これで、最初の事件は終わりです。
あと数十話で、メインヒロインの話に移っていきます。
「情報待ち、か」
「ええ」
萌香さんの情報を主任に報告すると、苦虫をつぶしたような表情を浮かべる。
「仕方がない。こっちはこっちでできることをするとしよう」
「できること、ですか?」
一体なんだろうかと考えつつも、僕は主任の言葉を待つことにした。
「六連、高月。お前薬を落とした男の顔を覚えているか?」
「えっと……」
僕は主任の問いかけに、この間のことを思い起こす。
髪形や目の大きさはなんとなくではあるが覚えている。
だが、鼻や口などのパーツやさらに細かい個所にまで及ぶと、はっきりとは覚えていないとしか言いようがなかった。
「どうなんだ? はっきりと思いだしそうか?」
「なんとなくは覚えていますが、はっきりとは」
「私もです。全体なら確実に覚えているのですが、細かいパーツについてとなると」
我ながら情けないと思うが、こればかりは仕方がない。
呆れた主任の言葉がかけられるのかと思った僕だったが、返ってきたのは違う言葉だった。
「ならいい。見ればわかるだろう」
そう言って、主任はパソコンを操作し始める。
「あの、これは?」
画面をのぞくと、そこには一つの動画ファイルが表示されていた。
「ここの入島審査での映像だ。二人の証言と類似した風貌の男をピックアップしている。お前らが見た時とアングルは違っているが、それっぽい感じの男がいるかを確認するんだ」
「つまり、あの男は旅行者と言うことですか?」
主任の指示から分かったことを主任に尋ねた。
「確証はない。だが、聞き込みをしても何も情報が出ないことを考えるとそうとしか言えないだろう」
主任は”それに”と前置きを置いてさらに言葉を続ける。
「この島の住人でなおかつ、プロとかであればあのような場所でもめ事は起こさない」
「なるほど、確かに理にかなってますね」
「しかし、証拠としては弱くないですか?」
主任の推測に頷いていると、布良さんが主任に疑問の声を上げる。
「もちろん、聞き込みは続ける。だが、違ったアプローチも必要だ」
主任は布良さんの疑問に答えると、僕たちに確認するように告げた。
「僕は16時以降を確認するから、佑斗君はそれより前をお願い」
「分かった……っち、デフォルトのプレイヤーか」
僕の言葉に頷きながらマウスをカチカチとクリックしていた佑斗君は、舌打ちをしながら不満げな声を漏らす。
「おい六連。勝手にフリーソフトをインストールしたら始末書を書かせるぞ。これは公務で使うパソコンであることを心がけておけ」
「……了解」
フリーソフトをインストールしようとしたのか、主任から注意の言葉をかけられた佑斗君は、不承不承ながらも作業を再開させる。
それにならって僕もファイルをダブルクリックで開く。
すぐさま映像が流れ始める。
「えっと、再生速度は……これでよし」
再生速度を1.3倍に上げた僕は流し目で、あの時に見た薬の落とし主かどうかを調べていく。
「何だか怖いよ六連君」
そんな中、布良さんたちの声が聞こえてきた。
「一回ドラッグでもしていないか調べてみる必要があるようね」
「何気にひどいことを言ってるよね、二人とも」
2人にツッコみを入れつつ、僕は映像に意識を集中する。
時より隣で作業をする佑斗君の声が聞こえてきたりするが、怖いだなんて思っているわけではない。
……たぶん
「こいつ、似てる」
「え?!」
そんな中、隣から聞こえてきた声に僕は映像を一時停止で止めると隣のパソコンを覗き込む。
「主任、ちょっとこれを。こいつなんですが」
「なんだ、もう見つけたのか?」
佑斗君の声を聴いた主任も、画面をのぞき見る。
「印象とかはぴったり合います」
「どうだ、高月」
佑斗君と一緒に行動していた僕の方にも確認の声がかけられた。
僕は一度画面に映し出される男の姿を見る。
(確かに似ている)
全体の雰囲気や面影がこの間の男性と酷似していた。
「はい、確かにこの男性と雰囲気は同じだと思います。調べてみる価値はあるかと」
「現場にいた二人がそういうのであれば、調べてみる価値はあるか」
僕の答えに、主任はそうつぶやくと佑斗君に映像の時間を聞き、僕たちに映像を続けて確認するようにと告げるのであった。
なんでも、その間に身元の確認をするとのことらしい。
