログを最後まで観てから柊に尋ねた。
「1番は立ち回り、ですね。大体は太刀川さんの相手でしたけど、緑川が乱入してきた時なんかは全然反応できませんでした」
柊は悪かった点として自身の立ち回りを挙げた。常に一対一の環境に身を置いていた彼は、目の前で対峙している人物にしか注意を払うことができなかった。緑川の奇襲を食らってしまったのはこれが原因である。
「逆に凄いと思ったのは辻先輩の動きです。ソロだと太刀川さんに惨敗してしまう俺が、辻先輩のおかげで二対一とは言え勝つことができました。先輩と一緒だととても戦いやすかったんです」
「なるほど。確かに二体一という状況もあったが、それ以上に大きいのは辻くんの援護のおかげだな」
「やっぱりそうですか?」
柊の回答に東も同意する。
「ああ。辻くんは味方を援護するのが上手い。中盤の戦い方からも、片腕の近野が堕とされないために太刀川が深く踏み込めないように食い止めている」
東は辻の戦い方を高く評価した。
味方を援護するための戦い方。それは、柊にとって今最も足りていない部分である。
辻の提案した作戦も、あの時柊は思いつかなかった。常にソロで攻撃重視のスタイルだったため、"周りと連携して"や"役割分担"などの発想は出てこなかったからだ。
柊は一対一での戦いなら全体の勝率は高いが、それだけで常に勝てるわけではない。特に皆の本職であるチームでの戦いになれば、なす術なく敗北するだろう。
「チーム……か」
そして柊の思考はチームのことについて移っていく。防衛任務はチームとして動いているし、向こうも複数でやって来るため常に一対一とは限らない。今初めて思ったが、本当に必要なのは周りのために動ける強さかもしれない。辻や出水のような。
「近野は、チームを組まないのか?」
そしてついに東が柊にチームを組むのかを尋ねた。入隊から約1年経った今でも、柊は1度もチームを組んでいなかったからだ。東は以前に知り合った時から柊をそれなりに気にかけていたので、初めて柊の口からチームという言葉を聞いて、柊がチームを組む気になったのかと思ったのだ。
しかしそんな東の期待とは裏腹に、やはり柊は首を縦に振らなかった。
「いえ、チームは組みません」
「それはまたどうしてだ?連携の重要度を理解したんだろ?」
「もちろん理解しています。けど、今までの態度のせいで周りからあまりいい印象は持たれていないようですし、呼びかけても集まるとは思えません」
今までランク戦に入り浸っていたことやチームとして連携を取ることを拒み続けていた態度が影響して、自分のチームに入りたいなどと言う物好きは現れないだろうと柊は語る。
それに、と柊はさらに言葉を続けた。
「チームを組むにはオペレーターが絶対に必要です。俺みたいな変わり者をオペレートしたいなんて人、絶対に現れません」
柊には、確信に近いものがあった。指示を聞かないと言うオペレーター泣かせだった自分とチームを組んでくれるオペレーターなんて絶対にいないだろう、と。
今までの、ひたすらに戦い続ける方針が柊を強くした。けれどもそれは、柊がチームとして戦う可能性を奪ってしまっていたのだ。
柊もそれほど鈍くない。米屋や出水などを除いて、未だ大半のボーダー隊員は自分のことを良く思っていないことを、柊は把握していた。
「そうか。なら俺からは強く言わないでおこう」
「ありがとうございます」
「けどチーム戦には興味出てきたんだろ?」
「まぁ、はい」
「なら、それにうってつけの場所があるぞ」
ついてこい。
そう言って東は柊をある場所に案内した。
***
東と並んで歩いていた柊は、角から出てきた初めて見る人物と出くわした。
「おっと、東さん。こんにちは」
「よう迅。珍しいな、本部に居るなんて」
「たまには本部にも来ますって。後ろの子は?」
迅は東と挨拶を交わし、東の後ろにいた柊について尋ねる。
「ああ、顔合わせは初めてか。こいつは今アタッカー4位の近野だ」
「近野柊です。よろしくお願いします」
「ほー、見た感じまだまだ若いのに凄いね。…………!」
柊と挨拶しようとして、迅はそこで言葉を止めてしまった。その様子に疑問を持った東が迅に尋ねる。
「どうした、迅?」
「っとすいません、ぼーっとしちゃってました。寝不足ですかね?」
東の指摘に迅は笑って返す。その返しに東は納得しなかったが、それを今ここで追求することはしなかった。
