青春ブタ野郎は灰色の果樹園の夢を見ない   作:たなとすさん

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「逆らった罪」




#02 青春ブタ野郎は生真面目メイドと出会う

 学園長との対談が終了したのは、寮の部屋から出て約一時間経過した頃だった。思ったより時間が経っていた。これ以上かえでを一人にしておくのは心配だったので、僕は少し早足で帰路についた。

 途中の教室に金髪の人物がいるのがチラッと見えたが、今は急いでいるのでそのまま通過した。

 

 寮に到着し、玄関にある名札を確認すると、僕とかえでの分が追加されて七人の名前が記されていた。

 自分の名札を『在』側にひっくり返すと、既に帰ってきている寮生は僕とかえで以外では一人だけ。

 

 小嶺 幸

 

 その小嶺さんとやらはもう自室に戻っているのか、とりあえず見える範囲には誰もいない。

 

「挨拶は明日でいいか」

 

 今から探し回るのも面倒だ。

 そう思い自室に向かうため階段を登ろうとすると、踊り場より上の死角からメイドが現れた。

 

「……ん?」

 

 待て待て僕の地の文。

 『メイドが現れた』だと?

 一旦目を閉じ、再び開けると、

 

「じぃー」

 

 目の前までメイドが迫っていた。

 しかも注視している擬音を口に出しながら。

 

「えっと、あなたは不審者さんでしょうか?」

 

「そういうあなたはメイドさん」

 

「はい、みちる様の専属メイドをさせていただいています、小嶺(こみね)(さち)と申します。以後お見知りおきを、不審者さん」

 

「いえ、不審者ではないです。寮生です」

 

「なるほど。ではあなたが先日学園長がおっしゃっていた転入生さんですか。お名前は確か……」

 

「梓川咲太。梓川サービスエリアの梓川に、花咲く太郎の咲太。妹のかえでともどもよろしくお願いします、小嶺さん」

 

「こちらこそよろしくお願いします、梓川さん」

 

 ふむ、挨拶もしっかりできるいい子……なのだが、どうしても着用しているメイド服の奇抜さが全ての印象を掻っ攫っていく。

 

「えっと、小嶺さん。なぜメイド服を着ているんですか?」

 

 もし『趣味です』と答えたら、是非とも親交を深めたいところだ。

 

「メイド服を着ている理由ですか? 実はわたし、クラス委員を任されていまして、何かと先生方に手伝いを頼まれることがあります。するとどなたかに『なんだかメイドさんみたいだね』と言われ、そのうち『試しにメイド服着てみなよ』との指示で着てみると『似合うから普段からメイド服着るようにしたら?』と提案され、その結果できる限りメイド服を着るようになりました」

 

 ……こいつ、やばい奴だ。

 何がやばいって、空気を読む事しかしてない(・・・・・・・・・・・・)ことだ。

 メイド服を着ている理由に、何ひとつ自分の意思が介在していない。

 もし指定された服装がバニーガールだとしても、この娘は何の文句も言わずに着こなすだろう。

 

「どうかなさいましたか?」

 

「……いえ、小嶺さんは空気を読むのが上手いんですね」

 

「?」

 

「ああ、気にしないでください。ただの独り言です」

 

「そうですか? よく分かりませんが、気にするなということでしたら気にしません。そういえば、転入生はご兄妹と伺っていましたが妹さんはご一緒ではないのですね」

 

「あー、妹は人見知りでね。もう少し落ち着いたら改めて挨拶させてもらいます」

 

「分かりました。では他の皆さんにもそのように告知いたしますね」

 

「よろしくお願いします。ではまた」

 

「はい。もしお困りの事がございましたら、何なりとお申し付けください」

 

 小嶺さんは、メイドらしくスカートを両手で摘み(カーテシー)をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、お兄ちゃん! おかえりなさいです」

 

「ああ、ただいま。僕が出かけてる間に誰か来たりしたか?」

 

「一度呼び鈴が鳴りましたけど、かえではボイコットしました……」

 

 来客に対応しなかったことを咎められると思ったのか、かえではシュンとした面持ちだ。

 帰寮している学生は先ほどの小嶺さんしかいないはずだから、その来客は彼女のはず。

 

「いや、今回はそれで正解だ。なにせ相手はエアリーディングメイドという謎の存在。かえで一人での接触は危険だ」

 

「えありーでぃんぐめいど、ですか……? どんな人かまったく想像ができません」

 

 ノリで言っただけだから僕もよく分からない。

 

「まあ見た目はメイド服を着た女子生徒だ。この学園内にメイドが大量発生していなければ、ぱっと見で判別できる。名前とかは今度会った時に自己紹介タイムがあるだろうから、その時聞くといい」

 

「は、はい。では今のうちに自己紹介で何て言うか考えとかないとですね」

 

「そうだな」

 

 かえでが他人との接触に前向きになっているようだから、やる気を削がないようにしないと。

 

「じゃあ僕は奥で着替えてくるから。焦らずゆっくり考えるように」

 

「了解です!」

 

 ふと夕飯用の食材を買ってなかったことを思い出した。

 時計を見ると三時を少し過ぎたくらいだ。

 

「この後買い出しに行くけど、夕飯のリクエストはあるか〜?」

 

「ふわとろオムライスがいいです!!」

 

 かえでは今日一番の元気な声でそう答えた。

 

 




小嶺 幸
「逆らった罪」
過去に⬛︎⬛︎を⬛︎った事がきっかけで『⬛︎い⬛︎』でいなければならないという強迫観念を持っている。そのため、頼まれ事を断ることが無い。クラス委員という名の雑用係を務めている。

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