第16話あります。
初出勤が誰のことを指しているかはおそらく皆さんにはわかるのではないでしょうか?
「ふふ、寝てる寝てる」
「んぅ……」
誰かの声が聞こえる。
それによって徐々に意識が鮮明になってくる。
「コースケの寝顔ってかわいいねぇ」
「……」
鮮明になるにつれて、声の主がわかり始めてきた。
「おはよー、コースケ」
「………」
慌てて目を開けると、そこにはエリナさんの姿があった。
「うわああ!!?」
「きゃあ?! もう、失敬だよコースケ」
驚きのあまりに叫び声をあげると、エリナさんは驚きながらも頬を膨らませて抗議の声を上げる。
「どうして、どうやってここに!?」
「どうやってって、ドアからだよ」
僕のまくしたてるような問いに、エリナさんは普通に答えた。
「ドアって……確か鍵をしておいたはずだけど?」
「鍵なら、かかってなかったよ」
「……本当に?」
「本当に」
エリナさんの答えに、信じられない気持ちだったが、そういえば鍵を閉めた記憶がない。
「今度から鍵をかけることにする」
「そうだねー。とても不用心だもんね」
エリナさんの言葉に頷くようにしてベッドから出ようとしたところで、僕はある違和感を感じた。
「あれ、エリナさんその恰好は?」
「あ、これ? ねえ、ワタシの制服似合う?」
襟元が黒で他が白色、胸元には赤いリボンがついているセーラー服タイプのものであった。
「う、うん。とても似合ってると思うよ」
「むー、何だか本気で言われているような気がしない」
僕の答え方がまずかったのか、エリナさんは頬を膨らませる。
「いや、そんなことはないよ。似合いすぎてこれ以外の言葉が出てこないだけだから」
「まー、そういうことにしといてあげる」
何とか納得させることができた。
(初めて人の服装をほめるとはいえ、ちょっと勉強が必要かな)
そういえば、相手が喜んでくれるかがわからないのだ。
このままでは将来色々と損をしそうだ。
(どうやって勉強すればいいかが問題だけど)
「ところで、そろそろ出てってくれないかな?」
「どうして?」
僕のお願いに、きょとんとした表情で理由を聞いてくるエリナさんに、僕は説明をする。
「これから着替えるからだよ」
「もう、エリナに着替えているところを見せたいだなんて。コースケってばエッチなんだから」
なぜだか、僕は露出狂みたいな扱いを受けていた。
「どこをどう取ればそうなるの!? いいから、早く出てって!」
「ほーい」
強めに言うと、エリナさんはすんなりと部屋を後にした。
「はぁぁ」
今日もエリナさんの下ネタは絶好調だなと思いつつ、僕はベッドから出るとこの間届いた新しい制服に袖を通すのであった。
「2人ともよく似合ってる。かわいいな」
「えへへー。そうかな?」
「………ありがとう」
リビングに入ると佑斗君が布良さんと美羽さんの制服姿をほめていた。
2人はとてもうれしそうだった。
(うむむ、やはり何かを付け加えたほうがいいのかな?)
でも下手に付け加えればセクハラになりそうな気がする。
ならなくてもみんなに引かれることは間違いない。
「あ、おはようございます。高月先輩」
「おはよう、稲叢さん」
そんな僕に気づいたのか、にこやかな笑顔で僕に声をかけてきた稲叢さんに挨拶を返す。
「おはよう、高月君」
「おはよう浩介」
布良さんたちもそれに続いて挨拶をしてくる。
(ここは実践するべきか?)
