「う……」
気づけば僕はどこかのベッドと思わしき物の上で横になっていた。
見えたのは白い天井。
横を見ると何かを億台のようなものが目に入る。
「っと」
体を起こしてあたりを確認する。
あたりには物があまり置かれていないことや、白で統一されたカーテンに何より消毒液のようなにおいがする場所がどこであるかを指示しているのかは想像に難くない。
「ここは、病院?」
「そうだよ」
「ッ!?」
独り言のつもりで口にした言葉に返って来たため、僕は慌てて声のした方へと視線を向けた。
そこには、僕をホテルまで案内し、そしてあの場所にいた少女だった。
尤も、今は巫女装束ではなく私服のようだけど。
「驚かしてごめんね、体調はどう?」
「少しだるいけど大丈夫です」
少女の問いかけに答えると、少女はほっと胸をなでおろした。
「貴方、もう20時間も寝てたんですよ」
「に、20!?」
少女から告げられた時間に、僕は驚きのあまり叫んでしまった。
「うん、ぐっすりと眠ってたよ。それで、昨日のことはどのくらい覚えてるのかな?」
「えっと、確か……」
僕は思い出せる範囲で少女に昨日のことを話していく。
吸血鬼のこと。
そして、銃撃戦のこと。
後者はともかく前者の方がいまだに実感がわかない。
今でも悪夢なんじゃないのかと思えるほどだ。
「でも、どうして僕は意識を失ったんですか?」
「それは……あ、別に敬語じゃなくてもいいですよ。年もそんなに離れていないですし」
「それじゃ、お互い様だね」
少女の行為に甘える形で、僕は敬語を辞めつつ少女にも同じことを返した。
「それで、意識を失ったことについてなんだけど、詳しい説明をお医者さんがしてくれると思うの。今から呼ぶからちょっと待っててね」
「あ、ああ」
少女が枕元にある機械のボタンを押し、何かを話している。
そんな中、僕はベッドから出ると窓の方へと向かった。
なぜか暗くもないのに閉じられているカーテンを僕は躊躇なく開けた。
(夕日がきれい……でも、ちょっとまぶしい)
なぜかまぶしさを感じる。
夕日はそんなにまぶしくないのに。
それどころか言葉には表しがたい倦怠感が体を襲う。
「って、何をしてるの?!」
「何をって、外の景色を見ようとしたんだけど、なんかだるくなってきたからやめるところ」
「はぁ、びっくりしたー」
なぜか慌てた少女の様子に首をかしげながらも別途の方へと戻る。
「それで、お医者さんは?」
「あ、うん。すぐにくるって」
僕の問いかけに答える少女に相槌を打つと、僕はベッドにもう一度入って医者が来るのを待つのであった。
「失礼するよ」
「あ、扇先生」
医者の象徴でもある白衣を着こみ、グレイグリーン色の髪に眼鏡を掛けた扇先生と呼ばれた医者が病室にはいいってくる。
「あの――」
「色々と聞きたいことはあると思うけど、まずは自己紹介から始めてもいいかな?」
さっそく疑問を投げかけようとした僕の言葉を遮るようにして、扇先生は聞いてくる。
「ええ。あ、僕は――」
「高月浩介君であってるかな?」
まずは自分からと思って名前を告げようとしたところで、医者によってなぜか名前を先に言われてしまった。
「はい。でも、どうして」
「申し訳ないんだけど、ここに入ってくるときの入島記録を調べさせてもらったからね」
確かに、身元不明の人間に対してそういうことをするのは普通のことだ。
「僕は扇 元樹。見ての通り、医者をやっている。よろしく」
「よろしくお願いします」
「そして彼女が……あ、知り合いだったかな」
扇先生に一礼すると先生はベッドわきに立っている少女の方に視線を向ける。
「あ、そういえば名前言ってなかったね」
扇先生の言葉にそう言って少女は咳払いを一つする。
「私は布良 梓。よろしくね、高月君」
少女、布良さんは人当たりのいい笑顔で自己紹介をした。
「さて、自己紹介も済んだところだし、本題に入ろうか」
「………」
扇先生のその言葉に、周りの空気が重くなる。
と言うよりは緊迫感が増したといったほうが正確だろう。
それにつられて僕はいすまいを正す。
「意識を失ったことと、どうしてここにいるのかについて君も疑問に思っているはずだ」
扇先生の言葉に、僕は頷くことで相槌を打つ。
「君の体に起こったことを、単刀直入に言わせてもらおう」
僕は固唾を呑んで扇先生の次の言葉を待つ。
「君は、吸血鬼になった」
「…………」
一瞬扇先生の口にした言葉の意味が理解できなかった。
だが、その言葉の意味が徐々に理解できた。
「き、吸血鬼!? 僕がですか?」
「そう。とても信じられないことかもしれないけど、君は吸血鬼となったんだ」
