刻印虫(ガストレア)   作:ワカメ#たまごすーぷ

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…こっそり投稿。

前 説明
中 いつもの
後 常識人枠&フラグ建築


chapter2

 それから、特筆することはほぼなく日常がすぎていた。いた、と過去形なのはモノリス崩壊の未来が公表されたから。政府から発表されたそれは、順当にいけば二日後にはモノリスが倒壊し、侵入するガストレアによって東京エリアが壊滅するというもの。一応政府の用意する地下シェルターなどはあるものの、定員が限られるために抽選となり、落選したものが徒党を組み暴徒と化していた。

 

「うーむ」

 

 場所は蟲蔵。地下に設けられた秘密の部屋は、その気密性で暗く湿っている。薄汚れた蛍光灯が照らすのは、熟考している老人といくつかの十字架。和装の老人は袴の裾から大量の蟲を溢れさせている。

 

「仕方がない…か」

 

 結論は静観。いくら絶望的な状況とはいっても、ノウハウのある自衛隊がいるという楽観と、自身の異常性を隠すためにアジェバントを組みたくない考え。加えて外周区にちょっかいをかける輩が増えたとなれば、わざわざ戦場に出る気も失せる。

 

 刻印蟲に、一般人を守ろうという気は欠片もない。刻印蟲の優先順位は家族と室戸菫が一番で、次点が他の『子供たち』と松崎、それ以外は眼中にない。無論、家族の友人はその限りではないが。

 その点でいえば、藍原延珠は残念だった。『聖天使狙撃事件』で浸食率はさらに上がったろう。あれほど短いスパンでは、新薬の効果も期待できまい。

 

「小春に言ったら怒られたのう。何故かはいまだにわからぬが」

 

 友人ならいくらでもいる。生い先短い者に固執する娘の気持ちがわからない。そうぼやきながら老人は歩き回る。歩く、というと語弊があるか。正確には老人に足などなく、足元を覆う蟲たちによって、滑るように移動していた。

 滑る先にあるのは十字架の一つ。そこには肌色の物体が磔にされている。丸みを帯びた長方形。切断面が五つあるソレは不気味に脈打ち、そのたびに随所に空いた穴から蟲が出入りしていた。

 それを触診しながら、老人は続ける。

 

「肉はもつが、問題は心か」

 

 触診していた手を離す。それを合図に蟲の流入が止まると、脈動は徐々に小さくなり、やがて止まった。用済みとなったソレに蟲が群がる。見届ける老人の肩に、ガガンボのような蟲が降り立つ。手に取った老人は少しの躊躇いも見せずに、それを口に放り込んだ。

 しばし咀嚼。一つ噛む事に口角が上がっていく。

 

「飛んで火に入るとは、まさにこのことよ」

 

 獰猛に笑う老人の姿は、瞬く間に地下から消え去った。

 

 

 

 

========

 

 

 朝方。危機とか特に関係なく寂れている外周区の端。錆びて朽ちかけたコンテナと廃車が積まれたゴミ捨て場。その一つに、三人の男が潜んでいた。

 

 「じゃ、俺ちょっと小便してくるわ」

 「いってらー」

 

 外周区に打ち捨てられたコンテナ。その扉から、一人の青年が姿を表す。コンテナの中には明かりがついていて、ひとりの若者と中年の男性がモニターを見ていた。

 

 今出ていった彼と、彼の友人の二人組は、外周区でもなかなかに頭が切れると自負していた。それはもちろん自負であって、彼らより頭のいい奴は少なからずいたし、そういった機転のきく奴はすでに今回のピンチも金にしていた。

 つまり、マスコミから情報をいち早く手に入れると、地下シェルターの抽選券や東京エリアから脱出する航空券の転売を始めた。それらは多少()()()()()()()で手に入ったものでも高く売れたし、そこを気にするものはいなかった。券を手に入れる者は皆、生きるのに必死だった。

 それに二人組は出遅れた。買い占められた航空券を手に入れるには多額の金が必要だ。抽選券はハズレた。失意のどん底で八つ当たりじみた気持ちを抱き、そしてそれが金になると気づいた。

 ターゲットを変える。つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼らから、金をむしり取る。

 

 「今からってとこなのによ…」

 

