青春ブタ野郎は灰色の果樹園の夢を見ない 作:たなとすさん
「じゃあ、買い物に行ってくるから留守番よろしくな」
「はい、任せてください! かえではお留守番のプロなのです!」
あまり自慢できないプロを背に、僕は学園から
「さて、メニューはオムライスだから、必要なのは卵に鶏肉に玉ねぎ、ケチャップ……、あと野菜スープも作りたいからキャベツ、人参、ベーコン、コンソメの素か」
三嶋崎には地元民で賑わう商店街もあるが、あいにく僕は三嶋崎初心者。どこに何の店があるか把握していないならば、無闇にうろつくのは時間のロスになる。
だったらはじめからスーパーマーケットに行けばいいのさ!
ということで、僕は比較的どこにでもある大手スーパーに足を踏み入れた。そして店頭にある今日の売り出しのチラシに素早く目を通し、目標を捕捉。
(ふむ。卵は特売ではないが、そもそも卵の特売が夕方まで残っている訳がないのでそれは問題ない。夕飯のメニューに必要な食材で安売りなのは、鶏肉! 引っ越す前の近所のスーパーより100gあたり15円も安い! これはある程度まとめ買いも視野に入れなければ)
0.5秒で思考し終え、買い物カゴを手に
まずは野菜コーナー。
キャベツ、玉ねぎ、人参はそこそこの安値でゲット。
お、アスパラが安い。旬だからな。とりあえずカゴへ。
お次は精肉コーナー。
目的の鶏肉は、あった。
品薄気味ではあるが、まだ質を吟味する程度の数の余裕はある。
脂身が多過ぎず少な過ぎずのモモ肉は、と。
「これとか良さそうだな」
鶏モモ肉のパックを手に取った時、反対側から僕と同時にそれを掴む手があった。
その手を辿ると、赤毛のロングストレート。露出の多い服装に、それに見合うだけのプロポーション。
僕が顔を向けたのと同時にこちらを向いたその女性は、それらのパーツが似合う美人だった。
……
ニコッ
グッ
その女性はこちらに向かって満面の笑みを浮かべながら、肉を自分側に引き寄せようとする。
しかし僕は離さない。
ウルウル
ググッ
今度は少し屈み、瞳を潤ませながらこちらを見つめながら、再び肉を引っ張る。
しかし僕は離さない。
ジーッ
グググッ
最後には無表情になってこちらを凝視しながら、更に力強く肉を奪おうとする。
しかし、僕は離さない。
「って、女がここまでしてるんだから譲りなさいよ! 確かにこの肉はいい肉だけど、まだ他にもあるじゃない!」
「だが断る!」
これが普段なら譲ったかもしれないが、今日は長時間の外出でかえでにかなりの負担がかかっている。
そんなかえでのためにも、可能な限り極上のふわとろオムライスを作らねばならない。
「というわけでこの肉は僕が買います」
「なにが『というわけ』なの!? えぇい、こっちにはお腹を空かせた子がいるのよ! マキナー!」
その女性は精肉コーナーから見えるお菓子コーナーに向かって誰かを呼ぶように更に「マキナー!」と叫んだ。
「ぉう? なんなのよさ
独特な語尾で舌ったらずな声音を出す少女(幼女?)が、文句を言いながらこちらに来た。
「ほぉらマキナ。あんたもこのお兄さんにお肉を譲ってくれるよう頼みなさいな」
この女、いくらいい肉が欲しいとはいえ子どもをダシに使うとは……!
