大変長らくお待たせしました。
第47話Aです。
いろいろなことがあり、投稿までに時間がかかってしまいましたが今後もこんな感じになりそうな気がしていたり(汗)
それでは、どうぞ!
「うん。心拍や血圧も清浄でどこも問題はないね。惚れ惚れするぐらいの健康さだ」
「それはどうも」
慣れとは恐ろしい。
つい少し前までは、扇先生の今の発言に背筋が凍りつくような感触がしたが、今ではそんな感じは感じられなかった。
(ホモ属性になったとかじゃないけどね)
僕は自分に言い聞かせるように心の中でつぶやいた。
「でも健康なのに、いきなりあんなことになりますか?」
「本能がいきなり前に出てきたことか……そもそも高月君の存在自体がイレギュラー……あり得ないからね。僕が予期しないことが起こってもおかしくはない」
先ほどの出来事を聞いた扇先生の結論は、それだった。
それは自分でも理解しているつもりだった。
吸血鬼たちにですら恐れられるライカンスロープであり、さらには本能という形で出てくる別人格。
まさしくイレギュラーだった。
僕が扇先生の立場だったら同じことを言っていたかもしれない。
「でも、相談することで何かがいい方向に行くかもしれないから、どんな些細なことでも相談することが重要だからね」
「分かってます」
「それじゃ、最後にいつもの点滴をして終わりだから」
点滴はいつものあれだ。
「そう言えば、アンナさんとは長いんですよね?」
「まあね。専属医師だからね」
点滴の準備を進める扇先生の背中に尋ねると、扇先生は準備をの手を止めずに答えた。
「先生から見て、アンナさんってどういう風に見えますか?」
「藪から棒な質問だね……アンナ様は高月君と同じ魅力的な女性さ。高月君と同じでね」
「一番最後の部分だけ聞かなかったことにします」
何の疑問も抱かずに自然と口にする扇先生の言葉を、僕は聞かなかったことにした。
「そう言うツンデレなところ。ますます好きになってしまうよ」
「………」
無言が一番の策だともいうが、今回ばかりはその通りだった。
ここで下手に反論すれば、さらに扇先生が便乗するような気がしたのだ。
「ところで、どうして点滴でシャツをめくるんですか?」
「めくらないと刺せないでしょ」
点滴の針を片手に僕の疑問に答える扇先生だが、完全にめくっている場所が違う。
「腕以外という選択肢しかないんですか?」
お腹のあたりをめくろうとしている扇先生に、僕はため息交じりに問いかけた。
「まさか。ちゃんと腕に刺すつもりさ」
扇先生の今の言葉ほど信用できない物はないのだが、ややこしくなりそうだったので黙っておくことにした。
そして気を取り直して僕の腕をつかむと、躊躇いもなく腕に注射針を刺した。
少しだけ痛みが走ったが、特にそれだけだった。
スムーズに血管をとらえて針を刺せるというのは、かなりの腕であることは素人の僕にですらわかった。
正確があれでなければなおのことよかったのだが、天は二兎を何とやら。
早々うまくはいかないのが世の情けだろう。
「はぁぁ……君に注射針を刺すと、すごく快感だと僕は毎回思うよ」
「それで、話を変えるんですが」
もはや何も言うまい。
扇先生の危険な発言を僕は思いっきり無視した。
「ちぇ。もう少し相手にしてくれてもいいじゃないか。でも、そういうところ僕は嫌いではないよ」
扇先生の前向きさはある意味尊敬に値した。
「吸血鬼の”本能”と、僕の言う”本能”というのは同じものですか?」
「これまた難しいことを聞いてくるね」
僕の質問に、扇先生は苦笑交じりに口を開いた。
「一概には言えないけれど、基本は同じだろうね」
「”基本は”ということは、それ以外は違うということですか?」
扇先生の言い方に疑問を持った僕は、その点をツッコんで聞いてみた。
「そうだね。君の場合は、本能が前に出ていても吸血欲求で人を襲うことも大抵ないし」
そう言う意味では、もしかしたら僕はかなりすごいのかもしれない。
「例えば、僕にも人間の血を吸いたくなる欲求というのはありますか?」
「はっきりとは言えないけれど、無いとは言い切れないかな。そもそもそう言うのは吸血鬼としての本能なんだから」
「そうですか」
扇先生の答えに、僕はそう相槌を打った。
確かに扇先生の言う通りかもしれない。
いくら僕がほかの吸血鬼とは違っていたとしても吸血鬼である事には変わりない。
「それが、どうかしたのかい?」
「あ、いえ。ちょっと気になっただけなので」
不思議そうに聞きかえしてくる扇先生に、僕は首を横に振りながら答えた。
「僕の本能って、どんな感じなんですかね? あの時のやつを見ていると、気になってしまって」
「そうだね……強いて言うのであれば、高月君には考え付かないほどすごい。としか僕には言えないかな」
「それって、どういう意味ですか?」
