大変お待たせしました。
今回の真の黒幕が誰なのか、わかる人はすでに分かっているような気がしますが。
それが判明するのはかなり後になりそうです。
少しして、寮に戻ってきた皆によってアンナ様の歓迎会が執り行われることになった。
「六連君、遅いよ」
「わ、悪い診察がかなり手間取って」
一番最後に共有スペースに入ってきた佑斗君は謝りながら席に着いた。
その表情は、どこか疲労の色が伺えた。
それだけで、診察の時に何があったのかが想像できてしまう僕も僕でかなりあれだけど。
「エリナはここでいいんだよね?」
「そうだよ」
エリナさんの疑問に布良さんが答え、エリナさんは指定された場所に着いた。
それを見計らった美羽さんが咳払いをする。
「それでは、アンナ様の入寮を歓迎して」
『かんぱーい!』
美羽さんが緊張によって声が震えながらの音頭に、僕たちは手に持っていたグラスを重ねると飲み物に口をつけた。
「乾杯。しかし、なんだか面映ゆいね」
「アンナ様のためにと、莉音が腕を振るったんですよ」
テーブルに広がる料理の数々に、アンナさんは感心した様子で感想を漏らしていた。
「簡単なものばかりですけど」
エリナさんの言葉に稲叢さんは少しだけ照れた表情を浮かべて口を開いた。
ちなみに、布良さんも手伝っていたりする。
……洗い物だけど
「それじゃいただくよ。………とても上品な味でおいしいよ」
「ありがとうございます!」
アンナさんの間奏に、稲叢さんは嬉しそうにお礼を口にした。
「しかし、いきなりこんなことになって、みんなには窮屈な思いをさせているのではないか?」
「い、いえそんなことはないです」
「逆に光栄なくらいです」
アンナさんの問いかけに、エリナさんが慌てて首を横に振理ながら答えると、それを肯定するようにニコラが頷きながら言った。
「ならばいいのだが。……ここの寮長は確か君だったはずだと記憶しているんだが?」
「あ、はい。私です」
アンナさんの疑問に、布良さんが一歩前に出る。
「これは私からのお願いなのだが、私を普通の寮生として扱ってはくれないか?」
「え? アンナさんをですか?」
アンナさんの要望に、布良さんは目を瞬かせた。
「その方がお互いに過ごしやすいはずだよ。私も、君たちもね」
確かに、アンナさんの言う通りなのかもしれない。
もしアンナさんが普通の寮生であれば、緊迫感にみちた寮の雰囲気は少しは解消されるはずだ。
とはいえ、なんだか失礼なような気もするが。
「闇の女王がそこまで気を回せるだなんて」
「闇の女王?」
ニコラの口にした”闇の女王”という単語に、アンナさんが首をかしげる。
それは僕も同じだった。
「ねえ、あれってもしかしなくても」
「……だろうな」
横にいた佑斗君に訊いてみたところ、僕の想像を肯定する答えが返ってきた。
「ああ、気にしないでください! ニコラが勝手につけているあだ名のようなものですから!」
「もががが!?」
ニコラの口を押えながら、エリナさんが慌ててニコラの発言のフォローをした。
何となくエリナさんがフォローをしている姿が珍しく感じられた。
「それは良かった。陰ではそんな風に言われているのかと思ったよ」
「素敵な二つ名だと思ったんだけど」
「そう思ってるのはおそらくニコラだけだぞ」
肩を落とすニコラに、佑斗君が小声で漏らした。
「むむむ……」
「難しい顔して唸っているけど、どうしたのよ?」
そんな中、難しい顔をしてうなり続ける布良さんに美羽さんが声を掛けた。
「え……アンナさんを普通の寮生のように接すると言ってもどうすればいいのかなって思って」
「普通に悪いことをしたら罰則を与えてもらって構わない。それともう一つ、こういうのはどうだろうか?」
布良さんの不安に、アンナさんは答えながら一枚の用紙をテーブルに置いた。
それを全員が覗き込む。
その紙には『料理当番表』と明記されていた。
