ちなみに、類似店詐欺は私が作った造語ですので、ご注意ください。
それは夕食を食べ終えてから数分経ったときのこと。
「あれ、今日は誰も訪ねてくる予定はなかったんだけど、誰だろ」
「私出てきますね」
突然鳴り響くチャイムに首をかしげる布良さんに、来客者を迎え入れるために向かった稲叢さん。
(なんだろう、この非常にデジャブを感じる光景は)
そんな中、僕は無性に嫌な予感を感じた。
そう、これはあの時のと同じだ。
「ま、待てっ! ドアを開けてはだめだっ!」
佑斗君も何かを感じ取ったのか、ドアを開けに向かった稲叢さんを止めようとする。
「まさか、ボクを捕まえるために機関のエージェントが!?」
「脳内設定は黙っててくれっ!」
ニコラの言葉に、佑斗君は大きな声で叫ぶ。
叫ばれたニコラは、かなり傷ついていたのか項垂れていた。
「わ、悪い。傷つけるつもりはなかったんだ」
(って、早く逃げないと)
僕は慌てて逃げようとするが、もう時間はない。
仕方なく僕はこの間と同じく天井に張り付くと息を殺した。
それから間もなくして、それは姿を現した。
「さびしかったよー、六連くーーん!」
「やっぱりかぁあああ!!」
僕の感じていた予感通り、現れたのは扇先生だった。
しかも、標的が僕から佑斗君に移っている。
もはや見境がないと感じるのは気のせいだろうか?
(ともかくこれで、僕の脅威はなくなったのかな)
佑斗君には悪いが、僕はほっと胸をなでおろした。
ゆっくりと降りて僕は部屋に戻ろうかと思っていた時だった。
「あれ、高月君は、どこだい?」
「ッ!?」
扇先生に名前を呼ばれただけで、なぜか鳥肌が立つ。
「あり? さっきまでそこにいたよ」
「まったく、この僕から隠れるなんて、照れ屋なんだから」
(照れ屋じゃありません!)
標的はどうやら移っていなかったようだ。
と言うどころか、いったいどうしたいんだろうか?
(いや、それよりも早く逃げよう)
僕はできる限り音をたてないように天井を移動すると、外に続くドアの前で着地した。
この前に比べれば着地は幾分か鮮やかになったと思う。
ニンジャ化と思いたくなる日もあるが、深くは考えないようにする。
「あ、コースケだ!」
「いっ!?」
そんな時、僕を見つけたエリナの声を聴いた瞬間、僕の行動は素早かった。
自分でも驚く速度で靴を履き、外に飛び出したのだ。
(取り合えず、どこかに逃げよう)
僕は扇先生の魔の手から身を守るべく、駆けるのであった。
そして訪れたのは、カフェバー『アレキサンド』だった。
理由としては、たまたま近くを通りがかったからだが、隠れるには十分だろう。
尤も店員の人たちからすると、いい迷惑だろうけど。
「いらっしゃい」
「こんばんは」
バーに入るとピンク色の髪を伸ばしたおっとりとした感じの女性が、声をかけてきた。
「あら、今日は一人なのね。いつもは誰か女の子と一緒なのに」
「あの、できれば誤解を招くような言い方はやめてもらいたいんですが」
女性の言葉に、僕はお願いする。
この女性の場合、誤解のまま放っておくととんでもないことになりかねないのだ。
「でも、あってるわよね。この間だって女子と一緒に来ていたわけだし」
「まあ、確かにそうなんですけど」
ここに来るのは三回目。
そして前の二回とも、布良さんなり美羽さんなりと一緒に来ていた。
だからこの女性の言うことは正しいのだ。
さて、目の前にいる女性は淡路 萌香さんだ。
カフェバー『アレキサンド』の経営者でもある。
だが、それは表の顔。
裏の顔は特区管理事務局の監督班に所属する人なのだ。
そのために、抜群の情報収集能力を誇るのだ。
布良さんによれば、敵に回したくない人とのこと。
僕も、その真意はわからなかったけど、会った瞬間にそう感じてしまったほどだ。
とはいえ、気難しい人ではないので、こうして普通に会話をすることができるのだが。
「それで、お酒はいつものでいいのかしら?」
「はい、それでお願いします」
いつものものと言うのは、チャイナブルーと言うお酒である。
何かのお酒にグレープフルーツを混ぜてそこにトニックのようなものを適量入れたカクテルらしい。
お酒のことにあまり詳しくないため、よくわからなかったが。
