お待たせしました。
作中で一部人物の扱いがひどくなっていたりしますので、ご了承のほうをお願いします。
とはいっても、オチはちゃんとありますが(汗)
「えっと『警官数名と共に同行した結果、開発地区にて不審なボートの漂着を確認。ボート内に残留物はなかったが、エンジンが暖かかったことから事件発生の時間より1時間以内に漂着したものとみられる』」
支部に戻ると、既にミーティングは終わっていたのか人の姿はなかった。
唯一あるのは事務作業をしている主任の姿ぐらいだ。
風紀班のほとんどの人は今回の吸血事件の犯人の捜索にあたっているようだ。
布良さんは寮の掃除があるらしく先に戻っていった。
「いい機会だから、高月君も報告書を書いてみない?」
という布良さんの提案と、ボートと今回の事件の関連性を見出したのは僕なので、本人が書いた方がいいのではと思ったという理由から、僕はその提案を呑むことにした。
少し前に美羽さんたちも捜索を終え寮に戻って行ったので、残っている寮メンバーは僕ぐらいだ。
そんなこんなで、僕は現在報告書の作成にあたっているのだ。
(意外と報告書って難しいんだね)
ここにきて、僕は改めて報告書というものがどれほど奥深いものかを知る羽目になった。
文章の書き方一つで相手に伝える印象ががらりと変わってしまうのだ。
「『被疑者が用いた逃走経路は非常に人目につく可能性があり、発生現場には人目につかない経路も存在することから、被疑者は都市の土地勘が皆無である可能性が濃厚である』っと、こんなものでいいかな?」
僕の推測にも呼べない考えを書き終え、最後に僕の名前を署名させて報告書を完成させた。
(初めて書いたにしては、まあまあの出来かな)
完璧であるという自信はないが、見苦しく思われるようなものにはなっていない自信だけはある。
(後はこれを主任に提出するだけ)
僕は主任の姿を探すが、仕事を終えて先に帰ったのか、はたまた息抜きをするために席を外しているのか姿が見当たらなかった。
「前者はないから後者かな」
主任は僕たちより先に帰るようなことはしない。
するとしても、必ず声を掛けていく。
そう言ったところも、主任が部下から慕われている理由の一つでもあるのだが。
実際に僕もしたっている部下の一人だったりする。
(主任が息抜きで行くとしたらコーヒーベンダーのところかな)
僕はそう思い、コーヒーを入れる機会の置いてある場所に向かった。
「ん、高月か」
僕が来たことに気づいたのか、コーヒーベンダーの前で悩んでいた主任は視線を僕の方に移した。
「どうした?」
「主任に見てもらいたいのがあるんですけど」
「なんだ、報告書か」
主任に見えるように取り出した報告書を受け取ると、主任はそれに目を通していく。
「………」
僕は、その様子を固唾をのんで見守っていた。
やがて報告書に目を通し終えたのか、主任は視線を僕の方に戻した。
「これを書いたのは高月か?」
「は、はい。何か問題でもありましたか?」
いつにもまして険しい表情に、僕は及び腰になりながら尋ねた。
「いや、完璧にかけている」
だが、予想外にも主任から帰ってきたのは評価の言葉だった。
「だが、署名に問題があってな」
「署名ですか?」
予想外の指摘に、僕は目を瞬かせながら問題を聞くことにした。
「こういった書類を上に回すときには、吸血鬼以外の署名が必要なんだ」
「え………」
さらに予想だにもしない理由に、僕は頭の中が真っ白になった。
もしかしたら美羽さんたちも同じように人間のサインをもらっているのかもしれない。
「この間まで人間だったから釈然としないだろうが、上の方が色々とうるさくてな。俺の名前でもいいんだが、今回は布良のサインをもらってくれ」
「分かりました。布良さんはすでに帰っているので、提出は明日になりますけど大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
僕は主任から返された報告書を手にして一礼すると主任に背を向けた。
「あー、高月」
「はい。何ですか?」
主任に呼び止められた僕は、振り返りながら用件を尋ねた。
