生き残った彼は   作:かさささ

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初めまして、マイタケ担当大臣です。初めて書いたので色々と至らないところもあると思いますが、温かい目で見ていただけると嬉しいです。

ではどうぞ。


第1話

 

 

 

 街中のあちこちから土煙が上がり、尋常じゃないというのが一目見てわかる。まさしく、尋常じゃない事態だ。

 

 必死に走っていた少年は、瓦礫につまずいて派手にこける。割れたガラスに顔が映った。

 

 父親譲りの黒髪に母親譲りの青い目をした少年ーー近野 柊(こんの しゅう)が映ってる。口を切ったのか口から血が出ているが、そんなこと気にならない。彼には気にする余裕がない。早く逃げないと殺される。口の中に目を持つ白いやつらから逃げることだけを考えて体を起こす。

 

 

 

 そこは地獄だった。いや地獄になった、と言う方が正しい。家族とリビングでくつろいでいた彼を急に建物が壊れるような大きな振動が襲った。柊が一体何事かと外を確認しようとした瞬間、リビングの天井に黒い穴が開いた。

 

 それがなんなのか考える間も無く、巨大なそれが上から母を押し潰した。次にそいつの鎌が父を両断し、父を絶命させる。突然のことに彼の思考が止まった。しかし恐怖が彼の体を動かした。転がるように外へと逃げる。

 

 家を飛び出した瞬間にやつが壁を壊したことで家が倒壊し、結果的にそいつからは逃げられたが、今のほんの一瞬だけで柊は家と両親を失った。

 

 街も同じく悲惨な状況だった。建物は倒壊し、あちこちから火の手が上がっているのが見える。まさしく地獄だった。

 

 

 

 死にたくない。ただそれだけを思って走る。早く逃げないと、理不尽に命を奪う奴らから少しでも遠くに逃げなければ。

 

 周りの建物が全て崩れてしまっている。よく利用していたコンビニやレンタルショップなんかが跡形もない。それでも走る。

 

 友達の家だ。彼は家が近いからよく遊びに行ったものだ。それが崩れている。それでも走る。

 

 両脇の倒壊した家から人が見える。瓦礫の下敷きになってしまっているが、意識ははっきりしてそうだ。助けを求めるように彼に手を伸ばすが、ーーそれでも走る。

 

 何も考えられなくなっていた。ただただやつらへの恐怖だけが、彼の体を動かしている。少しでも遠くへ逃げろ、走れ走れと。

 

 背後に気配を感じた。奴が来たのか。ここで死ぬのか。いや、こんなところで死んでたまるか。

 

 振り返って彼が見たものは

 

 ーー白いやつらではなく、血だらけの人たち。そのぐしゃぐしゃになった手を彼に伸ばして

 

 

 

 

 

 

「っうわああぁぁ!!」

 

 叫びながら慌てて飛び起きる。そこは彼の部屋で、彼はベットの上にいた。彼の部屋のカーテンの隙間から光が差し込まないことから、まだ太陽は登ってきてもいない時間だとわかる。

 

「はっ…はっ…はっ…。くそ……、またこれか……」

 

 顔を覆う手は彼が自分でも抑えられないくらい震えていて、身体中汗でぐっしょり濡れている。気持ち悪かった。

 

「お兄ちゃん……大丈夫?」

 

「ああごめん葵、起こしちゃったか?」

 

 ドアから妹の葵が顔をのぞいてきた。その顔には相手を気遣うような心配する表情を浮かべている。

 

「また夢みてたの?」

 

「……大丈夫。違うやつだよ。夢の内容忘れちゃって、怖い夢だったってことしか覚えてないから。ちょっとシャワー浴びてくるわ。葵もせっかくの休みの日なんだからもっと寝とけ」

 

「うん……、わかった。部屋に戻ってるね」

 

「おう」

 

 葵が部屋から出ていったのを見届けて、柊は思わずため息を漏らす。今とっさにごまかしたものの、葵は既に自分がうなされていることに気づいているだろうとある程度の確信を抱いている。この夢を見るのは1度や2度じゃないからだ。

 

 あの日、大規模侵攻で生き延びた柊は、さっきみたいな悪夢を見るようになった。

 