そして試しにとばかりに飲んだこのお酒がおいしかったため、僕はよく飲んでいるのだ。
とはいえ、これで三回目だが
「ちょっと待っててね」
そう言って、萌香さんはお酒を造り始める。
程なくして青色のカクテルが入ったグラスが、僕の方に差し出された。
「やっぱり何度見てもきれいですね。このお酒」
「どうもありがとう。カクテルは見て楽しみ飲んで楽しむものなのよ。最近のお客さんは見て楽しむという観点を忘れている人が多いのだけど」
僕が漏らした感想の言葉に、女性はお礼を言いつつもぼやくように口にした。
カクテルは一般的に『飲む宝石』などとも呼ばれる所以は、きれいな液体になるからだ。
見て楽しみ、そして飲んで楽しむ。
それが大人の飲み方だと美羽さんから教わっていた。
「それに、おいしいですし」
「ふふ、どうも」
カクテルを、一口飲んで感想を言うと、萌香さんは笑いながらお礼を言った。
アレキサンドはいつもこのようなまったりとした空間だ。
喧嘩が起こったり、何が何だかわからなドラマなどは繰り広げられることはない。
そんなのどかな雰囲気を楽しみつつ、僕はグラスを傾ける。
「ふざけるなっ!!」
そんな中、お客さんだろうか、男の人の怒鳴り声が聞こえた。
「ん?」
声のする方へと視線を向けると、そこには青い髪のウエイトレスに向けて男性客が怒鳴り散らしているようだった。
「すみません、ちょっと行ってきます」
「そう? 乱闘はやめてね」
萌香さんにくぎを刺される形で、僕は男性客の方へと歩み寄る。
「お前に話しても埒が明かない。とっとと責任者を出せっ!」
「どうされたんですか? 大きな声を出されて」
さらに事態が悪化しそうになるところに、僕は男性を刺激しないように声をかけた。
「あ? なんだてめえは!」
「ここの客ですよ。貴方の声が聞こえたもので」
睨みつけるような視線を向けて大声を上げる男性客。
だが、風紀班に所属しているためそれほど怖いという感じはしなかった。
「客か。だったらちょうどいい、こいつを見てくれ」
「これは、チラシですか?」
男性が放り投げるようにしてテーブルに置いた一枚の紙切れを手にすると、僕はそれに目を通す。
そこには『開店10周年、セール開催中』と大きな文字であしらわれたクーポンのようなものであった。
それによると、お酒や飲み物が75%割り引かれるらしい。
「萌香さん」
僕は確認の為に萌香さんにそのチラシを見せる。
「私は知らないわ。そもそも開店してから10年目じゃないし」
このカフェバーがいつ開店したかは知らないが、萌香さんの確認が取れた。
「確認しましたが、このチラシのことは知らないと言っています」
「そんな訳ねえだろ! ここのお店が俺をだましてぼったくろうとしてんだよ!」
萌香さんに確認した僕の報告に、男性客は大声でどなり散らす。
「落ち着いてください。このチラシをよくご覧になってください」
「何度も見たよ! 何を今さら」
僕はチラシに目を通して気づいた不審点を指摘する。
「一番下の店名です」
「店名だと?」
僕に言われた男性客はしぶしぶ一番下の方に目を通す。
「なっ!? アレクサードだと?!」
そのチラシに書かれていた店名は『アレキサンド』ではなく、『アレクサード』だったのだ。
店名は『Alexandre』と英語表記だった。
「俺が、間違えてたのか」
「そのチラシはどちらで手に入れたんですか?」
「こ、ここから少し離れた場所の通りで、チラシを配ってる女がいてそれで」
店名が違うことに気づいた男性客は、冷静さを取り戻したのか僕の問いに冷静に答えてくれた。
「間違われるのも無理はありません。パッと見ではアレキサンドに似てますから」
後はチラシを配る人が間違われやすいように言えばいいだけだ。
「これは典型的な類似店詐欺です」
「類似……なんだそれは?」
僕の口にする名称に、男性は怪訝そうな表情を浮かべながら聞いてくる。
「名称は私が名づけたもので正式なものではありませんが、ぼったくりの一種です。最初は格安料金を謳い、お店に連れて行きそこで法外な料金を請求するのが手口です」
「なんてこった、俺がぼったくりにあうだなんて」
