シャルロッ党のお姉さま   作:小雲八泉

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閑話14.5 雨の鬱とマドレーヌ

 ディアナ・ダヴィドフは非常に広い地下施設で、二つの影が互いに交差する瞬間を眺めていた。

 

 己の雇い主……厳密にはもう一社員であるため社長と形容すべきであるが、どうも軍属時代の名残か雇い主と思ってしまうことがある。

 派遣隊から引き抜かれたディアナは、そんな過去を思い出しながら審判役をしていた。

 

 目の前で交差する影はどちらも黄金。

 方やラファール・リヴァイヴを専用の仕様に改造したカスタム機を乗るシャルロット・デュノア。

 対するは同じラファールを重装型に改装した機体を操るヴィオレット・デュノア。

 社長の令嬢である二人はお互い一歩も譲らない形で戦い続けていた。

 

 カスタム機を渡されてからというもの、更にシャルロットの成長が著しい。姉の方も食らいつこうとしてはいるものの、どうにも手数と機動力に翻弄されているようだ。

 

 ヴィオラはセントリーガンを空中に設置しつつ、本体はその後ろで大口径の狙撃銃を撃ち放っていた。

 だが今し方セントリーガンの防衛ラインを突破され、シャルロットの有利な距離に近づかれたようだ。

 

 あの装備でああなっては対処のしようもないだろう。苦し紛れの近接ブレードを見事に空振りして、鴨撃ちのように撃墜されたヴィオラをシャルロットが抱えて運んでくる。

 

 

「お疲れ様でした。それでは休憩に入って下さい」

 

「はい」

 

「うぅ……また……またこの状況……」

 

 

 ISを纏ったまま己の姉をお姫様抱っこするのが好きらしいシャルロットと、敗北感と羞恥で顔を覆うヴィオレット。今日も同じように運ばれていくようだ。

 というより、ヴィオラの装備選択がおかしいと思うのだが。何故一対一の状況だと分かってて取り回しの悪い装備を選ぶのだろうか。

 セントリーガンで制圧し、回避先に火力を叩き込む。考え方は良いのだが、頼るもののないタイマンでそんな悠長なことはできないだろう。

 

 しかし、それは一対一の場合。姉妹が揃ってディアナに向かってきた時のヴィオラの脅威度は何倍にも跳ね上がる。

 元々中距離でも当ててくるだけの素質はあり、更にセントリーガンを置かれれば常に回避運動をせざるを得ず、ヴィオラを狩ろうと動けば横から妹の猛攻が迫ってくる。

 そして何故かこの姉妹は互いの射線が被らない。教官は複数新人との試合で『同士討ち』をよく用いるが、この姉妹にはそれが役に立たない。

 

 

「比翼連理……でしたか」

 

 

 天にあっては比翼の鳥となり、地にあっては連理の枝とならん。確か中国のことわざだったか。

 思えば普段から良く似ている姉妹だ。身長もほぼ同じ、金色の髪と瞳の色も同じ。

 しかし姉は少しカールがかかった髪、妹は艶やかで真っ直ぐな髪。姉は物静かでゆったりとしていて、妹はもう少し快活。そんな似てるようでちょっと違う姉妹。そして絶望的なほど父と似ていない……おそらく母方の血が濃く出ているのだろう。

 

 それはそうと、シャルロットが国の代表候補生に正式に選定されたらしい。

 代表候補生はそれだけで大きなキャリアとなる、たとえ代表になれずとも将来は安泰だろう。

 姉は選定通知を蹴られたそうだが、元々デュノア社のテストパイロットである。順調にいけば重役にも着けそうだ。

 

 しかし、最近デュノア社に不穏な影があるのだ。

 アルベール社長も危惧していたもの。最近の裏世界の中でも一等大きなモノが蠢いているのでは、と考えているのだ。

 最たるモノはこの間のデュノア姉妹への襲撃事件で、アルベール社長が事前にリークしていなければ命は無かったことだろう。

 

 

「しかしどうやって情報を手に入れたのか……」

 

 

 意外と謎の多いワンマン経営者の父方、そんな裏のパイプでもあるのだろう。ディアナはそう一人納得して、踵を返してアリーナの出口に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 今日は雨か。窓に当たる雨粒を見上げながら、彼女は……ロゼンダ・デュノアは胸に染み込む冷たさに顔を顰めた。

 

 最近は時間の感覚も定かではない。既にもう夜だというのに、まるで眠気が襲ってこない。

 

 

『今月分の()()も確認できました。これからもよしなにお願いしますよ』

 

「そう」

 

『つれないですねぇ。約束は守ってるじゃないですか』

 

 

 何かのジョークかのように陽気に笑う電話先の相手に苛立ちを深める。

 握り締めた受話器がミシリと鳴った。

 

