活動報告でもお知らせしましたが、12月21日から1月5日までの間は平日でも休日と同じ扱いとなります。
「変装をさせられるなんて、すごいプレッシャーだよね」
運がいいのか悪いのか、潜入捜査の候補から落ちた僕は自室で椅子に腰かけると、血液パックを飲みながらつぶやいていた。
どうして自室にいるのかと言えば、理由は簡単だ。
「巻き添えはいやだ」
逃げてきたからだ。
おそらく、僕の予感が正しければ変装用の服選びと言う名目で、着せ替え人形のようにされているはずだ。
そうでなければ、今もリビングの方から佑斗君のわめき声が聞こえてくるはずがない。
「ふぇるまぁぁぁぁ!!」
「な、何!?」
もはやBGMになりかけていたわめき声が一変、今度は断末魔に変わって聞こえてきた。
その断末魔のような声に、僕は思わず椅子から立ち上がった。
「い、今の声は尋常じゃなかったよ?!」
すぐに声の発生源であるリビングに行こうとしたが、僕は一瞬躊躇した。
(今リビングに行ったら、すごいことになっているような気がする)
そんな予感がしたからだ。
「す、少し時間をおいていくこう」
我ながら臆病だとは思うけど、自分の身は自分で守らなくてはいけないのだ。
(許して、佑斗君)
だからこそ、心の中で佑斗君に謝った僕は、まだ飲みかけの血液パックを再び口にしようとして、
「………」
固まった。
よくよく考えてみれば、何だか自分が情けなくなってきた。
「ええい! こうなったら地獄に飛び込んででも駆けつけてやる」
僕は机に血液パックを置いて、自室を飛び出した。
「さっきの悲鳴はな……に?」
リビングに駆け込んだ僕は、その光景に言葉を失った。
そこにいたのは少女だった。
金髪の長い髪に、カチューシャをつけ服装も袖や襟にフリルのついたゴシックロリータ―のような服装と来た。
その表情は、悲哀に満ちていた。
「えっと……お、お客さん?」
思わずそう聞いてしまった僕に、エリナさんはにやりと笑みを浮かべる。
「ほらね、コースケにもわからないんだからダイジョウブだって」
「まさかとは思うけど、佑斗……君?」
エリナさんの言葉に、恐る恐る尋ねてみると少女はこっくりと頷いた。
「ね、すごいでしょ。あとは写真を撮っておかないとね」
「ッ!? 貴方はさらに俺に嫌がらせをする気ですか?!」
なぜか得意げに言うと、美羽さんは携帯電話を取り出した。
「違うわよ。主任に確認して潜入調査ができるかを見てもらうのよ」
「主任はこういう捜査をしたことあるし、ダメならダメでいいアドバイスがもらえると思うよ」
そういいながら、佑斗君にレンズを向ける美羽さん。
そんな中、僕は主任がどんな返答をするのか、大体予想ができてしまった。
「分かったよ。もう好きにしろよ」
「ついに投槍になった!?」
もう何もかもあきらめた様子で、佑斗君はレンズを受け入れてしまった。
そんなこんなで、主任に確認をしたみうさんたちであったが、主任から返ってきた返事は当然
『遊ぶな、馬鹿野郎』
と言う冷たい一言だったとか。
そんなこんなで、再び変装用の衣装を選びなおし始める、美羽さんたち。
そしてついに、潜入調査の日を迎えることとなった。
「それじゃ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい。健闘を祈ってるよ」
僕は潜入捜査に向かう三人を見送っていた。
「本当に大丈夫なのかな?」
三人を見送った僕は、そう呟いてしまった。
潜入捜査当日、僕は月長学院第二寮にいた。
当然だが、病気でもなければサボりでもない。
『小童は今日はどこにも出ずに、寮でおとなしくしておるのじゃ』
それが当日の朝、出かける前に下された市長からの指示だった。
布良さんたちも怪訝そうな表情を浮かべたが、そのまま潜入捜査へと向かっていった。
(何だかサボっているような罪悪感が)
今、この寮には稲叢さんたちはいない。
稲叢さんとエリナさんは倉端君の案内をしてくれているのだ。
