「うん、しばらく車椅子にはなるけど、退院してもよさそうだね」
「本当ですか!ありがとうございます」
ご機嫌よう、皆さま。
一ヶ月寝たきり生活二時間スペシャルの主演、ヴィオレットです。
この世界の超医学は重傷を負った私を僅か一月で退院出来るまでに回復させてくれました。
いえ、本当はもう少し入院していた方がいいのですが、私が学生の大事な時期に入ろうとしていることから、少しばかり融通を利かせてもらったのです。
早く戻ってシャルと一緒にいたいのが本音ですが。
何にせよ、多少遅くなっても車椅子生活は避けられないらしいので、それならばと担当医の先生に打診した結果、めでたく退院が許可されたのでした。
「やっと帰れるわぁ」
「まだ歩いたりしちゃダメだよ?」
やっとの退院にウキウキする私に、車椅子の手押しハンドルを握って押すシャルが、念を入れるように忠告しました。コロコロと小気味良い車輪の音とシャルの規則的な足音が周囲を小さく彩っています。
別に足に重大な怪我があった訳ではありませんが、歩くことで内臓が揺れてしまうのが良くないらしいのです。勿論お酒も禁止(未成年なのでそもそも買えませんが)ですし、なるべく消化に良いものを食べるように言われました。
それでも病院の食事から解放されたのは大きいです。ああ、カフェオレが恋しい。
「正面玄関でデュノア社の人が待ってるから、早く行かないと」
「そうなの?」
「今日も車で送ってくれたんだ」
久々のカフェオレのお供をクッキーとマドレーヌのどちらにしようか悩んでいたところ、後ろのシャルからそんな言葉が出てきました。
聞けば、デュノア社の人が私達を迎えに来ているとのことです。
余り待たせてはいけませんが、病院で急いでは危ないので、いつもの調子でのんびりと行きましょう。
それにしても、デュノア社の遣いということは早速父に引き取られるみたいですね。
クッキーを焼けるオーブンはあるでしょうか。沢山本があればいいのですが。
「……お姉ちゃんって時々呑気になるよね」
なんだかバカにされたような気がしたのですが気のせいでしょう。
いえ、シャルの懸念していることはある程度予想はつきますが、正直に言ってなるようになるしかないと思うんですよ。私は某カリスマ☆吸血鬼でも背中に鬼の貌を持つ訳でも無いんですから。
私には某スキマパワーがありますが……そうですね。もっと扱えるようにならなければ。
今まではワープ装置としてしか使っていませんでしたが、ちゃんと用いればそれらにも劣らぬ実力を発揮できるはずなのです。
なのにそれが使えないのは、偏に私自身の問題なのでしょう。先の事件もこれをもっと上手く扱えていれば……。
……いえ、やめましょう。能力を過信して無茶をするとまたシャルが怒りそうです。
あの般若のスタンドを見るのは懲り懲りですよ本当。
「寝起きのシャルはもっと呑気で可愛いわよ?」
「……朝に弱いからってアレするのは本当にやめて」
「アレって何かしら?」
「あの……耳元でさ、ボソボソッてするやつ」
「んー? 抽象的過ぎて分からないわぁ」
「ぐっ、この姉……」
休みの日だからって12時過ぎても起きてこないシャルが悪いのです。休みの日に余り寝過ぎるといつも次の日寝坊するんですから、仕方なく起こしてあげてるんですよ。
ただちょっとバイノーラル動画の真似をして耳元で囁く遊びをしていただけです。
悪びれずにニヤリと笑うとシャルは軽く引き攣りながらも影のある表情はだいぶ取れていました。
コロコロと進む車椅子に凭れていると、よくお世話になった美人な看護師さんとすれ違い、笑顔で挨拶を交わしました。
あの方とも多く話をして、すっかり仲良しになってしまいました。完治した暁には真っ先に果報を報告したい人です。
「お姉ちゃんの車椅子も載せてもらうようにお願いしなきゃ」
「車椅子も載せるとなるとすこし窮屈になりそうね」
