次話より、徐々に原作の話に入っていきます。
僕たちは少し早足で、男性の後を追っていた。
「それにしても、どうしてあの人がひったくり犯だなんてわかったの?」
「気になったのはあの人が、僕が風紀班に所属していることが分かった時の反応」
あの時、酔っぱらった男性は鬱陶しそうに目を細めただけだった。
だが、あの男の人は分かるや否や態度を一変させた。
それに加えてあの女性物の財布に免許証だ。
状況証拠ではあるが、間違いはないだろう。
少なくとも一度話を聞くべきだ。
「あ、曲がった」
「よし、ばれないように尾行しよう」
距離も詰められたため、追いかけるのから尾行へと切り替える。
「それにしても、どこに行く気だろう?」
「こっちはたしか開発地区のはずだけど」
僕の疑問に答える布良さん。
開発地区とは、読んで字のごとく開発中の地区のことだ。
主に新たに向上ができたり住居ができたりしているわけだが。
人気がほとんどないため、裏取引の集合場所に利用されていることが多々あるらしいのだ。
「止まったな」
「うん。誰かと待ち合わせをしているみたいだね」
男性は歩くのをやめると、コンテナに背を預ける。
確かに、誰かと待ち合わせているようにも見える。
(順当に考えれば買主なんだろうけど)
「あ、誰か近づいてきた」
「男だな……ちょっと遠くてこれ以上は分からないけど」
布良さんの言葉を受けて確認すると、男性に近寄る人物の姿があった。
短めの金髪の髪に背はやや高めなことぐらいしかわからない。
その人物と男性は、何やら会話をすると、男性はおもむろにバッグに手を伸ばすと女性物の財布とカードのようなものを取り出した。
「布良さん。僕が気を引くから、撃ってもらっていい?」
「うん、わかった。気を付けてね」
布良さんの心配そうな声に、僕は頷いて答えると、身を伏せていたコンテナから躍り出た。
「風紀班だっ! 全員動くなっ!!」
「っ!?」
突然の僕の登場に、二人は動揺しているようだ。
「こうなったら。うおおおおおお!!!」
追い詰められたためか、自暴自棄になった男は僕に向けて突進してくる。
だが、僕は動じない。
なぜなら
「伏せてっ!」
僕は一人ではないから。
伏せるのと同時に背後から聞こえる銃声。
「うっ!?」
布良さんによって、男は昏倒させられた。
「さあ、お前も無駄な抵抗はするな」
「無駄かどうかはやってみねえと分からねえよッ!」
「何を――」
僕の呼びかけを無視した男は、駆け出したかと思うと、昏倒した男の上半身を起こす。
そしてそのまま首筋にかみついた。
「吸血鬼か!」
嫌な予感が的中してしまった。
取引相手と思わしき男は、吸血鬼だったのだ。
「布良さん」
「うん。あ、でもあまり吸いすぎないでね。力が出なくなるから」
僕の言葉の真意が伝わったのか、布良さんは頷くと頬を赤らめながらお願いする。
僕は、布良さんに頷くことで答えると、その首筋に牙を立てた。
吸った血の量はほんの少し。
それだけでもヴァンパイアウイルスは活性化する。
だが、あの時のような周囲の状況が手に取るようにわかるようなことはなかった。
「大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ。問題は――高月君!」
「ッ!?」
布良さんの切迫した声に振り返りながら念動力を使う。
「ほぅ、この俺の不意打ちを防ぐとはな」
僕の目前に迫っていたのは、無数の小さな槍だった。
あれが体に刺されば下手すれば怪我では済まない。
(最悪だ。早く肩をつけないと)
長期戦は危険だと判断した僕は、布良さんから離れてタイミングを見計らう。
「ッ!?」
突如感じた新しい気配に思わずその場を離れると、僕が立っていた場所に男の姿があった。
「新手か!」
「遅かったじゃねえか」
「悪い悪い」
新たに表れた茶髪の男は、金髪の男と軽い感じで会話をする。
どうやら仲間のようだ。
(くそ、二人組だと聞いてないぞ)
しかも二人とも吸血鬼だ。
「布良さん」
「何?」
とりあえず、作戦を立てなければきついため僕は小声で布良さんに話しかける。
「僕が前に出るから、布良さんはバックアップをお願いしてもいいかな?」
「うん、分かったけど大丈夫?」
「大丈夫だよ、さすがに吸血させてもらったんだからその分は頑張らないと」
心配する布良さんに冗談めかして言うと、僕は一歩前に出る。
「二人とも、これ以上暴れると心象が悪くなるから、できればこのままおとなしくつかまってほしいんだけど」
「それが、そうもいかないんでね」
「だから、こうさせてもらう、ぜっ!」
一瞬だった。
