間一髪間に合いました。
これほどギリギリだったのは、今回が初めてです。
―――話をしよう。
語るは、囚われの小鳥。
語るは、孤独と言う名を持つ最強の狼。
それは白に包まれし建物、漆黒の闇の中で出会い、そして別れた。
小鳥は島へと。
狼は土へ向かい。
月日が過ぎ、島のもとで狼と小鳥は再び再会を果たす。
だが、狼は既に消え去り、今残るは狼の子供のみ。
牙のない子狼に牙が生えた時、”狼”は再び蘇るであろう。
それは、もう始まっているのかもしれない
★ ★ ★ ★ ★ ★
僕たちの入寮一か月記念パーティは盛況のままお開きとなった。
エリナさんがバニーガールをすると言った時は、布良さんと一緒に止めたのは記憶に新しい。
というより、エリナさんは何をする気だったのだろう?
(あづぃ)
そんな中、僕は寝苦しさに襲われていた。
いや、意識がはっきりとし始めたといったほうが最適だろう。
「うぅ……まだそんなに暑い気候じゃないのに」
季節柄、そろそろ梅雨の時期になるはずだが、ここまで暑いのはおかしすぎる。
そんな疑問を持っていたためか、完全に眠気は去ってしまった。
そうなればもはや目を閉じているのは無駄な行動だろう。
そう思った僕は、閉じていた目を開けた。
「…………………………は?」
その光景を見た僕は、思わず言葉を失ってしまった。
「すぅ……すぅ……むにゃむにゃ」
なぜなら、僕の隣で気持ちよさそうに寝息を立てて眠っているエリナさんの姿があったのだから。
(僕は夢でも見ているのだろうか?)
思わずそう思ってしまうほど、衝撃的な光景だった。
「ここは、僕の部屋で間違いない」
エリナさんの部屋のレイアウトは知らないが、自分の部屋のレイアウトだったので、そう考えた。
「鍵は、ちゃんと掛けた」
鍵の方もしっかりと施錠を施している。
入るにしてもマスターキーのような物がない限りは無理だろう。
「それじゃ、どうやって入ってきたんだ?」
疑問は募るばかりだった。
「んふぅ………すぅ、すぅ」
「それにしても、こうやって改めてみるとかわいいよね」
(って、何を考えているんだ僕はっ!)
エリナさんの寝顔を眺めながらそんな感想を抱いた自分に、ツッコんだ。
(煩悩よされ、煩悩よされ)
僕は必死に変な考えを振り払う。
確かに、普段は下ネタがあれでかわいい部分がかすむかもしれないけれど、さすがに寝ているときは可愛いというのは失礼なような気がした。
「ンぅ……おー」
「おー、じゃない。寝る場所を間違えてるよ」
どうやら一連の僕の行動で目が覚めたのか、魔の抜けたような声を漏らすエリナさんに、僕は部屋が違うことを彼女に話した。
「コースケ。ドーぶらエ・ウートら」
「うん、おはよう……で合ってるんだよね? その単語」
癖なのかはわからないけど、ロシア語であいさつをしてきたエリナさんに日本語で返しつつ、そう尋ねた。
さすがにひと月もここで過ごしていれば、多少のロシア語は分かるようになっていた。
だが、まだ自信がないために、確認として聞くことにしているのだ。
「うん。合ってるよ。と言うことで、おはようコースケ」
「おはよう。それで、どうしてここにいるんだ? もしかしてベッドが使えなくなったの?」
昨日の今日だ、何だかのトラブルが起きて対処ができない(もしくは相談をするために)僕の部屋を訪れたと考えた僕は、エリナさんに問いかける。
「ううん。それは大丈夫だよ。でもね、エリナの方に問題があったの」
「その問題というのは?」
僕はさらに続きを促した。
「昨日のコースケの言葉がとてもうれしくて眠れなくなっちゃったんだよ」
「………ごめん、それとベッドにもぐりこむのとどういう関係が?」
眠れない=ベッドにもぐりこむという公式が理解できなかった僕は、首をかしげながらエリナさんに尋ねる。
「だからね、一人で悶々とするよりは誰かと一緒に寝たほうがいいかなーって」
「普通、そういうことは仲のいい女子にしない? 稲叢さんとか布良さんとか」
何故に男のベッドにもぐりこむのかが、いまいち理解できなかった。
