生き残った彼は   作:かさささ

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第3話

 

「で、俺が緑川駿。よろしくね」

 

 その少年は緑川駿と名乗った。まだまだ小柄な少年だ。

 

「ああ、俺は米屋陽介。こいつが近野柊な」

 

「俺は出水公平。よろしくねって、もう少し敬えよ。俺ら先輩だぞ」

 

「じゃあよねやん先輩にいずみん先輩にこんのん先輩だね」

 

「なんでだよ」

 

 緑川は天狗になっているようだった。中学生ならチヤホヤされて、周りに自慢したくなるのはあり得る話だが、柊にとっては少し鬱陶しかった。疲れの原因を理解してしまってから、柊は余計に疲れを感じているのだ。速攻で帰して欲しかった。

 

「それで俺早くB級に上がりたいんだけど、どうすればいいの?」

 

「ランク戦やってポイント貯めれば合同訓練するより早く上がれるぜ」

 

「へぇ、それだけでいいんだ。ならさっそくやろうよ先輩!」

 

「C級はB級とポイントのやりとりはできねえよ。上がってから出直してこいクソガキ」

 

 自信過剰な緑川に、米屋と出水も少し疲れてきた。だんだんと返しが雑になっていく。

 

「ふうん。ありがと!」

 

 ランク戦ブースに向かおうとした緑川はあ、そうだと言って3人に振り返る。

 

「迅さんって人知ってる?」

 

「迅さん?迅悠一のことか?」

 

「そうそれそれ!その人どこに行けば会える!?」

 

 迅の話題を持ち出してから緑川は一段と勢いを増した。目も少しキラキラしている。その熱に押されて3人は思わず1歩下がってしまった。

 

「いや、本部所属じゃないのは知ってるけどどことは知らないな。陽介は?」

 

「俺が知ってると思うか?」

 

「だよなぁ、柊は?」

 

「……いや、俺も知りません」

 

 3人の知らないという返事に緑川は特に落胆することもなかった。もともと簡単に見つかるとは思っていないのか、それとも単に期待していないだけなのか、それは本人のみ知ることである。

 

「なぁんだ。わかった!ありがとねー」

 

 聞くことを聞けた緑川は回れ右をして去っていった。

 

「なんだったんだ、アイツ」

 

「さあ」

 

 

 

***

 

 

 

 米屋、出水と別れた柊は家の近くのスーパーに来ていた。葵に今日の晩御飯を任されたため、並ぶ食材を見つつ献立を立てる。

 

 

 今日は魚より肉の方が良いの揃ってるな、牛か豚か……豚肉だな、生姜焼きにしよう。あとは付け合わせの野菜と……スープもいるか。あと他には……、ん?卵が安い……買っとこ

 

 

 何を作るかを決めた柊は早速行動に移す。慣れた手つきで食材を選び、より良いものを見極め、カゴに入れる。柊が献立を決めてからものの数分でレジまでやってきて会計を済ませ、彼は店を出ようとした。

 

「あれ、もしかして近野くんかな?」

 

 スーパーを出ようとして、呼び止められた。柊の振り返った先にいたのは茶髪の髪を肩のあたりで切りそろえた女性。柊は知り合いにいたかと考えるもすぐにそれを切り捨てる。そもそもボーダーにはまともに知り合いがいないのだ彼には。

 

 となると、いよいよ柊は目の前の人が誰かわからなくなった。

 

「私、嵐山隊の綾辻遥です。ボーダーの近野くん、だよね」

 

 A級の嵐山隊。ボーダーの人なら自分のことを知っていてもおかしくないか、と柊は呼び止められた理由に納得する。しかし何故関わりのないA級の人が、わざわざ話しかけてきたのかと、次の疑問が湧いた。

 

「はい。その近野であってます」

 

「良かったあ、違う人じゃなくて。私よくここのスーパー利用してるんだけど、近野くんのこと初めて見かけたから声をかけたの。ここにはよく来るの?」

 

「……ええ、まあ。家から近いですし」

 

「そうなんだ。じゃあご近所さんなのかもね」

 

「……かもしれませんね」

 

 綾辻の問いかけに答える。柊は一瞬会話が途切れたのを感じ、本題を切り出した。

 

「あの、どうして俺に話しかけてきたんですか?」

 

「さっきも言ったけど初めて見かけたからだよ。こんなところで知ってる人に会うなんて思わなかったんだもん」

 

「じゃあ、なんで俺のこと知ってるんですか?」

 

