何気にサブタイトルで”宣言”とつけるのは二回目だったりします。
「なるほど、つまりは私がエリナのトラウマで、ここに来たのも新しいデータを本国に持ち帰るためだと思われたのですね」
「はい」
話し合いを終えて、納得した様子で頷きながら口を開くソフィーヤさんの言葉に、僕は頷きながら答えた。
「そしてミズ、ソフィーヤ。あなたは我々がアヴェーン君の体を使って色々と実験をしているのではないか。そう思われたのですね?」
「ええ。そこで私が現地に赴き、問題があるようならば強引にでもロシアに連れて戻ろうと考えていました」
お互いの見解を聞いていると、確かにソフィーヤさんの目から見れば悪党の所業にも見えなくはない。
知っていることと知らないこととでは、大きく異なるということを、僕は実感していた。
「悲しい擦れ違いだね」
「確かにそうだけど、まずはそれが自分を中心に怒っていることを理解しようか」
まるで他人事のように感想を漏らしているエリナに、僕は諭すように言う。
「考えすぎだよソーニャ。サヨたちはそんなひどいことはしないって」
「でも、そうとしか考えられないもの。今頃になって昔のデータの開示を要求してくるなんて。何かよからぬことをしていると思ってしまうわよ」
苦笑しながら否定するエリナに、ソフィーヤさんは目の端を吊り上げて、まるで注意をするような表情で返していた。
「僕も似たような立場であったらそう思うでしょうね」
「ですよね! なのにあなたときたら、そんなあっけらかんとして。人がどれだけ心配したと思ってるの」
ソフィーヤさんの考えに賛同する扇先生に、ソフィーヤさんは怒った様子でエリナに声をかける。
「ごめんなさい。でも、まさかソーニャがこっちに来ているなんて予想外で」
それは僕も同じだったりする。
尤も、彼女がエリナと親しい間柄と言うことになるが。
「ロシアの方に連絡があった時に、無理やり来たのよ。持っていた手札のカードをすべてきって、知っている人たちを無理やり黙らせたわ。エリナのためだったらどこへでも助けに行くわよ」
「ありがと、ソーニャ」
ソフィーヤさんの言葉に、エリナは嬉しそうに笑顔を浮かべながらお礼を口にしていた。
(さすがに、もういいよね?)
「ところで、ひとついいかな?」
「何? コースケ」
話に区切りがついたと感じた僕は、おずおずと手を上げながら声を上げた。
「結局のところ、お二人の関係を教えてもらえないでしょうか?」
「エリナがいたロシアの研究所に勤めていた研究員だけど、この子に聞いていませんか?」
僕の素朴な疑問に、ソフィーヤさんは嫌な顔一つすることなく答えてくれた。
「はい、聞いています。ただ、見ていてかなり親しげに感じたので」
「おー! そういえばまだソーニャのことを話していなかった」
目を丸くして驚くエリナはソフィーヤさんとの関係を教えてくれた。
なんでも、お菓子をくれたり遊んでくれたりしてくれた優しい人なのだとか。
日本語を教えたのもソフィーヤさんで、たまの日に湖畔に連れて行ってはボートに乗せたり等々嬉しそうに話すエリナの表情からは、どれほど楽しい時だったかが想像できる。
とはいえ、研究所が素晴らしいとは全く思ってはいないが。
「私は昔から、吸血鬼に対する研究の方法には疑問を持っていました。特にエリナのような子供を閉じ込め続けておくべきではありません」
エリナの話を引き継ぐようにして、ソフィーヤさんが語ったのは先ほどとは違う内容のものだった。
小さな子供を閉じ込めるようなことに異を唱えていたが、結局のところ人を助けるための研究は行われずに、上層部によってソフィーヤさんの意見は潰されていた。
「そんな時に、とある大物吸血鬼たちが合法的な手段で吸血鬼たちを救おうとしている動きがあることを知ったんです。それで、その大物吸血鬼とお話しして動きに連動して同じ考えを持つ者を集めてエリナ達を解放したんです」
「ソーニャ、そんなことを考えていたんだ」
エリナも知らないソフィーヤさんの考えに、尊敬と驚きが混じったような表情を浮かべながら相槌を打つ。
「そうよ。優しいだけのお姉ちゃんじゃなくて、責任のある大人なの。アナタを自由にしたのは私だもの。何があってもアナタを幸せにするわ。絶対に」
