「陸は女の物だ。ならば俺たちは空をいただく」
そう言ったのは僕の爺さんだった。
戦車同士の模擬戦が伝統的な女性向けの武道として競技化され、『戦車道』と呼ばれる華道や茶道と並ぶ大和撫子の嗜みとして女性に認知された世界。
そんな戦車道と並ぶ武道がもう一つある。それが『空戦道』。こちらは女性向けではなく男性向けの武道であり、その歴史は戦車道同様に長い。第二次世界大戦時に開発・使用された戦闘機を使って大空を舞台に戦う男のロマン。
爺さんはそんな空戦道の元選手の一人だった。そして、僕はそんな爺さんを見ながら育った。まだ小さいながらも複座式の飛行機に乗せてもらい、空を飛んだこともある。
その時の感動は今でも忘れられない。水平線の向こうまで続く世界はどこまでも澄んでおり綺麗なのだ。地上では感じられない風が気持ちいい。同じ世界なのに地上と空では別世界だった。
「いいか、翔。この光景を忘れるなよ。俺たち男は陸じゃ生きていけね。あそこは今じゃ女の世界だ。だが、この空だけは違う。ここだけは俺たち男の世界だ。何者にも邪魔されねぇ自由な世界なんだよ」
爺さんは下を見ながら少し寂しげに言う。当時の僕はそれがどう言った意味なのかが理解できなかった。今思えば男女差別にも等しいセリフだが、戦車道が盛んなこの世界じゃ確かに陸は男にとって肩身の狭い世界なのだろう。
「じいちゃん」
「なんだ?」
「今度は一人でここに来るよ」
「そりゃいい。オメェがもう少し大きくなったらここに戻って来い」
「うん」
「なら、こう言うのも経験しないとな」
「え? うお、おおおおおおおぉぉぉぉぉ!?!?!?」
ついでに、爺さんのアクロバット飛行に目を回してゲロッたことを爺さんに爆笑されたことも忘れない。
そんな爺さんも今はもういない。不幸な事故があった。
選手を引退して空戦道の教官として働いていた爺さんは教え子の機体に何らかの不具合が発生したのか、着陸に失敗して炎上。燃える機体から教え子を救い出して、自分は逃げ遅れてしまったのだ。
葬式には多くの人が来てくれた。家族はもちろん、空戦道を共に嗜んだ人達、日本空戦道連盟の関係者。その多くの人が涙して爺さんとの別れを惜しんだ。
「翔………」
「お兄ちゃん………」
爺さんが死んだことを実感できないまま、上の空になっていると声を掛けられた。声の方を見れば二人の少女がいる。
キリッとした吊り上がった目つきが特徴的な少女は西住まほ。僕と同い年の女の子。
逆に少したれ目でほわんとした感じの少女は西住みほ。まほの妹だ。
二人は戦車道における名家である西住流家元の子供。時折、三人で遊んだことのある仲だ。
出会いは、やはり爺さんが関わっている。
戦車道と空戦道では接点がないように思われるがそうでもない。試合内容では合同チームが編成されることもある。だから、爺さんは時折西住の家に顔を出したりして、二人とはその時に知り合った。
遊ぶ時は笑顔が絶えない二人であったが、この時だけは寂しそうだった。爺さんも二人のことは孫のように可愛がっていたからな。二人ともそんな爺さんが死んでしまって悲しんでいるのだろう。
「二人とも、来てくれてありがとう。お別れは済んだ?」
「いや、それよりも……お前は大丈夫なのか?」
「え?」
「ひどい顔をしている」
まほに言われてペタペタと自分の顔を触る。鏡でもあればよかったのだが、生憎そんなものはこの場所には無かったので自分の顔がどうなっているか確かめようもなかった。
「お兄ちゃん」
トテトテと僕に近づくみほ。僕の両手をとって強く握る。そして、下から僕のことを見上げながらこう言った。
「泣いても、いいんだよ?」
