上手く伏線が張れていればいいのですが……。
たぶん張れていないと思いますが。
それでは、どうぞ
病院を後にしてしばらく歩いた僕たちは、とある建物の前に立っていた。
「ここが、月長学院」
「そうだよ。とはいっても今日は教室とかには行かないけどね」
「まあ、そういうのはあとの楽しみにでもとっておくよ」
申し訳なさそうに答える布良さんに、僕はそうフォローした。
「私はここの利用の許可をもらってくるわ。風紀班に関することだと言えば断られないでしょうし」
「分かったよ。それじゃ、私は必要なことを教えちゃうね」
美羽さんの言葉に布良さんは頷くと、美羽さんは学院の利用を伝えに、僕は布良さんの説明を聞くべく、僕たちは二手に分かれるのであった。
布良さんについていくと、そこはやや広めの行動のような場所だった。
「この都市のローカルルールとかは前に話したんだけど、覚えてるかな?」
「ああ。えっと、労働の義務、吸血鬼であることは基本的には内密にすること、それと人からの吸血は禁止……で良かったかな?」
前に話してもらった話の内容を思い出しながら僕は布良さんに尋ねた。
「うん、完璧だよ。正確には許可なく人から血を吸うことを禁止しているんだけどね。これは吸血鬼さんの能力の使用を制限するためであるの」
「なるほど……と言うより、ひとつ聞いていい?」
僕はここにたどり着いてから感じていた疑問をぶつけることにした。
「はい、なんですか?」
「眼鏡なんてして布良さんは目が悪いの?」
「いいえ、伊達です。でも女性教師には必要なものなんです」
僕の推測を否定した布良さんははっきりと言った。
(説明するために女性教師になるのか……)
一瞬とある人物まではいかないが個性的だなと思ってしまったが、その考えを頭の片隅へと追いやる。
「と言うことは、僕はこれから……」
「うん。言いづらいけど吸血鬼さんは定期的に人間の血を摂取しないといけないの」
「やっぱりか」
布良さんの答えを聞いて、僕は前々から予感していたのが正しいことを知ることになった。
「あまり驚かないんだね」
「まあ、”吸血鬼の業”と言われればなんとなく想像はつくからね」
確かに吸血行為と言うのは業と言ってもいいだろう。
抵抗がないと言えばうそになるが。
「ヴァンパイアウイルスが関係していてね。これは吸血鬼さんが生きていくにあたって絶対に失ってはいけない存在なの。長期間人間の血を接種しないでウイルスの活動が止まってしまうと体が弱くなっていって、最悪の場合死んじゃうの」
「体が弱まるっていうのは、何か症状とかはあるの?」
症状さえ分かれば自分の置かれている状況がわかるので、僕は布良さんに尋ねる。
「えっと、高熱に浮かされたような状態になったり、めまいがしたりとか体がだるくなったりとかが一般に言われていることかな」
(と言うことは今朝から感じているめまいは弱まっている状態と言うことか)
今更ながらに自分の置かれた状況を理解することができた。
「この吸血は人の血でないといけなくて、吸血鬼さん同士だとあまり効果がないって言われてるの」
「なるほど」
「そして人から血を吸うことで、ヴァンパイアウイルスが活性化するわけなんだけど、それに付随して特殊な力が使えるようになるの」
「それが、”能力”」
僕のつぶやきに、布良さんは頷いて答えた。
「そういえば、能力っていったいどんなものなの?」
「正確には説明できないけど、普通の人にはできないことができるようになるものだよ。例えば壁のようなものを作ったり、幻覚を見せたりとか一種の超能力みたいなものだよ」
僕の疑問に困ったように答える布良さんの言葉で、どういったものかはなんとなく理解はできた。
「ちなみに、布良さんはそういう経験はあるの?」
「うん。風紀班の仕事をしているとよく吸血鬼さんが能力を使ってきたりするから」
僕の疑問に、布良さんは問いかけの意味を理解して答えてくれた。
下ネタ関係に取られかねない効き方だったため、少し心配だったが。
(これからは聞き方には気を付けよう)
「で、でもそういうのは美羽ちゃんだけだよ! 他の人はもちろん……お、男の人は初めてで」
「お願いだからプレッシャーを与えるようなことは言わないで」
男で初めて吸血するというのはかなりのプレッシャーだ。
しかも僕だって初めてなのだから、うまくできるかはわからない。
「そ、そんなつもりじゃ」
「分かってる。半分甘えだから気にしないで」
慌てて弁解しようとする布良さんに僕はそう返す。
(吸血するのにこの緊張っていったい)
僕がおかしいのだろうか?