”すごい”というのが、どういう意味を持っているかがとても気になった僕は、さらに追及した。
「さあね」
だが、返ってきたのは、とぼけるような言葉だった。
結局扇先生は、それから応えることはなかった。
「――――――ということで、吸血鬼さんと戦う人は昔からいたんです」
点滴も終わり、いったん部屋に戻った僕は梓の部屋で狩人についての講義を受けていた。
「狩人の人たちは古くから人間を守っていたんです」
「昔の吸血鬼ってそんなに狂暴だったの?」
梓の説明に、僕はふと気になったことを聞いてみた。
狩人がいるのだから当然かもしれないが、僕にはそのような光景が想像できなかったのだ。
「昔は今みたいに合成血液がなかったから本能に導かれるように人を襲っている吸血鬼さんもいました」
「それじゃ、狩人は正義の味方なんだ」
梓の話を聞いていて感じた印象はまさしくそれだった。
もし僕が人間だったら、どういう人たちなのかを聞かずして味方だと思っていただろう。
尤も、吸血鬼という存在すら知らなかった僕が、そのようなことを思うかどうかが疑問だけど。
「そう言った一面があるのは確かです。でも今は合成血液などによって吸血鬼さんは本能を抑えることに成功しています。それに陰陽局という吸血鬼さんに対応した取り締まりを行う組織もできたので、狩りをおこなう頻度は少なくなっていったのです」
「つまり、狩人としての存在意義が失われているということ?」
存在意義と言うのはなんだか大げさな気がするし、ものすごく失礼なような気がするがそれ以外の言葉が思い浮かばなかったためそんな言い回ししかできなかった。
「うーん。陰陽局に技術を渡したのは狩人なんだけどね」
「え! そうなの?」
苦笑しながら答えた梓の言葉に、僕は心の底から驚いた。なんとなくそんな気はしていたが、まさかそんな風につながりがあるとは思ってもいなかったのだ。
「ということは、狩人の人がほかにも?」
「ううん。お役人の人と合わなかったみたいで、みんな里に帰っちゃったんだって」
僕の疑問に、布良さんは首を横に振りながら答える。
「だから今はみんな里の方でひっそりと過ごしているの」
時代が変われば何とやら。
今の時代はもしかしたら狩人たちにとっては休止の時なのかもしれない。
「これで説明は終わりだけど、何か質問はある?」
「一つだけ」
先ほどの話では語られていなかったもう一つの疑問点を、僕は梓にぶつけてみることにした。
「どうして、梓はここに来たの?」
「………一応”修行”ということになってるんだけど」
僕の問いかけに、梓は苦笑すると僕の疑問に答えてくれた。
「本当はね、吸血鬼さんのことを知るためなんだ」
「吸血鬼の?」
僕の相槌に梓は頷く。
「敵じゃない吸血鬼さんたちを見ておいた方がいいって、おばば様に言われて」
「なるほど……」
敵を知れば、新たな見方もできる。
全てがそうなるわけではないけれど、それでも不用意な争いは回避できるかもしれない。
「だけど、かなり揉めたんだけどね」
「どうして?」
梓の言葉に疑問を覚えた僕は、首をかしげながらその理由を尋ねた。
「狩人の人たちもね、簡単に言うと吸血鬼さんと人間と仲良くするべきだっていう人もいるけれど、吸血鬼さんを退治していくべきという人たちもまだいるの」
「ということは、あの楓という人は後者の方なんだ」
静かに頷いて答える梓の表情は、少しばかり悲しげなものだった。
狩人の人たちの対立は、前者を梓、後者があの楓という人物が見事に当てはまるような気がした。
「結局は私が里を抜けることで落ち着いたんだけどね」
「……」
表情は変わっていないが、どことなく寂しさのようなものを感じた。
それは当然だ。
梓にとって、その”里”はとても大事な生まれ故郷のはず。
そのような状況を体験したことがない僕でも、それがどれほどつらいことなのかは想像に難くない。
梓が”大人”というものにこだわるのは、もしかしたらそういったことが理由なのかもしれない。
「そう言う対立って、いつから起きてるの?」
対立というのは昔から存在した―――
そんな気がしたのだ。
「ううん。それがね数百年も前から起こってるの」
「そんなに昔から?」
そして思っていた通り、昔からそのような対立が起こっていたようだった。
「でも、どうしてそんなことを聞いたの?」
「うーん……何となく?」
梓の疑問に、僕はそれしか答えることができなかった。
「ちなみにその対立っていうのはやっぱり狩りをするかしないか?」
「私もよく知らないんだけど、人間と吸血鬼さんのどちらが上に立つべきかっていうものだったらしいよ」
梓は何とも言えない表情を浮かべて、対立していた内容を口にした。
だが、あまり釈然としなかった。
「一体どういう意味なんだろう?」
「うーん。昔のことだから詳しいことは書いてないんだよね」
首をかしげる僕に、梓も同じく首をかしげていた。