いつの間に吸血していたのか、茶髪の男は素早く僕に肉厚するとこぶしを振りかぶる。
「ちぃっ!」
さらにそんな僕を狙って放たれる無数の槍。
念動力で防げるが、かなりまずい状況だ。
男は右側から。
槍は前方から。
それぞれ向かってきている。
僕自身の念動力の効果範囲も不明なため、わかっている方向(手を掲げた方向のみだが)しか展開できない。
そうなると残された回避方法は、サイドステップだ。
相手の槍の攻撃範囲は広いが、吸血した僕の身体能力があれば何とか回避できるはずだ。
(でも、そうすると布良さんが)
必然的に僕と布良さんと完全に分断されることになってしまう。
もちろん、戻ろうと思えば戻れるが、茶髪の男の存在がある以上、いったん分断されれば戻れる望みはない。
(こうなったら、布良さんには少しの間耐えてもらうしかない)
僕はそう結論を出すと、すぐさま行動に出た。
取るのはサイドステップでの回避だ。
予測通り、無数の槍の攻撃は止まり代わりに茶髪の男の攻撃が僕に降りかかる。
「お? 壁のようなものが能力とは。いいもの持ってんじゃねえか」
男の攻撃を念動力によって防ぐと、一瞬驚きはしたものの不敵の笑みを浮かべる。
「それはどうも。時間がないので、すぐに終わらせていただきますっ!」
「それは無理だ。お前のこぶしは俺には届かない」
「はぁぁ!!」
男の背後に回り込み、渾身の一撃を男に叩きつける。
武器を持たない僕にできる唯一の攻撃方だ。
そしてその一撃は、見事男をとらえた―――はずだった。
「何っ!?」
「がら空きだ」
「ッつ!?」
動きを止めた僕に、男は容赦なく思い一撃を放つ。
急所は何とか避けていたらしく、ダメージにはならなかったが、僕は驚きを隠せなかった。
(あいつの体、硬い。まるで石のようだ)
茶髪の男の体はとてつもないほどに硬く、僕の一撃を防いだのだ。
(奴の能力は体の硬化か?)
男の能力に目星を付けることはできたが、きつい状態は変わらない。
体の硬化が能力だとすれば、僕の攻撃は通らない可能性が高い。
それに
(さっきので右手を痛めたか……っく!)
先ほどの渾身の一撃のダメージが、反動と言う形ですべて僕の方に返ってきている状態だ。
このまま攻撃を続けても逆に自分にダメージを蓄積するだけだ。
(ならば)
僕は、再び男へと迫る。
自分の体が硬化しているという余裕の表れか、見え見えの動きに男は動こうとしなかった。
だが、僕も真正面から突っ込むほどバカではない。
「む?」
突然のことに、男は声を漏らす。
僕は男の背後に回り込み、腕をつかんだのだ。
「ほう、俺の行動を抑えたか。だが、いいのかな?」
「何?」
取り押さえられてもなお余裕の男の言葉に、僕は目を細める。
「今頃俺の仲間が、お前さんの仲間を串刺しにしてるかもしれないぜ?」
「ッ!!」
反応してはいけないところで、反応してしまった。
言葉の応酬、能力で僕は劣っていた。
この時、僕は自分の念動力を使って昏倒させるという選択肢を完全に失っていた。
(どうすればいい。どうすれば……)
焦りばかりが募っていく状況で、冷静な判断を行うことはできなくなっていった。
だが、それも
「………」
ふと目に入った男の首筋によって打ち消されることになった。
(あれ、また体が勝手に?!)
なぜかまた体が勝手に動き出す。
今度は視界がどんどんと男に近づくのだ。
(僕はいったい何をする気っ!?)
自分の体のはずなのに、全く制御ができない。
何者かにのっとられたような感覚だ。
そして、僕の意識はそこで完全に
★ ★ ★ ★ ★ ★
同時刻、浩介がいる場所から少し離れたところにて。
「はぁ……はぁ」
「ほぅ、人間の割にはよく粘るじゃねえか」
金髪の男に追い詰められている梓の姿があった。
(このままじゃまずい)
梓は自身が持つ射撃スキルをフル活用し、襲い掛かってくる無数の槍をハンドガンで撃ち落としていた。
(弾倉もあと一つ。このままだとまずい)
相手は能力で無数に槍を放つ。
そして、梓の方には弾に限りがあるため、劣勢なのは明らかだ。
「だがこれで終わりだ」
「ッ!」
梓は全神経を集中して、放たれる無数の槍をハンドガンで撃ち落としていく。
範囲は狭くていい。
自分にあたらない箇所に関しては、梓は撃たないようにしている。
それこそがここまで持っている理由の一つである。
「ふふ」
「しま―――ッ!」
その時、男はふと笑みを浮かべる。
梓はななめ左から向かってくる槍に気づく。
撃ち落とそうにも、タイミング的には間に合わない。
さらに追い打ちをかけるように前方からも槍がさらに放たれる。
(高月君っ!)