先ほど学んだことを今実践するべきではないのかと思うが、変にやると逆効果になりそうな気がする。
(やっぱりここはやめておこう)
僕は自分から感想を言うのをやめておくことにした。
エリナさんがこの場にいるため、良くても悪くてもひと波乱ありそうなのは目に見えている。
主に、自分をほめる時と彼女たちをほめる時の差で。
ならば下手に口にしないのが得策だろうと考えたのだ。
(本当にいろいろ損をしているような気がする)
そんなことを思いながら、僕は佑斗君と美羽さんのやり取りを見ていた。
「あ、待ってよ美羽ちゃんっ」
そんな中、美羽さんが不機嫌な表情で去っていくのを布良さんがあわてて追いかける。
「美羽君も、褒められてるんだから素直に喜べばいいのにね」
一連のやり取りを間近で見ていたニコラがそう漏らす。
「そうそう。佑斗君に浩介君の制服姿、似合ってるよ」
「……それはどうも」
「ありがとう」
同性だとは言え、褒められるのは悪い気分がしない。
それがわかっただけでも成長と言えるのかもしれない……たぶん。
「似合っているついでに、僕の着ている漆黒の
「いや、俺はこのままでいい」
「えっと……機会があったらね」
ニコラの申し出を、佑斗君と僕は断った。
まあ、気持ちはわからなくもない。
あれを着て学院に通うほど根性があるわけではない。
「……しょぼん」
そんな僕たちの回答に、ニコラはがっくりと項垂れるのであった。
―――私立、月長学院。
そこが僕たちが通うことになる学院である。
基本的なことはほかの学院と同じだが、もちろん違うところもある。
その代表的なものの一つが、”授業の開始時間が夜である”ことだ。
さらに、学院の在学する生徒の一部は人間である。
その人間も吸血鬼の存在を知っている。
これは”吸血鬼と人間が共存可能である”と言うことを証明する(もしくはその実験)ためのものらしい。
「―――と言うのが、簡単な説明かな」
月長学院についての説明を終えた布良さんがそう締めくくる。
「ちなみに、ここ以外に教育施設はないのか?」
「あることにはあるけど、そこは昼間から授業が始まるところがほとんどなんだよ」
「つまり、吸血鬼に限定すると通えるのはここだけになるわね」
佑斗君の疑問に布良さんと美羽さんが答える。
美羽さんはいつの間にか僕たちと合流していた。
失礼だとは思うが、それほど自然に僕たちの横を美羽さんが歩いていたのだ。
「それじゃ、私たちは教室に行こうか」
「そうだね。それじゃ、ユート、コースケ。また寮でね」
「ああ」
「またね」
そして学院の門の手前で、稲叢さんとエリナさんと別れた。
「2人は編入だから職員室に行くべきじゃないかしら」
「そうだね。でも、職員室ってどこ?」
当然だが、僕はこの学院に通ってはいないので、職員室の場所を把握しているわけがない。
「良ければボクが一緒に行くけど」
ニコラの提案はとてもありがたかった。
僕の場合、教えてもらっても迷う可能性が非常に高い。
そうでなければ二回も迷うはずがない。
自分は方向音痴ではないかと思い始めたのはここだけの話だ。
「いや、場所さえ教えてもらえれば―――」
佑斗君が言い切るよりも前に、声をかける人物がいた。
「布良に矢来に、高月。こんなところに立ってないで早く中に入れ」
「あ、主任。ちょうどよかったです。紹介したい人がいるんです」
背後からかけられた声はほかならぬ枡形主任のものだった。
「なんだ、女でも紹介してくれるのか? 悪いがガキには興味がないんだが」
「残念ながら、紹介するのは彼です」
僕は佑斗君から数歩離れる。
間違われるのを防ぐためだ。
「なんだ、野郎かよ」
「分かりやすいぐらいに態度を変えましたね。主任」
ここまであからさまだと逆に清々しさを覚えるほどだ。
まあ、そこが主任が慕われる理由の一つでもあったりするんだけど。
「あっ!? あなた、誘拐事件の時の依頼人!」
「ん? お前、あの時巻き込まれたやつか」
どうやら主任と佑斗君は知り合いだったようだ。
まあ、よくよく考えてみれば佑斗君が吸血鬼になったきっかけは僕と同じ。