「俺は実力派エリートの迅悠一。よろしく」
きちっと決め直して、迅は柊に名乗る。
「これから2人は何処に?」
迅が東にどこに行くのか尋ねた。東がアタッカー4位の柊を連れ、これから何をするのか、迅は少し興味を持った。
「今日から始まってるB級ランク戦を近野に見せようと思ってな」
東が柊を案内しようとしていたある場所とは、B級ランク戦が観れる場所だった。チームとしての実力や戦術を見るためには、これ以上ない場所だ。
「なるほど。遅刻させたら悪いしこれで失礼します。近野くんもまたな」
「おう」
「はい」
そう言って迅は2人と別れる。
何歩か進んで、迅が振り返る。その視線は、2人が消えた角に向いている。その瞳に映るものは、一体何なのか。
それから誰かの足音が聞こえてくるまで、迅はそこを動かなかった。
***
『ボーダーの皆さんこんばんは!B級ランク戦の新シーズンが始まりました!初日・夜の部の実況を努めます、海老名隊オペレーターの武富桜子です!』
場所はB級ランク戦を観戦できる観覧室。そこで実況を務める武富が声高々にランク戦夜の部の開始を宣言する。次に武富は解説の紹介に移った。
『本日の解説者は、かつてのA級1位部隊を率いた東隊長とアタッカー4位の実力者である近野隊員に来ていただいています!』
『どうぞよろしく』
『よ……よろしく、お願いします』
何故こうなった……!
東にチーム戦の勉強にうってつけの場所だと言われて連れてこられた観覧室。適当に端の方に座ろうとした柊を、東は中央の席へと連れて行った。一体どうしてと思った柊が状況を把握する前に、東がインカム付きのヘッドホンを渡して席へと座らせた。そこで柊が何をさせるつもりだと聞こうとしたところで、運悪く武富が開始を宣言した、と言うわけだ。
確かにチーム戦に興味が出たとは言ったが、柊はまだまともにチーム戦を観たことがない。それなのにいきなり解説を頼まれて、柊はどうすればいいのかわからなくなった。
「必要な時はフォローするから、近野は思ったことを言えばいい」
隣に座る東がマイクをオフにして柊にフォローを入れる。助けてくれるようだし、既に紹介された後なので何を言っても辞退することはできないだろうと悟った柊は、渋々解説の役目を引き受けた。
『さて!今回は中位グループの荒船隊、那須隊、柿崎隊の三つ巴となります!ズバリ東さん!今回はどのような展開になると予想されますか?』
『那須隊長の攻撃をどう凌ぐか、ですね。彼女はバイパーの弾道をリアルタイムで引くことができるため、臨機応変に対応していく必要があります。弱点となる近距離には熊谷隊員が対応するので、揃われると厄介になるでしょう』
『なるほど!荒船隊と柿崎隊についてはーー
***
『決着!最終スコア3対4対2で那須隊の勝利です!』
『那須隊の得意な形がきっちり機能しましたね』
荒船隊、那須隊、柿崎隊による三つ巴は、那須隊の勝利で幕を閉じた。武富が東に総評をお願いする。
『今回は熊谷隊員が特にいい動きをしていましたね。序盤で巴隊員と当たった時でも思いましたが、安定感がありました。しっかり相手の攻撃を防ぐことができていたので、那須隊長の力が存分に発揮できたと言うことでしょう』
『なるほど!ちなみに熊谷隊員は近野隊員からアドバイスを受けていたというタレコミがあるのですが、そこのところはどうなのでしょうか?』
『えぇ、それ一体どこから……』
柊は突然熊谷との特訓について聞かれて困惑する。秘密にしていたわけではないが、特訓はランク戦ブースではなくポイントの動かない那須隊の作戦室で行われていたために、基本的に当事者たち以外は知らないはずなのだ。
武富の言葉に、周りで解説を聞いていた隊員達がざわめき出す。
ほぼ全ての人たちが、あの近野が!?一体何の間違いだ!?という気持ちを抱いた。
『え……と。はい。俺がいくつかアドバイスしたのは本当です。けど最後に会った時より熊谷先輩の動きが良かったです。結構練習してたんじゃないかと』
何度か特訓をしていた柊と熊谷。だが彼女の動きは以前とは違い、様になっていた。柊は熊谷の努力の結果だと武富に答える。
『熊谷隊員のレベルアップが那須隊の安定感をさらに高めた、と言えそうですね。では近野隊員。荒船隊についてはーー