目の前の女性の所業に戦慄していると、マキナと呼ばれた子どもがワナワナと震えだした。
「天姉ぇ! そんなに肉々しい身体のくせにまだ欲しいと申すかっ! 胸か!! まだ胸の肉が足りんと言うのか!?」
「へっ? い、いや、今取り合ってるのはモモ肉……」
「そのムッチリ太ももにまだ肉を付けたいのかっ! 肉付きのないあたしに対する嫌味かっ!?」
なにやら仲間割れをしだしたので、僕はいつの間にか手が離れていた鶏モモ肉のパックを買い物かごに入れてその場を離脱した。
「
まあ
戦利品の詰まった買い物袋を片手に、まだ見ぬクラスメイトに対して失礼なことを考えて歩いていると、
「あ、さっきの……」
「ん?」
先ほど精肉コーナーで
どうやら前方を歩いていた僕がさっきの男だと気づいたようだ。
「えっと……、さっきは大人げなかったわ。ごめんね?」
取り合いの時とは打って変わってシュンとした様子の女性。
あれか、買い物中はハイテンションになっちゃう人か。
「いえ、こちらこそその場のノリで譲ろうとせずにすみませんでした」
「うん。じゃあこの話は手打ちってことで! あ、君も家こっちなの?」
「ええ、今日引っ越してきたばかりでして。今晩の夕飯が三嶋崎での最初の食事なので、できるだけ美味しく作りたかったんです」
「へえー、越してきたばかりなんだ。そしてその言い方からすると、夕飯は君が作るんだね?」
「はい。今は妹と二人暮らしなので、自然と家事はできるようになりました。ちなみにメニューはオムライスです」
「オムライスか〜、いいなぁ。ねぇマキナ、ウチも今晩オムライスにする?」
「ぁぅ……」
はて、少女マキナはスーパー内では隣の女性に対して罵詈雑言を繰り広げていた気がするのだが、再会してからはずっと無言で僕の視界に入らないようにしている。
「あー、この子かなり人見知りでね。慣れた後は容赦なく接してくるんだけど、初対面の相手だとどうしてもこうなっちゃって」
「ぅぅ……」
俯く少女マキナに対して、僕は少し屈んで目線の高さを合わせてから優しい声音になるよう努めて話しかけた。
「こんにちは、マキナちゃん。僕は梓川咲太っていうんだ。よろしくね」
「ぁ、ょ、ょぉしく……」
「そうだ、マキナちゃん。飴は好き?」
「ぅ、す、すき」
僕は買い物袋から、お菓子コーナーでなんとなくカゴに入れたハチミツ入りの飴を一粒取り出してマキナに差し出した。
マキナは隣の女性に『もらっていい?』と言いたげな視線を向け、女性側が了承の頷きをしてから飴を受け取った。
「ぁ、ぁぃがと」
個包装を慎重に破り、中の琥珀色の飴玉をしげしげと眺めてから口に放り込んだ。
「……〜〜っ!! あんめぇー! この飴、すっげぇ甘くてうめぇのよさ!」
口内でコロコロと舐め回していると、いきなり目を見開いて歓喜の声をあげた。
さっきまでの警戒感が一気に吹き飛んで、目をキラキラさせながら飴を咀嚼している。
「へぇ、初対面でマキナを手懐けるとは見事な手管ね。あ、私は
赤髪の女性・周防天音さんが笑顔で右手を差し出してきたので、
「こちらこそよろしくお願いします。商店街に慣れるまであのスーパーを中心に買い物に来ると思うので、主婦の方と知り合えて心強いですよ」
と話しながら手を握る。
「……、主婦?」
ギリッ
握り合っている右手の握力がわずかに上がる。
「え、だって親子で買い物に来てるのでは?」
「お、親子……?」
ギリギリギリッ!
この細腕のどこにこんな力が、と思うほど思い切り握られる。
「い、痛い! 痛いです!」
「だー れー がー 子 持 ち の 主 婦 じ ゃ ーーー!!!」
「ギャアァァァァーーー!?」
この後いっぱい謝罪した。
梓川 咲太
「間違えた代償」
某飯炊きビッチを福ダヌキの母親と勘違いしたため起こった悲劇。
ギャグ補正のおかげで次話では最初の方で少し痛がっている程度で済む。