ならば、主任と顔見知りであっても不思議はないことだ。
「主任。彼が、六連佑斗君です」
「学年は私たちと同じですから主任が担任ですね」
僕に続いて布良さんが佑斗君の紹介をする。
と言うより、今聞き捨てならない単語があったような気がした気が……
「学院では先生と呼べ」
「「了解(アイ・サー)」」
主任……先生から注意されてしまった。
「って、それよりも担任と言うのはどういうことですか?」
「もしかして教員が副職とかでしょうか?」
僕の疑問に佑斗君が続く。
「実はね………とはいっても隠すほどじゃないんだけど、私や先生はこの学院の監視役でもあるんだよ」
言いにくそうにしながら布良さんは口を開いた。
なんでも、吸血鬼を好き勝手に行動させているというのは、政府が嫌がる。
そのため、人間や陰陽局の人を教師や生徒に入れることで、監視しているという体裁を整えているということらしい。
「それじゃ、まずは職員室に行くか。まだ手続きがいくつか残ってるからな」
佑斗君と枡形先生はお互いに自己紹介を済ませたようで、僕と佑斗君は枡形先生に率いられる形で、職員室へと向かうのであった。
職員室で残った手続きを終わらせた僕たちは、先生に連れられて教室へと向かった。
教室も特に普通のところと同じで、特に変わっているようなところは見当たらなかった。
「今日からこの学院に通うことになりました、六連悠斗です。よろしくお願いします」
「同じく高月浩介です。よろしくお願いします」
そんな中、恒例の自己紹介をすることになったわけだが、僕は完全に佑斗君の紹介に乗ってしまっていた。
だが、このくらいがちょうどいいのかもしれない。
できればあまり目立ちたくない。
それは目立てば、僕がライカンスロープであることを知られる危険性が高まるのではないかと、無意識に考えてしまっているからかもしれない。
尤も風紀班に所属している時点で、かなり危険性があるわけだがそれは言わないお約束だろう。
そんな僕たちの自己紹介だけど、クラスの皆の反応は様々だった。
笑顔で手を振る人、そして”それだけなの?”と言いたげな表情を浮かべる人までいるほどだ。
「ッ!」
(え?)
そんな中、どこかであったことがあるような青い髪の女子学生が、僕を見て目を見開かせていた。
(ぼ、僕何かおかしいのかな?)
思わず自分の服装や姿に不安を覚えてしまう。
とはいえ、彼ほどではないが。
そう思いながら、視線を少し動かすと、そこに彼はいた。
改造制服を着こむニコラの姿が。
と言うより、かなり目立ってしまっているため逆に恥ずかしくはないのかと聞きたくなってしまう。
(まあ、恥ずかしがるくらいならあそこまではしないだろうね)
トマトにコンタクトやマント等々をわざわざ実行するほどだ。
それほど恥ずかしがることはないのだろう。
そういう意味では尊敬したいぐらいだった。
その後、講堂のような場所に移動した僕たちは始業式を受けることとなった。
とはいえ、始業式は前に通っていた学園と同じでお偉い先生からのありがたいお話を軽く聞き、そのまま教室に戻ってHRを受けて解散と言う流れだった。
肩透かしを食らってないのかと聞かれれば、食らってはいるが、安心感の方が高い。
他のところと違ったらなじむのに時間がかかるからだ。
「よし、連絡事項は以上だ。分かってると思うが、明日からは通常授業だ。遅刻や忘れ物はしないように。解散」
その先生の言葉で、教室内に喧騒が戻ってくる。
ちなみに、枡形先生は担当教科を持っていないとのことらしい。
そんな先生は、佑斗君に声をかけていた。
何やら重要な話をしている様子だった。
(あ、あれって)
前に見たことのある分厚い資料が手渡されるのを見て、僕はある種の懐かしさを感じていた。
(僕もあそこから始まったんだっけ)
資料を読んで覚え、そして実戦の方で技術を磨いて、確認試験に挑んだことを思い出していた。
その道を佑斗君もたどることになると思うと、複雑な気持ちだ。
応援すればいいと思うのだけど、まだ半人前の僕がそれをする権利はあるのだろうか?
