生き残った彼は   作:かさささ

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第13話

 

 ある日、防衛任務を終えた柊の姿は、共に任務についていた那須隊の作戦室にあった。報告書を書いていたのである。既に那須隊は全員書き終えており、柊も完成まであと少しと言ったところであった。柊を待つ間、那須隊のみんなは前回のランク戦について話していた。

 

「それにしても、なんであんた解説席にいたのよ。終わって戻ってきたらびっくりしちゃったんだけど」

 

「いや、俺に言われても……。俺だって何も聞かされずにあの席座らされたんですから」

 

 軽く反省を終えた那須隊の会話の話題は、解説をした柊に移っていく。当時驚いていた熊谷が代表して柊に突っ込んだ。それに対して柊は不可抗力だったと答える。

 

「でもそれぞれの良かったところとか課題とかキチンと説明できていたから良かったと思うわ。何より、今回の勝因であるくまちゃんの努力をちゃんと見抜いてくれてたし」

 

「えっ、ちょ」

 

「私もそう思います!熊谷先輩かっこよかったですよ!」

 

「ちょっと玲!茜!」

 

 一方、那須は柊の解説を良かったと評価した。もっとも、その理由の殆どが熊谷の努力を評価していたからだが。日浦もそれに続く。

 目の前でいきなり褒められて、熊谷が動揺する。褒められること自体別に不満はないが、目の前でチームメイトにこれでもかというくらい褒められてしまうと流石に恥ずかしい。熊谷は顔を真っ赤にして、那須と日浦に抗議した。

 

 那須隊が盛り上がっているのを横目に、柊は報告書を書き上げていく。

 

「かっこよかったですよ。熊谷先輩」

 

「小夜子まで……」

 

 部屋の奥からオペレーターの志岐が便乗して熊谷を褒めた。その志岐は今、作戦室の奥にあるソファーにいる。

 異性恐怖症である志岐には、男である柊と同じテーブルの席に着くことはできなかった。だから離れたソファーから会話に参加している。因みに、初めて柊が那須隊の作戦室にお邪魔した時は部屋の奥に閉じこもって1度も出てこなかった。那須たちの呼びかけにも応じなかったほどだ。

 なので今回会話に参加しているだけも、十分進歩したと言える。

 

「先輩たちは、今日この後の予定ありますか?」

 

 柊が報告書を書き上げたのを確認して、日浦がこの後の予定を全員に尋ねた。那須隊の3人は予定を入れていなかったので、各々がそう答える。

 

「もし良かったら、先輩たちに協力してほしいことがありまして」

 

「協力?」

 

「具体的にはどうするのよ」

 

 全員予定がないことを確認した日浦は、あることに協力してほしいと頼む。現段階では返事が難しいと考えた熊谷は、日浦に詳細を求めた。

 

「実は私の友達がボーダーに入りたいって言ってて、色々ボーダーのことを聞かれたりしてるんですよ。それで、もし良かったら先輩たちもその子にボーダーについて教えてあげてほしいと思いまして」

 

 日浦がお願いしたのは、自分の友達にボーダーのことを教えてあげてほしいというものだった。

 その友達も知り合いにいるボーダー隊員に色々と聞いているようだが、まだ詳しいところまではわかっていないようだった。力になってあげたいと考えた日浦は、自分のチームメイトにも協力できないか頼むことにした。

 

 そして今に至る、というわけだ。

 

「もちろん良いわ。そのお友達も、色々わかってる方が入るか判断しやすいと思うし。協力するわ」

 

「私も良いよ」

 

「通信を繋げてくれれば」

 

 那須がそれを快諾し、熊谷も協力すると告げる。1人おかしな事を言っているが……。意地でも自宅に直行するつもりらしい。

 

「ありがとうございます!」

 

「茜ちゃん。集まるのはこの後でしょ?私としてはうちに来てもらえるとありがたいわ。一応確認はするけど、使えるはずだから」

 

「そうね。ここに来られないわけだし、どこか店に入るよりかはその方がいいかもね」

 

 那須は集合場所として、自宅を挙げた。ランク戦の作戦会議のためによく熊谷と日浦を呼んでいるので、人を呼ぶのも問題ないだろうというわけだ。

 

 熊谷も、一般人である日浦の友人をボーダーの建物に入れるわけにはいかないと考えて那須の提案に賛同する。那須の体調を案じて、というのも含まれている。

 

