いよいよあの人も登場します。
久々の0時ちょうどの投稿です。
「ん……ぅ」
目が覚めるのはいつも唐突。
どのような夢を見ていても、いつの間にか意識が覚醒する。
「ふぁぁ~~」
僕は、思わず口からあくびが出てしまった。
(早く着替えないと)
僕は寝不足のせいかいつもより重い体に鞭を打って私服に着替える。
今日早く起きたのはもちろん理由がある。
それは、主任から今日は早めに出るようにと言われているからというある意味単純な理由である。
「何かご飯でも食べていこう」
僕はそう考えると自室を後にするのであった。
「あれ? この匂いは……」
共有スペースに入ると、トーストの香ばしい匂いと紅茶の香りが漂ってきた。
「おはよー、コースケ」
「エリナ? どうしたの、こんな朝早くに」
朝の挨拶をしてくるエリナに、僕は首をかしげながら尋ねた。
「コースケ、今日は早く出るって言ってたでしょ? だから、コースケと一緒にご飯が食べたかったからお昼ごはんを作ってみたの」
「それで、僕よりも早くに起きたんだ」
早起きの理由を知ると、何だか胸の奥が熱くなってくるような感じがした。
「それに、旦那様を見送るのはお嫁さんのお仕事でしょ? とは言っても、まだ結婚とかはしてないんだけどね、にしし」
「ありがとう、エリナ」
照れ隠しに笑うエリナに、僕はエリナの頭をなでながらお礼を口にした。
「本当はもっとましな料理にすればよかったんだけど、そういう苦手だし……それにリオよりおいしいのが作れる自信がなかったんだ。でも、任せて。電子レンジの扱いはマスターしているから、トースターには自信があるよ」
そしてエリナは最後に”まあ、誰でもできるんだけどね”と苦笑しながら付け加えた。
「そんなことはないよ。こうして作ってもらうだけでうれしいよ。本当に……エリナが恋人で僕は幸せだなって改めて実感したくなるほどに」
「もう、さすがにそれは言いすぎだよ~」
僕の言い方が相当恥ずかしかったのか、それとも嬉しかったのかはわからないが、頬を赤くして言ってきた。
「でも、ありがとう。コースケ」
「どういたしまして」
お礼に返事をしながら、僕はエリナが作ってくれたトーストを頬張る。
「うん、おいしいよ」
「そう? それならよかった。にひひ」
僕の味の感想に、エリナは嬉しそうに笑っていた。
それを見ているだけで、眠気が吹き飛んでいくような感じになった。
「あ、そうだ」
「なに? コースケ」
ふとそんな時に思い出した僕に、エリナが首をかしげる。
「今、血を吸っておいた方がいいと思うよ」
「え? いいの?」
僕の提案に、エリナが心配そうに聞いてくる。
「いいのも何も、良いに決まってるじゃない。今日はかなり特別な仕事で体調が悪くなっても駆けつけることができなくなるかもしれない。だから今のうちに吸っておいた方がいいと思ったんだ」
「それじゃ、言葉に甘えて吸わせてもらうね………ありがとう、コースケ」
お礼を口にしたエリナは僕の首筋に顔を近づけ
「カプ……ちゅぅぅぅ」
血を吸うのであった。
(あれ?)
その瞬間、鼓動が力強く脈づくような感じがしたが、どうやら気のせいだったようでおかしな感覚は全く感じることはなかった。
「それじゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい、アナタ」
寮の玄関先まで見送ってくれたエリナに声をかけると、おかしな単語が返ってきた。
「ごめん、今なんて?」
「行ってらっしゃい、アナタ」
やはり、聞き間違いではなかった。
これは”行ってらっしゃい、アナタ”たったそれだけの言葉のはずが、ものすごくやる気がみなぎってくるようだった。
「うん。行ってきます」
「えー。それだけなの?」
そして僕もそれにそう答えると風紀班の支部に向かおうとするが、それはエリナの不満げな声で遮られてしまった。
「いったい僕に何をしろと?!」
「だから、んっ」
そういってエリナは目をつむると何かをねだってきた。
「んーーーーっ」
(こ、これはまさか、伝説の”行ってきますのちゅ―!?”)
