シャルロッ党のお姉さま   作:小雲八泉

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2.お菓子とお返しの話

 ご機嫌よう、皆さま。

 

 花のピレネーを一度は見てみたいヴィオレットです。

 

 風は涼しさが抜けてきて、本格的に暑くなってきました。ここは緑豊かな自然と渓谷の川が涼しくしてくれますが、都会は結構高温になっているのではないでしょうか。

 

 熱が篭るといけないので、窓を開けて風を入れていきます。花瓶のコスモスを抜いて新たに差し替えました。

 

 応接間の窓側に置いてある細い花瓶は、一輪のコスモスを飾るためだけの場所として使われています。

 母はいつもここにコスモスを差しては思い出したように笑っていました。

 

 そのせいでしょうか?風に揺られるコスモスをじっと眺めていると、何だか母の顔を思い出すのです。

 

 母の座る場所に近づいて隣に座っては時折やってくる母の手に頬摺りしていた記憶。シャルと一緒に絵本を読んで貰いましたね。

 内容はそう特筆することもない在り来たりな童話でしたが、家族に囲まれるその時間がとても楽しみだったのです。

 

 ……人生はこれで二度目だというのに、私は子供の情緒に長い間翻弄されていた気がしますね。

 

 

 だからでしょうか?

 そこに母が()()()ことに慣れないのです。

 

 

 

 

 

 ……しんみりするのは止めにしてテレビでも見ましょう。喉も渇いたのでカフェオレを飲みながら。

 

 カフェオレはコーヒーとミルクを混ぜるだけで出来るお手軽な国民的嗜好品です。

 但し入れるミルクを間違えるとコレジャナイ味になるので注意が必要です。

 

 というのも、チーズで生きていると言われるほど乳製品が豊富な酪農国家フランスは、訳がわからないほどミルクの種類が多いのです。

 

 保存方法も大体常温で賞味期限もかなり長いです。日本の乳臭さたっぷりなミルクと比べれば幾分か薄い味に感じるかもしれませんね。

 

 でも、慣れてくるとこれも良いと思えるんですよ。

 

 まあカフェオレの味を拘りたいなら生乳も売られているのでそちらを使うのもありだと思います。

 

 

「私にも頂戴」

 

「了解っ」

 

 

 私が立ち上がったことで何かを察したのか、ソファに座っていたシャルも注文してきました。

 シャルはこのように偶にニュータイプ並の直感を発揮することがあります。女の勘とでも言うのでしょうか?

 

 この前は密かに隠していたおやつのマカロンを見つけ出されて必死に弁解する羽目になりましたから、全く怖いものです。

 

 二人分のカフェオレを用意して皿にマドレーヌを並べます。フランスの簡単なお菓子といえばこれでしょう。

 今回はもともとあったものを使いましたが。

 

 カフェオレとマドレーヌを運び、シャルの前に広げて座りました。

 

 

「マドレーヌだ!」

 

 

 目を輝かせるシャルに苦笑して、テレビの方に目を移しました。

 テレビを収納する隠し棚は既に開けられていて、テレビは場違いな熱狂を垂れ流しています。

 

 画面にはぐるりと囲む観客の姿とその中で目にも留まらぬ速さで動き回る二機の機影が映っていました。

 

 

「モンドグロッソ?」

 

「──はむっ……ん、そうだよ」

 

 

 早速マドレーヌを頬張るシャルを視界の端に収めながら、交差する度に風を切って甲高い金属音を発するそれを観戦していました。

 

 簡単に説明しますと、モンドグロッソは最近発足されたIS委員会主催の国際イベントで、ISを用いて競技を行うスポーツの一種となっています。

 

 限られた空間の中でIS同士でバトルをして相手のシールドを削り切った方が勝利となります。

 

 スポーツと銘打ちましたが、使われるのは実銃実弾、真剣です。

 どこのコロッセウムかと突っ込みたくなりますが、主催曰く安全性は保障されているらしいです。

 

 実際軽症者はいても死者は一人もいませんし大丈夫なのでしょう。

 

 世間からの評判はかなり良いそうです。

 仮にも兵器だと知っていて尚その評価なのですから、つくづくこの世界は前世とは似ても似つかぬ情勢なのだと再認識させられますね。

 