来るであろう痛みに備え目を閉じ、ふと新たに風紀班の一員となった人物の名前を心の中でつぶやいた時だった。
最初に感じたのは違和感。
とっくに来ているであろう痛みは、まったくなかった。
「何っ!?」
そして遅れて彼女と対峙している男の驚きに満ちた声が梓の耳に入る。
「ッ!?」
目を開ければ、無数の槍が自分の少し手前で静止していた。
まるで、そこに
その芸当を行った人物の心当たりは、一人しかなかった。
「高月君っ!」
梓が名前を呼ぶのと同時に、梓の後方へ何かが飛来する。
それはまるでボールのように地面で何回かバウンドをする。
その正体は、男の仲間であった。
「くそっ!」
昏倒させられている仲間を見て、男の視線は一連のことを行ったであろう人物へと向けられる。
「………」
「高月君?」
ゆっくりと梓の横に歩み寄る浩介の様子に、梓は首をかしげる。
浩介から放たれる雰囲気が一変していた。
それに気づいた梓が何か様子がおかしいと心の中で思い始めた時、
「とっとと降伏しろ。お前に勝ち目はない」
いつもと違う声色で、浩介は男に宣告した。
「ふざけるなっ! こんなところで捕まるわけには―――」
「だったらくたばれ」
それは一瞬だった。
浩介が言い終わるのと同時に、凄まじい何かが男に向けて駆けていく。
「がっ!?」
その正体を理解するよりも早く、男の体は宙に浮かぶ。
それを確認するよりも早く、浩介は動く。
宙を浮かぶ男の腕をつかんだ浩介は、背負い投げの要領で男を地面に投げ飛ばす。
だが、それで終わらない。
バウンドする男の体をつかみ、追撃をかけるかのように再び背負い投げの要領で投げ飛ばしたのだ。
それを高速で数回行った後に、跳躍して梓の横へと戻る。
「す、すごい」
一連の芸当を目の当たりにした梓が称賛の声を送るが、浩介の鋭い視線は男に向けられたままだ。
「終わりではない」
「え?」
ふと浩介の口から出た言葉に、梓は思わず反応した。
「まだ意識を保ってやがる」
「ほ、本当だ」
浩介の攻撃を受けてもなお意識を保っている男も、かなりの力を持っているということになるだろう。
「布良、その銃を貸してもらえるか?」
「え? う、うん。良いけど」
浩介の要望に、梓は首をかしげながらも頷くと、自信が持つハンドガンを浩介に手渡す。
「弾頭は? 銀か?」
「ううん。鎮圧用の模擬弾だよ」
「弾数は?」
「分からないけど、たぶんあと5,6発だと思う」
浩介から矢継ぎ早に飛ばされる問いかけに、梓は答えていく。
浩介はそれを梓から借りたハンドガンを見つめながら聞く。
「パーフェクトだ」
「何をする気なの?」
梓の問いに答えずに、浩介は目にもとまらぬ速さで立ち上がろうとする男の背後に移動する。
「ガハッ!?」
それを浩介は足で踏みつけるように地面にたたきつける。
そしてそのまま足でうつ伏せから仰向けにさせると顔に銃口を突き付ける。
「この状況をなんていうか、教えてやる」
「ひっ!?」
浩介の冷たい声で、男は悲鳴を上げる。
「将棋でいえば、”王手”。チェスでいえば”チェックメイト”」
「や、やめてくれ」
浩介は男の言葉を無視して引き金に人差し指をかける。
「それじゃ、サヨウナラ」
「ヒィッ!?」
その瞬間、銃声が三回鳴り響く。
発生源は浩介の手にするハンドガンから。
至近距離で鎮圧用の模擬弾を食らった男は、昏倒した。
「状況終――」
昏倒させたことを告げようとした浩介は、ふとその言葉を止め梓の方へと振り返る。
その視線の先には、浩介が先ほど投げ飛ばして昏倒させた茶髪の男が逃げようとしていた。
「っち」
それに浩介は舌打ちをすると大きな声で叫ぶ。
「伏せろ、布良
「え? あ、うん!」
一瞬何かが引っ掛かったが、梓は慌ててその場にしゃがみ込む。
それを確認した浩介は、ハンドガンの照準を男に向ける。
そして、ためらいなく引き金を引いた。
「がっ!?」
浩介が撃った模擬弾は男の首に直撃し、そのまま地面に崩れ落ちた。
「
昏倒したのを確認した浩介は、ぽつりとつぶやく。