「高月の案は俺の権限で採用しよう。明日からは高月の報告書を基に、開発地区を中心に捜索をする」
「ありがとうございます」
自分の案が採用された悦びが顔に出ないように気をつけながらお礼を言うと、僕は今度こそ支部を後にするのであった。
(あれって、絶対に気を使われたよね)
帰り道、僕は一人で主任の最後の言葉の真意を考えていた。
納得していると言えばうそになるが、怒りとかそういった類の感情はなかった。
ただあるのは”仕方がない”くらいだ。
だが、こういったことで改めて自分が人とは違う存在だと思い知らされることになるとは、思ってもいなかったのだ。
(布良さんの前では気を付けよう)
僕が吸血鬼になるきっかけの事件現場には、布良さんがいたのだ。
下手に表情を変えれば、余計に彼女を傷つけることになる。
それだけは避けなければならない。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい。高月先輩」
「遅かったな、浩介」
家に戻った僕を佑斗君と稲叢さんが出迎えてくれた。
「生まれて初めて報告書を書いたから、緊張したよ」
「あー、きっと俺もそうなるんだろうな」
僕の感想に、佑斗君がどこか遠い目をしながらつぶやく。
「大丈夫だよ。佑斗君ならいいものができるはずだから」
「コースケ、ユートおかえり~」
そんな話をしていると、奥の方から先に帰ってきていたのか、エリナさんが姿をあらわした。
「ただいま」
「ただいまって、前にも言わなかったか?」
どうやら佑斗君の方はすでに言っていたようだ。
「ほら、お約束だし」
「そう言えば、布良さんは?」
「布良さんだったら、掃除が終わってから部屋に戻っているはずだけど」
とりあえず、エリナさんのことは置いといて、布良さんのことを尋ねることにした。
「あの、無視はひどいと思うんだけど」
「分かった。それじゃ、ちょっと行ってみる」
「布良さんに用事でもあるのか?」
歩き出そうとした僕に、佑斗君が訊いてきた。
「うん。ちょっと風紀班の書類の件でね」
「そうか。悪いな、引き留めて」
「ちょっと! 無視はしないでよ」
二の次にして置いたエリナさんの相手だが、ここまで来るとものすごい後処理が大変なことになりそうな気がした。
というより、完全に怒りかけている。
「大丈夫。ただ、エリナさんの相手をお願いね!」
「は? おい、待って――――」
僕はそんなエリナさんへの相手を佑斗君に押し付けて、逃げるように共有スペースを後にした。
(ごめんね、佑斗君)
僕は心の中で佑斗君に謝罪の言葉を掛けながら、布良さんの部屋へと向かうのであった。
「布良さん、高月だけどいいかな?」
「ふぇ!? ち、ちょっと待って!」
布良さんの部屋の扉をノックして、中に呼びかけると、慌てた様子の声が返ってきた。
その声の後に、中からものすごい物音が聞こえてきた。
(い、一体何をしてるんだろう?)
僕はその騒音に思わず首をかしげた。
それから間もなくして、ドアが開いて布良さんが僕を中に招き入れた。
布良さんの部屋は別に散らかってなどおらず、ピンク色を基調とした絨毯などが敷かれている”女子の部屋”のイメージそのものが形になったような印象を受ける部屋だった。
そんな彼女の部屋には、すでに先客があった。
「おかえり、浩介」
「た、ただいま……というより、大丈夫? 目の下にクマがあるけど」
げっそりというより、どこか疲れ切った様子の美羽さんに、僕は思わずそう尋ねてしまった。
見れば布良さんもどこか目が虚ろになっているような気がした。
「ちょっと残業を手伝ってたのよ」
「残業?」
美羽さんの言わんとすることがいまいち分からなかった僕は、首をかしげる。
そんな僕の様子にしびれを切らしたのか、美羽さんが机の上に置かれていたPCのキーボードのキーを押した。
そして流れたのはこの間残業で見ていた違法DVDだった。
「ぶっ!?」
「にょわ~!?」
思わず吹き出す僕とは対照的に、布良さんは大きな声で叫ぶと慌てた様子で止めた。
「ごめんなさい、手が滑って再生してしまったわ」
「今狙ってやったでしょ!」
美羽さんの分かりやすい言い訳の言葉に、布良さんが反論する。