「そんな、まさか」
僕は到底信じられなかったが、冗談を言っているようには見えなかった。
「君は見たはずだ。昨日、吸血鬼と言う存在を」
「……」
僕を人質にした吸血鬼の男。
それは紛れもなく真実だ。
「そういえば、さっき太陽の光を見たら倦怠感が出たんですけど、それって」
「間違いないね。吸血鬼に日光は天敵。君の目はもはや人間の範疇を超えてしまったんだ」
それで、夕陽を見た瞬間倦怠感を感じたのか。
僕は、ようやく納得することができた。
とはいえ、あまりいいことではないが。
「ちなみに言っておくと、この島に入るまでは君は人間だった。それは血液検査の結果が証明している」
「あの検査は、そういう目的だったんですか」
今知った驚きの真実に、僕は開いた口がふさがらない心境だった。
「でも、どうして吸血鬼に……」
「君はこういう話を聞いたことがないかな?『吸血鬼に血を吸われた人は吸血鬼になる』」
確かに、聞いたことがある。
他にも、吸血鬼にはニンニクや十字架が効く・心臓に杭を打てば倒せる等々、よく耳にする一般的な吸血鬼像でもある。
「ああいった吸血鬼像はほとんどが間違った伝え方になっているんだ。例えば、流れる水は苦手だけど。確かに海水とかはだめだけど、それは水全般ではない」
何だかさらりと吸血鬼の弱点が告げられた。
(もう海は泳げないのか)
いや、泳いだことはなかったけど、できれば一度は泳いでみたかったな、とどうでもいいことを考えてしまう。
「他にも心臓に杭を刺したり首を落とすとかもあるけど、そういうことをしたら吸血鬼じゃなく生物全般にも当てはまる」
「確かに」
一つずつ上げていくと、確かに間違って伝えられているようだ。
「と言うことは、『吸血鬼に血を吸われた人は吸血鬼になる』は、事実なんですか?」
「いや、それ自体は間違った認識だ。正しくは『吸血鬼の血を
「血を………飲む」
そういえば、あの時男の血を口にしてしまったのを思い出した。
あれが、吸血鬼になった原因だったようだ。
「もし、吸血鬼になったということが信じられないのなら、いろいろと実験でもしてみるかい? なーに、僕は医者だからちゃんと治療してあげるよ」
「いえ。遠慮しておきます」
さすがに、自分から怪我をするほど馬鹿じゃない。
「それは残念だ。怪我が増えればもっと一緒にいられるのに」
「一緒にいてどうする気ですか?」
何だか嫌な予感がした僕は、扇先生に尋ねてみた。
「僕は君にものすごく興味があるんだよ」
扇先生の言葉に、僕は寒気を覚えた。
この人は危険だと、何かが告げた。
「えっと、本題に戻ってください」
「おっと、そうだったね」
僕の言葉に、扇先生は本題へと話を戻した。
「問題なのは、吸血鬼になるにはある条件があるんだ」
「条件?」
「数日間一定量の吸血鬼の血を飲み続ける」
扇先生の口にした疑問に僕は疑問を抱いた。
「でも、僕が口にした血なんて、ほんのちょびっとだったはずですけど」
「そこなんだよ。そもそも、吸血鬼に変化するシステムを、僕たちは感染と考えている。そしてそれを起こす原因として、厳密には違うけど分かりやすくするために僕たちはあえて”ヴァンパイア・ウイルス”と呼んでいる」
「ヴァンパイア・ウイルス」
扇先生の口から出た、聞きなれない言葉を僕は必死に頭に叩き込む。
これは後々重要になる話になるかもしれないからだ。
「このウイルスによって体の細胞が変化していき吸血鬼と言う存在になる。そのためには、それなりのウイルスが必要になる」
「だから、数日間飲み続けるんですね」
僕の言葉に、奥義先生は頷くことで肯定すると”もちろん個人差はあるけどね”と付け加えた。
「そして、このヴァンパイア・ウイルスにはワクチンが存在している。早めに摂取すれば吸血鬼になることを防げるんだ。君もこのワクチンを接種している」
「それだったら―――」
「でも、君には効かなかった」
”どうして僕は、吸血鬼に”と言う言葉を遮るようにして扇先生は答えた。
「本当に興味深いよ。ぜひ一度じっくりと身長体重から好きな同性のタイプを調べたいほどにね」
「………はい?」
今、なんだか聞き捨てならない単語が聞こえたような気がして、僕は思わず聞き返してしまった。
「今、”同性”とおっしゃいませんでしたか?」
「うん、言ったよ」
表情一つ変えずに答える扇先生に、今度は違った意味で寒気が走った。
「なぜに同性のタイプを?」
「君に一目ぼれしたんだよ。好きな相手のタイプを知りたいのは当然じゃないか」
今完全に”好き”と言った。
(こ、この人確実に変態だっ!)