 コーラ片手に相棒の尿意をぼやく。あいつ頻尿気味だよなぁと考える青年は、静かにこみ上げる興奮を隠し切れないでいる。

 彼らが行ったのは爆弾の製造だ。圧力鍋を使用し廃材に近いバラニウム片を積んでできた単純な爆弾は、単純であるからこそ安く、また大量に生産できた。それらはネットの片隅でひっそりと宣伝され、ひっそりと売られていく。

 法外な値段をつけても誰も気にしない。気にする余裕もない、といったところか。支払いと商品は電話で決めた引き渡し場所で行い、たがいに過度な干渉をしない、といったシステムは思いのほかうまくいった。荒稼ぎした金で飛行機のチケットも手に入り、にやつく口元を抑えきれない。

 

__だから、魔が差して言ってしまったのだろう。

  『だれを殺すのか聞いてもいいですか』と。

 

爆弾を引き渡す途中、突然質問してきたこちらを胡乱げにみる依頼人。突拍子のない質問をした相方を諫めるように、そのわき腹を小突く。相方もどつき返す。無言のどつき漫才を3セットほど繰り返して、こちらが折れることにした。長年の付き合いで、こうなったら引かないのを知っていたからだ。なんでも、”実際に使われてるとこ見たくない?”とのこと。

 言われてみれば見たくなったし、金で遊ぶのも飽きた頃合い。どうせ明日には高飛びするし、諸々の事情を考慮して、彼は了承することにした。

 好奇心に負けたともいう。

 

 「ハハ、大丈夫ですよ。順調じゃないですか。あとは設置して、あなたがお持ちのスイッチを押せばドカンですよ。うまくいきそうでよかったです」

 「…」

 「ハハ、ハ」

 

 ため息を吐く。おべっかを言っても完全に無視。モニターのなかでは共犯者が行進中だ。

 

 口のうまい相棒の交渉はうまくいって、彼と相棒はライブで殺人映像(スナッフムービー)を鑑賞する権利を手に入れた。手に入れたが、爆弾のサービスとひとりの監視をつけることが条件だった。サービスは彼らの復讐相手である『子供たち』を確殺し、監視は自分たちを見張るためだ。

 

 「ハァ」

 「…」

 

 もう一度ため息。監視の暗い瞳は机の上のモニターとこちらを往復している。しわの目立つ口元は固く閉じられていて、スイッチの前に陣取っている。両脇のポケットに手を突っ込んだまま、こちらの一挙一動を監視していた。

 おおかたこちらが戯れに通報やネットにあげたりしないようにするためだろう。復讐なんてたいそれた名分を掲げているが、実際は『子供たち』を使った憂さ晴らし。死ぬ前に誰かを道連れにしようというマイナス思考の極致だ。そもそも死にそうにならなければ動かない、世間体を気にする時点で、どこまでも一般人だった。

 

 ”まぁ、それの片棒担いでる俺がいうことじゃないけどなー”

 口のなかで温いコーラを遊ばせる。いつものように相方の思い付きに乗った彼だったが、早々に、この現状に飽きてきていた。

 ”おっさんまじ暗ぇーし。ずうっっっと下水道映してるだけだし。これ帰っちまってもいいかね?”

 ぶっちゃけダリい、とひとりごちる。さもありなん。彼に『子供たち』へ含むものはあまりなく、せいぜい爆弾のセールスポイントのひとつ、といった程度の認識である。

 外周区で弱ければ食い物にされるのは当たり前。その対象がたまたま『子供たち』だったということだけ。

 冷徹にアウトローらしく、彼はそう判断していた。

 

 『こちらポイントにあと5分ほどで着く。支部長は、スイッチを押す準備をしてください』

 「わかった。合図を待つ」

 

 モニター横のスピーカーから声がする。モニターには、代わり映えのしない下水道の様子が映っている。淡くライトで照らされるのは、コンクリートと前を歩く『復讐者』たち。彼らの背中には圧力鍋が背負われていた。

 ターゲットとなる『子供たち』はこの下水道の近くで学校生活を送っている。彼は自分の作った爆弾が使()()()()のを見るのは初めてだ。知らず知らずのうちに、画面に注ぐ視線は熱のこもったものになる。

 

 5分というのは、待ち始めると長い。それが下水道の映像ならなおさらで。すぐ飽きた青年が『そういやアイツしょんべんなげーなー』と思い始めたころ。

 

___異変が、起きた。

 

 

 先頭の男が声を上げる。

 