「あれ? こんな時間に誰だろう」
そんな罪悪感に駆られていると、チャイムが鳴り響く。
僕は、そのチャイムに首をかしげながら玄関に向かっていく。
(……まさか、ね)
一瞬、感じた予感を自分の中で否定しつつ、僕はドアを開ける。
不用心にも思えるが、奇襲くらいだったら何とかしのげるという根拠のない自信があった。
「はい、どちら様です……か?」
「久しいの小童」
ドアを開けると、そこには黒服の人を連れ立っている、市長の姿があった。
「さて、時間もないしの。早く乗るんじゃ。詳しい話は中で話す」
「は、はい。失礼します」
そして、僕はなし崩し的に車の中に乗り込む。
「よし、出してもよいぞ」
「はっ!」
市長の指示に男性が頷くと、車は静かに滑り出した。
「それで、一体どういうことですか?」
「それを説明する前にじゃ、元樹から預かりものがある」
そう言って手渡されたのは錠剤のようなものだった。
「一応言っておくが、それはラムネじゃ」
じっと見ていると、僕が不審に思っていると思ったのか、市長が僕に手渡したものの正体を口にした。
(ラムネ? それにしてはなんか変な感じが)
「用件に入る前に、それを口にしてはもらえぬじゃろか」
「………」
その市長のまっすぐな目での言葉に、僕はなんとなく悟った。
これから市長がしようとしていることを。
だったら僕は
(それに従うまで)
市長が行おうとすることは、佑斗君の負担を軽減させることだと感覚で分かったからこそ、僕はそれを口にした。
「………」
そして、ラムネのようなものを飲み込んで少しすると、この間と同じようにまるでテレビの電源を切ったように意識が途切れた
★ ★ ★ ★ ★ ★
小夜から渡されたラムネを口にした浩介は、力なく項垂れていた。
「………ん」
時間にしてほんの30秒。
浩介は声を漏らした。
「この私を真昼間から呼び出すとは。相当な事案のようだな」
再び顔を上げた時、浩介の声色はこの間のように一変していた。
「そうじゃ。お主でないと頼めんことじゃ」
「ほぅ?」
小夜の言葉に浩介は興味深そうに声を上げる。
「まずはこやつを見てほしい」
「なんだこれは?」
浩介に手渡されたのは黒い表紙のファインダーであった。
「今現時点で起こっている吸血鬼用の薬についての資料じゃ」
それは門外不出の捜査資料であった。
「そのようなものを私に渡して何の意が?」
「お主には、潜入捜査に出ている小童のフォロー役を頼みたいのじゃ」
「成程、理解した」
小夜の要件に、浩介はすべてを察したのか、資料に目を通しながら返す。
「そこの資料に、今回の捜査の概要はすべて記載されておる」
「私は入れ替わる5分前の記憶しか把握はできぬからな。こういう資料による情報は非常にありがたい」
浩介は不敵の笑みを浮かべながら資料をぱらぱらとめくっていく。
「ん? 小夜」
「何じゃ?」
資料のほとんどを読み終えた浩介は、あるページに突入すると眉を顰めながら小夜に声をかけた。
「この人物紹介はなんだ?」
「それはお主が”高月浩介を”
そこには、佑斗や美羽、梓の顔写真がどこからも引用されたのかは分からないが貼られており、横には名前や関係、さらには呼び方までいるされていた。
「布良の姫?」
「……本人の前でそれを口にする出ないぞ? でないと――」
梓の写真を目にした時にふと浩介の口から出た言葉に、小夜は目を細めて忠告をするが、それを遮るようにして浩介は口を開く。
「全てが知られる、だろ? 心得ている。私とてそのようなへまはしない」
「そうか」
浩介の言葉に、小夜は一言だけ呟いて答えた。
「だが………」
「なんじゃ?」
言葉を続ける浩介に、小夜は視線だけを浩介の方に向けると、続きを促した。
「いや、なんでもない」
浩介はそう答えると資料をぱらぱらとめくっていく。
(この感情は、一体)
浩介は心の中で、自分が抱いた感情に戸惑っていた。
(私は、彼女に惹かれているのか?)