「わかりました!それでお願いします。じゃあ私その子連れてくるのでお先に失礼します!」

 

 そう言って日浦はその友達を迎えに作戦室を後にした。会話が終わるのを黙って待っていた柊も、会話が途切れたことを察知して帰ろうと立ち上がる。帰宅しようとしたことに気づいた熊谷が彼を呼び止めた。

 

「あんた玲の家知ってるの?」

 

「知りませんよ。なんでですか」

 

「なんでって、あんたも一緒に行くからよ。準備するから少し待ってなさい」

 

「………………はっ!?」

 

 熊谷が呼び止めた理由は、那須の家の場所を知らない柊を気遣って一緒に行こうと言うためだった。しかし柊は自分も参加するなんて考えてもいなかったため、何故自分もと猛抗議する。

 

「いやいやちょっと待ってください!なんで俺も行くんですか」

 

「逆になんで来ないのよ。この後もしかして予定あった?」

 

「いや……ないですけど」

 

 動揺していた柊は、熊谷の問いかけに正直に答えてしまう。これでもう予定がある、と言って逃げることはできなくなってしまった。しかしまだ納得できていない。柊は再び熊谷に抗議する。

 

「でもあれって那須隊の皆さんに言ってませんでした?」

 

「あんたに向けても言ってたわよ」

 

「それに!先輩の家に俺が行って大丈夫ですか?」

 

「大丈夫よ。茜ちゃんは近野くんを含めたこの場の全員にお願いしていたわけだし」

 

「それを理解してた玲が大丈夫って言ってるんだから、あんたが来ちゃダメな理由はないわよ」

 

 どうやら状況がわからなかったのは柊だけだったらしい。もはや柊に逃げ道はなかった。部屋の奥から精一杯の勇気を込めて志岐がざまぁ見ろという視線をぶつけてくる。それを柊が軽くひと睨みすると、志岐は部屋のさらに奥へと消えていった。ただでさえ2対1でもやばいのだから、もう1人敵を増やすわけにもいかない。申し訳ないと言う気持ちはなかった。

 しかし、今更柊に一発逆転を狙える提案があるわけがなかった。不本意だったが、柊は2人の主張通り日浦の友達の話を聞くことにしたのだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 那須邸を目指して歩く那須、熊谷、柊の3人。志岐はボーダーを出てすぐに駆け足で去って行ってしまったため、もうこの場にはいない。彼女の頼み通り、電話越しでの会話となるだろう。

 そして目的地へ向かう3人は、会話の花を咲かせていた。その殆どは那須と熊谷だが、2人は時折柊にも話を振り、彼もそれに答える。その一連の流れは、以前よりかなりスムーズになっていた。

 

「着いたわ。ここが私の家よ。いらっしゃい近野くん」

 

 そうして、3人は那須邸に到着した。女性の先輩の家ということで一瞬入るのを躊躇った柊だったが、那須がどうぞと手招きしてくるので入らざるを得なくなった。背後から熊谷が早く入れと圧をかけてくるので、柊は覚悟を決めて一歩踏み出した。

 

「お、お邪魔します」

 

「お邪魔します」

 

 柊に続いて熊谷も足を踏み入れる。こちらは何度も来ているので、慣れた様子だ。というより、柊が慣れていないだけである。

 

 いつもは那須の自室に集まっているのだが、流石に今回は人が多いのでリビングに集まることになった。那須の両親は外出中で家に居なかった。那須がお菓子と飲み物を出す。

 

「そろそろ着くって」

 

 飲み物を飲んでいた熊谷の元に、日浦からのメッセージが届く。無事に友達と合流できたらしく、まっすぐこちらに向かっているとのことだった。あと10分ほどで到着するだろう。

 

「ねぇ。茜の友達がボーダーに入るって決めたらどうする?」

 

 あと少しでたどり着く日浦とその友達を待ちつつ、熊谷は那須と柊にその友達について尋ねる。具体的には、その友達が入隊を決断した時どう接すればいいのだろうか、ということだ。

 

「私は、歓迎してあげれば良いと思う。でも、ボーダーの良くないところも伝えられるものは伝えないと、入ってから後悔しちゃうかもしれないわ」

 

「そうね。近野はどうなのよ」

 