 『あれ、いま雨降りませんでしたか』

 『どうした』

 『いや、なにか首筋に落ちた気がしたんですけど。気のせいだったみたいでずね”___え”?』

 

 ぐるり。どちゃ。ばたり。

 そんな擬音が聞こえそうな一連の流れ。疑問を発した男の首が一回転。水っぽい音とともに落ちた頭部に遅れて、頭の無い体が崩れ落ちる。

 一瞬の惨劇。目にした事象の唐突さに、全員の時が止まった。

 

 『はぁ!?』

 「はぁッ!?」

 

 あちらとこちらで同時に再起動。突然死した仲間に、隊長格の男が近づく。食い入るように見つめるモニターは、撮影者が動揺しているのか手ブレがひどい。

 モニターを見ながら、青年は考える。となりで黙っていたのが嘘かのようにマイクに向かって怒鳴る中年も無視。思い出せ、男はたしか、『雨が降った』と言っていた。つまりーー

 

 「上だ…ッ!!」

 

 ゆっくりと、カメラの目線が上がる。あらわになる下水道の天井。

 __そこには、びっしりと夥しい量の蟲がぶらさがっていた。

 

ライトの光を反射して無数の複眼が赤色に光る。あまりの事実に硬直し、モニター超しに目が合ってるかのような錯覚を抱く。

 

 __一泊おいて、そのすべてが一行に降り注いだ。

 

 『ガストレアだッ!!』

 

 『目が、なにも見えない!』『あハハハハハ!頭の中がシャリシャリ言ってる!』『ああ神様ぁッ!!』『いだいいだいよォッ!』『あれ、私の足はどこ?』『やめてぇ!おっぱい食べないで!』『やだやだやだやだ』『許して、許してくれぇ!』『入らないッ!入らないからぁ!』『しねしねしねしね』

 

 悲鳴と罵声、そして銃声がスピーカーから溢れる。カメラは落としてしまったのか、先ほどから見当違いの方向を向いている。そのためモニターからは何も見えず、聞こえてくるのは音声のみ。

 

 聞き覚えのある声が壊れていく。すでに銃撃の音はなく、勢いのあった罵声が、慈悲を乞う哀願に変わっていく。湿っぽい、ただれたようなコーラスが下水道の壁に反響する。

 時折挟まれる絶叫。背筋を凍らせるようなアクセントは、完全にアレの趣味だろう。

 

 それが、『殺してくれ』というアンコールに変わるのは間もなくのこと。

 一般人である彼らにとって、『殺すなら殺される覚悟』など、望むべくもなかったのだ。

 一種の逃避行動。奪われた世代の自分たちには、復讐の正当性があると信じ込んで。

 __ちょっとすっきりしたら、何食わぬ顔で日常に戻ろう。なに、人にはシツレイな発想でも、『子供たち(ムシ)』相手ならいいだろう。だって、あれは人ではないのだから__

 

 そう言って彼らは、”ホンモノ”のムシの縄張りにずかずか無断で踏み入った。

 慈悲も容赦もなく、侵入者は食べられる。ただ、それだけの話だった。

 

 

 

 意識が再起動する。

 モニターの前で意識を落としていたらしい。握りこんだ拳は小刻みに震えている。

 マイクから出るスプラッタな音声は、弱弱しいものに変わっていた。

 …厄介なことになったと歯噛みする。ガストレアが出没したのは完全に予想外だった。民警や警察に救助を求めても、なぜわかったのか聞かれるのも面倒だ。

 …ここは証拠になるものが多すぎる。一旦離れた場所に移ってから通報しよう。

 

 自己保身を優先しながらも、見捨てられない小悪党ぶり。

 そんな思惑は、隣の中年男によって覆された。

 

 「なッ!携帯でどこにかける気ですか!あんた捕まるぞ!」

 「皆が死んでしまう!君には悪いが通報させてもらう!」

 

 鈍く光る銃口。

 頑なにポケットから出さなかった手には、真新しい拳銃が握られている。それを向けて、男は片手で携帯を操作する。

 銃口を向けた相手から目をそらさずに、携帯の番号をプッシュする。緊迫した空気のなか、両方を同時にこなすのは平時であっても難しい。その手が震えてるのならなおさらだ。

 何度もボタンを打ち間違える。

 そのたびに、指の震えはひどくなる。

 

 その時、鈍い音を立ててコンテナの扉が開いた。小便に出ていた青年が帰ってきたことを察っして、青年は叫ぶ。微かな希望。拳銃を持っていても、2対1ならどうにかなる。なにせ相手はど素人だ。

