生き残った彼は   作:かさささ

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第17話

 

 

 弧月を振り上げ、振り下ろす。

 落下の加速が加わったその攻撃はシンプルながらも十分な威力を持つ。しかしその攻撃力を持ってしても、柊の攻撃はメルトには届かなかった。ブレードを2本交差するように具現化させ、弧月をがっちりと受け止める。それに対し反撃を警戒した柊は瞬時に距離を取る。先程からこれの繰り返しだった。

 

 複数のブレードを操り的確に防御するメルトを相手に、柊は攻め切れなかった。それは手数の違いや戦い方によるものが大きい。

 

 柊一人ではこの膠着状態を脱することができない。それどころか勝つことさえも……。

 今の状況を周りがみればそう判断するだろうし、柊本人もそう感じていた。しかし理屈とは別に、彼はどうしてもその事実を受け入れることができなかった。

 

 もう二度と大切な人を失わないために。

 そのためだけに一人で戦う強さを求めてきた柊は、しかし一対一の状況で押されている。

 

 認められなかった。勝てないと認めてしまったら、彼のこれまでの努力が否定されてしまう気がしたから。

 

 認めない。たとえ刺し違えても、倒してみせる。

 

 自身の迷いを、不安を振り払おうと柊は構える。

 

 そう決意し飛び込もうとしたところで、待ったをかけるようにメルトに弾丸が撃ち込まれた。飛来した弾丸が彼を牽制する。その隙に彼を庇うように荒船、那須、熊谷が降り立った。

 

「やっと追いついた。ったく、あんたってやつは」

 

 熊谷の口から不満が溢れる。

 他二人もメルトを警戒しつつ、柊を見やる。目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、言葉無き二人からの不満が柊に余すことなく伝わった。

 

「やつの攻撃パターンはわかるか?」

 

『足元の地面から伸びるブレードが敵のトリガーだと思うわ。確認できただけで最大5本よ。射程も伸ばせるみたいだから注意して』

 

 荒船の指示にオペ間で情報を共有していた加賀美倫が敵トリガーについて情報を提供する。その情報を元に、荒船は対処法を思案する。

 

 一方メルトは、先ほどとは違うこの膠着状態を堪能していた。もともと時間稼ぎが目的の彼にとって、この状況はありがたかったのだ。既に()()()()()()()()味方二人はどうだろうか。メルトは基地の方向へ視線をやった。

 

 

 

『ひとまず、2-2に分けよう』

 

 目の前の敵に警戒しながら、荒船が通信越しに指示を出した。敵一人に対して、彼らは四人。うち三人はアタッカーだったのもあり、分ける必要があった。

 

『普段から組んでいる那須と熊谷で組んでくれ。アタッカーの連携はシビアだからな。俺が近野に合わせよう』

 

 続けてメンバーを分ける。彼が言った通り、敵に接近するアタッカーは複数でかかると互いの距離が近くなるため連携が難しくなる。その難しさは戦い慣れたチームでもない限り付け焼き刃にもならないほどにだ。

 故に荒船は2-2に分けることでアタッカーを分け役割を割り振ることで、簡易でありながらもチームを作りアタッカーの連携場面を極力減らしたのだ。

 

 アタッカーを分けて大体の方針も決めた。いつ攻めようかーー

 

 荒船が再び思考に入ったその瞬間、またもや柊が単独で飛び出した。メルトの視線が建物へ逸れた瞬間を狙ったからこその突撃であったものの、余裕のなかった柊はやはり荒船の指示より、脊髄反射を優先してしまった。抜き放った孤月を左脇に構えて身体を引き絞る。

 

「っおい!」

 

 荒船の声が響く中、柊の旋空弧月が発動。拡張される刃を操って離れたメルトへと刃を届かせる。しかしメルトは油断していなかったのか、はたまたそう来ると()()()()()()かのようにブレードを具現させ防御する。柊の攻撃は余裕を持って重ねられたブレードを、やはり一枚砕くにとどまった。

 

 慌てて荒船たちも駆け出す。

 

『行くぞ!』

 

 

 

***

 

 

 

 メルトと同じマントを被った二人組が、基地内の廊下を駆ける。マントによって周囲に溶け込んでいるため、一瞬見ただけでは見抜かれないだろう。しかも二人の足音さ極限まで抑えられており、まるで隠密行動のようだった。それもそのはず、二人は文字通り潜入していたのだ。表のメルトを囮として、二人はひっそりと基地内へ侵入した。

 

 言葉を交わさずに、二人はアイコンタクトと手振りだけで情報を共有しながら、二人は目的の地へ向かう。

 

 しかしいくら足音を抑えていると言ってもゼロにはならない。もちろん発生する音の大きさはごく僅かなものだが、ボーダーにはそのごく僅かな音を聞き取れる人物が存在した。

 

「待ちなよ」

 

 開けた廊下の広場で、二人の隊員が行方を遮る。肩ほどまである髪を1つにまとめた少年と、逆立った髪を持った少年だ。

 

「なんか変な足音すると思って見に来たら、いかにも怪しいですって格好してるし」

 

「何者だ」

 