その時のみほの顔はひどかった。大きな瞳に涙を溜め、鼻を真っ赤にして鼻をすすっていた。どうやら、泣くを我慢していたようだ。
そこで気づく。爺さんは死んだのだと。
みほに手を繋がれたまま、首だけを動かして爺さんが眠る棺桶を見る。そして首を戻して再びみほを見れば、決壊寸前。僕も込み上げて来た悲しみが表に出て、ダムが決壊したみたいに泣いた。小さな子供らしく、大声を出して泣いた。
みほもみほで僕が泣くと一緒に泣き出し、僕の胸に顔を埋めて泣き出した。そんな悲しみが電波してか、まほも僕に抱き着くようにして泣いた。
周囲の大人たちは何事だと思ったのかこちらを見ている。理由を察してか、誰もそれを咎めることもなく、僕らと一緒に静かに泣いた。この場にいるみんなが、爺さんとの別れを惜しんでくれた。
空が好きだった爺さん。どうか、その魂が空の向こうの安らかなところにありますように。
爺さんが死んで数年。僕が中学に上がる頃。僕はこの地を去ることになった。理由は親の転勤。
家は別に西住流のような名家ではない。父さんはただのサラリーマンで母さんは専業主婦。仕事の都合上、そう言った辞令が舞い込めば従うしかない。
ただ、僕の場合は学園艦と呼ばれる空母を改造した海上学園に行くことになっている。場所は大洗学園。中高一貫の学園艦だ。両親の転勤先に近い学園だったし、聞けばかつて爺さんがそこで空戦道をしていたと言う。ならば、それを拒む理由はない。
しかし、ここで問題が一つ発生する。西住姉妹だ。
僕らの仲は爺さんの葬式からより一層深くなっている。お互いの家を行き来し、まほが運転する戦車に乗って勝手に遠出したりもした。当然、両親たちからお説教を受けたが。
そんな姉妹は僕との別れを惜しんで悲しんでくれた。僕も気持ち的に彼女たちと別れるのは寂しい。できれば、一緒にいたいと言う気持ちもある。でも、父さん母さんは遠くの学園艦より近場の学園艦に行くことを望んでいる。だから、僕はこの気持ちを押し殺して行かねばならない。
「イーーーーーーヤーーーーーーーー!!!!」
物理的に拘束された。西住の家に別れを言いに行った日。みほが僕の足にしがみ付いて離してくれない。小学生の上級生になってやんちゃ娘からお淑やかに育ったかと思えば、そんなことなかった。
まほもまほで僕の服の袖を掴んで離そうとしてくれない。俯いて顔は見えなかったが、すすり泣く声が聞こえた。歳を重ねる毎にまほのお母さん同様に寡黙で感情をあまり出さなくなってしまったが、これには驚いた。
「まほ! みほ! いい加減にしなさい!」
二人を一喝するのは二人のお母さんである西住しほさんだ。戦車道に関しては威厳のある人だが、母親と言う面では母親らしい人。今は駄々を捏ねる娘二人に悪戦苦闘している。
「ヤダヤダ! お兄ちゃんが行っちゃうのヤダーーーー!!!」
「我儘を言うんじゃありません! まほもその手を離しなさい!」
「……………」
普段は人の言うことを素直に聞く二人。だけど、この時だけは例え母親の言うことがあっても聞き入れなかった。もはや、意地だ。何としても僕をここに留まらせようとしている。
不覚にも、その気持ちは非常にうれしい。でも、こればかりは子供の僕にはどうしようにもないのだ。
まぁ、爺さんの墓参りとかあるし、こっちにはちょくちょく戻ってくるつもりだ。その時は事前に連絡を入れて顔を見せるし、これが永遠の別れと言うわけではない。そう伝えると、二人は渋々ながら納得して僕のことを離してくれた。
「じゃ、またな」
ここでの日々は楽しかった。少し遠くに行っちゃうけど、必ず戻ってくる。いざとなったら戦闘機に乗って来てやるよ。
ガッデム!!
大洗の空戦道が潰えていやがった!!!