 

 「河口ぃ!そいつからスマホ取り上げろ!」

 「い、いいや、そこから動くな。お友達がどうなっても知らないぞ」

 

 ふらふらとした足取りで、河口と呼ばれた青年は近づく。

 止まらない。

 友人が人質になっているというのに、青年はまったく歩みを止めない。

 

 「止まれ、止まらないと撃つぞ!」

 

 距離が近くなる。中年男の額を汗が伝う。彼我の距離が短くなるごとに、拳銃を持つ手の震えが激しくなる。2メートル、1メートル、50センチ、__そしてそのまま、横を通り過ぎた。

 

 「は?」

 

 河口、とよばれた青年は気にしない。幽鬼のような足取りでモニター前の起爆スイッチへ。そもそも、前提からして間違っている。

 

 「やめろ…ッ!?」

 

 スイッチが押される。中継中のカメラが、一瞬真っ白な画像を送ってそのままブラックアウト。なにも映さない画面と足に響く微かな揺れ。全員が一瞬で理解する。

 確実に、彼らは死んだ。もとより瀕死だったが、今のでミンチ以下になり果てた。

 

 「う、うわあああああああッ…!」

 

 意外にも真っ先に再起動した中年男が河口に向かって発砲。号泣しながら放たれた弾丸は至近距離だったために5発中3発命中。甲高い発砲音とともに吐き出された銃弾が着弾し、河口の肉片が飛び散る。

 確実に致命傷。なにせ弾の一つは頭蓋を貫通している。仲間は死んだ。仇を討った。凄まじい展開に中年男は混乱しながらも、

ーあれ?ここでもう一人(コイツ)を殺せばなにもなかったコトになるんじゃないかー

そんなことを、思いついていた。

 

もちろんそんなことはない。 仮に口封じに成功しても、撃った死体の処理や使った機材の隠蔽をどうするか。 それらが男一人では不可能だということも、混乱した頭では考えられない。

それ以前に、はじめての殺人の感触に対処するだけでいっぱいいっぱい。

混乱した頭は事態の簡略化を望む。すなわち、

 

 ___証人を殺して逃走する。

 

同じように呆けていた青年に銃を向ける。友人の突飛な行動と死に驚愕していた青年は、ようやく向けられている銃口に気がついた。

 

 「いや、待ってくれ。こいつが勝手にしたことだ!俺は関係ねぇ!」

 

 …それこそ関係ない。証拠となるものはすべて片付けなければ。ただそれだけの一心で、引き金に力を籠める。同時に首筋に冷たい感触。

 

 __瞬間。視界が一回転。ゆっくりと落ちる視界にうつるのは怯えた顔の青年と、首から上のない自分。その後ろに立つ殺したハズの青年。

 

 青年だったソレは、血ではなく蟲をこぼしている。

 銃弾によって穿たれたあとから、ぽろぽろと落ちる大小の蟲。

 腹部を突き破って、サソリのようなハサミ足が生えている。赤黒く光るのは、彼と私、いったいどちらの血なのだろうか。

 明滅する意識。走馬燈の最後のページにうつるのは、撃ったのに一滴の血も出ない青年の死体。

 

 __ああ、最初から死んでいたのか。

 

 死人を殺せるはずもなく。弾がもったいなかったなぁと。

 見当違いの貧乏性を発揮して、意識は暗闇に落ちていった。

 

 

========

 

 

 モノリス崩壊前日。

 青空教室にいく里見蓮太郎と藍原延珠を遮ったのは多数の警官と黄色いテープだった。

 風に乗って微かに漂う焦げ臭さ。物々しい空気だ。

 

 「…延珠、ここにいろ」

 「れ、蓮太郎?」

 

 不安げに見上げる延珠を置いて、警官に近寄る。軽く事情を説明すると、警官は複雑な顔をしながら話し出した。

 

 「爆発があったんだよ。下水道でね。被害者?うーん、なんと言えばいいのか。ああ、マンホールに住んでる『子供たち』なら無事だよ。じいさんも無事だから安心してくれていい。どっちかというと、これは集団自殺に近いのかなぁ?」

 

 自殺?わざわざ外周区の、『子供たち』のいる場所で?