***
「どうだった?初めてB級ランク戦を観て」
「どうだったって言われても、いきなり解説とか聞いてないんですけど」
「武富にもう1人解説を頼める人がいないか聞かれてたんだ。悪かったって。今度焼肉を奢らせてくれ」
急に解説席に連れてこられたことについて軽く文句を言う。
しかし東に焼肉を奢るとまで言われたので、柊は一旦不満を抑えることにした。気を取り直して、東の問いに柊は答える。
「今の俺があの人たちと戦っても絶対に勝てないだろうって思いました。数の差もありますけど、それ以上にあの連携を俺1人では崩せないと思います」
ランク戦を観戦して、改めて連携の重要度を理解した。先ほどの戦いで直接得点していない隊員も、後のことを考えて味方を援護する動きをしていたのが観ていてよく分かった。単純な戦闘力では勝っていても、勝負には勝てないだろう。
先日共に戦った辻や出水には劣るものの、どの隊員も味方とお互いにフォローしあっていた。やはり、必要なのはチームワークなのだろうか。
「なるほどな。その考えを大切に、あまり焦らずにやれよ?それじゃあ俺はこれで帰るから、予定が空いている日があったら連絡してくれ」
東は、柊の思考が段々とチームに向いているこの状態をいい傾向だと考えた。これを機にソロを卒業して欲しいという希望を込めて、焦らずにやれよと言葉をかけて東は去っていった。
それを見送った柊もさて帰ろうかと立ち上がったところで、今度は武富に声をかけられた。
「お疲れ様です近野先輩!今日はありがとうございました!」
実況をしていた武富が挨拶をしてくる。それに柊も武富を労うことで返す。
「お疲れ様。初めての観戦で解説だったからうまくできなくて申し訳ない」
「いえいえそんな!近野先輩は立派に解説していました!いい解説でしたよ!」
「なら良かった」
不安視していた解説の
「あのー。1つ聞きたいんですけど、先輩に葵ちゃんって妹さんいますか?」
「いるけど……なんで知ってるの」
「学校で同じクラスなんです!葵ちゃんからお兄さんがいるって聞いてて、先輩も"近野"だからもしかしたら!って思いまして」
どうやら武富は柊の妹である葵の友達のようだった。そこまで聞いて、葵が何度か名前を出す"桜子ちゃん"が目の前にいる武富のことであると柊は理解した。
「そうか。出来ればこれからも葵とは仲良くしてやってほしい」
「もちろんです!こちらこそよろしくお願いします!」
妹の友達が、同じボーダーに所属している後輩だったとは。意外と世間は狭いものだと柊は感じた。
「ところで近野先輩。最近葵ちゃんから相談を受けてるんですよ」
「相談?」
「はい。ってあれ、もしかして先輩何も聞いてませんか?」
武富は葵から受けている相談について柊に聞こうとする。しかし柊の反応から目の前にいる葵の兄が、何も聞かされていないことを理解してしまった。
「聞いてないけど……。何を言ってたんだ?」
「ええと……。てっきり葵ちゃんもう先輩に話してると思ったんです……。すみません。多分葵ちゃんが話してないってことは私から話していい内容ではないと思うので……。本人から直接聞いてもらって良いですか?」
「……分かった」
葵が何を相談したのか。武富が話そうとしたということは、その内容は柊が関係していることになる。しかし彼は本人から何も聞いていないし、ここで武富に話せと強要することもできなかった。
すみません、と謝る武富に構わないと答え、柊は武富と別れた。
別に柊は葵に対して隠し事を一切するな!なんて言ったこともないし、これからもするつもりはない。だからその事について特に何も思うところはなかった。
しかし何故武富が相談を受けたのか。友達だから相談を受けた、なんてよくあることだろう。別に不思議なことじゃない。けれどもし、それ以外に理由があったら……。
柊の心の中に、本人も気づかないようなほんの小さな不安が宿った。
前から書きたかった柊が精神的に一歩成長する場面なのに、それを上手く表すことができないことが悔しい。書き直すかもしれません。
あと第3話の部分を一部修正しました。詳しくは第3話の後書きに書いてあります。
何か疑問等ありましたら、遠慮なくお尋ねください。
最後に誤字報告、お気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。