 当時12歳の少年だった彼は必死に逃げて、必死に逃げて、生き延びた。しかし彼は逃げる途中に助けを求める人を見ても助けられなかった。そんな余裕は一切なかったからだ。

 

 見捨ててしまった。

 彼らの目が忘れられない。

 絶望に染まった目が。

 血だらけの赤に浮かぶ目が。

 

 それが、彼の心を縛りつける。それはお前の罪だと、まるでこの夢が忘れるなと言っているようだった。

 

「はぁ、シャワー浴びよ」

 

 夢のせいで目が覚めてしまい、眠気も完全に吹っ飛んでしまったので、風邪をひきたくない柊はとりあえずシャワーを浴びようと立ち上がった。

 

 

 

***

 

 

 

「おはよう、お兄ちゃん」

 

「おはよう、朝ごはんできたぞ。食べよう」

 

「うん」

 

 目覚まし時計のアラームに起こされた葵を出迎えたのは、朝ごはんを用意していた柊だった。

 

 朝に弱い葵はまだ若干寝ぼけており、目を手でこすりながらあくびをするという、意図的であれば超絶あざといポーズをとるが、今そこに彼女の意図は一切ない。したがって純度100%の可愛さを振りまいている。兄妹贔屓を無しにしても可愛いと柊は認めており、変な虫がつかないかむしろ心配になるほどの破壊力を持っている。

 

 顔を洗って席に着いた葵の前に置かれたのはシンプルにトーストとスクランブルエッグ。トーストの香ばしい色と香りとスクランブルエッグのふっくら感が彼女の五感に作用し、まどろみの中にいた彼女の目を一瞬で覚ました。

 

「「いただきます」」

 

 2人暮らしをしている柊と葵は、家事を当番制にして分担している。今日の朝食の担当は柊だ。

 

「うん!今日も美味しいよお兄ちゃん!」

 

「ん、ありがとう」

 

 美味しそうに食べる葵を見て、柊も嬉しい気持ちになる。それは表情にこそ出ないものの、兄妹の葵は兄の少しの変化を感じ取り、さらに嬉しく思う。

 

 朝から話は大いに弾んだ。と言っても葵が昨日学校であったことなどを兄に話すだけなのだが、これはいつもの光景で2人とも楽しみにしている時間である。

 

「今日私桜子ちゃんと勉強会開く約束してるんだけどお兄ちゃんは今日どうする?」

 

「今日は昼から防衛任務なんだ。夕飯までには戻ってくるよ」

 

 それを聞いた途端、葵は胸を締め付けられるような感覚に陥る。

 

 大規模侵攻で両親を亡くした兄弟はアパートを借りて2人で援助を受けながら暮らしてきた。けれど援助に頼り切るのは柊には容認できなかった。しかし葵には、不自由なく生活してほしい。そこで柊が目をつけたのはボーダーだった。中学生でも稼げるため、すぐに申し込んだ。それから柊はほぼ毎日、ネイバーと戦い続けている。

 

 戦いに赴く兄を妹は見送るしかなかった。柊は両親を亡くしてからそれまで以上に葵を気にかけるようになった。ボーダーに入ってから兄は悪夢にうなされるようになり、戦い続ける兄は苦しんでいる。

 

 けれど葵は兄にもらったものを返してやることができない。何も返してやれない。だから笑顔を失くし、戦い続ける兄の疲れを癒せるように、笑顔を取り戻せるように自分は笑い続けると、兄の帰る場所になると決めた。

 

「わかった!今日の夜ご飯もお兄ちゃんの担当だからね!お兄ちゃんのご飯美味しいからいつも楽しみにしてるんだから早く帰ってきてよね!」

 

「いや、料理に関しては葵の方が上手いぞ?」

 

「私はお兄ちゃんのご飯がいいの!」

 

「……わかった、なるべく早く帰るよ」

 

 食べ終わった2人は朝ごはんの食器を片付けて出かける用意をする。

 

「いってらっしゃいお兄ちゃん!」

 

「いってきます」

 

 開けた扉の先に見えたのはネイバーと戦い続ける境界防衛機関≪ボーダー≫だった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 防衛任務のためにボーダー本部を訪れた柊だが、任務までまだかなり時間があった。今から向かうのは早すぎる。そんな時間に本部に来ていたのはランク戦をするためだった。建物に入った柊は最短距離でランク戦ブースへと足を運ぶ。