 

 「いや、それは確かにおかしいんだけど。なにせ爆発物にはバラニウムも入っていた。死体の損傷も激しいけど一応身元の確認もできて、彼らが過激派というのも分かったんだ。パソコンから爆弾業者とのやり取りも拾えたし」

 

 「ところがメンバーの一人と販売した業者が見つからないんだ。業者のアジトも見つけたけどもぬけの殻。痕跡はあったけど、そこから動いた跡がない。長引きそうでいやになるね」

 

 そうですか。お勤めご苦労さまです。気持ち丁寧にお礼を言う。民警だというのに嫌悪感も見せずに接する警官は貴重だ。

 

 「どうも。ああそうだ。通報してくれたのはあの老人だよ」

 

 ついでとばかりに話した警官が指さした先には、間桐臓硯がいた。

 

 

 

 

 「あんたの仕業か」

 「いかにも」

 

 事件現場から少し離れた空き地。その場所で、二人は向かい合っていた。

 延珠はいない。友達に会いに行けと、この場所から遠ざけた。

 

 単刀直入な質問にも、毛ほども動揺したそぶりを見せない。むしろ常から浮かべている笑みが深まったほど。

 …当たり前か。路地裏で垣間見た性根から、人を人とも思わないことは知っている。あれほどの残虐行為を平気でこなす化物が、いまさら動揺するハズもない。

 

 「しかし、何故わかった。証拠はなにも残しておらんかったはずじゃが」

 「通報したのがアンタって時点でおかしいだろ。…なんでわざわざ通報した。べつにあんたが通報しなくてもよかったはずだ」

 「善良な一市民としての義務じゃよ。…そうにらむな。なに。わりにあわぬと思ってな。ここは英雄殿に感謝のひとつでも貰えなければやっていけん」

 「感謝だと…!」

 

 血が上る。努めて冷静であろうとした頭が熱をもつ。話はできるのに、決定的に違う生き物だと再認識する。

 事件現場には、爆発にあった彼らの遺族がいた。慟哭の声が、離れたここからでも聞こえてくる。

 人が何人か行方不明になってる時点で、『食われた』と考えるのが妥当だ。喰ってしまえば、痕跡は微塵も残るまい。

 まさに完全犯罪。それほどのことをしておいて、あまつさえ感謝を求めるとは、完璧にこちらを侮っている…!!

 

 固く握られた拳が、音を立てる。人工皮膚がわれて、バラニウム製の肌が顔を出す。

 怒りにあてられて徐々に臨戦態勢になる蓮太郎。それを見て、不思議そうに首を傾げる老人。

 一触即発の状況は、次の一言で凍り付いた。

 

 「なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()のはこちらじゃ。感謝こそすれ、恨まれる覚えは微塵もないのう」

 「なに言って…!」

 「気づいておろう。ワシが手を出さなければ、あそこに転がっておったのは『子供たち』の骸じゃ」

 「ッ…⁉」

 

 そうだ。『バラニウム』が入っていると聞いた時点で薄々感づいていた。

 バラニウム入りの爆弾。そして、青空教室の直下、下水道での爆発。

 極め付きは、遺族たちのストラップや服にプリントされた、「日本純血会」のシンボルマーク。

 

 奥のブルーシートの下、遺体らしき肉片(カケラ)からは、シンボルマークなど見つかっていない。もとからなかったのか、それとも判別できないほど粉々になったのか。

 それは、もう目の前の化物以外は知りえない。

 それでも。

 それでも、遺体にしがみついて泣く年配の女性が、奥で警官に怒鳴る初老の男性が、呆然と立ち尽くす青年が、還暦が、少年が、少女が、男が、女が、人が、人人人人_____

 

  全員がこちらを見ている。

 

 『なんで間桐のジジイがここにいるんだ』

 『子供をこの学校に預けてるんだって。噂によれば『赤目』専用らしいぜ』

 『うわきもちわりぃ。ほんと…』

 

 『なんで、なんでしゅんちゃんが死ぬの!』

 『おかしい、おかしい』

 『なんで、しゅんちゃんが死んで、『赤目』が生きてるのよ!それならあいつらのほうが…』

 

 『刑事さんよ、私は思うんだがね。これは『子供たち』のやったことだ』

 『確かに爆弾はつくれないだろう。でも、起爆するのなら』

 『恐ろしいね。彼女らはできるなら…』

 

  死んでほしい

 

 若い、おぼろげにしか覚えてない『奪われた世代』

 地面を掻きむしり吠える『奪われた世代』

 口調は軽く、しかし凍えた目の『奪われた世代』

 