 私もISは昨今の兵器のイメージとはちょっと違うと思っています。どちらかというと戦隊モノやファッションに近い感じです。

 多分この前のモデル雑誌にISに乗ってポーズを決めるグラマーな女性が写ってたからだと思います。

 

 

 

 話を戻しましょう。

 

 テレビの端にはそれぞれ簡単な説明文が載ってあり、左上には両者の国旗が表示されています。

 

 一方は黒・赤・金の三色旗。その横に212の数字。

 もう一方は青地に金の十字。その横に180の数字。

 

 則ち隣国ドイツとスウェーデンの各代表同士の試合のようです。

 横の数字は各ISのシールドエネルギーのようですね。

 

 シールド値はドイツ代表が優勢のようですが、映像を見る限りだとスウェーデン代表が押しているように見えます。

 

 後退して弾幕を張るドイツ代表と高機動で躱しながら散弾銃と近接武器で肉薄するスウェーデン代表。

 変態機動のスウェーデンも凄いですがそれを銃床でいなすドイツも大概ですね。

 

 カフェオレを両手で包んで傾けます。

 この甘味の中にあるほろ苦いコーヒーがいいですね。

 

 一緒にマドレーヌも頂きましょう。

 

 

「あっ」

 

「?──あら」

 

 

 ブザーが鳴りドイツ代表の勝利がアナウンスされて……。

 しまった、見逃しました。

 

 テレビではハイライトシーンがスローで流れています。

 

 散弾で視界を奪って、あっ、散弾銃投げ捨てましたね。

 両手に持ち替えて一気に加速していきます。

 慣性にケンカを売る不規則な曲がり方で詰め寄って、ってドイツが懐に突っ込んで漫画みたいに交差していきました。

 スウェーデン代表、完全に予想外って顔してます。

 

 

『ここですね〜。イェシカ選手が多段瞬時加速でフェイントをかけて切り込んでくるっ。それを読んでいたエリーゼ選手、今まで引いていた体制から一気に踏み込んで、先制でレーザーブレードを叩き込んでいます』

 

 

 あー、これはドイツの胆力の勝利ですね。剣一本に賭けた相手に突っ込むなんて普通しませんし。

 寧ろこれが正解なのでしょうか。

 両手持ちだと大振りになるという予想だったとか?難しいところです。

 

 

『フェイントを逆に利用したんですねぇー、さあドイツがまた一つコマを進めてきた!次の試合はオーストリア対デンマークです!チャンネルはそのままに!』

 

 

 実況解説がまくしたてる中、ドイツ代表がエネルギー切れでふらふらしているスウェーデン代表を支えて降りていきます。

 アップで映された両者は共に笑顔で健闘を讃えあっていました。

 

 あーいいですよねこういうの。

 スポーツマンシップは何より褒められるべきだと思います。

 

 画面がズームダウンしていき、CMに切り替わりました。

 

 

「ドイツが勝っちゃうなんてね」

 

「予想外?」

 

「うーん、そうかも。今年のスウェーデン、相当強いって聞いたから」

 

「それじゃあそれを破ったドイツは期待できそうね」

 

 

 化粧品のCMからシャルの方に顔を向けて言いました。シャルもこちらに目を向けて、ぷくっと顔を膨らませました。

 とっても可愛いです。

 

 

「ドイツとイギリス、ジャパンばかり決勝に上がってくるんだから、たまにはダークホース的な人も出てきて欲しいなぁ」

 

「そうなの」

 

 

 スポーツにおいて特定の国が毎回強いなんて何処でもある話です。それでもシャルが誰かに勝ってほしいと思うのは、一スポーツのファンとしては当たり前だと思いますよ。

 

 

「『盛者必衰』。此彼も必ず首位が奪われる時が来るわよ」

 

「ジョウシャヒッスイ?」

 

「日本語。四字熟語っていうの」

 

「相変わらずなんでも知ってるなあ」

 

「シャルならもっと賢くなれるわ」なでなで

 

「むっ……子供扱いしてるでしょ?」

 

「シャルも私もまだ子供よ?」なでなで

 

「そうじゃなくて!」

 

 

 この世界は何故か日本語を学ぶ授業が世界規模で流行っているので、そこでもアドバンテージを得ている私は間違いなく勝ち組でしょう。

 

 シャルも勉強熱心な良い子ですが、流石に古文と四字熟語は教わってませんよね。

 

