生き残った彼は   作:かさささ

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第15話

 

 

 

 

 

 柊が胸中を明かしてから、2人の間に会話はなかった。那須が彼に辛いことを話させてしまった事を後悔して声をかけられなかったからだ。

 そして彼も、周りに気を配れるだけの余裕はなかった。話すことのなかった事を話したことによる驚きと聞いていて嬉しくもない話を那須にしてしまったという後悔。なにより、那須に話したことで自分の力不足を再認識して感じた悔しさ。色々な感情がごちゃ混ぜになって、とても会話が出来るような状態じゃなかった。

 

 それは通信で流れた2人の会話を聞いていた残りの3人も同様だった。

 

 

 まず熊谷。彼女は気づいてあげられなかったことを悔やんだ。腕の立つ柊は彼女にとって良い目標だった。いつかソロランク戦で彼に勝ち越せるようになりたいと思って訓練して、時には彼に師事を受けたこともある。彼女にとって、心を開き始めてからの彼は頼もしい存在だった。だから彼女は、そのせいで柊が自分よりも年下だという事を失念してしまっていたのだ。自分は彼から貰うばかりで、彼に何もしてあげられていなかった。いや、したつもりになっていた。熊谷はそれが何よりも悔しかった。

 

 

 日浦は悩んでいたのは葵だけだと思い込んでいた事を恥じた。同じクラスで、普段から仲のいい葵とは学校生活のほとんどを共に行動している。ある日、そんな友達から日浦は相談を受けた。詳しく話を聞くと、ボーダーに入って独りで頑張っている兄を手伝いたいと決意したという。彼女の目には大変でも苦しくてもそれを全て乗り越えてみせる、という強い覚悟が宿っていた。そんな彼女の力になりたいと、日浦はそれに快く応じたのだった。しかし葵には葵の悩みがあるように、柊も悩みを抱えていた。彼女は自分の物差しで物事を図り、決めつけてしまった。

 

 

 志岐も皆と同様に後悔していた。彼女も周りに対して不安や悩みを抱える1人。柊が何かに不安で怖くなって、悩んでいたことを彼女はなんとなく察していた。しかし彼女は自分の悩みと彼の悩みを天秤にかけて、自分の悩みを優先してしまった。異性恐怖症の彼女は、他のメンバーと違ってあまり積極性に彼に関わろうとはしていなかったが、稀に勇気を振り絞って彼に関わろうとしたことがある。しかし結局それは自分のためで、彼女もそれを自覚した上で彼に関わっていたのだ。

 

 

 そんな後悔真っ只中の那須隊を狙ってか、志岐のモニターにゲート発生のアナウンスが流れる。志岐による通達で、皆の意識は少しずつ切り替わっていく。

 

「小夜ちゃん。ゲートはどこに出る?」

 

「ちょっと待ってください…………。那須先輩の位置から西ですね。ちょうど荒船隊の持ち場との間です。今念のためこちらからも数人応援に来て欲しいと荒船隊から連絡がありました」

 

 ゲートの発生場所は今同じシフトで防衛任務についている荒船隊の持ち場とのちょうど中間地点だという。レーダーによるとトリオン兵の数はいつもより少し多めで、位置的な問題から各部隊から数人ずつ出して合同で殲滅しようという連絡が荒船隊のオペレーターから回ってきた。

 

 それを聞いた那須がメンバーを分けようとして、それよりも早く柊が名乗り出た。

 

「俺が行きます」

 

 そう言うや否や、柊はいち早くトリオン兵を目指して駆け出した。しかし今の彼はーー那須たちも含めてだがーー精神的に不安定だ。それを感じていた那須は彼を1人には出来なかった。

 

「私も行くわ」

 

 この場の指揮を熊谷に託し、那須も柊の後を追った。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 志岐に指示された場所を目指していた柊だったが、そこに辿り着くよりも早く彼の目はトリオン兵を捉えた。どうやらかなり進軍しているらしかった。情報通り、普段よりトリオン兵の数が多い。こんな夜遅い時間に大勢で攻めてくるなんて珍しい、とは思ったがそれだけだ。殲滅するのには変わりないのだから。