                      

 彼らは一様に、『子供たち』への怨嗟を吐き出している。

 …先生(室戸菫)は、『子供たち』を潜水艦にたとえた。その肉体の強靭さ、『構造』からして違うことを、蓮太郎に自覚させ、それに寄り添うことで起きる、いつかの破滅を予告した。

 『クジラと潜水艦は別の存在だ。その交わりは、ハッピーエンドにはなりえない』

 結局のところ、その忠告は覚悟を問うようなものだったが。

 同時に思ったのだ。

 体が潜水艦に例えられるほど人外でも、中身もはたしてそうなのか。

 『命を懸けて救われた潜水艦の船員たちは、それを見て、なにも思わないものなのか?』と。

 

 「気づいたか。もしここに転がっていたのが『子供たち』ならば、彼らは()()()()()()

 

 ___それならばまだよい。実際には、歓喜するものが大半じゃろうな。

 

 いつの間にか近くまで来ていた臓硯が、硬直している蓮太郎に囁く。

 紡がれた言葉は、ゆっくりと心を染め上げる。

 

 _まったくの逆だ。

  精神でいえば、クジラのほうが『子供たち』で、潜水艦が『奪われた世代』。

  クジラが潜水艦を守って命を落としても、彼らは悲劇と感じない。

  当たり前だ。

  そもそも彼らは『子供たち』を同じ生き物として見ていない。むしろ『ガストレア』を宿すとして、憎むものが大半だ。

  憎む相手に同情など、いったい誰がするものか。加えて、同じ『ヒト』だとも思ってないのだ。

 

 

 イニシエーターが命がけで敵を倒しても、彼らは決して認めない。自分たちの日常は、『子供たち』の奮戦によって保たれていると頭ではわかっていても、憎悪を止めることができない。

 それほどまでに、彼らの憎悪は深いのだ。

 

 「今度こそわかったか。この場に限らず、『子供たち』の生存を喜ぶものはほとんどいない。『子供たち』は誰にも生誕を寿がれず、母親にすら捨てられ、殺される。

 周囲の様子がわからぬほど唐変木ではあるまい。貴様とて、ガストレアに対する恨みのひとつやふたつ、腹の中ではかかえておるはず。

 それでもなお『子供たち』の生存を喜ぶ貴様は、はっきり言って異端じゃ。それもとびきりのな」

 

 「それが、なんだ」

 

 確かに、ムリなのかもしれない。

 どうやったって『奪われた世代』の憎悪は深くて、『子供たち』との共存は難しいと理解した。

 理解、してしまった。

 自身は『子供たち』に耐えろと言ったが。

 …その結果、『子供たち』が無抵抗で殺されてしまったら、いったいどうなっていただろうか。

 想像して、乾いた笑いが出る。

 

 天童の屋敷を出たばかりの頃なら、『子供たち』も憎んでいたころなら、自分も『奪われた世代』(あちら)側だったころならば。

 それならば、ここまで苦悩することはなかったハズだ。

 きっとそのほうが楽だった。実際屋敷にいたころは、憎悪が自分を動かしていた。

 ああ、それでもーー

 

 「なに…?」

 

 「それがどうしたっていってるんだよクソジジイ。俺は今の自分が延珠や木更さんのおかげでこうなっていることを分かってるし、そのことに感謝してる」

 

 延珠がくるまでの、自分の顔を思い出す。

 毎朝ひとりで向かう洗面台の鏡には、憎悪と悲哀で凝り固まった、すさんだ顔が映っていた。

 今思えば笑えるぐらいひどい顔だ。それでも当時は、笑う余裕なんてまったくなかった。

 

 「だから、『子供たち』の事情を知って後悔したことはねえし、するつもりもねえ。

  __延珠は俺の相棒だし、『子供たち』は東京エリアの希望だ。

  誰がなんと言おうと、俺はそうだと思ってる。

  …それに、言い出しっぺの先生(オレ)が辞めたら、生徒にカッコがつかないだろ」

 

 俯けていた顔を上げて、前を見据える。

 ポケットの中の手で、プリントの束を握りしめて。

 当たり前のことを言うように、異端な内容を口にする。

 それはたしかに『夢』であったが、同時に覚悟の証明でもあった。

 

「それでこそウチの社員よ。里見くん」

「木更さん…!?え、ちょっといつからいたんだ…!」

「だいたい最初から」

「うがあああああッ…!」

 

