生き残った彼は   作:かさささ

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第4話

 

 

 

 

 

 今日も、柊は防衛任務を入れていた。休みの日というのもあって、まだまだぐっすり寝ていた葵(9:00時点)。起きる気配など皆無である。柊は葵に朝ごはんの作り置きをして、家を出た。今回はランク戦を挟む時間もないため、直接持ち場へ向かう。

 

 

 

 最初に防衛場所に着いたのは柊だった。辺りを見渡しても、まだ合同で任務に当たる人たちは到着していない。時間を確認すると、まだ任務開始15分前だった。合流する人が遅刻しているわけではないとわかると柊は民家の屋根に座り、街を眺めて時間を潰す。

 

 周りの街は荒れ果てていた。家の壁が剥がれ、塀が崩れて草は好き放題に生えている。ここは警戒区域の中、かつての大規模侵攻で被害を受けたところの一部。

 

 壊滅的な打撃を受けた三門市を、トリガー使い達ーー旧ボーダーと呼ばれる人たちがトリオン兵を殲滅し、そこに現在のボーダー本部を立ち上げた。ボーダーはその技術を駆使し、近界(ネイバーフッド)から開かれるゲートを本部に引き寄せることで防衛しやすくした。その戦場となったのが、被害を受けて放棄された街の一部だった。結果三門市は再建したが、戦場となった警戒区域内だけは当時の傷跡をそのままに残している。今柊がいるのは、その中でも被害の大きいところだ。

 

 眼下に広がる荒れ果てた街を見ていると、柊はどこか親近感を感じた。

 

 柊は先日の綾辻との会話で人の温もりに触れた。そうしたら、独りが辛くなり始めた。とっくに決別したと思っていたその暖かさが、独りの冷たさをより際立たせた。もしこの街が、自身の心の内を表しているのなら、そうだとしたらーー

 

 

 

 ーーなんて寂しくて、虚しいのだろうか。

 

 

 

「ごめんなさい、遅くなって」

 

 深く沈んだ柊の思考を引き上げたのは、今日の防衛任務でお世話になる那須隊の隊長、那須玲だった。その後ろには熊谷も控えている。

 

 基本的に正隊員はチームを組んでいる。そのチームで防衛任務に就いたり、B級ランク戦に挑んだりするのだ。

 

 しかし柊はソロだ。その理由の1つとしては、彼を勧誘したチームが少ないというのが挙げられる。彼のトリガーポイントからも戦力としては一線級の強さであることは間違いない。ポイントを聞いたチームが彼を勧誘したが、彼は即答で断った。取りつく島もない彼を見て、勧誘を諦めたチームは多かった。

 

 よって複数人で当たらなければならない防衛任務で現在ソロの彼は、どこかのチームに混ぜてもらわなければならなかった。

 

「いえ、こちらが先に来ていただけですので。それに時間ぴったりでぜんぜん遅れてませんよ」

 

「待たせちゃったかなって思って。ふふ、優しいのね」

 

「そんなことないです」

 

 そう言って柊は顔を背ける。他人との関わりが少ない柊は褒められ慣れてない。さらに追い討ちをかけるのが、本部に2つしかないガールズチームの隊長の那須だ。那須のその目はどんな秘密も暴かれているような、胸の内を覗かれているかのような透明感があった。もちろんそう感じるだけで実際はそんなことないのかもしれないが、そう感じさせる那須の纏う雰囲気が柊は苦手だった。

 

「さて、それじゃあ「那須さん」」

 

「いつも通り俺1人で構いません。オペレーターさんの支援もいりません。それでは」

 

 彼がソロである理由の2つ目がチームプレイをしない、である。

 

 防衛任務ではシフトの関係から即興のチームを作ることは少なくない。例え同じチームでなくても、その中で隊員たちは簡易的でありながらも連携をとり、万全を期して任務に当たっている。

 

 しかし、「自分1人で」戦うことに必要性を感じている柊は誰とも連携しない。一方的に、支援は必要ないと言って独りで行動する。交わす言葉も一言二言の事務的な連絡だけで、コミュニケーションを取ろうとしない柊を見て、勧誘しようと思った人はほとんどいなかった。

