第38話です。
いよいよ、あの人物が登場します。
途中までは原作沿いになると思いますが、楽しんでいただけると幸いです。
「ただいまー」
「ただいま」
主任のお言葉通り、夕方になって無事に病院を退院することができた僕たちは、布良さんと共に寮に戻った。
「おかえり、コースケ。大丈夫だった?」
「おかえりなさい高月先輩。お体の方はもういいんですか?」
僕たちを出迎えてくれたのは、エリナさんや稲叢さんたちだった。
「うん、もう大丈夫。心配かけてごめん」
「そりゃ心配だったよ。だって”アレ”ができないから爆発するんじゃないかと」
「するかっ!!」
片目を閉じながら小悪魔のような笑みを浮かべるエリナさんに、僕はツッコみを入れた。
「ば、爆発するんですか?!」
「いや、しないからねっ!」
エリナさんの言葉を真に受けた稲叢さんが身を乗り出して聞いてくるため、僕は慌てて否定した。
「はぁ……それじゃ、最後の確認をするわよ」
そんな僕たちを見ていた美羽さんは、ため息をつきながら僕たち全員を共有スペースに移動させてそう告げた。
「秘密は絶対厳守。アンナさんが来ることは私たちと枡形主任しか知らないことだから、仕事場の上司や同僚にも話すことは禁止。いいわね」
「後は、一番重要なことで、いつも通りに生活すること」
美羽さんと布良さんから、みんなに注意がされた。
(僕も気を付けよう)
「本当は自慢したいけれど、それは我慢だね」
「お話しするのもなしか」
残念そうにつぶやくエリナさんとニコラの様子に、護衛対象がどれだけすごい人なのかを改めて思い知らされた。
「うう、緊張するな」
「怖い人……なんでしょうか?」
そしてアンナ・レティクル代表がどんな人物なのかに思いをはせる二人。
もっともわくわくというよりはドキドキとした方がふさわしいような気がするが。
「前にも会ったが、怖くはなかったぞ」
「でも、緊張するよね」
(会ったことあるんだ)
少しだけ先輩のはずの僕よりも早く会っている佑斗君に、ちょっとばかり嫉妬してしまった。
まあ、居眠りして犯人グループに監禁されるようではある意味当然の結果だと思うけど。
「話をするくらいなら問題ないんじゃないかしら? まあ、その覚悟があれば、だけど」
「アンナ様はどっち派かな?」
ニコラだけはある意味大物になれるような気がした。
「それで、俺がここで寝ればいいんだよな?」
「え? どういうこと」
佑斗君の言葉に、僕は布良さんたちに問いかけた。
「アンナ様にどこで寝てもらうのよ? まさか、ここでなんて言わないでしょうね?」
「僕は何も言ってないよ?!」
凄まじい目つきで睨みつけられた僕は、両手を上げながら反論した。
だが、言われてみればそうだった。
この寮の部屋数は僕が入ったために開いているところがないのだ。
つまりは、誰か一人がどこか違う場所で寝るしかないのだ。
「俺だったら一番新入りだから問題ないと思ったんだ」
「そんなっ! だったら僕がここで寝るよ。荷物も多くないし、アンナ様もそれほど苦にはならないはずだから」
佑斗君の申し出に、僕は反論した。
いくら何でも新入りにリビングで寝させるようなことをするのは避けたかったのだ。
「だが――」
「ダメったらダメだっ! これは先輩命令!」
なおも食い下がる佑斗君に、僕は卑怯だと思いながらも強引に決めさせることにした。
「私の称号が盗まれた!?」
「………こだわる所かしら? そこは」
ちなみに、僕は佑斗君の”先輩”だ。
ほんの数週間だけだけど。
「それなら僕の部屋はどうだい? この僕が吸血鬼のマナーを1から教えてあげよう」
「それは結構!」