どうやら料理当番のローテーションを決めている紙のようだ。
そこには一日おきにアンナさんの名前が書かれていた。
「闇の女王の手料理ですか!?」
「まだ使う気なんだ?」
ニコラのものすごく恐ろしいあだ名に、僕はぽそりとつぶやいた。
とはいえ、アンナさんも特に気にした様子がないので、いいのかもしれない。
「でも、アンナ様のご負担になるのでは?」
「別にかまわないよ。私は昔から料理をしているのでね。差支えなければ後で皆の味の好みを聞かせてもらえるとありがたいな」
心配そうな表情で首をかしげている美羽さんに、アンナさんはそう返した。
「あぁ……とても優しい人だ。もっと冷血な人だと思っていたけれど」
「そっちの顔がお望みならば、そのようにしようか?」
「だ、大丈夫です!」
ニコラの言葉に、声色が若干冷たくなったため、僕は慌てて断った。
「料理だったら俺もやりますよ。料理はできますから」
「僕も」
佑斗君の立候補に僕も続いた。
意外だと思われるかもしれないが、僕も料理はできたりする。
とはいえ、稲叢さんの料理の腕には大きく劣るが。
「はいはーい! そういうことだったらエリナにも提案があるの!」
「……聞かせてくれる?」
手を上げて提案をするエリナさんに、美羽さんは先を促した。
「お互いを知るにはまずエリナ達がアンナ様のことを知ることが重要だと思うの。だから、質問タイムってのはどう?」
「確かに、それなら自然に過ごせるようになるわね」
エリナさんの尤もな提案に、美羽さんが頷いた。
「でも、いいのでしょうか?」
「構わないよ。なんでも聞いてくれて構わないよ」
不安そうに声を上げる稲叢さんに、アンナさんは微笑を浮かべながら快諾した。
(本当にいい人だ)
僕は改めてアンナさんの人となりを実感した。
「それじゃ、エリナから。アンナ様の好きな体――――むぎゅう!?」
「アンナさんに変な質問、禁止ーーーーー!!」
エリナさんがしようとしている質問が何かに気づいた布良さんが、慌てて口を押えた。
「もががが……ミューにコースケまで!?」
「さすがに今回は布良さんに加勢するわ」
「稲叢さん、何かつないで」
僕と美羽さんも布良さんに加勢し、その間に稲叢さんの方でごまかせるようにお願いした。
「え、えっと……それでは、好きな食べ物は?」
「好き嫌いは特にないから安心していいよ。ただ、一番好きなのはべったら漬けかな」
「し、渋い」
アンナさんが口にした食べ物の名前に、ニコラが感想を漏らした。
(渋いどころかものすごく年齢を感じさせるような気がする)
「とても年齢が……」
それは佑斗君も同じだったようで、声を出していた。
「何か言ったかな? 六連佑斗、君?」
「い、いえ。なにも」
(な、何だか今ものすごく、威圧感を感じたんだけど)
きっと気のせいだと自分に思い込ませることにした。
「お好きなお酒はなんですか?」
「甘いリキュールには目がないね。最近はフランジェリコにもはまっているよ」
続くように質問を投げかけた美羽さんに、アンナさんは楽しげに答えた。
ちなみに、お酒の種類はいまだに僕も分かりきっていなかったりする。
「フランジェリコってなんですか?」
「確かイタリアのお酒でアーモンド系のリキュールだったはずだけど」
フランジェリコというお酒の名前がわからない様子の稲叢さんに、美羽さんが教えた。
「なかなかお酒に詳しいようだね、矢来さんは」
「恐縮です」
アンナさんの称賛の言葉に、美羽さんは嬉しそうで、どこか照れたような表情を浮かべていた。
「もが……もがが」
それにしても、先ほどから口をふさがれているエリナさんは大丈夫なのだろうか?
一応息はできているみたいだけど。
「つ、次!」
慌てた様子で布良さんが僕たちに促していく。
「ふ、ようやく僕の番が来たようだね」
そんな布良さんの言葉に、ニコラが一歩前に出た。
「好きな魔王は誰ですか?」
(それがわかる人はいるのだろうか?)