 

 近づいたことで、向こうのレーダーもこちらの存在を捉えたようだ。こちら側に膨らんできていた6体ほどのモールモッドやバンダーたちが突撃してくる。柊も駆けながら腰に差した孤月を勢いよく抜刀する。バンダーからの砲撃を皮切りに、柊の戦闘は始まった。

 

 

 

 こちらを切り刻もうと鎌を振りかぶったモールモッドを両防御(フルガード)で無理矢理に受け止め、力任せに押し返す。攻撃の出鼻を挫かれ体勢を崩したモールモッドを、柊は刃を届かせて鎌を腕ごと斬り落として攻撃力を削ぐ。その隙を狙ってバムスターが飛び込んでくるが、それは既に見えていた。アステロイドを構え、分割も面倒くさいとそのまま撃ち出す。被弾して半壊のバムスターの目を、柊は孤月で斬り裂いた。

 

 こうしてこちら側に攻めてくるトリオン兵を討つことが、三門市に住む市民を守ることに直結している。ボーダーに所属する正隊員にとっては取るに足らない存在でも、市民にとってはそうではない。現代兵器が効かない奴らに対して、自分たちは唯一の対抗勢力であると同時に最後の希望でもあった。もしボーダーが突破されてしまったら街は壊滅し、膨大な死傷者を生み出し、こちらの世界は向こうの世界に蹂躙されてしまうだろう。

 

 もちろん柊もそのことはよく理解していた。防衛任務は1度も手を抜いたことはないし、ありったけの時間をランク戦につぎ込んで自分を鍛えた。

 けどどれほど繰り返しても彼の心は満たされることはなく、むしろ不安を駆り立てた。自分の力は本当に必要なのか、自分より適任がほかにいるのではないか。

 

 防衛任務は市民ひとりひとりにマンツーマンで警護につくわけでもないし、トリオン兵との戦闘は大事をとって集団で行われる。つまり、彼を必要とする場面に出会ったことがないのだ。葵と本音を言い合ったあの日に生まれた焦りを、それらの事情が後押ししていく。

 

 だから彼はどんな状況でも1人で戦う。誰かを守り、救えるようになるために。今のままでは、彼は周りの手を取ることはないだろう。

 

 1度沈んでしまった気持ちを引き上げて残りのトリオン兵を全滅させようと足を動かそうとしたところで、背後で大きな何かが動いた。反射的に振り返ると、そこには柊が倒したと思っていたバムスターがいた。孤月の入りが甘く、絶命には至らなかったようだ。しかし今の体制、タイミングではやつの攻撃を回避する余裕はない。シールドも間に合わないだろう。あと少しで柊に攻撃を入れようとしたバムスターは、しかし突如飛来した弾丸に撃ち抜かれ完全に絶命した。

 

「近野くん大丈夫?」

 

 少し遅れて那須が到着。柊の無事を確認する。

 

「え、えぇ。おかげさまで大丈夫です。ありがとうございました」

 

 あのまま攻撃を受けてもベイルアウトはしなかっただろうが、痛手を食らっていたのは間違いないだろう。自分の軽率さに冷や汗をかきつつ、柊は自分の無事と合わせて那須にお礼を言った。

 

「私たちは臨時でもチームなんだもの。これくらい当然よ」

 

 会話もそこそこに切り上げる。まだまだトリオン兵は残っており、今にも2人に襲いかかってくるだろう。2人もそれがわかっていた。那須はトリオンキューブを、柊は孤月をそれぞれ構え、戦闘態勢に入る。

 

「いくわよ近野くん」

 

「はい」

 

 もう先ほどのようなヘマはしない。柊は頭を切り替え、トリオン兵の群れへ飛び込んだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 それからは順調だった。柊が前でトリオン兵を斬り、那須が後ろから弾丸を撃ち出す。ただそれだけで2人はトリオン兵を端から討伐していった。