大げさな感じもするが、僕にとっては伝説級にも値するものだった。
そして、それはとても恥ずかしくも感じる
(って、強引にエリナのファーストキスを奪っておいて何が恥ずかしいんだ?)
思わず自分にそう突っ込んでしまった。
だが、恥ずかしいものは恥ずかしいわけで。
「………………」
時間帯は昼間。
周囲に人の気配はなし。
外ではあるがこの分なら誰かに見られるという心配は、ほぼないだろう。
そう理解した僕は、エリナが突出している唇に自分の唇を合わせた。
「ん……んちゅ……んん……はむ……ちゅぅぅぅ」
時間にしてほんの数秒だったそれは、僕にとっては数十倍の時間にも感じた。
「はぁ~。やっぱりコースケのキスって気持ちいいね。優しさとか温かさが伝わってくるみたいだよ」
「僕も。何だか虜になっちゃいそう」
頬の赤みが増し、夢見心地のような状態になっているエリナに僕もそう相槌を打った。
「それじゃ、もう一回する?」
「いや、これ以上やると止まらなくなりそうだからやめておくよ」
名残惜しいが、これ以上続けると前のように誰かに見られかねない。
それに、一応仕事に向かうため、遅刻するわけにはいかない。
「ちぇ」
エリナは残念そうに声を上げると、渋々と後ろに下がった。
「でも、こうしていると何だか新婚プレイみたいだね」
「なんでもプレイをつければいいってもんじゃないからね? 一応その通りなんだけど」
いたずらっ子のような笑みを浮かべながら口にするエリナに、僕は苦笑を浮かべながら返した。
「何だったら、ヤッちゃう?」
「だから、仕事に行けなくなくなるような誘惑はしないで」
何をするかには言及せずに、エリナに注意した。
言及したら、確実に下ネタになる。
「にっひっひ~。行ってらっしゃい、アナタ」
「行ってきます」
そして、僕はエリナに見送られながら風紀班支部へと向かうのであった。
「おはようございます」
「遅れずに来たか」
更衣室で制服に着替え、支部に挨拶をしながら入ると、先に来ていた主任が感心したように口にした。
「それで、いったいどうしたんですか? こんな時間から仕事なんて」
いくら処分を受けている状態とは言え、速すぎる出勤時間に、僕は主任に尋ねた。
「市長からの勅令の仕事が入っているくらいしかわからん」
「市長から?」
僕の問いかけに目を閉じて首を横に振りながら答える主任に、僕は思わず首意をかしげながら聞きかえした。
「高月は、何か心当たりとかないのか?」
「個人的な用件でしたらありますけど、仕事となると……どのような内容なのか分かりますか?」
主任の疑問に、僕は軽く考えをめぐらせてみたが、やはり思い浮かぶものはなかった。
「今日訪れる人物の出迎えと護衛だそうだ」
「護衛ですか」
ルーキーと言うわけではないが、採用されて数か月しか経っていない半新人に頼むような仕事ではないため、僕は声を漏らした。
まあ、その理屈で言えば潜入捜査も然り、なのだが。
「それで、場所は?」
「ここに来るための連絡モノレールの駅前の広場だ。既に市長は到着しているらしい」
場所を尋ねた僕に、主任が簡潔に答えてくれた。
「それじゃ、そろそろ向かったほうがいいのでは?」
「分かってる」
僕の促すような言葉に、主任はそう答えると支部の出口に向かっていくため、僕もそれに続いて支部を後にするのであった。
「……げ」
「どうした?」
小夜様が待っていると思われる駅前の広場に、着いた僕は少し前にいる人物の姿に思わず声を漏らしてしまった。
それに主任が怪訝そうな表情を浮かべて聞いてくる。
「いえ、なんでもないです」
まさか、その人物が苦手とは言えないため、そう答えるしかなかった。
(覚悟を決めよう)
どうやら、今日の僕の運は非常にないようだ。
僕が心の中で、覚悟を決めようとしていた時だった。
少し前に立っていた人物が、こっちの方に気づいたのか視線を向けた。
そして、僕を見つけると目を見開かせる。