 那須はその人がキチンと考えたのなら、その意思を尊重すると答える。その為にも、出来る限り事実を伝えなくちゃならない。熊谷もほぼ同じ意見なようで、那須の意見に同意する。次に柊に問いかけた。

 

「俺は……どうでしょう。あまり賛成できないかもしれません。少なからず、危険がありますから」

 

 一方で柊の意見は反対だった。いくらボーダーが安全に配慮しても、万が一のことはいくらでも起こり得る。絶対に安全と言い切れない活動だ。故に、柊は歓迎するべきではないと主張する。

 

「なるほど……。けどまぁ結局はその子次第よね。近野が言ってることもわかるし、その辺のことも丁寧に伝えていきましょ」

 

 3人それぞれ結論が出たところで、ちょうどリビングにインターホンの音が鳴り響く。日浦たちが到着したのだ。那須を気遣って熊谷が2人を迎えに行く。

 やがて3人が戻ってくる。日浦が連れてきたその友達の見知った顔に、柊は驚いた。向こうも予想外の人物に、声を上げて同じように驚く。

 

「葵!?」

「お兄ちゃん!?」

 

「「「…………え?」」」

 

 まさかの展開。日浦が言っていた友達とは、柊の妹の葵のことだったようだ。日浦が葵と同い年だと言うのは、以前の自己紹介で把握できていた。しかし、それにしたってこんなことがあり得るのだろうか。

 那須邸のリビングが、よくわからない空気に包まれた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ていうか、なんで茜が知らないのよ。苗字同じでしょ」

 

「い、いやぁ。言われてみればそうでしたねー」

 

 動揺が抜け切らない近野兄妹の側で、熊谷が日浦に問い詰める。普通なら、苗字の部分で気づくだろうと。

 しかし日浦はそれに気づかなかった。けれどそれも、無理もないかもしれない。クラスメイトの友達とボーダーの先輩が兄妹であるなどと、普通は想像しないだろう。

 

「茜ちゃん。私たちに紹介してもらっても良い?」

 

 流れを変える為に、那須が日浦に紹介をしてくれないかと頼む。現在近野兄妹はそんな状態ではない為、日浦に頼んだのだ。

 

「あ、わかりました!葵ちゃん。こっちこっち!」

 

 日浦に名前を呼ばれて、葵がようやく回復した。それにつられて柊も回復する。

 葵に隣に来てもらい、日浦は那須隊のみんなに紹介を始めた。

 

「こちら、私のクラスメイトの近野葵ちゃんです!」

 

「はじめまして、茜ちゃんの友達の近野葵と言います!あとそこにいる近野柊の妹です。よろしくお願いします!」

 

 日浦に紹介された葵は、那須と熊谷に向けてハキハキと自己紹介をした。日浦が気づかなかった兄妹の話も入れて。

 

「よろしくね葵ちゃん。私は那須玲。茜ちゃんとは同じチームなの」

 

「私は熊谷友子。同じく那須隊よ。よろしく」

 

『オペレーターの志岐小夜子です』

 

 葵に続いて那須と熊谷が挨拶する。その後にテープルに置かれたスマホから志岐の声が響いて誰がどこから?となったが、那須のフォローによりその疑問もすぐに解けた。

 柊が立ち直っているのを確認した那須は、本題を切り出した。

 

「葵ちゃんは、ボーダーに入りたいの?」

 

 問いかけられた葵は横目で柊の顔色を確認する。今まで1度もこの事を話していなかったからだ。どんな顔をされるのか怖かった。

 しかし彼女の覚悟は以前から決まっていた。勇気を出して、秘めた思いを口に出す。

 

「はい。私は、ボーダーに入りたいんです」

 

 ついに本人から明かされた決意。普通は歓迎する、これからよろしく、などと暖かく迎え入れるだろう。しかしこの場には、兄である柊がいた。唯一の家族がボーダーに入りたいと言った。それを聞いた彼の心境はどうだろうか。

 

 葵は向きを変えて姿勢を正し、兄を正面に捉えてもう1度繰り返す。

 

 彼が口を開くまでどれくらい時間が経っただろうか。緊張していたのか、葵はその時間を何十秒にも感じた。そしてついに彼が言葉を発する。

 彼は葵のボーダーへの入隊をーー

 

「……ダメだ」

 