自分に問いかけるが、当然答えなどが返ってくることはなかった。
「しかし、なぜ私だ?」
「それは、そのように頼まれたのじゃよ。擦れた感じのやつで信頼できる吸血鬼を紹介してほしいとな。それにお主がぴったりとあてはまったのじゃよ」
自分の感情について考えることをやめた浩介は、ふと気になったことを小夜に問いかける。
その問いかけに小夜は、笑みを浮かべながら答えた。
「………」
だが、浩介の表情はだんだんと険しくなっていく。
「小夜。貴様この僕をおちょくってるのか?」
「しかし、事実じゃろ?」
普通の人がまともに受ければどのような人物でも気絶するであろう殺気を、小夜はなんでもないように受け流して相槌を打つ。
「貴様をつぶして、あと10センチほど背を縮めてやろう」
「やれるものならやってみるとよいぞ、あはは。さて、着いたぞ」
そんな浩介の言葉を軽く挑発しながら笑い飛ばした小夜は、車が止まるのと同時に、外に出るように促す。
「お主はそこで待っておれ。浩介はわしと一緒に来るのじゃ」
「はいはい」
小夜の指示に、浩介は面倒臭そうに返すと、小夜の後をついていく。
小夜が連れて行ったのは、公務室であった。
「これはこれは、またすごいものを」
公務室のテーブルに置かれたものを見た浩介は、半ばあきれた様子で口を開いた。
「あの小童のフォロー役……ビジネスパートナーに見えるようにするためじゃ。我慢せい」
それは一張羅のスーツ一式であった。
さらに横には真っ黒のサングラスが置かれている。
「たしかに、これなら雰囲気ぐらいは醸し出せるだろうな」
「ワシは外で待っておる、着替え終わったら呼ぶといい」
「心得た」
浩介の返事を聞いた小夜は、そのまま公務室を後にした。
「さて、着替えるか」
そして浩介は、用意された服へと着替えていく。
「おい、小夜。着替え終えたぞ」
着替えはものの数分で終わり、浩介は外で待っているであろう小夜に声をかけた。
「早いのう。どれどれ、似合ってるではないか」
「そうか? まあ、悪い気はしないな」
浩介は小夜の感想に自分の姿を(とはいっても腕や顔から下の部分しか見えないわけだが)見ていく。
「やはり黒いサングラスは、色々な意味で危険な男を醸し出せるのう」
「私には黒が合うのだよ。このサングラス気に入った」
小夜の感想に、浩介は当然だと言わんばかりに答えると、そう断言した。
「そのスーツは浩介にやる」
「いいのか?」
小夜の言葉に、浩介は小夜の方へと視線を向けながら尋ねる。
「いいんじゃよ。それは報酬とでも思っておくがよい」
「では、ありがたくもらうとしよう」
浩介は静かに返すと、小夜は浩介の方に歩み寄る。
「では、移動するぞ。もう時間も押しているんじゃ」
「了解」
小夜に促らされるように、浩介は再び小夜に連れられて公務室を後にする。
そして、外で待機していた車に乗り込んで、再び車は次の目的地に向け動き出した。
「そうだ、聞いておきたいことがあった」
「なんじゃ?」
次の目的地へと向かう中、浩介は疑問を小夜にぶつける。
「効果時間は残り何分だ?」
「何も能力を使わなければ1時間じゃ。能力を使えば使うほど時間は短くなる。そこでじゃ」
浩介の問いに答えながら、小夜はどこから取り出したのか二つのものを浩介に差し出す。
「これは?」
「メモ帳にペンじゃ」
「それはわかっている。これでどうさせようとしてるかを聞いている」
小夜の答えに、浩介は眉を顰めながらさらに問いかける。
「おそらく、元に戻る際に前兆があるはずじゃ。その時にまだ状況が終了していなければ―――」
「”このメモに書いて彼に状況を教えてやれ”だろ?」
小夜の答えを遮るようにして答えた浩介に、小夜は静かに頷くことで答えた。
「まあ、そうならないことを祈るばかりだ」
浩介はため息交じりにそうつぶやいた。
それもそのはずだ。
今、表に出ているのは”本能”とされている浩介だ。
時間が切れれば元の浩介に戻ってしまう。
そうなれば、事態はややこしいことになる。
人前で露骨に入れ替われば、怪しまれるリスクがある。
また、取引の最中に入れ替わった時はもはや最悪の状況ともいえる。
「じゃから、もしもの為にこ奴を持っていくとよい」
「なんだこれ?」
そうつぶやいて浩介に手渡したものは、血液パックであった。
「覚醒用の血液パックじゃ。それを飲めば5分間出ることができる」
「まさしくお守りだな。確かに、受け取ったぞ」
浩介は受け取った血液パックをメモ帳などと同じように懐に忍ばせた。
「その血液パックは一見すると合成血液にしか見えない。じゃから、体を探られても問題にはならないじゃろう」
「なるほど。そいつは便利だ」
小夜の説明に、浩介はたった一言だけ相槌を打つ。
「あと少しで到着する。浩介も準備をしておくのじゃぞ」
「分かっている」
小夜の呼びかけに、浩介はそう答えると静かに息を吐き出す。
それはまるで、自分に気合を入れているかのように。
(浩介なら、大丈夫だとは思うのじゃが)
「やりすぎるなよ」
「っふ」
不安に駆られた小夜の言葉に、浩介は鼻で笑うだけだった。
「はぁ……」
その浩介の答えに、思わず口から出た小夜の深いため息が、車内に響く。
こうして、浩介達を乗せた車は、佑斗たちが待つ場所に向かって、走っていくのであった。
潜入捜査が幕を開けるまで、そう遠くはない。