 

 しかし実際は防衛任務の際でのみコミニュケーションを取らないだけで、廊下ですれ違うとき挨拶を返すくらいはしてくれるのだが、彼への印象から防衛任務以外で関わろうとしない人たちはそれを知らない。

 

 ゆえに柊はボーダー内で孤立している。アタッカー4位の彼の孤立を上層部は問題視しているが、未だ具体的な策も出せておらず、彼も一切気にしていないために柊のソロ問題は解決していないのだ。

 

「小夜ちゃん。今回も、近野くんにもゲートの反応は教えてあげてね」

 

『っ………はい』

 

 那須はオペレーターの志岐小夜子に柊の支援をするように指示する。異性恐怖症の志岐は隊長の指示に脊髄反射で反対しかけるが、一方的な連絡だけならばとギリギリ思いとどまる。異性である柊に通信を繋げればならないことにはものすごく抵抗があるが、前回一緒になった時の任務で感じた違和感の正体を知れるかもしれないと、無理やりプラスに考えて指示を引き受けた。

 

「ねえ玲」

 

「どうしたの?くまちゃん」

 

「どうしてあいつのこと気にかけるの?」

 

『そうですよ!こっちが話しかけても素っ気ない感じでぜんぜん相手にしてくれないのに!』

 

 那須隊アタッカーの熊谷友子とスナイパーの日浦茜はまともにコミニュケーションをしてくれない柊をあまり心良く思っていなかった。なぜ要らないと言った支援を志岐に頼むほど、彼のことを気にかけるのか。それはオペレーターの志岐も同じで、3人は隊長の心境が知りたかった。

 

「私にもよくわからないわ」

 

「『『え?』』」

 

「けど、どこかほっとけないの」

 

 その言葉通り、那須は柊を気にかける明確な理由を持っていなかった。しかし彼女は彼の目が引っかかっていた。彼の瞳の奥に見える諦めと恐怖の色。まるで、ボーダーに出会う前の、元気に走り回ることを諦めて、突然の体調の悪化に怯えていた自分のようで。それが何に対してなのか那須は気になった。弱みを握ろうというわけではない。那須はボーダーに救われた。なら彼は、誰に救われるのだろうか。できるなら、力になりたいと思った。

 

「ねえくまちゃん、茜ちゃん、小夜ちゃん。ちょっといいかな?」

 

 思えば自分たちは彼について何も知らない。広まっている噂だけでは、彼の人となりを判断することはできないだろう。まずはそこからだ。そう思って那須は3人にある提案を持ちかけた。

 

 

 

***

 

 

 

 そんな頃、柊は1人で警戒区域を巡回していた。1人で戦えば、きっと独りでも誰かを救う力を手に入れられると、そう思って始めた1人行動。確かに柊は強くなった。それはポイントが証明している。しかし彼の心が満たされることはなかった。もうこれ以上、独りでは進めなかった。

 

『げ、ゲート発生。誤差3.73。』

 

 志岐の通信が柊に戦闘を促す。いつも要らないと言っているのに……。あんな態度を取った自分も支援してくれるのか。毎度のことながら、柊は感謝しかなかった。

 

「了解……!」

 

 返事をして、孤月を握る。揺らいだ心を引き締め直す。ゲートから出てきたトリオン兵は4体。モールモッドが2体、バムスターとバンダーが1体だ。

 

(1体たりとも通すと思うなよ……!)

 

 トリオン兵に向かって、柊は駆け出した。

 

 

 

***

 

 

 

 志岐はずっと疑問だった。支援は要らないと言った彼は、しかしこちらの支援・指示は受け入れてくれる。律儀に返事までしてくる始末。オペレーターの間でも彼の真意を巡って議論したことがあるとオペ仲間から聞いたことがある。近野柊という人物を、志岐は測りかねていた。

 

 一体彼の本質は何処にあるのだろう。その答えを見つけるため、志岐はモニターを食い入るように見つめた。

 

 

 

***

 

 

 

 柊の接近に気づいてトリオン兵も臨戦態勢に入る。

 