 

「あれ、柊じゃん。どこ行くのよ」

 

 ブースに向かっていた柊に声をかけたのはA級隊員の米屋陽介。刀の孤月を槍に改造してトリオンの消費を抑えることで、トリオン量の少なさをカバーしたという過去を持っている。

 

「ランク戦しようかと」

 

「お、俺もちょうどランク戦やろーと思ってたんだよ。ひと勝負やろうぜ」

 

「わかりました。なら思いっきりできますね」

 

「簡単にはやらせねぇよ」

 

 2人が戦うのはよくあることである。強いやつと戦うのが好きな米屋は柊を見つけるやいなやすぐにランク戦を申し込む。柊もまた米屋という実力者と戦えるのを好機とみて、それを引き受ける。誘うのは決まって米屋だ。

 

「今日も勝ち越すぜ」

 

「させません」

 

 2人の戦績はほぼ五分と五分。若干柊が勝ち越しているかというところだが、前回の勝負は7-3で米屋が勝ち、その前は6-4で柊が取っている。実力が近いため、その日のコンディションなどで勝敗はどちらにも簡単に傾く。

 

 米屋は柊と別れてブースに入り端末を操作する。いくつかある武器の名前とポイントの名前の羅列中から9740の孤月を選択、ランク戦を申請する。もちろん柊である。相手からの了承を確認すると米屋は仮想空間に転送された。

 

 

 

***

 

 

 

 黒髪の少年ーー三輪秀次はランク戦するからー、と言って先に本部に向かった米屋を探しにブースに足を運んでいた。ブースに着くと、なにやら騒がしかった。その大半は訓練生のC級隊員だが、大型モニターを見て盛り上がっている。誰が戦っているのかと興味が湧いた三輪はモニターを見て、そこに探し人が映っているのに気がついた。

 

 モニターには米屋と柊がそれぞれ槍と刀を手に激しい戦いを繰り広げているのが、大きく映っていた。お互いアタッカーで近距離戦闘の専門ということもあってとてもスピーディーでハイレベルな戦いだ。

 

 米屋が首を槍で突くと、柊はシールドをはって防ぐ。攻守が入れ替わり柊が孤月を振り下ろす。米屋はそれを一歩引くことで回避し、また槍を突くが、今度は孤月で弾かれる。お互い一歩も引かない息つく暇もないような攻防だ。

 

 そこまで見て、三輪は一度モニターから視線を外し、柊について考える。柊は孤月の使い手で入隊からわずか1年でアタッカーランク4位まで登りつめているほどの実力者だ。しかし、彼は自分たちより1つ年下なのである。

 

 彼が多くの時間をランク戦に割いているのは三輪を含めボーダー内でほとんど知られていることだ。無表情で一心不乱にポイントを貯める彼の姿に、隊員たちの間では様々な噂が飛び交っている。その力への異常な執着はネイバーへの憎しみがあるから。ネイバーに復讐心を秘めているから。他にもあるが大多数こう考えている。その噂の真偽はさておき、三輪個人はその噂は真実ではないと考えていた。

 

 力への執着はある。けどそれが恨みや復讐心によるものではないと、三輪にはっきりわかっていた。姉をネイバーに殺され復讐を誓った三輪だからこそ、柊の目に宿る色は復讐のそれとは全く違うのがよくわかる。

 

 だからこそ、何故復讐以外の理由でそこまで身を削るのかが三輪は気になっていた。彼を見つけると凝視してしまうほどには。

 

 

 

 

***

 

 

 

 斬って斬られてを繰り返して、いつしか2人の戦いは10本目に入っていた。

 

 そしてその終盤。米屋と柊の戦いは佳境に差し掛かった。お互い致命傷こそ受けていないが、傷からトリオンが少しずつ漏れ出している。両者ともにもう長期戦は不可能なほど消耗してきていた。鍔迫り合いから両者跳びのき、距離を取る。もう後がない。お互いに次の攻撃で決めるため、切れかかっていた集中力を再び最大まで上げる。

 

 合図こそなかったものの、2人は示し合わせたかのように同時に駆け出し、距離を詰める。先手はやはりリーチの長い槍を持つ米屋だ。目線は柊の首。

 

 しかし槍の角度が低いことを見抜いた柊は首ではなくトリオン器官が狙いだと判断し、シールドで防御を試みる。

 