「お待たせ。許可をもらってきたわ……って、どうかしたの布良さん?」
「うひゃう!?」
そんな中、許可をもらいに行っていた美羽さんが戻ってきたが、突然声をかけられたためか布良さんがすごい驚き方をした。
「い、今説明を終えたところで、何もないよ。あは、あははは」
何もないと頬を赤くしながら言うが、それでは何かありましたと言っているのだが、墓穴を掘りそうなので言葉を飲み込むことにした。
「それで、浩介は」
「うん、布良さんの血を吸わせてもらおうかと」
「ほ、本当に私の血を吸うの?」
美羽さんの問いに対する僕の答えを聞いた布良さんは、あまり浮かない表情を浮かべる。
まあ、血を吸われることには多少は抵抗があるのかもしれない。
ましてや、その相手が男だったらなおさらだ。
「だって、高月君に血を吸われると考えただけで恥ずかしくなってきて」
「そうよね。布良さんは敏感だから感じやすいものね」
布良さんの言葉に、美羽さんはからかうような笑みを浮かべて相槌を打つ。
「あー、なんとなく理解できた」
「もーーっ! 変なことを言わないでよ美羽ちゃん。それと高月君も納得しないでっ」
美羽さんの言葉に納得していると、布良さんがら怒られてしまった。
「いつまでも駄々をこねていても仕方がないでしょう。これも重要なことで、ほかの人にはできないことなんだから」
「うぅ……分かったよ」
美羽さんのなだめる言葉に、布良さんは覚悟を決めたのか首を縦に振った。
「それじゃ、布良さんから許可が出たことだし、早速やってみましょう」
「わ、わかった。それじゃ、布良さんいいかな?」
「よ、よよよろしくお願いします」
顔を赤らめたまま布良さんはそう答えると、僕に背を向けて首をさらした。
「それじゃ、行くよ」
「うっ、うん」
僕は一度深呼吸する。
そして、布良さんの肩に手を置く。
「ッ!!」
その瞬間、鼓動が力強く高鳴るのが聞こえた。
今まで布良さんと握手をしたりしてもこんな反応はなかったのに。
僕は、布良さんの首に手を当て、軽く横に傾けさせると右手を彼女の右腕に置き、左手を肩に置く。
そして、僕は彼女の白くつやのある首に牙を突き立てた。
「ひゃう!?」
布良さんの悲鳴が聞こえた。
(今、僕何の躊躇もなく……)
まるでそうするのが当然だと言わんばかりの勢いで自然に彼女の首に牙を立てていた。
そして、僕は彼女の血を啜る。
「ング、ング、ジュル」
口の中に広がる血の味だが、全く不快感などなかった。
そのことが自分が吸血鬼であることを実感させる。
布良さんの血を飲んでいくにつれて視界がクリアになる。
体のけだるさも嘘のようになくなっていった。
それだけではない。
周囲の状況が
僕の後ろの方では美羽さんがか固唾を呑んで僕たちを見ている。
布良さんは
「あぅ……ダメ、何か別のことを……そうだっ、1×1=1、1×2=2、1×3=3……」
緊張を紛らわすためか九九の計算を始めていた。
(なにこれ)
感じたことのない感覚に、自分でも動揺を隠せない。
まるで周囲に
それだけではない。
布良さんの血を後どれぐらい吸っても大丈夫かまで、分かるのだ。
まるで
もちろんだが、彼女との面識は全くと言っていいほどない。
(そろそろ、かな)
大丈夫である状態の範囲内で、僕は彼女から血を吸うのをやめると数歩離れた。
「布良さん、もういいよ」
「………」
僕の呼びかけに、布良さんは九九の計算をひたすら繰り返していた。
(もしかして、終わったことにも気が付いてない?)