思わず即答で答えてしまった。
「即答で断らなくても……しゅん」
気づいた様子でニコラが項垂れた。
(ご、ごめん)
僕はそんなニコラに心の中で謝った。
とはいえ、一晩中吸血鬼のマナーについて語られるのだけは勘弁してほしかったので、口には出さなかった。
「それなら、コースケが、この中から好きな相手を指名すればいいんだよ。ち・な・み・に~、エリナの部屋でもいいよ」
「えっと……」
エリナさんの提案もいいと思った僕は、佑斗君の部屋で寝泊まりさせてもらうことにした。
何だか暗示めいた様なことをエリナさんが言っていたような気もするが、それは全力で無視することにした。
「それだったら、私の部屋はどう?」
「え?」
そんな中、布良さんが恥ずかしげに提案してきた。
「い、一応私は先輩だし! それに同じ部屋の方が仕事がやりやすいでしょ?」
「…………布良さんがいいのであれば」
「……ふぅん?」
僕の返答に、美羽さんが笑みを浮かべながら僕の方を見た。
(お願いですから、そんな好奇な視線を向けないでください)
ちなみに、冗談だ。
いくら同僚だからと言って男女が同室するのはかなりまずい。
僕としては、布良さんがそんな風に言いながらいつものように反対するかと思っていた。
「あ、でも……寮則とかは」
「ご、ごめん、冗談だから」
本気で寮則を確認しようとする布良さんに、僕は慌てて冗談であることを告げた。
「弄ばれた!?」
「くふ……ダメよ浩介、弄ぶのは」
「そうですよ、布良先輩がかわいそうじゃないですか!」
「ご、ごめんなさい」
布良さんの言葉に一斉砲火を浴びることとなった僕は、すぐさま謝った。
結局、美羽さんが布良さんの部屋で寝るということになって話が落ち着いた。
「別に私は地下室でも宛がってもらえればいいんだがね」
「いえ、私は別にかまいませんから」
「せっかく矢来先輩がそう仰いていますし」
「そもそも地下室なんてあるの?」
「そうですよ、アンナさんは大切な………」
一瞬共有スペース内に沈黙が走った。
いったい僕たちは今誰に相槌を打っていたのだろうか?
「―――――!?」
後ろを振り向いた僕たちは、一斉に声にならない悲鳴を上げた。
そこにいたのは車いすに乗っている短めの青い色の髪に眼鏡をかけた女性だった。
(あれ、どこかで会ったような気が……)
「あ、あああアンナ様!?」
「いつどうやってどこから!?」
僕はいったん頭に浮かんだ疑問を片隅へと追いやる。
「秘密裏に行動するように言われていたからね。こっそりと入ってきたんだが」
「車いすでどうやって?!」
この玄関には段差があり、バリアフリーとは言えない構造になっているはず。
もっとも、その段差も誰かがいれば簡単に突破できる高さなので、”段差”というのは語弊があるかもしれないが。
「それは僕が押してきたんだよ。枡形主任から合鍵を預かっているからね」
そう言いながら玄関側から姿を現したのは扇先生だった。
僕はさりげなく扇先生から少しずつ距離を取る。
そして佑斗君の後ろ側まで移動して止まった。
「ここに来るのに落ち着かないから大変だよ。六連君と高月君がいる場所に来ると胸がいつもウキウキするからね」
「話の脈絡がなさすぎる!」
「というより、話のつながりが全く分かりません」
一瞬背筋に寒気が走るのを感じた。
本当に勘弁してほしい。
「君たちがどんな場所で生活をしているのかが知りたくてね。さあ、今日こそは案内してくれるかい?」
「ちょ、ちょっと押さないでくださ―――」
僕は素早く天井に張り付くことで扇先生という魔の手から逃れることができた。
(佑斗君の犠牲は、無駄にはしないよ!)