 柊の様子も落ち着いてきた。後ろから見ていて、那須は彼をそう評価した。ここに来る前彼に辛いことを思い出させてしまった。那須が到着した時もまだその動揺が抜けきっていなかったようで、彼らしくないミスをしているのが遠目にもわかるほどだった。しかしその心配はもうなさそうだ。

 

 最後の一体を柊が斬る。今度はちゃんと絶命したことを確認して、トリオン兵を全て討伐したことを報告する。

 

「小夜ちゃん。他に反応は?」

 

「いえ、ありません。今のが最後のようです。ゲートが開く気配もありません。回収班に連絡を取ります」

 

「わかったわ。よろしくね」

 

 オペレーターの志岐にも確認をとって、戦闘が完全に集結したと判断した。気を抜けるわけではないが、ようやく一息つけるというものだ。

 

「近野く……?」

 

 那須は柊にも戦闘が一区切りついたことを報告しようとして、彼の様子がおかしいことに気がついた。孤月を鞘にしまわずに、右手奥の暗闇をじっと凝視している。何かあるのだろうか?柊に確かめようとして、しかし彼はそれより早く握る孤月を振り抜いた。

 

 瞬間的に拡張された刀身は、彼が見ていたであろうところを斬り裂こうとして、何かに弾かれた。

 

「先輩……何かいます!」

 

 旋空孤月の切れ味は切っ先に行くほど高くなり、その刃は民家をも斬り裂く。つまり通常であれば民家は障害物になり得ず、その孤月は振り切れるはずなのだ。しかし今の彼は明らかに弾かれたような反応を見せた。まるで何かに防がれたかのように。何かいつもとは違う何かがある、もしくはいるということかもしれない。

 

 くまちゃんたちを呼んだ方がいいの……?

 

 那須はどう対応すべきか思案した。たった今オペレーターの志岐によって付近に敵の反応はないと結論が出たばかりなのだ。近くにトリオン兵がいるとは考えづらい。しかし彼が嘘をつくとも思えなかった。()()までするなら尚更だ。

 今彼の目が何かを捉えた。

 

 取り敢えず確認しよう。那須が柊に指示を出そうとして、彼の体が地面から()()()()()ブレードによって貫かれた。

 

 

 

 間近で視認した那須もその不可解な現象に一瞬だけ呆然としてしまった。

 貫かれた本人である柊も、戦闘中であれば致命的な隙となるほどの時間を要してようやく現実を認識し、急いで跳びのいてブレードから逃れる。傷口からトリオンが漏れ出すが、幸い傷は小さく致命傷も避けていたためすぐにベイルアウトすることはなさそうだ。

 ブレードをくらう直前、暗闇に包まれた街の中に言葉で表せないような些細な違和感を感じていた彼は反射的に避けようとした。もしそうしなかったら、彼はトリオン器官を貫かれ即ベイルアウトしていただろう。

 

 未だに訳がわかっていないが、ひとつだけはっきりした。それはこちらに攻撃を仕掛けてきたトリオン兵、もしくは()()()()がいるということ。

 一先ず情報の共有が必要だろう。那須は熊谷と日浦、それから念のため荒船隊のメンバーにも連絡を回すよう志岐に指示する。普段起こりえない現象だ。慎重すぎるくらいの対応で構わないだろう。

 

 問題は敵のことだ。いくら暗闇といっても視覚支援していればほぼ見渡せるようになる。それなのに那須は敵の姿が確認できなかった。物陰に潜んでいるのかとレーダーを起動しても、表示されるのは那須と柊だけだ。精度を上げても相変わらず確認できない。

 これは一度()に指示を仰いだ方がいいのかもしれない。そう思ったところで志岐から通信が入った。この付近にいる全員に情報の共有が済んだようである。

 

「何か動いた……!」

 