「久しぶりだね。会いたかったよ、高月くーーーーんッ!!」
「ひッ!?」
大きな声で両腕を広げながら駆け寄ろうってくる扇先生に、僕は思わず身をこわばらせた。
「落ち着かぬか! 馬鹿者」
だが、今日はいつもとは違っていた。
駆け寄ろうとする扇先生の前方に回り込んだ小夜様が、一喝しながら見事なストレートパンチを扇先生のボディに叩き込んでいた。
「ぐぼぁっ!?」
苦しそうな悲鳴が聞こえてきた。
突然のことに、主任も固まっている様子だった。
「―――――――――」
小夜様が何かを言っているようだが、周囲の喧騒も相まってよく聞き取れなかった。
「―――――――高月君の魔性の魅力が! 高月君へのあふれんばかりの愛が! 僕を狂わせるんです!」
「………」
今、ものすごく背筋が凍りつくような言葉を聞いたような気がしたのだが、これは空耳だと思いたい。
「―――――」
「げぼほぁっ!?」
小夜様が口を動かすと、再び見事なボディストレートが扇先生に叩き込まれた。
そしてまた扇先生の悲痛なうめき声が聞こえてきた。
その後、しばらく言葉を交わしていると、扇先生の表情は真剣なものへと変わっていった。
(もう大丈夫かな?)
声をかけても大丈夫そうだと判断した僕は、二人の方へと足を進めた。
「漫才は終わりましたか?」
「好きでやってはおらん」
僕の言葉に、小夜様はびしっと否定した。
「それで、いったいどのような仕事なんですか? なんだかわけありみたいですけど」
そうでなければ、この場に扇先生がいることはありえない。
「それはじゃな……」
言いにくそうに視線をある方向に向ける。
そこにいたのは、いつの間にか来ていた主任の姿だった。
「すまぬがちと離れてはもらえんか? 少々厄介な話をするゆえ」
「はい、わかりました」
小夜様の申し出に、主任は素直に頷くと僕たちから離れていった。
「それで……」
「今回の仕事はの、他国からくるゲストを出迎える物なのじゃよ」
口を開いた小夜様の説明から推測すると、僕はそのゲストの護衛をするのだろうか?
「ということは、そのゲストとやらの護衛をすればよろしいんですか?」
「そう急ぐでない。ちゃんと1から説明する」
どうやら僕の推測は間違っていたようで、市長に謝罪をしながら先を促す。
「今回のゲストは、お主らにとっては非常に重要な存在の人物であるのじゃよ」
「お主ら……ということはもしかして」
小夜様の言い回しに、僕は誰のことを指しているのかを理解した。
「そう、お主とエリナの二人にとってじゃ」
「今回の来訪者はロシアからくるとある研究施設に所属する研究員なんだよ」
小夜様に続いて扇先生が口を開いた。
「それって、つまり……」
「想像通りじゃよ。そこでは吸血鬼の研究を行っておるんじゃ」
僕が頭の中に思い浮かべていたことを肯定するように市長は口を開いた。
「アヴェーン君のデータの開示を小夜様を通じてロシアの研究所の方に申請したんだ。それには素直に応じてくれたらしいんだけどね」
「開示をするための条件を一つつけてきよった」
扇先生の説明を引き継ぐようにしてため息をつきながら話す小夜様の様子と、今回の仕事の内容から見て想像は容易だった。
「そのデータの使用の用途を確認させろというものなんだよ」
「元樹が研究所の興味をひかぬよう、当たり障りのない理由で説明していたようじゃがな、向こうもそのような普通の理由のはずがないと分かったのじゃろう」
「そうですか」
研究所に連絡をしてデータの開示を要求するという時点で、このようなことが起こることはなんとなく想像がついていた。
とはいえ、本当に来るとなると話は別だ。
「今日来るのは研究員。治療に参加をすることになっている。おそらくは調査の役目を兼ねて」
「ということは、実験とかをする気と言うことですか?」
扇先生の言葉に、僕は言い方がきつくなるのをこらえながら尋ねた。
「一応向こうは、同郷を救うためという名目らしいけど、鵜呑みにするのは危険だと僕は思っている」