 ーー認めなかった。

 

 柊が出した結論に、那須隊のみんなが驚く。やんわりと認めないくらいだと思っていたからだ。いきなり認めないとは想像もしていなかった。

 

「私は、お兄ちゃんの力になりたいの。ボーダーに入ってから街の人を、私を護ろうとしてくれていたはわかってた。とても感謝してる。だから私も、お兄ちゃんの」

 

「ダメだ」

 

 自分の思いを伝えて説得を試みた葵を遮って、柊が断言する。その言葉には、どこか重みがあった。突然のことに黙り込んでしまった周りを気にすることなく、柊は言葉をつないでいく。

 

「俺はまだ、誰も護れない。救えていない。そんな状態で、もしも葵に何かあっても俺にはどうすることもできない。いやだ。もう俺は失いたくない。だから、今はダメだ」

 

「じゃあ私は、いつになったらお兄ちゃんの力になれるの?」

 

「……俺がもっと強くなって、全部を護れるようになるまで。それまで俺は、絶対に認めない」

 

 柊はずっと、後悔していた。どうして大規模侵攻の時、助けを求める手を取れなかったのかと。あの時の絶望に染まった目が、どうしても忘れられなかった。

 彼は手の届く範囲だけでも護れるようになりたかった。自分1人の状況でも救えるようになりたかった。けれども、彼はまだそれを実現できていない。それができるようになるまで、彼は誰の手も借りるつもりはなかった。

 

「重い空気にしてしまってすみません。お先に失礼します」

 

 それだけを言い残して、柊は那須の家を後にした。残された全員、しばらく口を開くことができなかった。

 

 最初に立ち直ったのは葵だった。まずはじめに、那須隊の全員に謝る。

 

「ごめんなさい。私たちの問題に巻き込んでしまって」

 

「大丈夫よ」

 

 葵の謝罪に代表して那須が答える。

 

「ねえ葵ちゃん。もしよかったら、近野先輩のこと教えてもらってもいい?」

 

「茜!」

 

「失礼なこと言ってるのはわかってます。それでも私は、近野先輩とちゃんと仲直りしてほしいから。少しでも手伝えたらって!」

 

 日浦は興味本位で聞いたわけではなかった。友達のために、先輩のために、少しでも力になりたいと思ったのだ。それを理解したから、熊谷も日浦をこれ以上とがめることはしなかった。

 

「そうね。私からもお願いするわ」

 

「私も。なんだかんだあいつには世話になってるからね」

 

『私もお願いします』

 

 日浦に続いて、那須隊の全員も協力したいと申し出る。その様子に、葵は感動を覚えた。

 今までずっと、兄は苦しんでいた。そしてその様子を黙って見ていることしか出来ない自分を腹立たしく思った。けれどいつしか、彼はすっきりとした表情を見せるようになった。それは、ネイバーに襲われる前のかつての兄と同じだったのだ。

 

 今ならはっきりわかる。目の前にいる人たちが、ボーダーの人たちが兄の凍った心を溶かしてくれていたのだ。葵も、昔のように明るい兄に戻ってほしい。

 那須隊の覚悟は、しっかりと葵に届いた。それを受け取った葵も、那須隊のみんなに協力を申し出る。

 

 大好きな、明るい兄に戻ってほしいから。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 柊と葵の衝突から数日経ったある日。そこはどこかの国の世界を渡る船の中だった。集まっているのは男女合わせて4人。狭い船内に設置されたテーブルを囲んでいた。

 

「作戦の内容は頭に入れたね?」

 

「はい」

「おう」

「大丈夫です」

 

 女の確認に、3人の男たちはそれぞれ肯定する。その様子に、女は満足げに頷いた。

 

「よし。いつも通り、どんな事態にも迅速に柔軟に対応していこう。作戦決行は今夜だ」

 

 悪意は、すぐそこまで迫ってきていた。

 

 

 

 




物語を進めるために、この先からオリキャラが登場することになりました。オリキャラが増えると読んでいてイメージし辛くなる思いますが、なるべくわかりやすいように書いていくつもりです。ぜひよろしくお願いします。

オリキャラのタグは、本格登場するであろう次回の投稿時に追加することになると思います。


何か疑問等ありましたら、遠慮なくお尋ねください。


最後に誤字報告、お気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。
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