 

『貴方が資金を送ってくれさえいれば、貴方の周囲の身の安全は約束されたも同然なんですよ? もっと感謝してくださいよ』

 

「…………」

 

『あ、娘達のことですか? アレは我々にとっても不慮の事故だったのです。 別に貴方がちょっと怪しい動きをしていたからみせしめに……なぁんて、考えてはいませんよ? その証拠にほら、危ないですよーって教えたじゃないですか』

 

 

 ペラペラとまくし立てる声。陽気に邪悪を滲ませる詐欺師の声だ。

 テロリストめ。とロゼンダは相手を内心で抓った。

 

 しかしそんな言葉を言えるほどロゼンダは強くなく、抗えるだけの力も持ってはいない。

 

 

『まあ貴女の娘ではありませんし、そんなに酷い問題でもありませんか』

 

「……約束を、守りなさい」

 

『それは貴方の行動一つで決まると思って頂けたら。という訳で、これからもよしなにお願いしますよ。……くれぐれも内密に、ね』

 

「…………」

 

『聞き分けが良くて結構。流石は社交界のマドンナだ』

 

 

 電話が途切れる。ツー、ツー、と耳障りな停止音が雨音と混じった。

 ワナワナと震える手で受話器を置いて、どんな醜悪な表情をしているのかも分からない己の顔を覆った。

 

 今回の事件で夫は周辺の誰が反社会勢力とつながりを持っているのか調べ始めただろう。

 あの女の娘達の殺害を予告した通話記録の、その部分だけを切り取った録音テープをデュノア社に届けたのはロゼンダだった。

 

 アルベールに懸想し心を奪ったあの女が心底憎い。あの女から生まれた娘共など虫酸が走る。

 なら何故止めたのかと言えば、ロゼンダ自身も分からなかった。ただ、手前勝手な感情で子供を死なせるのだけは、それだけは、絶対に嫌だった。

 

 暗い空から雨が降っている。外を見れば、ずぶ濡れで帰る場所を探す猫が木陰の下で丸まっていた。

 

 

「失礼します」

 

 

 幼さの残る、聴き慣れない声が聞こえた。この屋敷にやってきた姉妹の姉が、立ち入りを禁じていたロゼンダの部屋に入ってきていた。

 使用人達はどうした。扉前には見張りを立てていたはずなのに、どうやって入ってきた?

 

 ふわふわと揺れる金色の髪がロゼンダの視界に入って、顔を顰めた。

 

 

「……顔を見せるなと言ったでしょう、あの女の娘」

 

「了承した覚えはありませんよ」

 

 

 生意気な娘だ。

 あの女の影が一々ちらついて鬱陶しい。同時に、目の前の子の妹の頬を引っ叩いたときの姉妹の表情が思い浮かぶ。

 

 姉の方は来る前からニュースで見て知っていた。

 全身を包帯で巻き、呼吸器をつけた娘は今にも死んでしまいそうだった。ざまあみろ、なんてとても思えなかった。

 

 

「今日は使用人の皆さんとお茶をしまして、作った焼き菓子が余ったので置いておきますね」

 

 

 そう言って踏み込んでくる娘を身を竦ませて追い払う。下手に関わって奴らのことを知られてしまえば、口封じをしにテロリスト共がやってくる。

 あの女が死んでもなお己を不幸にしようとしてくるようで恐ろしい。あの売女が亡霊となって自身の娘の首に手をかけていた。

 

 

「いらないわそんなもの……さっさと出て行きなさい」

 

 

 来るな、それ以上踏み込めばお前もあの女のように死んでしまうかも知れないぞ。

 来るな、憎たらしい女の影をこっちに持ってくるな。

 

 

「お義母様が良ければ、シャルにも顔を見せてあげて下さいね」

 

 

 ロゼンダはもう限界だった。

 

 

「──出ていけと言ったでしょう!!」

 

 

 煩わしい金切り声が自分の出したものだと気がつくのに少しかかった。目の前の娘の表情が曇り、一礼して立ち去っていく。

 静寂がいやに響いた。

 

 そこにいた名残のように、菓子の香りを漂わせたバスケットだけがあった。

 

 甘い香りだった。己にはもったいないほどに。

 ……ロゼンダは扉前に行き、置かれたバスケットを持ち上げた。

 

 窓の横に置いて、中を開ける。

 そこには山吹色に焼けたマドレーヌがあった。まだ少し温度があった。

 

 細い指で持ち上げて、一口食べる。

 

 

「…………」

 

 

 ……程よく甘く、良くできている。

 ロゼンダは置かれたバスケットから背を向けて、マドレーヌをまた一口齧った。

 

 

 


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