絶対にアンナさんにはわからない。
僕はそう考えていた。
「そうだね……マルコギアスあたりかな」
(分かるんだ)
「ほら! 分かる人にはわかるんだよ! アンナ様、僕は炎の侯爵が好きなんですが!」
「素敵だね。だが、アモンはどうしても”デビーク”と叫びたくなるね」
なぜか二人の間で魔王談義が始まってしまった。
しかも、僕には理解することができなかった。
「ぷはっ……それで好きな○位は?」
「だから、ダメだってば!」
呆然としている布良さんの隙を狙って口をふさいでいる手から逃れたエリナさんがアンナさんに疑問を投げかけた。
「でも、気にならない?」
「気になったとしても、初対面で聞くか!」
「というより、怒られるような気がする」
僕は恐る恐るアンナさんの方を見た。
だが、その表情は特に不快に感じているような印象もなかった。
「○越の逆○とし」
「え!?」
「へ?」
アンナさんの口から出た答えに、僕は首をかしげた。
全くそれがどのようなものかがわからなかった。
ただ、あまりよくない内容であることなのは理解ができた。
(分かった時点で問題があるから知らなくて当然なんだけどね)
「わ、わからない」
ビッチを自称しているエリナさんですら知らないのは意外だった。
「詳細は百科事典で」
(載ってるの?!)
今日はたくさん驚くことがあった。
でも一番僕が実感したのは、アンナさんがとてもすごい人であるということだった。
その後、ディナーを楽しんだ僕たちは、アンナさんの入寮を歓迎する会を無事に終わらすのであった。
★ ★ ★ ★ ★ ★
「ああ。こっちは軟禁状態さ」
アクア・エデンの某所にて、一人の男性が電話でやり取りを行っていた。
『そうですか』
「お前には迷惑をかけるが、よろしく頼むぞ」
電話口の人物に、男は申し訳なさげに頼んだ。
『もちろんです。こちらの方はお任せください。して、状況の方はどうでしょうか?』
「順調だ。寮にアンナ・レティクルが匿われたのはこの間話した通りだ」
電話口の人物の問いかけに、男はほくそ笑みながら答える。
『ええ、存じ上げております。風紀班のメンバーが常にそばにいて警護をしているとか』
風紀班のものでしか知りえない情報を、彼らはすでにつかんでいた。
「ああ。だが、問題はない。風紀班の連中は見事に護衛の方に力を入れている」
『ええ。それが”表の理由”だとも知らずに』
男の言葉に、電話口の人物が相打ちを打つ。
『仮に、風紀班が下っ端を捕まえても問題はないでしょう。彼らは口が堅いですし、何より主の
「吐いたとしても、ジダーノと思い込んでいる。実際にジダーノにあってようやく、彼らは私が
男には、焦りの色は全く見えなかった。
それどころか非常に余裕を見せている。
「まあ、こちらには風紀班内に優秀な協力者がいる。そいつがいる限り、捜査状況は分かる」
『ええ。では、今回の状況をお願いしてもいいでしょうか?』
電話口の人物の問いかけに、男は頷くと手元に一部の書類を手にした。
表紙には『報告書』と明記されており、それは風紀班の報告書だった。
その報告書の作成者の欄には『矢来美羽』と『六連佑斗』の二名の署名が添えてあった。
「以上が、今日の報告書の内容だ」
『まだ目はつけられてはいないようですが、用心するには越したことがないですね』
男の報告を受け、電話口の人物が感想を漏らす。
「とはいえ、下手に行動を起こせば、ぼろを出す。このまま現状維持で行く方が無難だろう」
『それしかありませんね』
男の言葉に、電話口の人物もため息交じりに頷いた。
『それでは、彼らにはもうしばらく潜伏してもらいましょう。変化があればお知らせします』
「よろしく頼む」
電話口の人物の今後の方針に、男はそう返事を返すと、電話を切った。
「もう少しだ。もう少しで奴が来る」
男は空を仰ぎ見る。
空は暗闇に覆われており、月の光が自分の存在を主張するように光り輝いていた。
「それまでは、引き続き情報提供をしてもらうとしようか」
そうつぶやいた男の口元はやや吊り上っていたのであった。
そしてまた、新たな一日が幕を開けようとしていた。
アクア・エデンに留まる男の計画に翻弄されているとも知らずに。