「だって、寝ぼけてかみついたら大変でしょ。でも、コースケならダイジョーブ……なんだよね?」
「大丈夫だから、そんな不安そうな目で見ないで」
上目使いで不安げなまなざしで見られた僕は、即答に近い形で答えた。
(まあ、悲鳴は上げると思うけど)
なんとなく、それだけは予感できた。
”最初から”そこにいるのと、”後から来た”のとでは、話は別だ。
最初からそこにいれば、そういう覚悟はできるが後からだと覚悟ができてないために驚く。
お化け屋敷と同じものだ。
レイアウト、お化け役の人の位置、どのようなアクションか。
それらさえ全て知っていれば、怖さは多少は半減するかもしれない。
尤も、知っていたからと言って一緒にいる人に言っていくのは、お化け屋敷と言うアトラクションでは、疎まれるが。
それは、ともかくとして。
「それで、ぐっすりと眠れたの?」
「うん。秘密を知っている人と一緒にだったから、とても安心して眠れたよ」
「それは良かった」
僕の疑問にエリナさんは笑顔で答えたので、僕はそれで納得することにした。
「それで、どうやってこの部屋に入ってきたの? ちなみに、鍵はちゃんと掛けたから、かけ忘れはないよ」
「それは簡単だよ、ピッキングであけたの」
僕の追及にあっけらかんと答えるエリナさんにはある意味尊敬の念さえ覚えてしまう。
まったく罪悪感を感じていない。
下手すると、悪いことだということも知らないのかもしれない。
「……………どうして、そんな芸当ができるの?」
「それはね、ロシアにいたころに元KGBのおじさんにいろいろ教えてもらったから」
「………」
エリナさんはいったいどんな生活を送ってきたのだろうか?
KGBと言う単語が出てくる時点でもはや普通ではないのは分かってはいるが。
「とりあえず、そろそろ出てくれないか?」
「えー? まだ二度寝ができるよ」
僕の言葉に、エリナさんは横になったまま不満げに頬を膨らませて抗議してきた。
「いや、もう着替えたいんだよ。だから、エリナさんも部屋に―――」
部屋に戻るように言おうとした瞬間、それを遮るようにドアがノックされた。
『高月君、起きてる……よね?』
「いぃ!?」
そしてノックと共に外から、布良さんのくぐもった声が聞こえてきた。
「おぉ。アズサ、おは――」
「ちょっと待って! 今返事するのはまずいから!」
布良さんの声に、反応して返事をしようとするエリナさんを、僕は必死に止めた。
「え、どうして?」
「考えても見てよ。この状況を見たら、確実にお説教が来るよ」
寮長でもある布良さんに見つかった時の状況を思い浮かべてみる。
『だ、男女が一緒のベッドで寝るなんて、エッチだよ! 変態だよ! 不純異性交遊だよ!』
悲鳴を上げながら叫ぶ布良さんの姿が容易に想像できてしまった。
「確かに、夕方からお説教はいやかも」
『高月君? あれ、鍵が開いてる』
「うげっ!?」
僕とエリナさんの間で居留守(と言うよりは寝ているふり)をするということが決まった直後、ドアノブの回す音とともに布良さんの声が聞こえてきた。
「これはまずい……」
鍵を閉めなかったのかと、思いそうになるのを必死にこらえ対策を練る。
当然だが、この部屋には人を隠すようなからくり装置はない。
「とりあえず、しゃべったらだめだから、じっとしていて」
「了解だよ」
僕の指示にエリナさんは頷くとさらに布団の奥にもぐりこんだ。
「……高月君?」
「お、おはよう布良さん」
それと同時に、ゆっくりとドアが開いて布良さんが部屋に入ってきた。
「うんおはよう。それより、さっき誰かとお話ししていなかった? 高月君の部屋から話し声のようなものが聞こえたんだけど」
「きっと幻聴か、勘違いだよ」
僕は何とかごまかすようにした。
絶対に信じてもらえそうにないけど
「でも、確かに聞こえたよ?」
「だったら寝言じゃないかな? この部屋には僕以外に誰もいないんだから」
「そうなんだけど……」
布良さんは腑に落ちないのか食い下がってくる。
(このままじゃまずい)
早く何とかしないとばれるのは時間の問題だろう。
「ッ!?」