そんなことを考えていると、先生は佑斗君に背を向けて教室を去って行った。
(あ、そうだ)
僕は先日の類似店詐欺未遂の案件のことをまだ先生に伝えていなかったのを思い出し、そのことを伝えるために先生の後を追った。
「主任」
「だから、学院では先生と呼べと――」
「すみません。ですが、少々重要な話なんです」
主任の注意に、誤りながら僕は真剣な面持ちで主任に話を続ける。
「なんだ?」
「実は――」
そして僕は先日起こったことを主任に説明をした。
カフェバー『アレキサンド』を騙って、法外な飲食代を請求する『類似店詐欺』が起こったこと。
そして、そこの経営者の淡路萌香さんに摘発を依頼されたこと。
「なんだそのことか」
全てを聞き終えた主任が口にしたのは、意外なものだった。
「その件だったら淡路から連絡を受けている。今日支部でそのことを告げようとしたのだがちょうどいい」
どうやら萌香さんの方で手を打ってくれたみたいだ。
「高月、お前は巡回をしながらその『類似店詐欺』を行うお店を突き止めろ」
「一人ででしょうか?」
もちろん、一人でやれと言われれば一人で行うつもりだが、やはり誰か相棒がいたほうが安心だ。
「いや、必要に応じて矢来か布良を連れて行っても構わない」
「分かりました。できるだけ早く突き止められるよう頑張ります」
「どうでもいいが、摘発を急ぐあまりに危険なことはするな。いいな?」
「サー・イエッサー」
主任の忠告に、僕は布良さんと同じ風に答える。
そして僕は支部へと向かうのであった。
制服に着替え、部屋に足を踏み入れると僕と同じ風紀班の仕事着に身を包む佑斗君の姿があった。
「ところで、どうして布良さんだけは巫女服なんだ?」
そんな佑斗君の問いかけに、僕は興味があったため答えを聞くことにした。
「何だか、サイズがないんだって」
「作ってやれよ」
意外な理由に、思わずツッコんでしまった。
「あ、高月君」
「遅いわよ。何をしてたのよ」
「ごめん。ちょっと野暮用があってね」
僕のツッコミで存在に気付いたのか、美羽さんがとがめるような視線を僕に向けてくる。
「まあいいけど」
「あ、それでね。なんでも、巫女服なのは上の人の命令なんだけど、変な命令だよね?」
不承不承と言った感じで納得する美羽さんをしり目に、布良さんは巫女装束を着ている理由の説明を再開する。
「確かに」
命令としてはあまり腑に落ちない内容だなと思いながら、僕は頷いた。
それは佑斗君も同じだったようで首をかしげていた。
そんな僕たちの様子に見かねたのか、美羽さんが耳打ちしてくれた。
「あのね二人とも。こういったら布良さんに失礼かもしれないけど、軍服が似合うと思う?」
「……………」
美羽さんの問いかけを受けて布良さんに視線を向けた。
確かに、体は細く背が低く、止めを刺すように笑顔が似合いそうな人だ。
「無理がありそう」
「何だか、お子様ギャンブのような感じがするな」
佑斗君も僕と同じ結論に行きついたのか、頷いていた。
「実はそれが理由らしいのよ。なんでも上の人にそう言った趣向人がいたらしくて、彼女には巫女服しかないって」
「そして、そのまま決まった……と」
美羽さんの説明を引き継ぐ形で佑斗君がつぶやいた。
(大丈夫なのかな、この組織)
ふとそんなことを思ってしまう。
と言うより、そういう理由で服装を決められた布良さんがある意味かわいそうに思えてくるが
「……? どうしたの二人とも」
「「いや、なんでもない」」
なぜか声がそろってしまった。
(とはいえ、本人が嫌がっている様子ではないからこのままでいいのかな)
別に似合ってないというわけではない。
巫女装束を選んだ上の人の判断はある意味正しいものだ。
それに本人が嫌がるそぶりを見せていないのであれば、僕がとやかく言う必要なないのかもしれない。
僕はそう自分に納得させるのであった。