 ここで柊が何かに反応した。必死に目を凝らしていた彼は、視界の隅で何かが動くような違和感を感じたのだ。視覚支援が入っている今の彼にはつや消しされた黒とつや消しされていない黒くらいの色の違いでも見分けることができる。そんな状態の彼がそう言ったのだ。何かがいるのは間違いないだろう。

 

「見た目はわかる?」

 

 何故かレーダーに反応しない正体不明の敵。那須は少しでも情報を得るために柊に問いかけた。

 

「普段のトリオン兵よりはかなり小さかったです。具体的な姿はわかりませんが、高さは多分人と同じくらいだと思います」

 

「人くらいの大きさ……」

 

 かろうじて捉えた特徴を述べていく。暗闇に紛れていたので全体の詳しい特徴は無いが、現時点でそれは十分な情報である。

 普段攻めてくるトリオン兵はバンダーやバムスターといった大型のものが多い。モールモッドでも人より大きいのだ。相対的に人ほどの高さはかなり小型となる。新しいトリオン兵のタイプだろうか。

 

『那須隊長。こちら本部の忍田だ。状況は確認しているが念のため簡単に状況を報告してもらいたい』

 

『忍田本部長!』

 

 ここで本部上層部の忍田真史から通信が入る。どうやら志岐が本部に簡単に報告してくれたようだ。

 

『近野く……近野隊員と私がトリオン兵を殲滅した後、地面から生えてきたブレードによって近野隊員がダメージを受けました。幸い軽傷です』

 

『周りとの情報共有は』

 

『荒船隊には済ませました』

 

『よし、敵の特徴はわかるか?』

 

『まだはっきり視認できていませんがサイズは人と同じくらいだと思われます』

 

 那須は忍田に得た情報を伝えていく。改めて言葉に出して、まだほとんど正体をつかめていないという事実に気づかされた。

 

『よしわかった。那須隊長、近野隊員はこのまま付近を警戒。他の隊員についてもそちらの援護に向かってもらう。スナイパーは敵の捜索だ。敵が複数いる場合も考えられる。充分注意してくれ』

 

『『了解です』』

 

 流石ボーダーを統括する立場にある人だ。忍田本部長の指示によって今後の方針が瞬く間に決まっていく。

 

 なんとかして敵の正体と居場所を暴きたいものの、レーダーに映らない以上簡単ではないだろう。けれどこのまま膠着状態のままではその隙に逃げられてしまう可能性がある。どうにかプレッシャーを与えてこの場に縫い付けておきたいところだ。

 

「屋根に登りましょう。もしかしたらブレードを回避できるかもしれないわ」

 

「わかりました」

 

 2人は屋根に登り、角度をつけて敵の捜索にあたる。お互いにフォローできる距離を保ちつつ、じわりじわりと柊が何かを見たところへ詰めていく。

 その瞬間、またも地面からブレードが生えてくる。しかし今度は2()()だ。

 

「っ!」

 

 高さを取ったため余裕を持って回避できたが、攻撃の手数が増えたという事実が2人にのしかかる。

 敵は複数という仮説が強くなった。そうでなくとも複数を一度に対処できる力を持っているということとなる。これで迂闊に近づけなくなってしまった。

 

 

 ーーこちら側が2人だけならば。

 

 

「来たよ玲!」

「荒船現着した」

 

 この場にはチームメイトが、力を貸してくれる味方がいる。1人で無理でも、仲間と力を合わせればきっとなんとかできる。那須は駆けつけてくれた熊谷たちをとても頼もしく思った。

 

 

 

 しかしその一方で、柊の孤月を握る力が強くなっていった。

 

 

 

 




急にアクセス数が増えたりお気に入りの数が増えたりしてわけがわからなくなりました。ホントにありがとうございます。

自分が思い描くシナリオがちゃんと人様に見せられるクオリティか、それを正しく表現して伝えられているか非常に怖いですが、頑張っていくので是非これからもよろしくお願いします。


何か疑問等ありましたら、遠慮なくお尋ねください。


最後に誤字報告、評価、お気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。
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