とりあえず、僕は残った映像の確認作業に戻ることにした。
「各自、写真には目を通しているな。対象は金脇健介、数日ほど前に20を迎えたばかりだ」
数時間後、僕達風紀班と警察関係者を含めて延べ10人集まっていた。
「先日の昼に入島。現在はあそこのホテル『グロッシュラー』に宿泊している」
主任が指し示す先にあったのは、外見から高級ホテルだという雰囲気を醸し出す建物だった。
(あれ、たぶん一泊一万円はいくんじゃないかな)
市長によって高級ホテルに入ったことがあるだけに、どうしてもそう感じてしまう。
「20の若者が、高級ホテルにご宿泊とはね。俺だって泊まったことないのに」
「安ホテルばっかりじゃ、女に愛想つかされるぞ。たまには贅沢させてやれ」
ホテルを見ていた男性隊員のボヤキに、主任が冗談じみた言葉を漏らす。
何気に重い一言でもあった。
「まあ、金持ちの坊ちゃんが危険な遊びに手を出したんだとあれば、それを叱ってやるのも大人の務めだ」
あの後、映像を確認したが、それらしい風貌の男性は確認できなかった。
それは佑斗君の方も同じだったようだけど、その間に対象者の名前や年齢、宿泊先などを全て調べ上げていたらしく、今の状況に至っている。
「それで、どうします?」
「一気に踏込いところだが、奴が落とし主だという確証はない」
隊員の一人の問いかけに、主任は険しい表情を浮かべたまま答える。
今の段階では状況証拠にしか過ぎないのだから致し方ない。
「そこで、六連。お前が奴の部屋に尋ね直接顔を確認しろ。俺も一緒に行く」
「それに、もしかしたら相手も何らかの反応を見せるかもしれませんしね」
「そういうところだ。ほかの連中は万が一の際に備え配置場所に付け」
僕の相槌に、主任は頷くと全員に配置場所につくように告げると、それぞれが決められた場所に移動を始めた。
(あれ、僕の配置場所ってどこだったっけ?)
よくよく思い返すと配置場所を指示された記憶がない。
「あの、私たちの配置場所は聞いてないと思うんですけど」
どうやら布良さんも同じだったようで、主任に尋ねていた。
「お前たちも俺たちと一緒に来い。荒事が起こった際に六連の面倒を見てもらことになる。俺にはその余裕がない」
『主任、予定外の事態です』
「どうした」
そんな中、無線機から聞こえてきた切迫した声に全員の表情がこわばる。
『対象が部屋の外にいます。現在も移動中』
「朝の5時前だぞ。こんな時間に移動か?」
無線機から告げられる情報に、主任の顔がゆがむ。
そんな中、無線機から対象の服装などが伝えられた。
その服装の男性がホテルから出てくるところも、僕たちは実際に確認できた。
「確認した。とりあえず、全ユニットいつでも動けるように準備をしておけ。台本を変更する」
「どうするんですか?」
主任の作戦変更の指示に布良さんが首をかしげながら訊く。
「問題はそこだ。しばらくはアドリブでつなげるしかない。だが、相手は幸いにも徒歩だ」
そう答えると、主任は無線機を使って各自に指示を出していく。
(何だか、前の案件よりも大掛かりになってきてるな)
あの時は別の案件が重なってそっちを優先していたこともあるのだろうけど、ここまで大きくなるとは予想だにもしていなかった。
「俺たちは?」
「当然追うぞ。この時間だ、もしかしたら例のドラッグ取引の可能性もある。各自気を引き締めろ」
「了解」
主任指示に返し、僕たちも移動を始める。
対象の後をつけていくと、やがて人気のない通りに来ていた。
「どこに行くつもりでしょう?」
「知らん。だが、ひとつ言えるのは、こんな時間に店はどこも開いていないということぐらいだ」
佑斗君の疑問に、主任は一刀両断すると、そう付け加えた。
「あっ、止まった」
「でも、こんな場所に何もないわよ」
動きを止めた対象に、布良さんが声を上げると美羽さんは怪訝な顔を浮かべる。
確かに、ここは何もない。
開発地区と人がいる地区との境目に位置する場所だ。
あるとすれば建設用の重機などくらい。
「おそらくは――」
『南の方角から灰色のセダンが近づいてきます』
主任の言葉を遮るように無線機から男性隊員の報告が聞こえる。
「っち。やはり、車の中で取引をする気か」
主任も予想していたのか舌打ちをしたものの、特に慌てたそぶりは見せない。
