美竹さんはこんなに可愛いんだよ? 作:┌┤´д`├┐
夕陽が姿を出している時間は一日のうちでどれくらいの時間だろうか。正確には季節の違いとか、いろいろな要因が絡んでいるので断言は出来ない。けど、極わずかな時間だという事は直ぐに分かるだろう。
それはまるで俺達の学生生活のように、一瞬だ。後悔の無いように生きていたいと考えるのは全く不思議な事じゃないし、実際俺もそんな考えで日々を過ごしている。楽しめるのは今だけ、なら精一杯楽しまないと勿体ないでしょ?
「何で笑ってるの?気持ち悪いよ?」
「お前の言葉はいちいち心に刺さってくるよ…」
「あ…、ごめん…」
「学校でなら謝らないのに、なんで今は謝るの〜?」
「流石に言いすぎたかなって、思って…」
「学校に居る時はもっとボロクソに言ってくるじゃん?」
「う、うるさい…!」
「あははは、可愛いなぁ…、ほんとに」
「かっ…、からかわないでよ!」
「まさか…、本音だよ?」
「っ!うぅぅ…!」
そういって隣を歩く彼女は表情をころころと変化させながら、最後にはいつも通りに顔を真っ赤にしている。やっぱり蘭をからかうのは楽しいね、一言一言にしっかり反応してくれるんだからからかいがいがあるってもんだよね。
昨日の予定通り、俺と蘭は外出している。行き先は決まってない、2人の時は大体こんな感じでぶらぶらと、商店街だったり公園だったり、はたまた電車を乗り継いで何処か遠くへと行くことだってある。
それは付き合いの中で感じた事だ。蘭を今日はここに行こう、なんて縛り付けてしまってはなんだか行けない感じがしてしまうから。一度いろいろ決めてから出掛けてみたけど、あんまり面白そうにしてなかったしね…。あの時は正直、ショックだったけど。
「あ、あのクレープの屋台、ひまりが美味しいって言ってた奴だよ」
「そうなんだ。じゃあ、どうする。食べたい?」
「んー…、響介に任せる」
「任せるって…、うーん、 「ぐぅぅ〜〜…」 なぁ…、蘭?」
「なっ!何?」
「お腹空いた?」
「……!」
「無言でパンチは酷いよ…。悪かったって、ほらクレープ食べようよ」
「響介の奢りね!」
「分かったよ…」
クレープの屋台の店員に手早く注文してから、ものの数分でクレープが二つ引き渡された。一つを蘭に手渡して、そのまま歩きながら少しずつ食べていく。
「ん、美味しい…」
「そうだねぇ、このクリームの味が凄く深くてハマりそう…」
「そんなに美味しいの、響介のクレープ」
「うん、これは相当やるね。こりゃあ、ひまりが美味しいって言うはずだ
よ」
「そ、そうなんだ…。こういう時はひまりも頼りになるね」
「その言い方じゃあ、普段のひまりは全く頼りにならないみたいじゃないか」
「全くもってその通りだよ?」
蘭の中でのひまりの評価は相当低いらしいね。なんか…、ごめんねひまり。俺も同じ考えかもしれないや…。
それにしても、このカスタードクリーム…、いつも食べてるような奴よりもコクが増してて、リッチな味わいになってる…。面白いなぁ、この味。料理はあんまりしないけど、こういうスイーツとかは蘭が意外と好んでるからいつかは作ってあげたいなぁ。
「………」
「ん?どうしたの?」
「えっ?あ、いや、別に…?」
チラリと視線を蘭の方向に向けてみれば、こちらを見つめたままピタリと静止していた。正確には俺じゃなくて、手に持っているクレープの方に視線は集中しているけど。
あぁ…、なるほどね…。
「なに蘭。もしかして…食べたいの?」
「い、いや、別に…」
「じゃあいいの?もう少しで無くなっちゃうけど?」
「ぁぁ…、ぅぅ……」
「ほらほら、どうしたいの?」
「…いじわるっ…!」
あぁ〜…、この顔が見れただけで俺はもうお腹いっぱいですよぉ…!若干顔を赤くしながらも、キリッとした目でこちらを睨みつけてくる。だけど、その目は蕩け切っていて、普段から感じられる覇気は全く感じられない。これも二人の時でしか見られない、貴重な顔だね。
「ふふふっ…、はい、あーん…」
「っ!あぁ、えっと…」
「あれ、いらなかった?」
「じ、自分で食べる!」
「じゃああげない」
「…な、なんで…」
「蘭にあーんなんて、恥ずかしがって滅多に出来ないんだから、こういう二人の時くらいいいでしょ?」