 柊はまず突っ込んできたモールモッドを狙う。刃を振るってくるモールモッドを飛び越えて躱し、その際手に持つ孤月で足を2本切り落とす。モールモッドの戦闘能力は少し厄介だが、機動力を奪われた今は一旦スルーしていい。そのまま着地し、奥で構えるバンダーに向かって加速する。

 

 バンダーが砲撃を放つが、見切った柊はスピードを落とすことなく躱し、接近する。バンダーの砲撃はタイミングを読みやすい上に本体がトロいので、倒すのに時間はかからない。柊は一気に近づいて弱点である目を孤月で一刀両断する。沈黙を確認するやいなや、振り向きざまにモールモッドに向けて孤月を振るう。

 

「旋空孤月!」

 

 旋空によって伸びた刃は、足を引きずりながらも向かってくるモールモッドの目を切り裂いた。大きく斬り込まれたモールモッドは倒れる。

 

 一瞬で2体倒した柊を、もう1体のモールモッドとバムスターが左右から挟む。バムスターにハウンドを放ち、背後から迫るモールモッドの刃をシールドで受け止めて弾く。体勢を崩したモールモッドを旋空の突きで仕留め、ハウンドで削られたバムスターをアステロイドでとどめを刺す。これで4体全て討伐完了である。

 

「討伐完了しました。モールモッド2、バンダー1、バムスター1です」

 

『……は、はい、回収班を向かわせます。引き続き、警戒……お、お願いします』

 

「了解です」

 

 そのまま気をぬくことなく、柊は警戒を続けた。

 

 

***

 

 

 

「うん。時間になったし、これで終わりね。助かったわ近野くん。ありがとう」

 

「いえ、自分は勝手に斬ってただけですから」

 

 あの後からは戦闘も起こらず、任務終了の時間になった。引き継ぎも済ませたので、これで柊と那須隊の防衛任務は終了である。

 

「今日は混ぜてもらってありがとうございました。失礼します」

 

 そう言って柊は踵を返す。防衛任務を終えたら報告書を書かなければならない。なので単独参加であっても、混ぜてもらったチームと一緒に書き上げるのが多い。しかし柊は一度も共に報告書を書いたことがない。それどころか、どこかの作戦室に入ったことすらないのだ。

 

 那須隊と別れた柊は報告書を書き上げるためラウンジに向かう。飲み物を買い、一番端の目立たない席に座る。報告書を書くときの定位置だ。ペンを取り報告書作成に取り掛かる。普段ならすぐ終わるのだがーー

 

 

 

 ーー今回は違った。

 

「お邪魔するわね」

 

 隣のテーブルを寄せて那須隊の3人が座りにきた。那須は友達を相手にするように自然に隣に、熊谷と日浦は少し警戒しながら向かいにそれぞれ席に座る。

 

 突然の事態に柊は思考が止まり、固まってしまう。それを気にすることなく3人は報告書作成に取り掛かった。

 

「いや、あの、ちょっと待ってください。どうしてここにいるんですか?」

 

 普段から周りと関わりを持とうとしなかった柊は、意図的に自分から誰かに話しかけることはほとんどない。つまり、自分から話しかけてしまうほど柊は動揺していた。

 

「どうしてって、近野くんと一緒に報告書書こうと思って。いつも私たちの作戦室来てくれないじゃない?だから私たちが近野くんのところに行こうってなったのよ」

 

「それで、なんで俺のところでやろうってなったんですか?」

 

「今言ったとおりよ。近野くんと一緒に書こうと思ったって。それだけだわ」

 

「えっと、その、はい。そちらがそれで良いなら、どうぞ」

 

 笑みを浮かべる那須に柊は何も言えなくなった。追い返す理由もここにいて欲しくない理由も彼は持っていない。ゆえに共にいることを了承するしかなかった。

 

「いつもここで作業してるの?」

 

「まあ。ここなら一番端で観葉植物に隠れるので周りから見えにくいですし、作業に集中できますから」

 

「そのカップの中身は?」

 

「えっと、コーヒーです」

 

「毎回飲んでるの?」

 