「『浩介君が頑張ってるから、先輩として私もがんばる』って言うけど、布良さん一人でさせるのもあれだったから手伝ってたのよ」
「なるほど」
「違うよ!?」
美羽さんの説明に頷く僕に、布良さんは慌てた様子で否定した。
「別に『浩介君』なんて言ってないからねっ。ちゃんと『高月君』って言ったんだから!」
「そっち!?」
布良さんの否定する場所に、思わずずっこけてしまった。
「とっても重要なことだよ!?」
「いやいやいや!」
布良さんに僕は首を横に振りながら反論する。
どう考えても違う。
「それにしても、最近”先輩”っていう単語をよく使うようになったわね」
「え? そ、それは……主任から高月君を一人前にするように言われているからで……」
美羽さんの指摘に布良さんは視線を右往左往させながらつぶやいた。
尤も、後半の部分はものすごく微かな声量だったけど。
「色々と面倒をかけて申し訳ありません」
その言葉に罪悪感を感じた僕は頭を下げて布良さんに謝った。
「うわ!? ものすごい地獄耳」
「吸血鬼相手に、油断をしてはダメよ」
声が聞こえたのはやっぱり吸血鬼になったためのようだった。
どこかほっとしたような、悲しいような……そんな複雑な心境だった。
「あ、でもねビデオを見るのは克服できたよ」
「……あれで?」
嬉しそうに告げる布良さんに美羽さんはどことなく表情をこわばらせた。
「こうやって、目を薄く開けるようにすれば画面がぼやけてくるから」
「それは絶対にチェックじゃない。というより、克服もできてないし」
「そう言うことよ」
美羽さんも僕の言葉に深く頷いた。
「そ、そうだ! 何の用かな!?」
「話を逸らしたわね」
「報告書の署名で不備があったからサインをもらいに来たんだ」
慌ただしく尋ねてくる布良さんに、僕も美羽さんと同じことを思いながら本題を切り出すことにした。
「あ……ゴメンね。高月君を見ていると、吸血鬼さんに見えないときがあるからつい」
「それって、喜んでもいいのかな?」
僕の用事に”そうだった”という表情を浮かべて謝ってきた。
「私に聞かないで」
僕のつぶやきに、美羽さんは肩をすくめて答えるだけだった。
「でもおかしいわね。普通なら主任の署名でもいいはずなのに」
「主任曰く、”布良さんにサインをもらうように”って」
僕の説明を受けて、美羽さんは何かを悟ったのか”なるほど”とつぶやくと僕たちに頑張るように告げて部屋を去っていった。
「……これがその報告書なんだけど」
「どれどれ……」
美羽さんの含みのある応援の言葉の真意を考えるのをやめて僕は報告書を布良さんに手渡した。
「フムフム。うん、すごくよく書けてるよ」
しばらくして、報告書を読み切った布良さんが笑顔で感想告げた。
その感想に、僕はほっと胸をなでおろした。
主任に言われた時よりも嬉しいのはどうしてだろうか?
「これも先輩の教えがいいおかげだよ」
「そ、そう? そう言われると照れちゃうね。あはは」
結局お互いが褒め合うことになってしまった。
それはともかく、僕は布良さんから報告書にサインをもらうことができた。
「はい、高月君」
「ありがとう。さっそく明日の放課後に主任に提出してくるよ」
「うん、がんばろー!」
布良さんのエールを送られた僕は、今度こそ支部に一人で行けるように心の中で決めるのであった。
翌日の放課後に僕がとんでもない目に合うということを知らずに。
ちなみに、これは余談だが。
共有スペースに戻った僕を待ち受けていたのは、ぐったりとテーブルに突っ伏している佑斗君と、怒っていますと言いたげに頬を膨らませているエリナさんの姿だった。
それだけで、すべての事情を察してしまった。
「本当にすみませんでした。反省しているので、本当に許してください」
「そこまで言うんだったら許してあげる」
結局、僕はエリナさんに謝ることになった。
自業自得ではあるが、最終的には許してもらえたので良しとしよう。
尤も、なだめるのを押し付けたことで佑斗君にも謝ることになったのは言うまでもないだろう。
この日の教訓は、どんなに急いでいても無視は良くないという、何とも当たり前のことだった。