「あたしが恥ずかしいんだけどっ!」
「それじゃあ食べちゃおっかな…」
「ぅぅぅ…、あ、あーん…」
「よく出来ました!」
結局蘭は恥ずかしがりながらも、俺のクレープをあーんしてくれました。やっぱり正直に言えば、写真に収めておきたかったなぁ…、なかなか見れないような貴重な姿だったのに。
「ほ、ほら!あたしのもあげるから!」
「いいの?ありがとう!」
「た、ただし…」
「ただし…?」
「あ、あーんしてあげるから…」
「それは嬉しいなぁ…!それなら早くちょうだい!」
「え、ま、まだ心の準備が…」
「ほらほら早く!」
「は、はい、あーん!」
「んむっ…、ふんふん…。あー、美味しいなぁ!」
蘭も俺にあーんしてくれたのでおあいこだね。してくれたのは嬉しかったんだけど、蘭はまた顔中を真っ赤に熱くして恥ずかしがっている。あーんする方ってそんなに恥ずかしくないと思うんだけどなぁ…。まぁ、また一つ蘭の可愛いところが見つけられたから良かったけどね。
「ありがとう、蘭」
「も、もう二度とやらないからっ…!」
「そんな…!またやって欲しいんだけどなぁ…」
「絶対やらないからっ!」
そういう拗ねた蘭も、いつも学校で見る時よりもずっと可愛いよ。
それからものんびりと、二人の共通のペースで商店街をぶらついて行く。山吹さん家のパン屋さんは今日も大盛況みたいだけど、それと同じくらいに北沢さんの精肉店もお客さんが入っていた。
「コロッケ食べる?」
「んー、クレープ食べたばっかりだよ?」
「じゃあパンも無しかな…、これからどうしようか?」
「一つ。響介も知ってる、いい所あるじゃん」
「一つ…、あぁ!うん、行こうか!」
そうして、再びのそのそと歩き出す俺達。その行き先はと言えば当然。
「あ!いらっしゃいま…、って蘭ちゃん!それに響介君も!」
「こんにちは、つぐみ」
「席、あいてる?つぐ」
「うん!空いてるよ!いつもの席でいいかな?」
「ありがとう。さ、行こう、蘭」
「言われなくとも」
つぐみにいつもの席に通されて、隣同士でひとつのメニュー表を眺める。と言っても、大体頼むものは変わらないけどね。それは恐らく蘭も同じはずで。
「決まったよ」
「そっか、俺も決まった」
「じゃあ注文しよっか」
「うん」
一分と掛からずに頼むものが決まる。そこに見計らったようにやってくるつぐみ。その手には小さいメモ帳が握られていて、まだ呼んでもいないのに注文を取りに来てくれたみたいだ。つぐみも何となく分かってきているのかもしれない、頼むものが決まるタイミングというのが。
「ご注文はお決まりですか?」
「俺はいつものをお願いします。蘭は?」
「あたしもいつものお願い」
「かしこまりました!少々お待ちくださいね!」
とたたた、と厨房の中へと急ぎ足で入っていくつぐみ。毎日凄いよね…、生徒会もやってて、家の手伝いもしてて、その上バンドだってやってるんだからさ。
「そうだ、つぐみって最近どうなの?調子は良さそうなの?」
「うん、生徒会の仕事は今は落ち着いてるらしいから、大した負担は無いんだって。その分バンドとかは頑張ってるけど、皆で無理はしないようにしてるから大丈夫だと思う」
「そっか、それなら良かったよ」
「…ありがとう」
「え?何のこと?」
「つぐみの、心配してくれて」
今更何を当たり前の事を言ってるのさ。そんなの当然でしょ?
「当たり前だろ?確かに蘭たち5人程、関わりが凄く濃厚って訳じゃないけど、俺は勝手に友達だって思ってるからね。それに、また倒れられでもしたら、心臓に悪いよ…」
「それは同感だね…!」
二人して笑い出す。あの頃のつぐみは凄かったなぁ…。なんでもかんでも自分だけでやろうとしちゃって、その結果過労になっちゃったからなぁ…。ほんと心臓に悪いよ…。今は全然元気そうだからいいけどさ。
「お待たせしました!いつものですよ!」
「待ってました」
「おつかれ、つぐ」
そうしてつぐみが持ってきてくれたいつもの――俺のはカプチーノで、蘭はオリジナルブレンド――を二人で楽しむ。今日のコーヒーも美味しいよ、なんて二人して感想を言い合いながら…。
また次回までお待ちいただけます事を願っております。