「そう、ですね」

 

 報告書を書き進めたい柊だったが、那須からの会話が途切れることはなかった。そして、そのやりとりが10回を超えたくらいで、彼は切り出した。

 

「あの、報告書は書かないんですか?」

 

「書いてるわ」

 

「じゃあなんでこんなに話しかけるんですか?俺たちそんなに接点ないですよね」

 

 那須隊が席に着いてから感じた疑念が、会話をするたび大きくなっていく。柊は那須からこれほどまでに話を持ちかけられるほど関わったことがない。強いて言っても、せいぜい防衛任務の事務連絡くらいなものだ。

 

「確かに私たちに接点なんてほとんどないわ」

 

「ですよね。じゃあ

 

「だからこそ、貴方を知りたくなったのよ。私たちが君について知ってることといえば、あまり喋らないこととアタッカー4位くらいよ。けどそれが貴方の全てじゃないでしょ?」

 

 那須の胸の内を聞いて、柊はまた停止した。ボーダーに入ってから自分のことを知りたいなどと言われたのは初めてだったからだ。

 

 那須の視線は柊を離れ、向かいに座る熊谷を見る。熊谷はその意味を汲み取り言葉をつなげた。

 

「私さ、あんたがどんな人間かわからなかったから最初警戒してた。噂で流れてるあんたの人となりはそんなに良いものじゃなかったし、普段の見ても良いやつって思わなかった。でも、今の玲とのやりとりでちょっと見直したわ」

 

「わ、私もです!私も、あんまり喋らないし表情変わんないしで怖かったんですけど今の見てたらそんなことないんじゃないかって思いました!」

 

 2人にそこまで話してもらって那須は通話中になっている携帯を取り出した。

 

「私たちのオペレーターの小夜ちゃん」

 

『は、初め……まして、近野……さんが、いつも指示を聞いてくれる……理由が、わかった気がしました。とても……助かっています』

 

「ね?今の会話だけで私たちの知らない貴方をいっぱい知れたのよ。これからも、貴方とおしゃべりしたいわ。だから近野くん、私たちと友達になってくれませんか?」

 

 柊はボーダーに入ってから、周りと関わろうとしなかった。独りでも戦えるんだと無理矢理自分を納得させて、「自分1人」で戦うことに意味があると思って戦い続けてきた。だからこんなやつと関わりを持とうとする人はいないと思っていた。

 

 しかし那須は友達になろうと言った。1人で戦う彼を哀れんだわけでもない、同情したわけでもない。心から友達になりたいと言ったのが、柊にはわかった。熊谷、日浦、志岐が否定しないのも那須と同じだからだ。

 

 気づけば、彼女の顔色は少し悪くなっていた。那須が病弱なのは柊もどこかで耳に挟んだことがある。そんな状態になってまでなお笑顔を浮かべて手を差し伸べる彼女の、友達になりたいという気持ちがいかに本気か。

 

 そんな那須を前にして、柊は考える。独りが良かったわけじゃなかった。でも、1人でやらなければならなかった。だって自分は誰も救えないから。それに、「自分1人」で戦ってこそ自分は罪を清算できる。そんな決意のもとに、独りで戦い続けてきた。

 

 けれど柊は、綾辻との会話で人の温もりを思い出してしまった。1度思い出したそれは、柊に独りの辛さを突きつけた。もう……独りに耐えられなかった。

 

 なら、もういいのではないだろうか。今ここでその手を払うのは簡単だ。けどそうしたら、柊はまた独りの寒さに凍えることになる。もう次は耐えられないかもしれない。なにより彼は、那須隊の勇気を、優しさを踏みにじりたくなかった。

 

 だから柊も、勇気を出す。「自分1人」でも救える強さを手に入れるために、今こそ周りを頼るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よろしく、お願いします!」

 

 

 

 

 




シリアスタグ必要ですかね?一応この先はほのぼのな日常パートに入る予定なんですけど。

何か疑問等ありましたら、遠慮なくお尋ねください。


最後に、誤字報告、評価、お気に入り登録をしてくださった方たちにお礼を申し上げます。


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