「アタッカーランク4位だよ?知らない人の方が少ないと思う。それに嵐山さんも君のこと注目してるんだよ?その年ですごいなって」

 

 嵐山が注目しているのは事実。まだ15歳の柊が僅か1年でアタッカーランク4位まで上り詰めるというのは、それほどまでに凄い。上位陣の中には、嵐山以外にも彼に注目している人がいるのだが、彼はまだそのことを知らない。

 

「俺なんてまだまだです。勝ち越せない人は大勢いますし」

 

「そう?でも私たちの任務は市民を守ることだよ?私は十分すごいと思うけど」

 

「強くなければ守れません。もっと強くならないと」

 

 柊は、誰かを助けられるようになりたかった。襲いかかるトリオン兵から誰かを救うためには、力が必要で。だから彼は多くの時間をつぎ込んで、ひたすらに自身を高めた。そこにはあったのはネイバーへの憎悪などではなく、過去の後悔と純粋な守りたいという気持ち。

 

「頑張ってるんだね、近野くんは」

 

 そう言って綾辻はよいしょっ、と両手に下げたレジ袋を持ち直した。そこには大量の食材と、あとグミ。パンパンに膨らんだ見るからに重そうなレジ袋に柊は驚いた。綾辻はそれに気づいた。

 

「ああこれ?お母さんに夕飯の買い物頼まれたんだけど、美味しそうなの見つけてつい買いすぎちゃった」

 

 買いすぎちゃった、では済まされない量入っているのでは、とか何を買ったんだ、とかいろいろ思ったが、柊は特に言及しなかった。かなり重いのだろうか。綾辻の持つ手が赤くなっていたのに気づいた柊は綾辻に話しかけた。

 

「家、どっち方面ですか?」

 

「え?」

 

「持ちます。荷物」

 

 

 

***

 

 

 

「ごめんね、持ってもらっちゃって」

 

「いえ、自分から言いだしましたから」

 

 自分の分と綾辻のレジ袋を両手に持ち、柊は綾辻と並んで歩く。柊が睨んだ通り綾辻の袋はなかなかに重く、家が反対方向でなかったのが救いだと思うほどだった。

 

 綾辻の荷物を持つと言った時、柊は自分でも何故そんなことを言ったのかわからなかった。もちろん綾辻は断った。しかしそれが無意識のものでも、一度言ってしまった手前柊はやらせてくれと頼み、せっかくの厚意を無下にもできなかった綾辻は頷いた。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 

 会話はなかった。2人の間に沈黙が生まれ、それが綾辻には少し痛く感じた。その痛みから逃れるために、綾辻は柊に話しかけた。

 

「買い物に来てたのはおつかい?」

 

「いえ、晩飯を作るためです」

 

「料理できるんだ。凄いね!」

 

「そんなことないです。簡単なものしか作れませんし」

 

「それでも、だよ」

 

 綾辻は柊が料理ができると知って驚いた。普段見かける様子から、料理ができるだなんて考えたこともなかったからだ。綾辻は次の話題を振る。

 

「近野くんはソロだよね。どこかのチームには入らないの?」

 

「はい。このままソロでやるつもりです」

 

「どうして?チームを組めば助け合ったりできるからずいぶん楽になると思うよ?近野くんならA級になれる可能性だってあるし、そうしたら固定給だって出るもん。悪い話じゃないと思うけど」

 

「確かに、お金の話は魅力的です。けど、それでも

俺はソロでやります。俺1人でやらなきゃいけないんです」

 

 柊が「1人」にこだわるのは、大規模侵攻が原因だった。当時の彼は誰も救えなかった。だからその分、誰かを救いたい。入隊のきっかけは金儲けだったが、次第に柊は戦う理由をそちらに変えていった。

 

 柊は天才ではない。だから必死に努力した。誰かを守って救う、その強さが欲しかった。けれどその度に今朝の夢が彼の邪魔をする。どこまでいってもお前は近野柊なのだと。何もできなかった近野柊(弱い自分)のままなのだと否定してくる。

 

 周りと関わろうとしないのもそれが原因だった。柊はずっと怖かった。誰も救えない自分が、誰かと関わりを持って親しくなって、もし、その人を救えなかったら。一度考えてしまったら、それはもう止まらなかった。

 

 だから彼は、ずっと独りだった。

 

「ふふっ」

 

 ふと、綾辻が笑った。

 