やがて、報告された車が男の前に停車すると、対象はそのまま躊躇なく車の後部座席のドアを開け乗り込んだ。
「対象が車から降りたら売人諸共取り押さえる」
『しかし、どうやって?』
「車で進路をふさげ」
徐々に確保の手筈が整っていく中、僕は固唾を呑んで状況を見守るしかなかった。
主任は車内の様子を確認するように告げると、無線機を話して僕たちの方へと向き直る。
「で、お前さんたちなんだが」
「ここを動くな……ですか?」
主任が出しそうな指示を僕は口にする。
だが、主任が出した指示は全く異なるものであった。
「いや、お前たちにも動いてもらう。この間の二の舞はごめんだ。さすがに新人を投入させるつもりはないが」
”この間の二の舞”
その言葉は、当事者である自分たちにはかなり複雑な思いを抱かせるものであった。
「矢来、高月。吸血の準備をしておけ。布良もいいな?」
「え、あの……その」
主任の指示に、布良さんが渋っていた。
「何か問題でもあるのか?」
「いえ。その、できれば場所を移して吸ってもらいたいな……って」
主任の怪訝そうな表情を浮かべての問いに、布良さんは場所を移してほしいというと、恥ずかしそうに僕たちを見た。
主に、佑斗君の方を。
「くふっ。布良さん敏感だものね」
「だから、言わないでってばーっ!」
からかうような笑みを浮かべた美羽さんの言葉に、布良さんは叫ぶように声を漏らした。
「あー、なんとなく納得」
「納得しないでっ!」
何があったのかが少しわかった僕の言葉に、布良さんがツッコミを入れる。
当然主任の答えは”NO”だったが。
「何かあったのか?」
「まあ、いろいろ」
佑斗君は視線をそらしながら言葉を濁す。
『金銭を確認。パックを代わりに受け取った模様っ!』
そんなちょっとばかし和やかな雰囲気は無線機から漏れぎ超えた男性隊員の声で一変した。
「よし、なら―――」
『待ってください。今誰かと電話をし始めました』
突入を告げようとした主任の声を遮るように、追加の連絡が入る。
(追加の取引? もしくは)
僕たちが認識していない第三者からの連絡
『ヤバイっ。こっちを見た。気づかれたかっ!?』
「くそッ。見張りがいたか。全ユニット突入! GO,GO,GO!」
答えは後者だったらしく、主任が急いで各隊員に指示を飛ばす。
そして、僕たちも現場へと飛び込む。
車から降りるように告げる警察に、対象は素直に応じようと外に出た瞬間、一発の銃声が鳴り響く。
「ひぃぃぃっ!」
その銃声は売人と思わしき男の手にある拳銃から発せられたものだった。
そして対象に続いて外に飛び出した売人は、対象を人質にとる。
「車をどかせろ! さもなくばこいつを殺すぞ! いいのかっ!」
「興奮してやがるな。売り物に手を出してた口か」
険しい表情の主任は、何かの策を考えているのかもしれない。
「こういう時の対応は?」
「俺たちのモットーは臨機応変な対応だ。おい、矢来お前の能力で何とかできるか?」
佑斗君の問いかけに、主任はそう返すと美羽さんに確認を取る。
「いえ、距離がありすぎて私の能力の範囲外です。余波なら届くと思いますが……近づきますか?」
「高月は……吸血してなかったな」
僕の方に視線を向けるが、吸血をしていない状態だと分かったため、すぐさま視線を移した。
さすがに二人分も血を吸うことは布良さんの負担を考えるとできなかったため、僕は辞退していた。
(それに、僕の能力も念動力。範囲はわからないけど、対象を選べない)
一歩間違えれば周りにいる物や人を吹き飛ばしてけがをさせる可能性だってある。
分の悪い賭け事は確実に負けになるので避けたかった。
「布良、ここから狙えるか?」
「意識を反らしてもらえれば」
そんな中、布良さんの答えが一筋の希望の光を差し込ませた。
「A班、犯人の木を反らせろ。こっちで狙う」
主任の出した指示に、A班の一人が売人に投降を呼びかける。
だが、売人はそれに応じる気配がない。
しかしそれによって僕たちから意識が外れ、売人の無防備な体がさらけ出されることになった。
「ッ!」
「布良さんが……」
それを見逃さなかった布良さんは素早い動きで銃を構えると売人に向けて構える。
布良さんから、いつもの子供っぽい雰囲気がなくなっていた。
そんな中、売人の人差し指が拳銃の引き金に伸びる。
(まずいッ!)