 それにしてもシャルは可愛い。なでなで。

 

 なでなでなでなで。

 

 

「もうっやめてよ恥ずかしい!」

 

「あらら、ごめんね。ほら」

 

「んむ……もぐもぐ」

 

 

 少し揶揄い過ぎましたね。

 今のは私が悪かったです、反省しましょう。

 

 マドレーヌを口元に持っていって食べて貰いました。

 それはストロベリーの入ったスペシャルなマドレーヌなのでいつものより美味しいと思います。

 どうかこれで許して下さいな。

 

 

「……美味しい」

 

 

 シャルの表情がみるみる和らいでいきます。

 どうやらお気に召したようです。これを買った菓子屋さんには暫くお世話になるかもしれませんね。

 

 

「落ち着いた?」

 

「……むー」

 

「はい、あーん」

 

「あむっ」

 

 

 誤魔化しているのがバレそう、というかバレてるみたいなので追加でマドレーヌを献上します。

 

 あたふたしながら妹にお菓子を与える姉と目で訴える妹、なんだか時代劇のお殿様がよく言うセリフが脳内に浮かび上がりました。

 

 

「ほらほら、いっぱいあるから騙されてね〜」

 

「言ったら意味ないよお姉ちゃん……もぐもぐ」

 

 

 美味しそうに食べるシャルを見ていると、こっちまで幸せな気分になりますね。さっきの余韻で少し頬が赤いのもグッドです。

 

 

 

 ここで悪戯心が芽生えてしまい、バレないようにそーっと頭に手を伸ばして───シャルに手を捕まえられました。

 

 あっ、と声が出ました。

 

 

「……お姉ちゃん」

 

「ど、どうしたの?」

 

 

 急にトーンを落として呼ばれたのではてなを付けて応えると、シャルは笑顔で私を見返していました。それはもう……背筋が凍るような。

 あらやだ可愛い……じゃなくて、なんだか既視感が。

 

 例えばそう、シャルの苺ケーキの苺だけこっそり食べたのがバレたときと同じ……ハッ!

 

 

「はい、お返し」

 

「むぐ!?」

 

 

 身を翻す間も無く口に入れられたのは小麦色のマドレーヌ。それも3個。

 突然口が塞がってびっくりして目を白黒させていると、そっと引き寄せられて倒されました。

 

 うん?ちょっと待ってください。この体勢はもしかして膝枕ですか?

 てっきり折檻されるのかと……。

 

 仰向けに寝かされた私を笑顔で見つめるシャルは、私の頭にそっと手を乗せました。

 

 くすぐったくて思わず身をよじると、肘から手の平までを私の上に載せて固定してきました。

 動こうにも重心を取られて動くことができません。

 

 何故か冷や汗が止まらない私を、深い、深い紫色が目の奥を射抜いていました。

 

 ぞくりと小さく震えて……そこでシャルの思惑に気付きました。

 

 抑えられた胸が痛いくらい脈打っています。

 

 ……えっと、あの、シャル?

 私がそれ弱いの知ってるでしょう?

 

 それにそれは年下にするものですから、ね?いいこだから手を下ろして―――

 

 

「────よーしよしよしよしよしっ」

 

「んぐっ!?んん、むー!」

 

 

 あ、まって!それ恥ずかしいですから!やめて!やめてください!

 あっ、やめ、ヤメロォー!

 

 ちょ、ガッチリロックされてて抜けられない!?

 

 子供じゃないんですから!お願いとめて!?

 

 待ってなんでこんなに上手いのなに───

 

 ひゃ、そこはダメですっ、はふっ、やっ―――

 

 力が、抜けて……ああっ───

 

 

 

 

 

「はい、おしまーい」

 

 

 シャルがパッと手を離した時には、既に虫の息でした。

 

 ……口を塞いでパニックになったところをなでなで地獄。

 弱いところを重点的に狙われて、頭が全く動きません。

 

 目が潤んで動悸も激しいし、ちょっと眠気が……。

 

 

「きゅぅ………」

 

「あれ?お姉ちゃーん、大丈夫?」

 

 

 ───妹を揶揄うのは程々にしよう。微睡みに沈む意識の中、私は朧げにそう思いました。

 

 

 

 

 

 

 




貝の形で有名なマドレーヌ、「さめざめと泣く」って意味があるそうですよ。

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