「ごめんね、近野くんのことを笑ったんじゃないんだよ?今まで君のことほとんど知らなかったから、話しててこんな人だったんだっていう新しい発見があって、なんだか楽しいなぁって」

 

「楽しい、ですか?」

 

「うん、楽しい。近野くんは?楽しくない?」

 

 そう言われて、柊は考える。強くなることを決意してから、彼は楽しいという感情を忘れてしまった。ただひたすらに鍛える毎日。他のことを考える余裕は彼には無かった。しかし今日、柊は綾辻と会ってから、苛立ちとも違う気持ちの高ぶりを感じていた。不快感など一切ない、とても心地の良いもの。

 

「よく、分かりません」

 

 しかしそれが楽しいなのか、柊には判断できなかった。楽しいと判断するには柊はその感情から離れすぎていた。

 

 けれど柊は今、綾辻の荷物持ちを申し出たのはこれが原因だったのかもと思った。綾辻との話を無意識に楽しんでいたのかもしれない。おそらく、米屋と出水といるときもそうだろう。テンション高い時の2人は決まってめんどくさいが、柊は不快に感じたことは一度もなかった。

 

 

 

 ああ、俺はいつのまにかーー

 

 

「けど、楽しんでると思います」

 

 

 ーー今の居場所を気に入っていたのかもしれない。

 

 

 

 近野柊が独りだと思っていたのは、近野柊(自分自身)だけだった。

 

 何かと絡む米屋と出水、今並んで歩いている綾辻。柊と一緒にいてくれた人は皆いい人ばかりだ。柊は知らず識らずのうちに、充実したあたたかい日々を過ごしていた。本人がどれだけ独りになりたくても、周りはそうさせなかった。

 

「そっか、良かった!」

 

 そこからまた、2人の間に会話は無くなった。けれどその沈黙は綾辻に、全く痛みを感じさせなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「ここで大丈夫。あとはここを曲がったらすぐだから。近野くん、今日はありがとう」

 

「どういたしまして、です」

 

 家のすぐ近くまで来たので綾辻はお礼を言い、柊からレジ袋を受け取る。

 

「近野くんがこんなにいい人だったなんて知らなかったなぁ。ねえ、みんなに言ってもいい?」

 

「いやですよ。ていうか、誰も得しないでしょう」

 

「いや、それを聞いたみんなが近野くんに荷物持ちをお願いするかも

 

「絶対やめてください」

 

 速攻で断る。なんだって女子の買い物に付き合わされにゃならんのだ。成り行きならまだ許せるが、自発的になんてしたくない。今の柊の頭の中は文句でいっぱいである。

 

「わかった、みんなには言わないよ。じゃあまたね、近野くん」

 

「はい、それでは」

 

 そう言って2人は別れた。

 

 

 柊は今、自分が充実した日々を送っていたことを、米屋たちに絡まれて心地よさを感じていたことをようやく自覚した。

 

 

 

 失ってしまうなら、最初から欲しくなんかなかった。けれど、それを一度も望まなかったと言ったら嘘になる。一度手にしたこの温もりを、手放そうとも思えない。独りに戻る勇気も無い。なら、少しくらいなら。両手ですくえる分だけなら……

 

 

 

 柊は迷う。悩む。自分はどうしたいのか。どうしたらいいのか。どうすれば正解なのか、と。

 

 そこまで考えて、柊は一度考えるのをやめた。これ以上遅くなるのはまずい。葵に怒られる。とりあえず帰ろうと柊は妹が待つ家へ足を進める。これ以上は妹に何言われるかわかったもんじゃないからだ。

 

 

 街灯が、家路を急ぐ柊を明るく照らしていた。

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局葵は帰りが遅かった柊を軽く怒ったりしたが、柊の作った夕食を食べてすっかりご機嫌を直した。

 

 

 

 

 

 




本編補足

・緑川駿
緑川の中学生感を出したかったんです。彼も年頃の男の子なので、周りに自慢したりとかしそうだなぁって思いました。こんな緑川嫌だ、っていう人ごめんなさい。あとでちゃんと更生します。


暗めの話が続いていますが、あと1話2話で一区切りしてほのぼのした話に続く予定です。もう少しだけお待ちください。


※この話は原作1年前なので原作の16歳組はこの時点で15歳になります。この時15歳のとりまるがバイトしているとヤバイことになるのでとりまるの描写は全てカットしました。すみません。




最後に、誤字報告、並びにお気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。

これからも皆さんに楽しんで頂けるよう頑張っていきたいと思います。
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