打つ気だと思った瞬間に、銃声が鳴り響く。
だが、それは売人の持つ銃声ではなく、もっと近くの……そう、布良さんの手にする一見玩具のように見える銃から発せられた音だった。
「がっ!?」
布良さんの一撃は、正確に男の腕をとらえる。
血が出ていないことを考えると、どうやら鎮圧用の模擬弾のようだ。
「よし、確保しろっ!」
主任の怒号が響き渡る中、控えていた人たちが一斉に売人と対象を取り押さえる。
だが、売人はあきらめが悪かった。
人質となっていた対象と銃をあきらめ、車に乗り込むと甲高い音を立てて車を発進させる。
このまま逃走する気だ。
(でも、あんな状態でそんなことができるわけがない)
片腕のみで、しかも運転する姿勢が整っていない状態で、運転などできるわけがない。
そう思っていた。
だが、車は予想外の動きを見せる。
進路をふさいでいた車を吹き飛ばし、そのまま走り出したのだ。
(でも、あれは)
コントロールが効いていないのは明らかだった。
車はスピンを仕掛けながら突っ込んでくる。
……布良さんの方に向かって。
「布良さんっ」
「ちょっと、佑斗君!」
それを認識するや否や駆け出した佑斗君に、僕は慌てて後を追う。
佑斗君は吸血をしていない。
そんな状態で、何もできるわけがない。
そして佑斗君は布良さんを抱き寄せ自らを盾にする。
(急がないとっ!)
僕の頭の中には、車を止めることしかなかった。
方法の有無なんてものは関係ない。
そして、僕は向かってくる自動車に向けて両手を突き出した
視界が白煙によって白に染まる。
手に鈍痛が走る。
だが、痛みがあるということは死んでいない。
「なんてこった。すぐに救急車を呼べっ! 手が空いている奴はすぐに来い!」
次に感じたのは主任の切羽詰まった声。
(そうだっ! 佑斗君は?!)
タイミング的にはぎりぎりのライン。
まさしく運任せだ。
「平気です。俺たちは生きてます」
「お前ら、無事なのか?」
徐々に白煙が晴れていき、状況が見えてきた。
布良さんを抱き寄せる佑斗君は右腕を自動車の左側に叩きつけていた。
そして口元には血が流れていた。
「って、佑斗君!」
「血が、血が」
布良さん細のことに気づいたのか、慌てた様子で声を上げる。
だが、対する佑斗君は落ち着いていた。
「お前ら落ち着け。これは俺の血じゃなくて、布良さんの血だ」
「え、私の?」
佑斗君の言葉に、布良さんの首筋を見ると、赤いものが見えた。
おそらくは、とっさの判断で吸血したのだろう。
「六連、お前――」
「それより、犯人は?」
「さっきの衝撃でノックダウン状態だ」
主任の言葉を遮るように問いかける佑斗君に、主任は簡単に答えた。
確かにみれば車に乗っている売人は気絶していた。
「2人とも大丈夫なの?」
「う、うん。六連君がかばってくれたから……ただ心臓がちょっとバクバク言ってるけど」
美羽さんの問いかけに、布良さんが答え、それに僕はほっと胸をなでおろした。
そんな僕たちに、主任はあきれたような表情で苦言を呈す。
「まったく、六連と高月の能力が”硬化”系でなければ死んでるぞ」
「え、硬化系?」
そんな中、主任が口にした言葉に、美羽さんが反応した。
「そうだろ。車の突進を右腕一本と、両手で止めたんだ」
「確かに、そうだけど……でも、佑斗の能力は確か」
(まずい)
背中に嫌な寒気が走る。
とっさの判断で両手で車を止めたが、そもそも吸血などしていない。
そんな状態で能力を使えるわけがない。
「まさか、吸血鬼喰い……そんなはずは」
美羽さんの口から再び出た『吸血鬼喰い』の単語に僕は一瞬反応しそうになるが、それをこらえた。
美羽さんが疑念を抱いている相手は僕ではない。
佑斗君の方だ。
それがどうしてか、理由は全く見当がつかない。
「美羽? どうかしたか?」
「ッ!」
佑斗君の声に、美羽さんはまるで怯えるように体を震わせる。
「おい矢来。どうかしたのか?」
「あっ、いえ。なんでもありません。ちょっと事態に動揺していただけです」
「まあ、無理もねえな。お前ら、いい加減にしとかないといずれ死ぬぞ」
主任の重い忠告の言葉に反応しようとするが声が出ない。
(あれ?)
それどころか体がさっきより重くなってきたようにも感じる。
「はぁ……はぁ」
しかも息切れまでし始めてる。
自分に何が起こったのかを理解する間もなく、僕の意識は闇にのまれるのであった。