僕は心の中で佑斗君に告げるのであった。
どこからか”勝手に殺すな!”という声が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。
「ふぁぁぁ、おはよー」
「おはよう、エリナさん」
「おはようエリナ」
「おはようエリナちゃん」
この日、珍しく早く起きていた僕が共有スペースで食事を待っているとエリナさんがやってきた。
その様子はどこか眠そうだった。
「眠そうだな?」
「うん。色々緊張して眠れなくて」
僕と同じことを思ったのか、佑斗君がエリナさんに尋ねた。
(エリナさんでも緊張とかするんだ)
本人が聞いていたら確実に怒るであろうことを心の中でつぶやいた。
そんなエリナさんの背後に車いすのようなものが見えた。
「おはよう」
「あ、あ、アンナ様っ! おはようございます」
背後から声を掛けられたエリナさんは慌てて飛びのきながら返した。
「洗面所を借りさせてもらうよ」
「ど、どうぞ!」
アンナ様に慌てた様子で譲ったエリナさんは、胸を押さえながら息を吐き出す。
「びっくりしたー」
「気が抜けないわね」
相手は吸血鬼代表のような人だ。
つまり、言うなれば長ということになる。
そんな人と一つ屋根の下で暮らすというのは、そうそうないことだ。
「慣れるまでの辛抱かな?」
「あ、実はアンナ様の歓迎を兼ねて夕食のお料理を用意したいんですけど、ダメですか?」
苦笑交じりに布良さんが相槌を打つと、稲叢さんがそう切り出した。
「うーん、そのくらいだったら大丈夫だと思うよ」
「そうだね。裏切り者がいない限りは」
『裏切り者!?』
稲叢さんの疑問に答える布良さんに続いて、僕が何気なく呟いた言葉に、全員が過敏に反応した。
「そう。アンナ様が来たことをテロ集団に伝える漆黒の者……まあ、冗談だけど」
「冗談ではすまなわいわよ」
「そうだよ! もう少し状況を考えて!」
「………ゴメンなさい」
美羽さんと布良さんの苦言に、僕は頭を下げて謝った。
冗談もTPOを弁えるべきだということを、僕は身をもって知ることになった。
「それじゃ、行ってきますね。高月先輩」
夕食(人間でいうところの朝食だけど)を終え、学院に向かう準備が整った布良さんたちを僕は見送りに出ていた。
「掃除当番、よろしくね」
「任せてくださいな」
美羽さんの言葉に、僕は胸を張りながら答えた。
「下着を漁ってもいいけど、使った後はちゃんと―――「漁らないし使わないからッ!」あり? そうなの」
「エッチな話をするのはメッだよ! あと、高月君もそんなことしたら怒るからね!」
「いや、しないから」
なぜか”する”前提に注意をされた僕は、首を横に振りながら答える。
これは釘を刺されたと考えるべきなのだろうか?
それはともかく、全員を見送った僕は寮内に戻る。
僕は、この前の監禁された際の療養で休んでいるということになっている。
もちろん今はとても元気なのだが。
万が一強襲された際には、指定されたルートで逃げることになっている。
そのルートもしっかりと頭に叩き込んでいた。
とはいえ、一番の問題は寮での家事をしなければならないということだ。
別に家事をするのが嫌だというわけではない。
現にこれまでだって家事はちゃんとしているのだ。
ただ、家事をする際にどうしても避けては通れないものがあるのだ。
それが、洗濯物だ。
選択をするということは、どうあがいても全員分。
つまり女子の服も洗うことになるわけで……
(心を無に、目を閉じてやれば大丈夫)
僕は自分に言い聞かせるように、心の中でつぶやきながら目を閉じて乾燥機から乾燥が終わった洗濯物を取り込む。
「洗濯はこれで大丈夫かな」
洗濯物という僕にとっては地獄にも思える家事は何とか終えることで来た。
これから事件が解決するまで毎日こんなことを続けなければいけないのだろうか?
そう思うと、どうしても気分が落ち込む。
「ふぁぁぁ……眠い」
そんな時、思わず口からあくびが漏れた。
(いけないな)
あくびを漏らした自分に戒めるように顔を叩いて気合を入れる。
あくびが漏れるというのは一種の気が弛んでいる証拠だ。
だが、僕は襲ってくるものから逃れることができない。
「でも、何だか眠い」
再び襲うのは、あの時の眠気。
僕はそれにあらがうこともできず再び飲み込まれるのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「……いつまでそこに隠れている気だ? 闇の女王のアンナ・レティクル様」
先ほどから私をこっそりとみている女性に、私は呼びかけた。
「気配を消していたつもりだったんだがな」
「ご冗談を。あんたの本気はそんなものではないだろ?」
僕の言葉に、彼女は薬と笑い声を上げる。
「その様子では、あの時のことを覚えてるようだね」
「当然だ。絶対に忘れるものか。私は決して許さない……貴様らの悪行じみた裏切りを」
私の言葉にアンナは視線をそらすことはしない。
それどころか微笑さえ浮かべている。
「君に何ができる? 私たちに復讐でもするのかな?」
「それもいいかもしれないな。だが、残念ながらそんな馬鹿げたことに費やすほど、私には時間がない。それにどうせ放っておいて自滅するんだ。見逃してやる」
次はこっちが挑発をする番だった。
「……まあ、がんばりなさい」
「……ふん」
どうやら言葉の応酬のほうでは、向こうの方が一枚上手のようだ。
これ以上話を続ければ、こちらの方がぼろを出す。
残念だが、今日は素直に引き下がった方がよさそうだ。
私は目を閉じることで眠りにつくことにした。