車椅子の介護経験のある人なら分かると思いますが、折り畳んだ車椅子は見た目以上に軽く持ち運ぶこと自体はそう難しくはありません。しかし小さくしても二人分近いスペースを占領する車椅子は、そこらの軽自動車では収納するだけで手一杯になってしまうこともしばしば。
私がいらぬ心配をしていると、シャルはきょとんと首を傾げて、徐にエレベーターのボタンを押しました。
「大丈夫だと思うよ? デュノア社の迎えの人何人もいるし、載せられる車もあると思う」
「あらそうなの……まるでどこぞの富豪のお嬢様ね」
「実際そうみたいだけど……それにさ、お姉ちゃんリムジンだよリムジン。凄くない?」
「リムジン……? リムジンバスじゃなくて?」
「モノホンのリムジン」
そう言いながらエレベーターで一回まで降りて、病院を後にします。
そして正面の自動ドアを抜けると確かにありました。
黒々とした近寄り難い高級感を醸し出す一台の車。設計間違えてないかと突っ込みたくなるような不自然な長さで重厚に輝くリムジンモデル。
周りの邪魔になりそうで、しかし文句を言い出せない権力を匂わせる重圧がそこにはありました。
「……うわあ」
テッテレー♪
そんなコミカルな効果音が鳴っていればもう少し愉快だったのかもしれません。
アレが私達の出迎えなのだと理解して、思わず目を背けてしまいました。だってリムジンですよ? 世界が違いすぎます。
『原作知識』からシャルがどのような立場なのか知ってはいましたが、実際に体験するとその凄さが分かりますね。今最もホットな産業の最大手企業の社長とはこれほどのものか。
あのチョロイン代表格の名門セシリア・オルコットにも劣らぬ、公的な身分の高さでは一番、二番を争うヒロインなのですから不思議と言うほどでもないのでしょうか。
下手をすると転生した時より異世界感を感じるくらいです。
私が唖然としていると、リムジンの方から一人の女の方が歩いてきていました。白銀の髪の人、ディアナさんです。
元々素材が良いと思っていましたが、こうしてスーツを着て微笑まれるとモデルさんみたいです。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
「あ、はい。お待たせしました……」
軽く手の平で指し示しながら礼をするディアナさんにしどろもどろに返事をしながら、シャルに押されるまま車椅子が進んでいきます。先にシャルがリムジンの中に入って、続く私はディアナさんの手を取り、慎重に立ち上がりました。
「お久しぶりです。ヴィオレット様」
「久しぶりですが、そんなに日が経った気がしませんね」
そう言って笑いながら、車椅子を収納してリムジンのトランクに乗せていく黒服の人達を見やりました。やっぱりこのリムジン大きすぎです。
別に骨折しているわけでもないので一人でリムジンに入ろうとしたら、ディアナさんともう一人の方が私を割れ物のようにそっと抱えてリムジンの席に座らせてくれました。
「あ、ありがとうございます」と伝えると、ディアナさんは端正な顔を綻ばせて「ごゆっくりお過ごしください」と言いい厚みのあるドアを閉めました。
外界と遮断されたリムジンの中で、シャルと中の景色を交互に見比べました。
「広い……」
思わず口に出てしまうくらいリムジンの中は広々としていて、くの字に繋がった本革のソファーの側面に座り、呆然と眺めていました。
いっそ清々しいほどリッチな高級感に溢れた内装。基本的なファッションは変わらず、しかし前より明らかに素材の質が良くなった服を着こなすシャルがとても良く映えますね。
元々来賓用のリムジンなのでしょう、反対側にはボトルとワイングラスがいくつも置いてあります。
「なんだか落ち着かないわ」
「だよねー、慣れるしかないよ」
アハハと困ったように苦笑するシャルは、言葉とは裏腹に随分と落ち着いていました。私の隣に寄り添うように座ったシャルは、私の伸びた髪に手を入れて弄んでいます。
「♪」
「……?」
何だかいつもより上機嫌ですね。リムジンの中がそんなに居心地良かったのでしょうか?