 青い隊服に身を包んだA級風間隊の菊地原士郎と歌川遼が問いかけ、構える。菊地原たちが二人に気づいたのは偶然だった。偶然近くにいた菊地原が二人のごく僅かな足音を拾い、こうして先回りして待ち構えていたのだ。

 

 菊地原が持つ強化聴覚のサイドエフェクト。それは簡単に言ってしまえばただ耳がいいだけのものだが、長い間それを使っていた菊地原はあらゆる音を聞き分けることができる。その精度は心音によって動揺しているか否かまで可能だ。

 そして菊地原が聞いた二人の抑えられた足音は、彼にとってはあからさまに"バレないように"という意図を含んでいるのが筒抜けだった。

 

 上からの通達で、既に菊地原たちは正体不明の敵が攻め込んでいることは把握している。そして、外のやつ以外にも敵がいる可能性も。故に菊地原と歌川は目の前の二人組もその仲間だとあたりをつけていた。

 

「悪いけど、あんたたちには何もさせないよ」

 

 相手を舐めるように、しかし決して油断せずに菊地原は宣言する。歌川も獲物を持って構える。

 

 マントの二人は菊地原たちを見て、決して油断できない強者であると気を引き締める。そうやって二人の警戒レベルを引き上げさせたところで。

 

 

 

 第3の刃が背後から二人に襲いかかった。

 

 

 

 

 強襲した本人、風間は透明化を解いて菊地原たちの元まで後退し、油断など微塵もない鋭い眼光で二人を見やった。

 

 ボーダーに少数だが存在するコンセプトチーム。そのうちの1つが風間隊だ。透明化するオプショントリガー、カメレオンを戦闘に組み込み、菊地原の耳と合わせてアタッカーの綿密な連携を透明のまま実現させ、ステルス戦闘を確立させたのだ。

 そんな風間隊だったからこそ、今回の隠密(ステルス)は彼らに分があったようだ。

 

 風間の奇襲は直前で反応されたために致命傷には至らなかったが、確かなダメージは与えた。一人は腕を斬り落とし、もう一人も腹を割かれてトリオンが漏れ出している。何よりマントにダメージが入ったことで擬似的な透明化が解除され、姿を視認できるようになったことは大きかった。

 

 効力を失ったマントを廃棄し、二人は姿を露わにさせた。左腕を失った女ーーオームーーと体格のいい男ーーグラムーーはそれぞれ戦闘態勢を取り、トリガーを起動した。

 

 オームは右手に取り回しのしやすいハンドガンを装備し、グラムの両腕にはあらゆるものでも破壊できそうなドリルアームが具現化され、それぞれ構えを取る。

 

 対する風間隊も、思考を止めることなくそれぞれの獲物からタイプ、攻撃方法を予測、共有して警戒を高める。

 

 

 

「なんだなんだ、面白そうなことしてるな」

 

 

 

 緊張感が高まり、今にも開戦しそうなその場に突如として間延びした声が響いた。その場にいた全員、いや風間隊はオペレーターか通信越しに連絡を受けたためオームとグランだけがその声の発生地へ注意を向ける。

 風間隊の背後から静かで、それでも確かな重みを持った足音が響く。両腰に携える弧月のうち一本だけを抜いて、その男は不敵な笑みを浮かべた。

 

「俺も混ぜてくれよ」

 

 

 

 

 

 

 A級並びに総合1位の太刀川慶、参戦。

 

 

 

 

 

 

「混ぜてくれ、だと?事はそんな簡単な話じゃないぞ、太刀川」

 

「わかってるよ風間さん。忍田さんからの指示だからきっちりやるさ。けど()()()でネイバーと戦うなんて初めてだからな、少しくらいいいでしょ?」

 

 ()()()()風間からの注意に対してそれでも太刀川は普段通りに言葉を返す。呑気に話す太刀川だが、オームたちから攻撃を食らう事はなかった。というよりオームたちは攻撃しなかった。だらけているように見えた太刀川に、一切隙がなかったからだ。一振りの弧月を握りながらもリラックスして風間と会話していた彼は常に目の前の敵にも注意を払っていた。それこそ一歩踏み出すだけで斬撃を飛ばそうとするほど。

 それを理解できたからこそ、オームたちは攻撃できなかった。そして理解してしまった。

 

 目の前の男がどれほどの強者か。

 

 因みに風間は太刀川の様子を理解し、オームたちの油断を引き出すためにわざと苦言を呈していた。形だけの、というのはそういう事だった。

 しかし相対する二人もただのやからではなかったようだ。簡易的なものではあったが釣りにもしっかりと我慢できたあたり、それなりに腕の立つのだろう。風間は敵の警戒レベルを1つ引き上げた。

 

「さて、あんたたちが何しに来たのか知らないが」

 

 太刀川が、風間が、菊地原と歌川がそれぞれ戦闘態勢に入る。ボーダーが誇る精鋭が、侵入者を迎え撃った。

 

「こっから先には行かせないぜ」

 

 

 

 

 




色々説明不足だったり、丁寧さが足りない気しかしないけど、最新話投稿させていただきました。

今自分の頭の中にリメイクという選択肢がちらつき始めています。詳しくは活動報告に書いてあります。意見も募集しています。
オラに元気を分けてください。

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