「どうかしたの? 高月君」
「いや、なんでもないよ」
突然息をのむ僕の様子に、首をかしげながら聞いてくる布良さんに、僕はそう答える。
そして声を潜めるようにして、息をのむ原因を作った人物に声をかける。
「何、密着してるの!?」
「え? でも、密着しないとアズサにばれちゃうよ」
「それはそうなんだけど……」
密着してきたエリナさんに文句を言うも、正論で返されてしまったため、僕は何も言えなくなってしまった。
「あ、もしかしてドキドキした?」
「色々な意味でね」
笑いながら聞いてくるエリナさんに、僕は素直に答えることにした。
状況が状況でなければ、うれしかったと思うと、色々ともったいないような気がする。
「やっぱり誰かいるの?」
「いるわけないじゃない。隠れるスペースだってないんだし」
一連のやり取りに、布良さんの疑念はさらに増してしまったようだ。
「そうなんだけど」
「うひゃう!?」
ふに落ちていない布良さんをしり目に、僕は突然感じた感覚に思わず奇声を上げてしまった。
「え、どうしたの?」
「いや、寒気が走っただけ。きっと誰かが僕の噂でもしてるんだよ」
「でも、そういう場合はくしゃみなんじゃ……」
今のごまかしはかなりきつかった。
と言うより、誤魔化し切れていない気がする。
「まあ、感じ方は人それぞれだって言うし」
「そう?」
強引に布良さんを納得させることにした僕は、再び声を潜める。
「密着してるのに、全然固くならない」
「一体どこを触ってるんですか!?」
不満げな声を漏らすエリナさんに、僕は抗議の声を聞こえる。
いくら何でも、これはやりすぎだ。
「こうなったら……えぇい」
「こらこらこら。どこに顔を押し付けてるんだ!」
思いっきり顔を押し付けて(どこかは察していただきたい)いるエリナさんにやめるように声をかけるが、やめる気配は全くなかった。
「ねえ、やっぱり誰かいるの?」
「いや、いないって。きっとさっきの声も寝言か何かだよ」
疑いのまなざしを向けて聞いてくる布良さんに、僕は必死に弁解するしかなかった。
「………」
「……」
お互いに無言の応酬をすると、布良さんは表情を柔らめた。
「そっか。寝言だったんだ」
「そうそう、寝言だよ」
ようやく納得しかけた布良さんに、僕は心の中でほっと一息つく。
「高月君って、寝言がとてもおおき――――――っ!?」
「布良さん?」
途中まで言いかけた布良さんは、僕の方を見ると顔を赤くして固まった。
「にょわぁ~~~!!? ごめんなさい~~~~~!!!」
「え、ちょっと!?」
まるで見てはいけない物を見てしまったかのような反応をして出ていく布良さんに、僕は首をかしげるしかなかった。
「まあ、とりあえず難を逃れた………」
そういいながらベッドに視線を落とすと、ある部分が異様なほどに膨らんでいた。
当然だが、これは僕ではない。
「エリナさん、一体何をやってやがりますか!?」
「何って、人工夕○ち」
僕の問いかけに、エリナさんはあっけらかんとした表情で答える。
人工っていったい何をいてるんだろう?
そもそも、人工と言うのだろうか?
だが、そんな疑問考えられる状況ではないので、考えることをやめた。
「だから、顔を赤くして………」
「にっしっし、アズサには刺激が強かったかな~」
ため息をつく僕をしり目に、エリナさんはいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。
(絶対に確信犯だ)
そう思いつつも、追及する余裕など皆無だった。
「とにかく、今のうちに部屋に戻って着替えて来い。僕も着替えるから」
「了解だよ」
僕が促すと、エリナさんはいそいそとベッドから出た。
「それじゃ、またあとでね♪ コースケ」
「ああ、またあとで」
そして笑顔でそう口にすると、エリナさんは僕の部屋を出ていった。
(はぁ……共有スペースに行くのが何だか怖い)
思いっきり誤解しているであろう布良さんの様子を思うと、非常に体が重くなるがこのままと言うわけにもいかず、僕は制服に着替えるのであった。