物陰から黒髪をなびかせて、女子高生が現れる。

若干クサイ台詞を聞かれて悶えてる社員を一瞥して、天童木更は老人の対面に立つ。

創業時からの社員の覚悟を、誇るかのように胸を張って。

  

「天童の娘か…。それで、貴様はどうする。命をかけて守った相手から罵倒され、下手すれば命を狙われる。イニシエーターに守られながらも、その卵である『子供たち』を迫害する。

そんな腐った輩のいる町は、いっそのこと、捨ててしまうのもありではないか。

ワシならば、空港へと通じる安全な道も知っておる。チケットも幸い一枚余っておるがーー」

 

「残念ながらお断りします、間桐の翁」

 

ちっとも残念そうでない声音で、木更は断る。

口元は、微かに上品な弧を描く。

 

「私はまだここでやりたいことがありますし、それに、周りが腐っているからと言って、自分まで腐るのはどうかと。

障害物は全部正面から切り捨てる。腐ってるというのなら、その憎悪を切り捨てる。『奪われた世代』が、間違った感情を抱かぬように。

 __そのために、私達『民警』はいるんです」

 

どこまでも誇り高く。

天童の姓を冠する少女は、そう言って花のように笑った。

 

「…そうか。またもやフラれるとは、ワシもヤキが回ったか。まあよい」

 

ーーー結末は、特等席で見させてもらうとしよう。

 

そう言って、風にさらわれるように消え失せる。後に残るのは、微かな羽音と、勇敢な二人の戦士のみ。

 

そして。

遠目に見える摩天楼。第32号モノリスが軋みをあげる。

 

「そんな馬鹿な…」

「ちょ、ちょっと里見くん!おじいさんが消えちゃったんだけど…!!」

「いいからアレを見てくれ…っ!?」

 

 二人が見つめる先。

 人類守護の建造物は、唐突にその終わりを告げた。

 白化した肌が砂塵となり、何10トンもあるバラニウムが砂糖菓子のように崩れ落ちる。

 __ありえない。崩壊まではまだ一日あるはずだ。これは、聖天使サイドで計算した厳密なものではなかったのか…!?

 

 崩落は、地震と錯覚するほどの地響きをともなった。咄嗟に木更をかばった蓮太郎に、たたきつけるように風が吹く。

 蓮太郎の黒い学生服が、真っ白に汚れていく。

 朝から続く風は、外周区の広範囲に白い灰をまき散らしていた。

 

「そうか、風…」

 

 2031年現在、いまだ気象の完全な予測は難しく、カオス的に吹く気象の流れを正確に把握することはできていない。

 現にモノリスは倒壊し、 風に乗って砂煙が発生している。

 JNSCの連中は読み違ったのだ。風の流れを。

 始まる。『第三次関東会戦』が、___まったく意図しないタイミングで。

 

「里見くんッ!」

「わかってる!」

 

 電話をかける。短いコール音。すぐ出てきた松崎さんに、延寿へ電話をかわってもらう。逸る心とは裏腹に、彼の目線はしっかりと戦場を見据えていた。

 

 二〇三一年七月十二日午後三時十六分。

 この時この瞬間こそが、東京エリア史上最悪の戦争と呼ばれ歴史に名を刻まれる『第三次関東会戦』の始まりだった。




いろいろ忙しかったのもありますが!
端的にいってfate熱が冷めちゃってました。すまぬ。
動画の切り抜きやようつべでちまちま見てるだけじゃ冷めちゃうってはっきりわかんだね。

あと途中まで書いて日を置いてたら続き書くのが面倒に感じてしまった。
初投稿の興奮が冷めてしまった。

とかいろいろあります。
ただ私の目標は『原作の嫌いな奴ぬっころし&蟲爺アゾット』だったりするので最後まで書くつもりです。書き溜めとかないのでいつ終わるかわかりませんが…。

次の更新も未定です。気長に待ってくれるとうれしい、うれしい。

気づかれてると思いますが、筆者は奈須きのこ大好きマンです。爆弾の下りは未来福音けっこうパクッテるような気がしますし、文体も似せようとしてます。

人の文章の劣化しか書けないような私ですが今後とも付き合っていただけると幸いです。






あと念願のまほよ手に入れました。あ~マイ天使が可愛くてテムズカッコいいんじゃあ~。プロイになりたい。




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