「そっか。でも、残念だけどそれは無理だよ。だってエリナを幸せにするのはソーニャじゃなくて、コースケだよ」
優しいまなざしで告げるソフィーヤさんに、エリナは笑みを浮かべながら返した。
「ちょっと。今言うの?」
僕の問いかけに、エリナは無言で頷いた。
「え? それはどういう意味ですか? タカツキ君」
「えっと……エリナと付き合っています。いわゆる恋人と言うものです」
怪訝そうなまなざしで僕に聞いてくるソフィーヤさんに、僕は直球で告げた。
「はぇ!?」
直球だったせいか、それとも告げた内容の方の驚きが大きかったのかソフィーヤさんは目を丸くしながら声を漏らした。
「本当なの? エリナ………恋人って」
「本当だよ、ソーニャ。ワタシね、今恋してるの」
驚きながら確認するように問いかけるソフィーヤさんに、エリナは片目を閉じながら頷いた。
「改めて紹介させてください」
ソフィーヤさんにはここに来た際に自己紹介をしてはいるが、ちゃんとした形で自己紹介をする必要があったため、僕は彼女と向き合った。
(何だか、恋人って宣言するのってこんなに恥ずかしいことだったんだね)
僕はその恥ずかしさを改めて体験することとなったが、いつまでも言わないわけにはいかないため、僕は続きを口にする。
「エリナの恋人の高月浩介です」
「その愛人の扇元樹です」
ちゃんと言えたことに達成感を覚えていたところに、さらりと横に移動していた扇先生が愛人宣言をし始めた。
その宣言にソフィーヤさんは目を丸くしている。
見た様子だと驚きのあまりに言葉を失っているのだろう。
「お願いですからすっこんでてくれませんか? まじめな話をしているので」
「僕だって真面目な話をしているのに。でもごめんなさい」
僕の言葉に、扇先生はいつもより素直に引いてくれた。
「………」
そんな僕たちのやり取りにソフィーヤさんは僕とエリナを交互に視線を向けていた。
(大丈夫かな?)
先ほどまでは、エリナの体を使って実験をしているという疑いをかけていたかと思えば、今度は恋人宣言(ついでに愛人宣言までされてしまったが)だ。
もしかしたらダメだと言われるかもしれない。
そんな不安が僕の中に浮かび上がってきた。
そんな時、ソフィーヤさんはふとやわらかい笑みを浮かべた。
それは僕の考えていたことのようにならなかったことを意味していた。
「エリナが恋ね……ふふ」
「な、何かおかしいの?」
笑みを浮かべているソフィーヤさんに、エリナは不安げに尋ねる。
「だって、あなたが恋をしているんですもの。とてもうれしいのよ、私のしたことが間違いではなかったんだって。でも一つだけ確認させて。エリナは本当に彼のことが?」
「ヤ・リュブリュー」
ソフィーヤさんの問いかけに、満面の笑みでロシア語で答えるエリナ。
(なんて言ったんだろう?)
気にはなったがここで聞くことでもないためとりあえずおいておくことにした。
「そう。エリナがそれでいいのなら、私には何も言うことはないわ」
それにソフィーヤさんのよいうすを見ると、あまり悪い意味ではないのも分かる。
「でも待って。それならどうしてデータの開示なんかが必要なんですか?」
「………」
ソフィーヤさんが口にした疑問に、先ほどまで流れていた和やかな雰囲気が一気に凍りついた。
「ミズ・ソフィーヤ。そのことについては僕から説明しましょう」
そんな中、沈黙を破ったのは扇先生だった。
「彼らの発言に嘘はありません。ですが、それとは別の問題が生じているんです」
「別の問題、ですか?」
真剣な面持ちで告げられた言葉に、ソフィーヤさんも浮かべていた笑みを消し去った。
「ええ。今更あなたにアヴェーン君の体質について説明する必要はないと思うので、体質については説明を省かせていただきますが、その体質に若干の変化が現れたんです」
「体質に変化……それはどのようなものですか?」
扇先生の説明に、首をかしげながら訪ねてくるソフィーヤさんに扇先生はこちらに視線を向けた。
どちらかというとエリナの方に。
その視線は”話してもいいか?”という確認のようなものだったが、エリナは無言で頷いた。
「分かったよ。ではミズ・ソフィーヤ。結果から述べさせてもらいますが」
エリナの返答を聞いた扇先生は、ソフィーヤさんに向き直りながら声を上げた。