「あ、ごめんね。変なこと聞いて」
「大丈夫だよ。全然変なことじゃないから」
謝る僕に気にしないでと言わんばかりの表情で返事を返してくれる梓の心遣いが、とてもうれしかった。
「ちょっと外の空気を吸いにいかない?」
「そうだね。気分転換にもなるし」
そんな中、梓から出された提案に、僕は一つ返事で頷いた。
そして、僕たちはいったん梓の部屋を後にすると、寮の外に出るのであった。
「ふぅ……」
外に出た僕は静かに深呼吸をした。
疲れていたわけではないが、やはり話の内容が内容なだけに体中が緊張状態にあったのかもしれない。
「やっぱりつかれた?」
「少しね」
だからこそ梓の問いかけに、僕は素直に答えたのだ。
「でも、押収したDVDを見るときは疲れてないよね、浩介君って」
「それは心を無にしているからだよ。というか、できればあまり見たくない」
いくら無にしているとはいえ、目の前で繰り広げられるあれな映像は、精神的にもきついことこの上なかった。
「男の子もそうなんだね」
「まあ、少なくとも僕や佑斗君はそうだと思うよ」
佑斗君も色々な珍事件(稲叢さんの裸を見たとか)を起こしているが、そう言う人であると僕は信じている。
「そう言えば、梓の両親は?」
「小さいころに事故で」
首を横に振りながら、梓は僕の問いかけに答えてくれた。
「梓もか」
それを聞いた僕の口から出てきたのは、自分でも驚くほど動揺もしていない声だった。
「え?」
「僕も、親がいないから」
話したような気もするが、僕の事情を告げることにした。
「あまりよく覚えていないんだけど、物心ついた時には両親はいなかったんだ。だから、僕も親はいないんだ」
「……浩介君もだったんだ」
感慨深げに口にする梓の言葉から、本人が一体何を考えているのかまでは把握することはできなかった。
(もしかしたら、これまで感じていた親近感はそう言うのもあるのかもしれない)
似ているもの同士が惹かれあうというのはよくあること。
もしかしたら、僕と梓は両親がいないという共通点のおかげでこのような感じになっているのではないかと考えてしまう。
「ねえ、浩介君」
「何?」
そんな中、掛けられた梓の言葉で僕は考えるのをいったん止めた。
「その時、浩介君はどうしたの?」
それは僕にとって非常に確信をつくような問いかけだった。
「僕は………」
そこまで口に出したところで、僕はふとある疑問にぶち当たった。
(僕って、どうしたんだ?)
考えてみるが、何をしたのかという過程が思い出せない。
覚えているのは、”両親がいない”という結果のみ。
僕の市役所に行って税金関係のことを確認したことさえも、かなりおぼろげな記憶となっているぐらいだ。
鮮明に残っているのは、もしかしたらここに来るようにという内容の手紙を受け取ったあたりからかもしれない。
「浩介君?」
「ごめん。そのあたりの記憶があやふやでよく覚えてないんだ」
いつまで経っても答えない僕の様子を不審に思ったのか、布良さんが心配そうな表情で声を掛けてきたので、僕は苦笑しながら謝った。
「ううん。大丈夫だよ」
「でも……」
僕はふと言葉を続けていた。
「もしかしたら、仲間……友達とかを作っていたからなのかもしれない。梓みたいに」
「仲間………か」
ふと口から出てきた言葉には何の根拠もなかった。
それでも、なんとなくしっくりきた。
「浩介君にとって、私も仲間なのかな?」
「それは…………」
切なげに聞いてきた梓の問いかけに、僕は思わず言葉を詰まらせた。
どうしてなのかはわからない。
まるで心が二つあるように思いが拮抗していた。
仲間であると思う心と、違うと思っている心の二つが。
「梓は……」
そこまで口にしてもやはりそこから先の決定的なことが口に出せなかった。
気付けば距離が先ほどよりも縮まっていた。
それは僕が近づいているからかもしれないし、梓の方から近づいてきているからかもしれない。
僕にはわかっていた。
自分の本当の気持ちも、何をしたいのかも。
だが、それを何かがせき止める。
それはしてはいけないと、囁きかけてくる。
まるで誰かに暗示を掛けられているかのように。
ふと、梓の首筋が見えた。
それだけでも、全く別の欲望が心の中に渦巻く。
”血を吸いたい”、”白い肌に牙を突き立てたい”という黒い欲望が。
徐々に僕たちは近づく。
それはもしかしたら、僕が近づいているだけなのかもしれない。
それに応じて欲望も強くなっていく。
「あ……」
そんな僕にできた最後の抵抗が頭をなでることだった。
梓は驚いた表情を浮かべていたが、次第に頬が赤くなっていき
「ご、ごめんね。今の話は忘れて!」
と、一気にまくし立てた。
「わ、私先に寮の中に戻ってるね」
そして、そのまま梓は先に寮の中に入っていった。
「何をやってるんだろう。僕は」
一人残された僕は思わずそうつぶやくのであった。