「と、思うじゃん?」

 

 それを読んでいた米屋は槍を跳ね上げ、首を狙う。ただ避けるだけでは孤月のオプショントリガー幻踊によって刃を曲げられ首を搔き切られてしまうため、この場合の回避は敗北だ。シールドは既にはってしまっている。今更再展開は間に合わない。

 

 ならばと柊は槍と自分の首の間に左腕を置き、槍をそらせる。肘から先が斬り裂かれるが、致命傷は避けた。斬られた左腕に構うことなく右手に持つ孤月を構え、斬りかかる。下がって避けようとする米屋の動きを読んで、セットしてある孤月のもう1つのオプショントリガー、旋空を起動する。トリオンを消費してブレードを伸ばし、米屋を狙う。

 

 襲いかかる柊の旋空を、米屋はフルガードでしか防御できない。しかし今は槍を展開しているためそれは無理。避けようにも水平に振るわれる旋空をバックステップで避けることもできない。とっさにジャンプで回避するが、それこそが柊の狙い。

 

 左に振り切った孤月を逆手に持ち替え、切っ先を米屋に向ける。そして再び旋空を起動。高速で刺突を放つ槍となって米屋を襲う。

 

 狙いに気づいた米屋だったが、手に持つ槍で防ぐことができずトリオン器官を撃ち抜かれ、柊の勝ちで10本目を終えた。

 

近野

○×××○○○×○○

米屋

×○○○×××○××

 

 6-4で柊が勝ち、2人の10本勝負は幕を閉じた。

 

 

 

***

 

 

 

「ちくしょー。負けたー!」

 

 ランク戦を終えた米屋と柊はロビーに戻ってきていた。負けたものの米屋の顔には笑みが浮かんでいた。米屋は強者との戦闘を好むため、戦った時点で彼はほぼ満足していたのである。加えて言うなら、1度負けたくらいで凹むほど、彼のメンタルは弱くはないということだ。

 

「陽介、行くぞ」

 

「お、了解ー」

 

 出てきた米屋に待っていた三輪は声をかける。その時三輪が柊に視線をやり、柊が小さく会釈で返す。不思議な構図だが、柊に興味を持つ三輪との間で交わされるこれはいつもの流れだ。

 

「またやろうぜ。次は負けねえぞ!」

 

「いえ、次も俺が勝ちます」

 

「させねえよ」

 

 じゃーなー!

 そう言って手を振る米屋とスタスタと歩いて帰る三輪。2人が見えなくなってから柊は小さく息を吐いた。米屋とのランク戦は熾烈を極める。

 

 米屋にはないが、柊は孤月以外にも中距離戦用のトリガーをセットしてある。しかし彼はここしばらくそれらを使わずに米屋と戦っている。それはただ柊が、近接武器のみで米屋をストレートに倒したいと思っているからである。

 

 開始の合図と同時に距離を詰めて、お互いに一歩も引かずに武器を振るい、躱し、攻めて、防ぐ。そんな戦闘に気をぬく暇など一切ない。ベイルアウトしてから復帰するまでの時間のみで呼吸を整えなければならないのだ。ゆえに疲労度は通常のランク戦の比ではない。

 

 しかし柊も米屋もそんな理由でランク戦を避けたりしない。顔を合わせたらランク戦。2人はお互いがお互いを利用して強くなろうとしているからだ。

 

 米屋と戦ったことにより予定より疲労がたまってしまったが、うまく時間を潰せたこともあって、もう少ししたら防衛任務が始まるくらいになっていた。解散した時間から考えても、おそらく今さっき別れた米屋も同じだろう。これで米屋がケロッとしていて、自分だけヘトヘトだったりしたら滅茶苦茶バカにされるに決まっている。

 

 一度気を引き締める必要がありそうだ。そう判断した柊は自販機でアイスコーヒーを買って喉を潤す。コーヒーの苦味と冷たさが染み渡り、疲労で少しぼーっとしていた頭をリセットさせる。

 

 コーヒーを飲み干した柊は空き缶をゴミ箱に捨て、防衛任務の持ち場へ移動する。

 

 

 -今日も1体たりとも逃しはしない。

 

 

 ガラスに映る少年の瞳は、ひどく濁って見えた。

 

 

 


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