「じゃから、細心の注意を払わなければならんのじゃよ。だというのにこやつは。このっしっかりせぬか、お主しかついていける奴はいないんじゃぞ!」
いつになく怖い表情を浮かべている扇先生の言葉に頷くように小夜様は話しながら、扇先生を蹴り飛ばした。
「蹴らないでください。僕だって治療に関しては個人の感情を抜きにしています。とはいっても、今回のことに関して自信はあまりありませんが」
「それってどうしてですか?」
扇先生の言葉に、一瞬”それは当然なのでは”と言いたくなるのをこらえて、僕は理由を聞いた。
「相手は研究者で、僕は研究者ではない。相手が誤魔化したとしてもそれを見破ることは不可能なんだ」
扇先生の自信のない表情から見るに、本当のようだ。
「そのためのお主じゃ。いいか、ワシはこれからロシアの研究所本部の動向を見張る」
「そして、ロシアからくる研究者は僕が見張る」
「ということは、僕が見張るのはエリナと言うことですか?」
そこで、僕は仕事の内容に”護衛”が含まれていることに気づいた。
今回の場合、護衛が必要なのは研究者ではなく
「そういうことじゃ。お主の護衛対象は、エリナじゃ」
まるで僕の思考がわかっているかのようなタイミングで頷くと、小夜様はそう告げた。
その瞬間、緊張の糸が張り詰めるのがわかった。
「そう緊張するでない。無理もないが、力を入れっぱなしでは、そのうち限界が来る」
「それに、差し迫った危機があるわけではない。念のため程度でいいんだ。でも、気を抜かないように」
小夜様と扇先生の言葉のおかげで、力の入りすぎた方から余計な力が抜けていくのを感じた。
「元樹は研究者、ワシはこの都市とロシアを見張る。そう簡単にことを起こさせるようなことはない。お主も裏をかかれた時のための予備策じゃよ」
「なるほど、もしかしたら強硬な手段を使ってくるかもしれませんしね」
そういうことはあまり起こってほしくはないのだが、何が起こるのかはわからない以上気は抜けないだろう。
「別に24時間張り付く必要はない。ただ、周囲でおかしなことが起こっていないかどうかに注意しておけばよいのじゃ」
「あ、おかしなことと言えば」
小夜様の話で、僕はあることを思い出した。
「何じゃ、もうすでに起こってるのか?」
「ええ。関係性は分かりませんけど。エリナの携帯に”世界を統べる王”を語る人物からいたずら電話のようなものがあったそうなんですけど」
「………そ奴は、何かを言っていたのか?」
”世界を統べる王”の名前を聞いた瞬間、小夜様の視線に鋭さが増した。
「えっと、王女がどうのこうのというものだったらしいです」
「なるほどのう………それに関してはわしらで調べておこう。一応無関係であるとは思うが」
何か思うところがあったのか、神妙な面持ちで小夜様はそう答えた。
「市長、ゲストがいらっしゃいました」
そんな中、離れていた主任がゲストであるロシアの研究員が訪れたことを告げてきた。
「うむ。お主も相手の顔を確認しておくとよい」
「分かりました」
小夜様の言葉に頷き、僕は緊張しながらも、モノレールの駅から出てくる人たちの姿に集中した。
出てくるのは普通の観光客やスーツを着た男性ばかりだったが、その中で一人、普通の人とは違う雰囲気を纏っている金髪の女性の姿が見えた。
やや大きめのスーツケースを転がしながら歩くその女性は、こちらの方に近づいてくる。
「あの、失礼ですがアナタがサヨ様で間違いはないですか?」
「そうじゃ。ワシがこの街を納める、荒神小夜じゃ。それで、お主が……」
女性の問いかけに、うなづきながら小夜様は名前を名乗った。
「初めまして。私はソフィーヤ・イヴァーノヴナ・ヂェーバです」
小夜様が言葉を詰まらせた意図を悟った、女性は人当たりのいい笑顔で名前を名乗るのであった。
これが、ロシアから派遣されてきた研究員『ソフィーヤ・イヴァーノヴナ・ヂェーバ』との出会いであった。