「何で変態医者がいる病院に!」
「そ、それはこの都市でい、一番腕のいい先生だからで……」
僕の叫び声に近い問いかけに、布良さんは頬を赤くして視線をあちらこちらに移しながら応える。
「ところで君は受けがいいかい? それとも攻め?」
「頼みますから、本題に戻ってください」
僕は心から扇先生にお願いした。
「おっと、そうだね。まだまだ重要な話が残っていたね」
何だか疲れがどっとのしかかってきそうだ。
「現状では、君を人間に戻す方法見つかっていないんだ。もちろん、今後も方法を探し続けるけど」
「人間に、戻れない」
「そしてもう一つ、重大なことがある」
「この都市はねちょっと特別なの」
扇先生の話を引き継ぐようにして、布良さんが口を開く。
「それはカジノ特区とかじゃないよね?」
「ここは、吸血鬼が居住する場所で、国が認めた唯一の場所なんだ」
扇先生の説明を聞いた瞬間、嫌な予感がした。
そして、その予感は当たることになる。
「もう分かると思うけど、君はここから出ることはできない」
「……………」
それはとてもショックの大きい宣告だった。
もう本土へ足を踏み入れることはできない。
向こうに名残はないが、いざ戻れないとなるとショックは大きい。
「君には人間の戸籍がちゃんとある。だから、君が望めば僕たちが協力して本土に帰ることができる。僕たちにはそれを止める権利はない」
「……」
「でも、一つだけわかってほしい。君は人間に戻れない。戻れる方法が見つかるまでの間吸血鬼として過ごすことになる。ならばここは最適だ。何せ吸血鬼の住む場所だからね」
それは究極の選択のような気がした。
「本土で吸血鬼関連の騒ぎを起こせば、相当の機関が動くことになる。この世界は吸血鬼にとっては優しくない。だからできればこの島に残ってほしい。そして僕と一緒にいてほしい」
「…………」
僕はあえて無言を貫いた。
何か反論するからいけないんだ。
「スルーかい。なかなかに刺激的だね。でも、僕は受けもできる! さあ、放置プレイでもなんでもバッチ来いっ!」
どうやら沈黙は逆効果だったようだ。
「あの、できれば一人で考えさせてくれませんか?」
「分かったよ。時間はあるんだ。じっくり考えて、決まったら教えて」
僕の頼みに、扇先生は静かに息を吐き出すとそう答えて病室を後にした。
「あの、高月君」
「何?」
ため息を吐いていると、まだ部屋に残っていた布良さんが思いつめたような表情で声をかけてきた。
「………ううん、なんでもない。それじゃ」
しばらく無言だったが、そういうと布良さんは去って行った。
(あれは思いっきり自分のせいだって思いつめてるよね)
分かってはいるのだが、今は自分のことで精いっぱいだ。
布良さんが悪くないのは当然で、僕には責める気もない。
自分でまきこまれたのだから。
悪いのは僕自身と言うことになる。
(とりあえず、僕自身の考えが決まるまでは、そっちは保留にしておこう)
僕はそう方針を決めることにした。
「僕は吸血鬼で、もうこの島から出ることはできない」
口にしただけでも、精神的にきつい事実だ。
でも……
「本土に無理して帰りたいほど執着はない」
特別親しい友人はいない。
もちろん、嫌だというわけではないが、無理をしてでも帰りたいかと言われれば答えは否だ。
それに
(例の手紙の差出人の正体。そして僕自身のことが、分かるかもしれない)
相手が僕をここに呼び出したのは何がらかの意味があるはずだ。
それは、僕が感じていた疑問を調べることができるチャンスなのではないだろうか?
「それに、あの時の僕は……」
吸血鬼である男を倒した時、僕の体は無意識に動いていた。
きっとその謎も解けるはずだ。
(理屈では何とかなった。だけど)
後は心の覚悟の問題だ。
そうなれば、話は早い。
幸い時間はあるのだ。
覚悟を決めよう。
後悔しないためにも。
僕は、心の中でそう決意するのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
同日夜、とあるビルの一室にて。
「とうとう来なかったの」
「小夜様、こちらを」
ため息交じりに部屋に戻った小夜に、女性は一つの書類を手渡す。
「なんじゃ、これは?」
「つい先日、吸血鬼化したことの報告です」
女性の言葉に、小夜は書類に目を通す。
「くくく」
「小夜様?」
書類に目を通して少しして笑い出した小夜に、女性は不思議そうな表情を浮かべて声をかける。
「本当に偶然と言うものはあるんじゃな」
「と言うことは……」
女性の言葉に、小夜は頷いた。
「ついに来たのじゃよ。”最強にして最凶の吸血鬼”が」
その言葉を聞いた女性は息をのみ、小夜はとても楽しげな様子だった。
「アンナよ、ちょっと頼みがあるがよいか?」
「ええ」
そして、小夜はアンナと呼ばれた女性に、ある頼みごとをするのであった。