「…………」
そしてしばらく沈黙が走る。
「高月、君?」
「布良さん? あれ?」
梓の呼びかけに呼応するように閉じていた目が開かれる頃には、先ほどまでの攻撃的な雰囲気は鳴りを潜め、いつも通りの雰囲気を纏っていた。
★ ★ ★ ★ ★ ★
気づくと、僕は立っていた。
いや、それは当然なんだが目の前には不思議そうな表情で僕を見る布良さんの姿があった。
「高月君、すごいよ! どこで射撃を習ったの?」
「何のこと? というより僕は、いつの間にここに?」
布良さんが身に覚えのないことで褒めてくるので、思わず首を傾げて聞き返してしまった。
「もしかして、覚えてないの?」
「だから、いったい何のこと?」
布良さんの質問は全く要領を得なかった。
「えっとね高月君が――」
布良さんはそんな僕に、何があったのかを説明してくれた。
なんでも、僕が二人の男を昏倒させたらしい。
しかも茶髪の男に関しては、鎮圧用の模擬弾を使って。
「信じられない」
話を聞き終えたときに口から出たのはそれだった。
僕があの二人の吸血鬼を制圧させるなど、到底考えられなかったからだ。
何より、その時の記憶が全くと言っていいほどない。
いや、おかしなことはもう一つあった。
(身体が熱い)
だが、その熱さに不快なものは感じない。
言うなれば、冬の寒い日に温かいホットコーヒーを飲んだような感じの熱だ。
鼓動も、先ほどとは打って変わって力強く脈打っているのを感じた。
「私としても、同じだよ。本当に高月君は覚えてないの?」
「ああ。あの茶髪の男を拘束したところまでは、覚えているんだけど」
そこから今までごっそりと記憶が抜け落ちている。
「うーん………そういえば、この二人はどうするの?」
そんな疑問を頭の片隅に追いやり、僕は布良さんに尋ねる。
「それは……あ、来たみたいだよ」
布良さんの言葉に、彼女の視線の先に目をやる。
そこには二人組の警察官の姿があった。
「風紀班です。ひったくり事案の犯人です」
「了解しました。ご苦労様です」
布良さんの言葉に、警察官の一人が労いの言葉をかけると、昏倒している犯人の三人を拘束して連行していく。
「今みたいに、警察の人に引き取ってもらうことが多いんだよ」
「なるほど」
布良さんの説明に、僕はまた一つ勉強になったなと思いながら頷く。
「それじゃ、僕たちも戻ろうか」
「そうだね」
僕の提案に布良さんが頷いたことで、僕たちも風紀班の仕事場へと戻るのであった。
「ただ今戻りましたーって、あれ?」
「誰もいないな」
仕事場に戻ると、そこには風紀班の隊員の姿がなかった。
「もしかしたら、犯罪グループの摘発の方に回されてるのかもしれないな」
「そうみたいだね」
誰もいないことの理由をそう結論付けた僕は、とりあえずとばかりに更衣室で着替えることにした。
その間に退院が返ってくると思ったからだ。
だが、着替え終えて戻っても、誰の姿はなかった。
「摘発が終わってその場で解散になったのかもしれないし、置手紙でもしておいて帰る?」
「うーん。何か悪いよ」
僕の提案に、布良さんは浮かない顔でためらったため、僕と布良さんとで主任たちが戻るのを待つことにした。
僕に宛がわられたデスクに近寄ると、一枚の髪が置かれていた。
「あれ、何かおいてある」
「どれどれ?」
僕の言葉に布良さんは僕の横に来ると、それを覗き込んだ。
それは主任からの置手紙だった。
『ご苦労さん。今日は帰って休め』
簡潔な一文だったが、労いの言葉としては最高のものだった。
「主任もこういってるわけだし、どうする?」
「うん。帰ろっか。私もなんだか疲れちゃったよ」
僕の問いかけに、布良さんは踏ん切りがついたのか頷いた。
時刻は19時を少し回ったくらいだろう。
僕たちは、風紀班の仕事場を後にするのであった。
――だが、僕はこの時知る由もなかった。
この裏で、とんでもない事態が発生していたということを。
それを知ったのは、今から約20時間後のことであった。