「アヴェーン君はもう、高月君なしでは生きられない体になってしまったんです!」
「ぶ――!?」
「な、何ですってっ!?」
力強い扇先生の宣告に、思わず僕は吹き出してしまった。
それはソフィーヤさんも同じようで、驚きのあまりに叫んでいた。
「何故にそんな言い方を!? いや、ある意味正しいですが誤解を招くような言い方はやめてください!」
「ちょっとアナタ! エリナにいったいなのをしたの! いくら恋人でもやっていいことと悪いことがあるでしょ!」
扇先生に抗議をしている中、僕はソフィーヤさんに問い詰められていた。
何気に、知り合って間もない人に怒られるのはかなりショックを感じたりする。
「違います、誤解です!」
「でも、確かにコースケなしじゃ生きていけないかも。あの夜の快感が忘れられないの~」
否定する僕に追い打ちをかけるように、頬を赤く染めているエリナが声を上げた。
「ちょっと、エリナまで何を言ってるの!? 意味は分かるけど、本当に誤解を招くから! と言うより、そういうのをこの場で知りたくなかったっ!」
混乱のあまり、自分でも意味が分からないことをわめきだしてしまった僕は、いったん咳払いをして落ち着かせる。
「とにかくっ。ちゃんと説明してください!」
「ごめん。二人の関係がうらやましくてつい」
素直に謝った扇先生は切り替えるように咳払いを一つすると、再び口を開いた。
「要するに、アヴェーン君は高月君の体液がないと生きられない体になってしまったんです!」
「それ、絶対にわざとですよね! しかもなんだかすごい単語が混ざりましたけど!?」
前よりさらに悪化している扇先生の説明に、退いう反応が返ってくるかが想像できてしまった。
「なっ!? そのような非人道的な調教技術が………恐ろしい、これがHENTAIテクノロジーですかっ」
「そんな技術あってたまるか! と言うより、調教ってなんですか! あなたは僕を一体どういう風にみているんですかっ!」
本職の研究者さえも恐れられる僕って一体……
「体液というのは血のことです! エリナは僕の血にしか反応をしなくなったんですっ」
「タカツキ君の血でしか?」
僕の説明に、ソフィーヤさんは先ほどとは違ったベクトルで驚いた表情を浮かべた。
「うん。コースケの血を飲まないと体が渇いて、血液パックを飲んでもそれが収まらなくなっちゃったの」
「なるほど……」
エリナの言葉を聞いたソフィーヤさんは考え込むように何かをつぶやくと視線を上げた。
「Dr.オウギ。あなた方が慎重になっていたわけがわかりました。確かにこのことはおいそれと口にはできません」
「ご理解いただけて何よりです」
ソフィーヤさんの言葉に、扇先生が頷きながら答えた。
どうやら、エリナの言葉と僕の説明で、事の重大さが伝わったようだった。
「その上で、改めてお願いします。私もエリナの治療に参加させてください。私も彼女の幸せを守る責任がある。それが……一友人としての本心です」
「ソーニャ」
ソフィーヤさんの言葉からは、エリナのことを大事に思っていることが僕でもひしひしと感じることができるほど思いがこもっていた。
「分かりました。そちらがご協力いただけるのであれば、こちらとしてもありがたいです。ですが……」
「分かっています。このこととロシア本国とは全く関係ありません。データを持ち帰るようなことは一切いたしません。それがたとえ本国を裏切ることだとしても。エリナのためですから」
扇先生が言葉を濁すが、何を言いたいのかを悟ったソフィーヤさんは頷きながら真剣な面持ちで答えると、ふっと表情を柔らかくした。
「ごめんねソーニャ。エリナの為に」
「ううん。気にしないで。私はね今、幸せなんだから。自分のしてきたことがエリナが幸せに過ごせるようにすることができたことができたことと、またエリナの力に……エリナを守れるかもしれないことが」
(敵わないな)
ソフィーヤさんの言葉を聞いていた僕は、思わずそう心の中でつぶやいてしまった。
ソフィーヤさんの前では、僕の覚悟など小さなものと化してしまう。
彼女は母国を敵に回してでもエリナの為に動こうとしているのだ。
(僕も負けていられないかも)
変な対抗心を抱いているような気もしなくはないが、僕は自分にエリナを守るということを再び刻むのであった。