内心戸惑いながら過ごしていると、助手席のドアが開いてディアナさんが入りました。
「随分と厚い待遇ですね」
「社長の御息女様方ですから。失礼な真似は出来ません」
「そういうものですか」
何事によらず過度は良くないと言いますが、このむず痒い感覚も慣れていかないといけないのでしょうね。
走り始めたリムジンの中、透ける車内カーテン越しに都会の景色を眺めます。こんなに車が行き交う都市を見たのはいつぶりでしょうか。
随分と長い間、田舎の空気に癒されていたのだと知りました。
フランスの首都パリ。西部近郊再開発地区ラ・デファンス。
パリの歴史軸と呼ばれるシンボルから続く一本の凱旋道、その延長線上にある
所謂金融街で、9ヶ年計画によって真新しいビルが立ち並ぶ商業都市は今世にあっても壮観な眺めです。遠くに見える□の形をした新凱旋門は初めて見る人に凄まじいインパクトを与えてくれます。
しかしやはり景観にうるさいフランスの都市だけあって、ビル群の絶妙なバランスによって成り立つ近未来的な景色は日本の効率主義的な都市計画とは一線を画していますね。
ご説明をしますと、パリでは景観を第一に考えるため、電線などのライフラインが全て地下に埋設されています。日本の電柱を見て不満を言う外国人のアレです。
そんなパリ市民がこのような無骨な超高層ビルが首都を占拠するのを許すはずがなく、ラデファンスが開発されたのは経済上必要な建物を詰め込むためでもあるのです。
しかしそれでも世界中学校で美術5をとるフランスくんは、経済のためだけの都市すらも綺麗に設計してしまうのです。そのあたりは日本の職人芸に通じるものがあると思います。
そして、そんなラデファンスの中でも一等大きな高層ビル。さぞ名のある建築家が設計したのだろうシンプルかつ優美な姿の前にリムジンは止まりました。
「ここが……」
「デュノア本社……」
デカイ。それに尽きます。
こんな巨大なビルを一つの企業が独占しているなんてとんでもないことです。やはりスケールが違いますね。
肩を借りながら少ない階段を登り、車椅子を押してもらいながら中に入ります。
受付の方にニッコリと微笑まれました。
「おはようございます」
「お、おはようございます」
「来賓のヴィオレット・デュノア様、シャルロット・デュノア様です」
「はい、確認致しました。社長が最上階にてお待ちです」
そんなやりとりの後にエレベーターへ。ディアナさんはカードをかざして最上階のボタンを押しました。
みるみる回数が上がっていき、最上階の高さまで上がりエレベーターが開きました。
ディアナさんは正面の扉を複数回叩いて「失礼します」と言いました。その直後に低い男の声で「入れ」と返事が返ってきました。
ディアナさんはドアを開けて、そっと掌で指し示しました。ここからは私達で行けということでしょうか。
私達は思わず顔を見合わせました。
「……お姉ちゃん」
「──いきましょう」
車椅子を押すシャルが慎重に一歩を踏み出しました。
中は焦茶色の落ち着いた色合いと、ガラス張りの一面が綺麗な部屋でした。棚には手入れされたトロフィーや表彰盾が置かれ、そこがこのビルでも特に位の高い場所なのだと分かります。
……そして。
「来たか……」
その部屋の視界の真ん中に、大きなデスクを挟んで一人の男が対座していました。
ほぼ黒に近い茶髪の髪を短く切り、彫りの深い顔立ち。
「貴方が……」
「……お父様」
私達に血を分けた父が、そこにいました。
昨今の車椅子ってほぼ折り畳み式だと思うんです。
リムジン……イメージはドイツのメルセデスのやつ。高級感と近未来感が合わさり最強に見える。
ラデファンス……普仏戦争の一幕から名前が付いたそうな。
アルベール・デュノア……容姿は捏造。一般的なフランス人の中年イケメンを意識。
原作読んでもアルベール様の容姿がまったく分からんのだけど誰か知ってたら教えてくださいお願いします(´;ω;`)ブワッ