「勘違いしてもらいたくないのは、こちらはこの一連のこととは無関係であることです。既存店で客足がそこそこある店名に似せた名前を付けてチラシを配るか、客引きを行うことで、相手に勘違いさせる……もっと言えば、警戒心を解くのが狙いです」
それが類似店詐欺の悪質なところだ。
「万が一、相手が常連客でも似せたほうのお店の信用を失墜させたりするだけで、自分たちには何の影響もないんです」
「なんて卑怯な連中だっ!」
僕の説明に、今度は違う意味で憤る男性客は、拳をテーブルに叩きつける。
「本当にすまなかった」
「あ、いいえ。気にしないでください」
ウエイトレスの人に謝罪をすると、男性客は逃げるようにしてお店を去っていった。
「ふぅ……」
「あの、ありがとうございました」
「いえ、当然のことをしたまでですから」
お礼を言ってくるウエイトレスの人に手を上げながら返すと、僕はカウンターに戻る。
「ごめんなさいね」
「いえ、お気になさらないでください」
萌香さんの謝罪にそう答えながら、僕はチャイナブルーを飲み干す。
「それにしても、よく分かったわね」
「前にテレビで見ましたから」
テレビのニュースでそう言ったぼったくりが横行している話を聞いていたため、すぐに浮かび上がったのだ。
「この一件、風紀班に任せてもいいかしら?」
「でも、これは監督班の仕事では?」
「ぼったくり手口を見抜いたのは高月君よ。ならば、あなたが担当するのが理にかなってるわ。連絡の方はこちらかしておくから心配しないで」
なんだかすごい理論のようにも聞こえるが、せっかく頼りにされているのだ、それに答えないのは人としてダメなことだ。
尤も、僕は吸血であり、人間ではないんだけど。
「分かりました。この一件、私の方で責任を持って対応します」
「期待してるわ」
こうして僕は、アレキサンドの経営者でもあり、陰陽局監督班の萌香さんに類似店詐欺の被疑者の確保を任せられるのであった。
「さて、もうそろそろ戻っても大丈夫かな?」
アレキサンドを後にした僕は、設置された時計を確認しながらつぶやく。
扇先生から逃げるようにして飛び出したのに、扇先生がいるときに戻っては意味がない。
時間的にはもういないと思うが、油断はならない。
(まあ、こっそり入って中の様子を確かめよう)
そう決めた僕は、寮の方に足を向ける。
「あれ、高月君?」
「ん?」
突然背後からかけられた声に、振り向くとそこには布良さんと美羽さんに佑斗君の姿があった。
「布良さんに美羽さんに佑斗君。一体何をしてるのここで?」
「私たちは……その」
「佑斗の吸血をした帰りよ」
なぜか顔を赤らめて言葉を濁す布良さんに、美羽さんが代わりに答えてくれた。
「ということは、佑斗君もついに吸血鬼デビューか」
「え?!」
「あぁ、彼も風紀班に所属してるわ。今回の一件も知っているのよ」
僕が佑斗君が元人間だったことを知っていたことに驚くが美羽さんが説明してくれた。
「そうだったのか。それじゃ、これからもいろいろとよろしく頼むよ」
「どういうこと?」
佑斗君の言葉の意味がいまいち分かりかねた僕は、二人に尋ねる。
「六連君はね風紀班で働くことになったんだよ」
「ああ、そういうこと」
布良さんの説明で、僕は納得がいった。
しかし、こうまで同じ道を歩むものなのだろうか?
これも運命のいたずらかなと思っていた。
「それで、能力はなんだったの?」
「それがね、美羽ちゃんが言いたがらないの」
「なぜ?」
なぜか言いたがらない、美羽さんに僕はその理由を聞いてみた。
「う・る・さ・い」
「あー、なんとなく理解できた」
若干顔が赤い美羽さんの様子に、僕はその能力がどういうものかがわかったため、聞かないことにした。
(たいてい、能力の制御に失敗してセクハラまがいのアクシデントでも起こしたんだろうね)
そうでなきゃ、美羽さんが顔を赤らめるなんてことはするはずもないのだから。
「まあ、何事も一歩一歩進めばいいと思うよ」
「そ、そうか」
僕は佑斗君にそうアドバイスをするにとどめるのであった。
ちなみに、寮には扇先生の姿がなかったことをここに記しておこう。
こうしてまた一日が終わっていく。
そしてついに学院に編入する日を迎えるのであった。