「布良さん!」
「うひゃう!? な、何?」
少し強めに呼びかけると布良さんは飛び上がらんばかりに驚いた。
「大丈夫?」
「う、うん、大丈夫だよ。もういいの?」
もしかして、僕のあの感覚は錯覚で、血を吸いすぎてしまったのかと心配したが、どうやらそうではないようだ。
「悪い、初めてだからあまりうまくできなかった」
「そ、そんなことないよ。逆に美羽ちゃんの時とあまり変わらなかったからびっくりしただけで」
「そうね、初めてにしては全く躊躇がなかったわね。本当に初めてなのでしょうね?」
謝る僕に必死にフォローを入れる布良さんに乗る形で、美羽さんが疑いのまなざしで僕に問いただしてきた。
「そんなわけないでしょ。これが本当に初めてだよ。ただ体が勝手に動いただけなんだから」
もちろん、僕は吸血なんてことはこれまでに行ったことはない。
「まあいいわ。それで体の方はどう?」
「……なんか、視界がクリアになったような気がする。周りの状況が手に取るようにわかる」
「……そ、そう?」
僕の感じたことを口にすると、美羽さんがふに落ちない表情を浮かべて相槌を打つ。
(でも、何か変)
ヴァンパイアウイルスが活性化した状態を知っているわけではないから確実ではないが、何かがおかしい。
僕の体は食欲でいえば、点滴をして栄養は取っているけど、空腹状態は変わらないような感じに思える。
(いや、これが普通なのかもしれない)
吸血した後の変化について僕はしっかり知っているわけではないので、もしかしたらこういうものなのかと納得することにした。
「身体能力がかなり向上しているはずよ。ただ本気は出さない方がいいわ。自分で自分を傷つけるだけだから」
「わ、わかった」
美羽さんからの忠告に、僕は肝に銘じておくことにした。
「それで、能力の方は使えそう?」
「………わからない」
目を閉じて自分の状態を把握した僕は、そう答えた。
「分からないって、あなたね」
「いや、仕方がないじゃない。そもそも、能力が使える状態なんて僕には経験がなくて」
呆れた目で僕の見る美羽さんに、慌てて弁解する。
「それもそうね」
「能力っていうのは一定のものなのかな?」
ふと脳裏をよぎった疑問をぶつけてみることにした。
「ううん。吸血鬼さんによっていろいろあるよ」
「一番わかりやすい方法としては、自分がこれからすることをイメージしてみるといいわ」
「やってみる」
布良さんの答えに補足するように告げられた美羽さんのアドバイスに、僕は頷くと目を閉じて集中する。
(そういえば、僕には何ができるんだろう?)
浮かんできたのは根本的な疑問だった
―――なんでもできる。
そうだ。
”何が”ではない、何でもできるんだ。
――何をしたい? 武器を出したいか?
僕としては、武道の嗜みがない。
武器が出たところで、それは眉唾だ。
例えば。
あの時、僕があの男を吹き飛ばせていれば、状況は変わっていたかもしれない。
――分かった
僕の過程に呼応するように、暗闇だった視界が白に染まる。
「「高月君(浩介)!?」」
二人の驚いた声が聞こえる。
――さあ、目を開けろ。そして見せつけろ。お前の力を
僕は、閉じていた眼を一気にあける。
「「きゃああっ!」」
それと同時に二人の悲鳴が聞こえた。
「だ、大丈夫!?」
「え、ええ。布良さんは?」
「私も、大丈夫」
見れば、目を閉じた時よりも僕たちの距離が格段に開いていた。
「はぁ、びっくりした―」
「いまのって……」
「人を吹き飛ばす力のようね。大まかに言えば念動力」
息を吐き出す布良さんに申し訳ないと思いながら、口にした疑問に美羽さんが答えた。
「それって、美羽ちゃんと同じだよね」
「そうなんだ?」
「まあ、そうね」
布良さんの言葉に応じるように美羽さんの方を見るとそっぽを向いて頷く。
「さて、吸血も済んだことだし、そろそろ出ましょうか」
「うん、そうだね」
こうして、僕の初めての吸血体験は無事(?)に幕を閉じるのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「美羽ちゃん、どうかした?」
寮へ戻る帰り道、考え込んでいる美羽に梓が声をかける。
「え? ……いいえ、なんでもないわ」
「そう?」
美羽の答えに梓は腑に落ちない様子ではあったが頷いた。
(おかしいわ)
美羽の脳裏をよぎるのは浩介の血を吸った時の言葉。
『そんなわけないでしょ。これが本当に初めてだよ。ただ体が勝手に動いただけなんだから』
(あの言葉が比喩ではなく、額面通りに受け取るとなると、かなりおかしいことになるわ)
美羽が疑問を抱くのにはわけがあった。
通常、吸血衝動に襲われない限り体が勝手に動くことはありえないのだ。
(それにほかにもあるわ)
『……なんか、視界がクリアになったような気がする。周りの状況が手に取るようにわかる』
その浩介の一言にも美羽は疑問を募らせる。
(どうすれば、周囲の状況がわかるようになるのかしら? 私にもそんな感じはしなかったのに。あれは能力じゃないのかしら?)
そういう結論に達した美羽だが、一つだけ問題があった。
(だとすれば、浩介は私たちに念動力という能力を使った。それはつまり……”複数の能力持ち”)
そこまで考えた美羽の脳裏にある単語が浮かび上がる。
「吸血鬼喰い」
「え? なに?」
「独り言よ」
口に出ていたようで、首をかしげながら訪ねる浩介に美羽はそう答えた。
(考えすぎよね。あれが能力であるという確証もないし、何より)
――――浩介は吸血鬼を喰ったわけではない。
その二つが彼女の推測を否定した。
(やめましょう。分かるときになればすべてはっきりするはずだし)
美羽はそう結論付けると、浩介について考えることをやめるのであった。